コラム

2022年1月12日  

「楽しい」旅は誰がつくる?『人が活躍するツーリズム産業の価値共創』

「楽しい」旅は誰がつくる?『人が活躍するツーリズム産業の価値共創』
ここ数年は旅に出ることもなかなか難しい社会状況で、旅行産業は苦戦しています。しかし、「落ち着いたらここへ行きたい」と、思いを募らせている人は多いでしょう。旅の思い出の中で、印象に残っていることは何でしょう。美しい景色やおいしい料理?旅先で受けたサービスによって、旅全体の印象がよくなったことはありますか?
今回ご紹介する『人が活躍するツーリズム産業の価値共創』では、観光の現場における「ひと」に注目します。宿やお店、交通機関で旅客に接するのは従業員ですから、従業員の質が旅客の満足度に影響するのは当然です。しかし産業構造の変化、とりわけ今回のコロナ禍によって、旅行産業の現場は一変しました。
観光の現場で「ひと」が果たす役割はこのまま消えていってしまうのでしょうか?お客を迎える従業員と地元の人々、快適なサービスを求める顧客、改革を志す経営陣や施設運営者、観光に関わるすべての人々が協力して価値を作り出すことができれば、この先も楽しい思い出と利益の両立が可能なのではないでしょうか。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『人が活躍するツーリズム産業の価値共創』はこんな方におすすめ!

  • 旅行業界、サービス産業にお勤めの方
  • 旅行業界を目指す学生
  • 観光まちおこしに関心のある方

『人が活躍するツーリズム産業の価値共創』から抜粋して7つご紹介

『人が活躍するツーリズム産業の価値共創』の中から、内容を何ヶ所か抜粋してご紹介したいと思います。本書中では、観光のカリスマや他業種のユニークな店主へのインタビューをはじめ、貴重な声が多数収録されています。興味を持たれた方は是非本書をご覧ください。

だれと価値を共創するのか

1.働く人
サービスや商品の品質を高めるためには、管理職やパートナー企業を含む従業員の間に一体感が必要です。経営者、管理職、一般社員それぞれが組織と自らの存在価値について確認し、合意に至っていなければ、品質向上に関する議論は業務命令や指示に留まり、価値の共創にまでは至りません。

2.購入する人
人的サービス業にあっては、お客様は外部であると考えがちです。しかし、「気の利いたことをする」というサービスの現場においては、お客様は観客であると同時に同じ舞台に立つ「相方」でもあるのです。こうして顧客をサービスの舞台に、組織に組み込んでしまう発想が顧客との「共創」の核心です。

消費者としてのお客様は同時に他の組織に属する産業人であり、それぞれの職業倫理を持っています。「外部の一般人」としてではなく、職業人としてのお客様の視点からの評価を正しく取り入れ、利用者・提供者(経営者)・働く人の三位一体を取り戻すことが、事業の根本的見直しの契機となるでしょう。

「お客様も何かのプロである」ということを、サービスの提供者は忘れてしまいがちです。旅慣れていなくても、自分の仕事の現場で培ってきた鋭い目が、サービス提供側のためになることを教えてくれるかもしれません。こうした顧客を組織の一画として組み込むことで、よりサービスの価値は高められるのです。

顧客との価値共創

1.価値は提案するもの
価値は、企業と顧客が共同作業でつくったものを顧客が評価するものです。企業ができることはあくまでも「提案」であり、価値そのものの提供ではありません。

2.社会からの不信感
新型コロナウィルスの流行による外出自粛や渡航制限のダメージに加え、GoToキャンペーンによって生まれた業界への不信感も大きな影響を及ぼしました。信頼感の回復が急務です。

3.オンラインを忌避してよいものなのか
「リアル店舗vsオンライン販売」という二分化した考えでなく、新しいメディアに対して旧来の方法が駆逐されること前提ではない新たな立ち位置を見つけることが、リアル店舗の生き残りにつながります。

4.独り善がりではいけない
企業の独り善がりではなく、顧客の視点を理解し、社会の課題解決をも視野に入れなければ、価値の共創はできません。また顧客だけではなく、従業員にも商品への理解と愛着を抱かせなければ、顧客への満足なアピールは難しいでしょう。

5.経費削減による接点縮小
コロナ禍を経た経費構造改革によって、「人」を伴う顧客接点は減少します。この状況をただ耐え忍ぶのではなく、ノウハウを継承し、顧客との双方向性に基づく取り組みを進めることが必要です。

6.ライフステージを意識した接点確保
様々な業界で、サブスクリプションモデルが導入されています。「その場限り」で終わりがちな旅行業界でもこれを応用し、ライフステージに沿った「やり放題」の企画提案を行えば、旅行業界にとってもメリットがあるでしょう。

7.人となりを理解してもらう
旅行業界においてもオンライン接客の導入が広がっています。SNS等の導入で担当者の得意分野を知ってもらうことにより、「この人のお薦めなら買う」という状態を、旅行業においても期待できます。

旅行を申し込むときに担当者さんの得意な地域に当たると、お得な情報が手に入ります。対面での接客が難しくなった現在でも、ネットを活用すればより効果的にニーズに合ったスタッフを見つけられるでしょう。新たなモデルを構築すれば、「人」を通じた提案によって信頼を回復することも不可能ではありません。

高価格帯ホテルに求められるサービスとは何か

日本における「高級ホテル」の概念を変えたのは、新宿の「パークハイアット東京」の開業でした。ホテル業は「生産要素(土地、労働、資本)」のすべてを必要とするという点に特徴があり、投資のリスクが高く新規参入が躊躇われる原因となっていました。しかし、外資系企業参入による「経営と投資の分離」のビジネスモデルが風穴を開けたのです。このことによって、「超高級ホテル」の概念が誕生しました。

こうしたホテルの価値は、不動産価値での評価ではなく、利益を出すオペレーション力、つまり従業員のポテンシャルの高さにあります。従業員の提供する「付加価値」が事業の評価となるのです。しかし伝統的に日本では、従業員の価値を高める活動は専ら「産業教育」ではなく「自己研鑽」によって行われてきました。

プライベートジェットで移動するような超富裕層に対応する人々の採用キーワードもまた「個人」です。要望に応える能力が重要なのです。
高級ホテルには、コストパフォーマンスという概念が当てはめられないような本物の証明力が求められています。

少しいいホテルに泊まったとき、コンシェルジュさんの優秀さに舌を巻くことがあります。その人たちの能力がホテルの評価に繋がり、財産となるのはよくわかります。しかし、これらの優秀な人を「組織的、技術的に」育てるシステムが、日本には存在しなかったのでしょうか?

ツーリズム産業と人

旅先でスタッフからいいサービスを受けたら、その旅行の印象がよくなります。しかしこれまで旅行業界は、そうした「タビナカ」で出会う人の価値に関して無頓着な傾向にありました。もちろん、カリスマ添乗員といった卓越した個人は存在しますが、その人の優れた点が個人の資質のみによるものか、研修や教育によって習得できる技術なのかがはっきりしていなかったのです。
「カリスマ」と呼ばれる人々にインタビューを行い、その人々に共通する点をまとめました。

1.仕事の魅力・やりがい
人との出会いに感謝すること、仕事自体を勉強の場とする

2.目標とする人
自分のベストを尽くそうと努力する人

3.心がけていること
わかりやすく話す、初心を忘れない、あくまで主役はお客様

4.うまく行っていない人に足りないところ
笑顔、知識、サービス精神、謙虚さ、熱意

5.お客様に喜んでいただくために必要なこと
健康、気力

6.卓越者たちに共通すること
観察眼、冷静さ、バランス感覚

7.卓越者たちが持っているもの
とにかくお客様に喜んでいただくという意識

旅行会社は現場に足を運び、優れた従業員がどのようにお客様と信頼関係を築いているか確認するべきです。人をコストとみなさず、ともに旅を作り上げていく仲間だという発想のもと授業員を扱えば、従業員も経営者とお客様を信頼し、よい観光体験を生むことにつながるでしょう。

お店や旅先で素晴らしいサービスを受けたら、できるだけ本社の上の方に感謝の言葉を伝えるとよいという話を聞きます。そのサービスをしてくれた本人が褒められるだけでなく、現場のモチベーションが上がってよりよいサービスが提供されるというわけです。「カリスマ」の技術を水平展開するために、顧客にもできることがあるのです。
この章には様々な旅のカリスマの生の声が収録されていますので、ぜひ読んでみてください。

従業員満足

顧客満足には、従業員の満足が深く関連しているというサービス・プロフィット・チェーンの概念においては、従業員満足が従業員の定着と生産性の向上を導くとされています。企業の内部品質の向上が従業員満足につながり、従業員が十分に能力を発揮した結果顧客にサービスが提示され、満足した顧客によって利益がもたらされ、それによって企業はまた内部品質を高めることができるのです。

ある旅行業の労働組合で従業員の定着率に関する調査を行ったところ、否定的な回答が7割を占め、仕事の量や質に対しては肯定的な回答は半数に留まりました。現状旅行業界では、働き甲斐や働きやすさはあまり考慮されていないようです。

仕事への満足度と不満足の要因は、それぞれ別の要因を検討する必要があります。

1.動機付け要因の満足度:仕事が自分に適しているか、仕事を通じて成長できるか、評価されているか→あまり満たされていない

2.衛生要因の充足度:健康を保てる職場環境か、ストレスの少ない環境か、人員は足りているか→対策が不足している

従業員が安心して能力を発揮できないような環境では、顧客への効果的な価値提案が行えず、利益につなげることができません。

スタッフさんが楽しそうに誇りをもって働いているお店では、気持ちよく買い物ができます。コスト削減はとかく人件費に向きがちですが、従業員もまた「価値共創」の一画なのです。

他業種から学ぶ店舗の価値:アパレル業EC時代のオムニチャネル店員の存在感

現在はあらゆるモノやサーピスがeコマースで購入できるようになりました。デジタルを起点としたイノベーションによって、リアル店舗の存続が危ぶまれていたところへ、コロナ禍が追い打ちをかけます。

旅行各社ではリアル店舗ならではの価値提案を試みるべく、「人」に注目した様々な施策が進められています。ウェブサイト上の店舗紹介でスタッフ個々人の名前や写真、得意分野や保有資格をPRし、知覚リスクの軽減と店舗への訪問意欲工場を図っています。しかし、社会情報として広く流通するには至っていません。

アパレル業界では、リアル店舗の従業員によるユーザーとのデジタルコミュニケーションをフックにして売上を倍増させた「STAFF START」というシステムがあります。店舗の販売スタッフが撮影したコーディネート写真に商品の情報をリンクさせ、自社ECサイトやSNSへの同時投稿を可能にするというものです。

貢献度も可視化され、より売上を上げたスタッフへ報酬を支払う企業も増えています。それがスタッフのモチベーションアップと顧客とのコミュニケーション強化につながり、オムニチャネルのあり方を大きく変え始めています。

今の「カリスマ店員」は、ネット上で顧客に知られる、「会えるインフルエンサー」となっているようです。一般的に高い買い物である旅行体験を検討する場合も、先に信頼できるスタッフを知っていればより安心です。

旅行業界の存在価値

今までの日本の旅行会社の存在価値のポイントは、以下の4点でした。

1.情報の提供
2.安心・安全の担保
3.人的サービス
4.経済性

現状では、大手旅行会社は地域活性化事業の獲得に集中しています。しかし、地域からの反応は芳しくありません。古いビジネスモデルのままの参入や、広告代理店的なビジネスモデルの知識の欠如などにより、その地域に合った観光企画を提供できていないのです。今後の旅行会社の価値はどこに見出せばいいのでしょうか。

旅行会社の目指すべきビジネスモデルは、マスマーケットではなくニッチマーケットを積み重ねる企業体とすることです。最終目的は送客増ですが、そのために重要なのは「御用聞き的な存在」となり、地域と観光客の架け橋になることです。直接出向いて地域のニーズや魅力を把握し、ステークホルダーをまとめ、集客フローを確立することが、旅行会社をサステナブルな「価値共創企業」に生まれ変わらせるのです。

私(担当M)は乗り鉄が趣味なのですが、ラストランなどの需要の多い列車の切符はなかなか取れません。ですが実は旅行会社のツアー枠があって、自力で切符を取るよりも高確率で乗ることができる上、記念品などもついてきてお得なのです。こうした「ニッチな」需要を細かく調査し積み重ねることで、「次もここのツアーならあの列車に乗れるかも」という顧客が増えるのですね。

『人が活躍するツーリズム産業の価値共創』内容紹介まとめ

かつては「人」に支えられていた旅行業界。しかし昨今の社会情勢の変化によって、業界における「人」の価値は軽んじられ、顧客とともに価値を創造することが難しくなってきています。デジタル化した現代において、このまま人の生むアナログな価値は衰退していってしまうのでしょうか。
本書では、ツーリズム産業において「人」が活躍する機会を、他業種を含む様々な観点から検証し、「サービス」の根源に立ち返ることで、今後の旅行産業で人が生む価値の可能性を探りました。旧来の価値観から脱却した新しいノウハウを構築し、それぞれの場面で新たな価値を作っていくことを目指します。

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