コラム

2021年12月15日  

地球温暖化が招く荒廃:『サンゴの白化』

地球温暖化が招く荒廃:『サンゴの白化』
前回は『サンゴ 知られざる世界』を解説しましたが、今回はその発展型、続編ともいうべき『サンゴの白化』についてお話していこうと思います。『サンゴ』を読んでくださった方や、地球温暖化と海洋生物の関係について関心を持たれている方はご存知かと思いますが、グレートバリアリーフをはじめとした世界中のサンゴ礁が現在危機に瀕しています。オニヒトデ等の食害のほか、問題になっているのがサンゴの「白化現象」です。
海水温の上昇をはじめとした様々なストレスによって引き起こされる白化現象は、サンゴを飢餓状態に追い込み、回復できなければサンゴはそのまま死んでしまいます。サンゴ礁が死んでしまうと、サンゴに頼って暮らしていた生物たちもまた生きていくことができなくなります。
本書『サンゴの白化』は、サンゴの特異な生態と、共生する褐虫藻との関係、白化現象のメカニズムを解説しています。生物多様性保全におけるサンゴ礁の重要性を再認識し、サンゴ礁と人間社会との関係を見直すことができれば、南の海の楽園は生き延びていけるでしょう。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『サンゴの白化』はこんな方におすすめ!

  • 『サンゴ 知られざる世界』を読んだ方
  • サンゴ礁の保護に関心のある方
  • 地球温暖化による海洋環境と生物への影響に興味のある方

『サンゴの白化』から抜粋して7つご紹介

『サンゴの白化』の中から、内容を何ヶ所か抜粋してご紹介したいと思います。『サンゴの白化』だけでもご理解いただけるように、本書は前回解説した『サンゴ 知られざる世界』と重複する部分が多くあります。そこで今回は、白化現象に関わる部分を主にご紹介します。

サンゴと褐虫藻の関係

世界中の海に生息し約1600種が知られているイシサンゴのうち、およそ半分の800種ほどが褐虫藻と呼ばれる単細胞の藻類と共生しています。イシサンゴと共生する褐虫藻は複数種ありますが、どれも葉緑体を持ち光合成を行います。イシサンゴは褐虫藻に安全な場所と栄誉塩や二酸化炭素を提供し、褐虫藻は光合成によって生産した酸素と糖類などの有機物をイシサンゴに提供します。典型的な相利共生関係です。

さらに褐虫藻との共生は、サンゴは海水に溶けているカルシウムを自分の骨格の成分である炭酸カルシウムとして固定しやすくなるイオン環境を整える役目も果たしています。つまり、褐虫藻と共生していればより速く成長できるのです。

また、褐虫藻から受け取った有機物の余剰分を、サンゴは粘液などの形で体外へ放出しています。これに微生物が繁殖し、サンゴ礁に棲む生物の餌となることで、サンゴ礁の食物連鎖が形作られているのです。

サンゴ礁を作るサンゴは、この褐虫藻と切っても切れない関係です。この褐虫藻は、サンゴだけではなく、貝やカイメン、クラゲやイソギンチャク等、色々な生物と共生しています。

造礁サンゴの生育に適している環境

造礁サンゴといっても、生息環境にはかなりの幅があるため、「造礁サンゴの生育に適した環境」を一言で定義することは難しいのです。ここでは琉球列島など日本のサンゴ礁で最も典型的な「裾礁」にみられるサンゴ群衆が健全に生育できる条件を紹介します。

1.水温:最適水温は20-28℃、最低水温は14℃、最高水温は30℃であるといわれる
2.清澄度:多くの造礁サンゴは混濁粒子の多い濁った海域では生育できない。組織が損傷を受けることや、日光が遮られること等が原因
3.塩分濃度:生育に最適な塩分濃度は3.4-3.6%、多様な造礁サンゴが生育する範囲は2.7-4.0%
4.栄養塩:サンゴは富栄養化によって生育が妨げられる。全窒素濃度0.1mg/L以下、全リン濃度が0.01mg/L以下が望ましい
5.光環境:褐虫藻の光合成のために光は必須だが、具体的な光量についての研究は少なく、十分な検討は行われていない
6.流速:サンゴは群体の上に蓄積した粒子を除去するために粘液を分泌しているが、適当な流速の水流があればエネルギー消費が少なくて済む

近年では、多くのサンゴ礁においてこれらの条件の揃った環境が維持しにくくなっています。私たちはなぜサンゴの生育環境が失われたかを検証し、改善しなければなりません。

サンゴ礁を作るサンゴは温暖で明るく海水が澄んでいて、ある程度の流れがある環境で暮らしやすいということがわかります。サンゴの似合う海辺の光景を維持することが、サンゴの生きる環境を守ることにもつながるのです。

白化とはなにか

サンゴ礁のサンゴの多くは褐色ですが、この色はサンゴ本体の色ではなく、共生する褐虫藻に含まれる光合成色素の色です。サンゴのポリプを顕微鏡で覗いてみると、直径10マイクロメートルほどの褐虫藻の粒がびっしりとポリプ全体に広がっているのがわかります。この褐虫藻が何らかの理由で減少することでサンゴが色を失い、白色に変化する現象を「白化」と呼んでいます。

白化は高温、低温、強光、UV、低塩濃度、バクテリア感染などのストレスが要因でも起こりますが、ここ数十年の間に起こった大規模な白化現象は、いずれも海水温の異常上昇に関連したものでした。なお、白化は褐虫藻を共生させている生物であればサンゴ以外でも起こりうる現象です。

サンゴが高水温や強い光を受けると、褐虫藻は多くの活性酸素を作ります。活性酸素が多くなるとサンゴの組織や遺伝子が傷つけられるので、サンゴは褐虫藻を放出し、白化することで環境ストレスへの対策を行っていると考えられます。

サンゴを助けてくれる褐虫藻ですが、ストレス下においてはサンゴの身体を傷つける活性酸素を生産する危険な存在となってしまいます。白化はストレス下で生きるための苦肉の策の結果なのです。

白化につながるサンゴのストレス

通常、野外でサンゴが白化する状況は、いくつもの環境要素が複合的に働いた結果によって起きています。サンゴの白化を知るためには、白化およびその原因となる要素、反対に影響を抑制する要素、そしてサンゴ自体の特徴も合わせて解明する必要があります。

1.高温ストレス:光は光合成を行うエネルギーであると同時に、光合成装置に損傷を与える。通常であれば光損傷を受けても損傷箇所を速やかに修復できるが、ストレス環境下では修復が抑制され、光損傷(光阻害)が起こる。褐虫藻の場合、僅かな水温上昇で光阻害が起こり、光合成装置の分解が起こり、色素が減少する。そのため白化が起こる
2.物理的な環境ストレス:他の生物に食べられる、ダイバーや船による損傷
3.光による環境ストレス:光が強すぎたり、足りなかったりする場合
4.塩分の変動によるストレス:台風や大雨による淡水化、潮溜まりの蒸発による高塩濃度
5.懸濁物質によるストレス:粘液で除去しきれないほどの砂や泥の粒子を浴びると、ポリプが目詰まりして酸欠を起こす
6.干潮時の干出ストレス
7.除草剤・病原菌によるストレス:海に農薬が流れ込んだり、海水温の上昇によって細菌が繁殖しやすくなったりして起こる
8.種によって異なる白化の起こりやすさ:白化の起こりやすさには、共生している褐虫藻の違いが関係している。それぞれのサンゴ種には共生可能な褐虫藻の種類が決まっており、常に環境に適した褐虫藻と共生できるとは限らない。

サンゴと褐虫藻の共生は、非常に微妙なバランスの上で成り立っているのですね。これまで長い時間をかけて成立してきた関係は、最近の急激な温暖化による水温の上昇には適応しきれないのです。

サンゴ礁を守る

生き物としてのサンゴや構造物としてのサンゴ礁は、水産資源や観光資源として私たちの生活に直接または間接的に様々な恩恵を与えてくれます。貴重なサンゴ礁は、オニヒトデ等の食害や海水温の上昇による大規模白化現象、陸域から流れ込む化学物質等の影響によって次第に減少しています。サンゴ礁を守るために、以下のようなことが考えられます。

1.サンゴのことを知る・伝える:研究者は積極的に情報発信を行い、サンゴの魅力、貴重さ、危機的状況を伝える
2.サンゴを守る:国内外でサンゴを守る・知るための様々な組織が活動している。地域住民、漁業関係者、観光関係者、各種企業、研究者、行政機関等の連携が必要
3.サンゴを減らさない:オニヒトデの駆除、立ち入りの制限等
4.サンゴを増やす:群体の一部を採取し、人の手で適切な場所へ移したり、有性生殖時に卵や精子を採取して養成を培養したりする。採取や移植方法には制限があるが、研究が進んでいる

サンゴの移植のニュースは時々TVなどで取り上げられています。なかなか難しいといった印象を受けましたが、報道されることで、私たち一般市民がサンゴの現状に触れられるのです。知るということは、確かに保全活動の第一歩ですね。この本もそのお役に立てることと思います。

サンゴ礁にダメージを与える高水温と人間の活動

高水温によって引き起こされる白化の被害が大きくなるかどうかは、平常時のサンゴの健康状態によります。ストレスを受ける前に褐虫藻と良好な共生関係が維持できていれば、白化を耐え忍ぶエネルギーを蓄えておくことができるからです。

高水温以外にサンゴが受ける影響としては、沿岸域の経済活動からのものがあります。農地からの農薬、開発工事からの土砂、工場からの有害物質といった流入物や、水の汚濁や汚染です。赤土流入による被害がよく聞かれますが、畑が原因であれば、農業者にとってみれば土と肥料が海に流れてしまっているということですから、防ぐことにメリットがあります。サンゴの保全と産業の両立を目指し、保全を進めていく必要があります。

また、元々サンゴが暮らしていた海域は栄養塩に乏しい環境ですが、そこへ流域から栄養塩が流れ込むことによって富栄養化が進んでいます。このこともサンゴの幼生の骨格形成に悪影響を与えることが指摘されています。

人間社会が放出する二酸化炭素によって地球温暖化が急激に進むのと同時に、人間活動は様々なものを海に流し込んできました。産業の在り方を変えながら、サンゴを含む周辺環境との共存をはかっていかなくてはなりません。

白化ストレス低減に向けて

白化についての研究が進み、どのような環境下で白化が抑制されるかについても少しずつわかってきました。サンゴの生き残りに関わっている大きな要素として考えられるのは、海域の水の動きです。
水の動きは次の3つに分類できます。

1.風に伴う海水面付近の動き
2.潮汐による流れ
3.海水の温度差や塩分濃度が①②と影響しあって起こる流れ

これに加えて、サンゴ礁は複雑な海底地形によって、これらの要素が集められたり強まったりする場所が存在します。サンゴ礁には、様々な流れのパターンがあるのです。
この流れによってサンゴは影響を受けており、過去の観測結果からは、水流の速い場所にいたサンゴは生存率が高いことがわかりました。水流が速いと、高水温と強光の複合ストレスから起こる白化を抑制する効果があるということが検証実験によって証明されました。

サンゴ礁は水の流れが穏やかであるというイメージを持っていましたが、サンゴの発達によって複雑な水の流れが生まれることで、サンゴはより生き残りやすくなっていたのですね。魚たちの「隠れ家」は、より複雑な水流を生み、サンゴ自身の生存を助けているのかもしれません。

『サンゴの白化』内容紹介まとめ

南の海の生態系の基礎となる貴重なサンゴ礁。それを形成する造礁サンゴは、現在地球温暖化による海水温の上昇のため、危険な状態にあります。本書は、サンゴの基本と褐虫藻との共生を中心としたその生態、造礁サンゴの種類や特徴を学び、白化現象のメカニズムを詳しく解説します。白化現象を引き起こす大きな原因である海水温の上昇に対する人間活動からの影響を検証し、サンゴの保全と生態系の保護のためにすべきことを考察します。

前著『サンゴ 知られざる世界』の内容を継承し、白化現象のより詳しい解説を行いました。地球温暖化と海洋生物の関係に関心のある方は1冊でもお読みいただけますが、2冊合わせてよんでいただくとより理解が深まることと思います。

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「海を知り、育て、守る」おすすめ3選

『サンゴ 知られざる世界』
『サンゴの白化』の前に発行されている、いわば基本編です。生物としてのサンゴの基本、サンゴの種類とサンゴ礁を作るサンゴたち、そこで生きる生きものたちとサンゴの天敵たち、サンゴを殺す白化現象等を美しいフルカラーでバランスよく解説します。

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