コラム

2022年5月19日  

陸に囲まれた北の「冷源」『北極読本』

陸に囲まれた北の「冷源」『北極読本』
地球温暖化の話をするとき、極地の氷が溶けている!という話が出ることがあります。崩れ落ちる氷壁や露出した地面の映像は、私たちの危機感に訴えかけてきます。
ところで、北極、といって皆さんの頭に浮かぶイメージは何でしょう?南極は大陸があるので、ペンギンの群れや南極観測基地、観測船などを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし北極域の中心は海洋です。海氷の上を歩くホッキョクグマや海から顔を出すアザラシといった動物や、オーロラを想像する方も多いかもしれません。
北極は南極とともに、極地で起こる諸現象の観測において同等に重要な地域です。しかし北極域は、複雑な陸地に接する海という自然の特性により、ひと固まりに把握することがなかなか難しいのです。加えて、様々な国に属する場所が集まっているという理由により、国際的な調査が難しく、科学観測においても長いこと空白域でした。
そこで、北極に関する情報を整理し、北極域の自然を全体として理解できるように書かれたのが、今回ご紹介する『北極読本』です。本書では、極地研究の専門家たちが、北極における地球科学、生物科学、観測の歴史を解説しています。加えて、北極域の民族、資源開発や北海航路などの政治経済的な問題についても触れています。
地球の気候を保つ北と南二つの極地のうち、北極について知りたい方はこの一冊をどうぞ。姉妹編『南極読本』と同様に、現在の極地研究について知ることができる入門書であるとともに、情報満載の「北極ペディア」としてもお使いいただけます。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『北極読本』はこんな方におすすめ!

  • 極域の気象、地理、生物に興味のある方
  • 北極と南極の違いを知りたい方
  • 極地研究について知りたい方

『北極読本』から抜粋して5つご紹介

『北極読本』からいくつか抜粋してご紹介します。北極はどんな場所なのか、北極を調べることで何がわかるのか、今、何が起こっているのか。北極探検の歴史、気象、地理、生物、物理観測等の最新調査や、北極域で暮らす人々を解説します。北極のことがなんでもわかる、「北極ペディア」としてお使いいただけます。

北極地域の地理

北極地域は南極地域と違い、海洋と大陸、各国の領土、多様な地形や生態系、居住地域と無住地域などに分割されています。
北極地域は北半球の高緯度に位置し、夏以外は寒冷な気候で、積雪や氷河、海氷などが広く存在し、地下に永久凍土をもつツンドラ景観が広がることなどが特徴です。
北極地域の中央部に位置し、最も広い面積を占めるのは海洋(北極海)です。陸地としては、北極海を取り囲む沿岸地域とグリーンランド、北極海の島々が含まれます。陸地の地表面は、地面域、雪氷域、陸水域に分かれます。

陸上の地形は、低地・平原、丘陵・台地、山地に区分され、陸上の雪氷圏には氷床・山岳氷河・地中氷などがあります。
《北極海域》
北極海は大陸によって囲まれた海です。ユーラシア大陸からアラスカの北側には、広大な大陸棚が広がっています。中央部は北極海盆と呼ばれる深海域で、その中央をロモノソフ海嶺が横切っています。シベリア側のユーラシア海盆の中央には、ユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界である北極中央海嶺があります。冬季には北極海のほぼ全域が海氷に覆われます。

《グリーンランド》 世界最大の島で、全島の81%が氷床に覆われています。氷床の外側から海岸までは部分が露岩台地で、フィヨルドが発達しています。沿岸低地の景観は極地荒原とツンドラです。デンマークの植民地でしたが、今は自治領として自治政府が置かれています。イヌイト系先住民が住民の約9割を占めています。

《カナダ北極地域》 カナダからアラスカにかけての北極地域の大陸部は、低地と丘陵からなります。人口は少なく、産業も発達していません。
大陸部の北方にはカナダ北極諸島の多くの島々があります。東縁にあるバフィン島、エルズミア島には山岳地帯があり、氷原型氷河と極地荒原が分布しています。それ以外の島々は低い丘陵からなっています。

《ベーリング海峡地域》 ベーリング海峡の両側の広大な地域をベーリング海峡地域と呼びます。アラスカ半島とアリューシャン列島以外は、平原と丘陵からなります。この地域は最終氷期極相期にも氷床に覆われず、ベーリング海峡は最終氷期の大半に陸化しており、ベーリンジアと呼ばれる陸橋になっていました。

《シベリア北極地域》 北極海に注ぐ大河川の下流では、春に雪解け水による大規模な洪水が起こります。そのため広大な湿原が発達しています。ここのツンドラには、もともとはトナカイ放牧民が居住するだけでしたが、1960年代初めから炭田や油田の開発が行われています。
シベリアの北側の大陸棚部分に存在する島の大部分は極地荒原で、山地には氷原型氷河があります。

南極と違って、北極海を囲む陸地は様差な国に属しています。シベリア北極地域に存在するスバールバル諸島はノルウェー領ですが、現在10か国以上の国が観測拠点として利用しており、そのための条約(スバールバル条約)が結ばれています。

北極の永久凍土

永久凍土は、2年以上0℃以下の温度に保たれた状態の土地のことをいい、地球上の陸地面積の14%を占め、その多くは北半球に存在します。
永久凍土は北極を中心とした高緯度地域に広がり、シベリアに最も広く分布し、グリーンランド、アラスカ、カナダ北部などにも分布します。北半球の永久凍土は、季節的に凍結・融解を繰り返す地表層の下にあり、南限が年平均気温マイナス2℃といわれ、一般的に南から北へ行くほど厚くなりますが、数m~10数mの幅があります。

永久凍土は、マンモスなどの過去の生き物やエネルギー資源を安定に貯蔵するタイムカプセルの役割を担ってきました。50〜90%もの水を含み、融解すれば大きな地盤沈下を伴う永久凍土は「エドマ」と呼ばれます。堆積物凍土の部分と氷塊の部分が地中に存在しています。

気温の上昇により、こうした凍土の分布する土地が融解することで、地形の急激な変化や氷中に閉じ込められていた温室効果ガスの放出など、環境への影響が起こることが懸念されています。
北東シベリアのエドマ層には、マンモスが埋没していることがあります。永久凍土のマンモスは日本へも持ち込まれることがありますが、2013年には北東シベリアのエドマ層から、非常に良い保存状態で氷河期のマンモスが発見されました。

北東シベリアでは、マンモスの牙を掘って生計を立てている人々がいるそうです。また、永久凍土地帯はエネルギー資源にも富んでおり、多くの油田が開発されています。

北極海

北極海と南極海は、正反対の特徴を持っています。一般的な北極海の定義は、太平洋側はベーリング海峡から北、大西洋側はグリーンランドとスバールバル諸島の間のフラム海峡より北で、シベリア沿岸のバレンツ海・カラ海などとカナダ多島海などの付属海を含んでいます。

地形上の大きな特徴としては、複数の深海盆とユーラシア大陸沖の広大な大陸棚があげられます。深海盆はロモノソフ海嶺により、カナダ・アラスカ側のカナダ海盆とヨーロッパ側のユーラシア海盆の二つに分けられています。プレートテクトニクスからみた北極海の中央海嶺は、ナンセン・ガッケル海嶺です。 北アメリカプレートとユーラシアプレートが産まれる北大西洋中央海嶺は、アイスランドを縦断してナンセン・ガッケル海嶺につながっています。大陸棚域は、面積で北極海の3分の1を占めています。

北極海の表面は、夏季でも沿岸域以外の大部分が平均的厚さ2〜3m程度の海氷で覆われているとするのが定説でしたが、最近異変が起きています。夏の融解で融け残った氷の最小面積は、1980年代以降減少傾向を示し、21世紀に入ってからは急激に減少し、今では20世紀後半の約60〜70%程度になっているのです。

これまでは厚い多年氷で覆われていた海域も、次第に薄い1年氷に置き換わっています。1988年3月には北極海の海氷に占める多年氷の割合が約26%であったのが、2013年3月には7%にまで減少してしまいました。
そのため、いずれ夏には北極海から海氷が消えるのは確実とされ、数値モデルでは21世紀半ばと予測されています。

北極海の氷の減少は、地球全体の気候に大きな変動をもたらしています。北極海の氷が全部融けてしまったら、海水面の上昇だけでなく地球温暖化の速度が2倍以上になるという予測もされています。「地球の冷源」極域の保全は、地球温暖化防止のために絶対に必要なのです。

北極の動物

北極の生態系を構成している植物の種類は少なく、それに依存している動物の種類も従って少なくなっています。そのことにより、北極の生態系は熱帯や温帯域に比べて、より単純で生物間の関係も理解しやすくなっています。

《草食動物》 ジャコウウシは北極カナダとグリーンランドに自然生息し、ホッキョクグマを除けば北極の最大の陸生動物です。アラスカとスバールバル諸島に移入され、アラスカでは今日でも観光資源となっています。オスは繁殖期にジャコウに似たような匂いを出します。夏場はホッキョクヤナギを主に食べ、冬は雪に穴を掘り、スゲ等の草本植物を漁ります。
北米大陸に生息するトナカイをカリブーと呼びます。トナカイは植物やキノコを食べますが、地衣類を消化できるのも特徴です。夏は草本類、冬には地衣類を食べます。春から夏にかけて繁殖のために長距離移動し、秋から冬にかけて森林ツンドラで越年します。
レミングは北極ツンドラに広く生息するげっ歯類の仲間です。レミングの個体数には大きな変動があります。 ほとんどの肉食動物はレミングを捕食するため、レミングの個体数が減少すると捕食者の個体数にも影響します。
その他の草食性哺乳類として、ホッキョクウサギ、ホソガオハタネズミ、ヤナネズミ、ホッキョクジリス等が生息しています。

《肉食動物》 ホッキョクオオカミは世界の温帯域の森林に生息しているタイリクオオカミの亜種です。グリーンランド、カナダ北極の島嶼群に生息し、主にカリブー、ジャコウウシ、ホッキョクウサギ、レミングなどを餌にしています。
ホッキョクギツネはアカギツネに近縁であると考えられています。餌はレミングを始めとして、ジネズミ、ライチョウ、ホッキョクウサギ等です。夏には鳥の卵や雛も食べますが、魚や昆虫、野草のベリー等も食べます。冬は他の肉食動物の食べ残しも好んで食べます。
他には、イタチの仲間であるイイズナ、オコジョ等が知られています。
北極のツンドラに周年を通じて生息する鳥類は少なく、シロハヤブサ、シロフクロウ、ライチョウ、カラフトライチョウ、コベニヒワ、ワタリガラスなどです。

実は「ペンギン」という名前は、北半球に生息する飛べない鳥、オオウミガラスを指したものでした。その後南極で発見された「ペンギンに似た鳥」もペンギンと呼ばれるようになったのです。南極のペンギンは肉が不味かったために生き残りましたが、「元祖ペンギン」は美味しかったので乱獲され、やがて絶滅してしまいました。

現代社会の先住民族

北米大陸のイヌイト/ユッピクとその田の先住民との間では、互いに接触はあったものの、それぞれの文化や社会、言語などに大きな影響はありませんでした。一方シベリアでは、民族や言語集団はたえず接触や衝突を繰り返してきたので、言語や生業活動だけでなく、民族そのものの形成にまで影響し合った歴史があります。

北アメリカおよびシベリアの極北民族は、支配してきた国によって、その歴史と現状が異なっています。グリーンランドを支配するデンマークは1950年代まではイヌイト従来の生活を温存する政策を実施していました。しかしそれ以降の近代化政策の影響で、グリーンランド・イヌイトの90%は南西グリーンランドの大きな町に住んでおり、狩猟を重点的に行っているのは北部グリーンランドに限られています。

カナダでは、政府が19世紀後半~20世紀前半に子どもを親元から引き離して全寮制学校に強制就学させ英語を強要したため、イヌイト語を母語とするカナダ・イヌイトは68%です。アラスカでも同様の政策がとられ、民族語話者は10〜40%程度にとどまっています。

シベリアでは、ロシア政府が17世紀から毛皮などを税として徴収したので、先住民の多くは政府が要求していたワナ猟に従事せざるを得なくなりました。植民地化を進めた旧ソ連政府は18世紀後半から、東のチュコトカ半島やカムチャツカ半島のサハ、チュクチ、コリヤークと、西シベリアのドルガン、ヌガナサンやネネツ社会の一部へ、トナカイ生産経済を導入しました。その結果、伝統生活は大きく変貌しました。加えて定住化促進のための行政集落が作られ、定住村が生活の中心になりました。しかし定住生活になってからでも独自の文化と風習を保持し、先住民族らしさは消えたわけではありません。

植民地支配を受けたことで、宗主国の姿勢により先住民族の生活や文化には大きな違いが出ます。言葉や文化が失われたり、飲酒の習慣の流入やストレスによって、アルコール依存症が蔓延したりなどの問題も起こっています。

『北極読本』内容紹介まとめ

北極のことを知りたいなら、この一冊!北極はどんな場所か、南極との違いは何か。北極探検の歴史や、北極の気象、地理、生物や北極域に暮らす人々について解説します。温暖化や北極海航路など、最新データも満載!

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