水族育成学入門


978-4-425-83121-0
著者名:間野伸宏・鈴木伸洋 共編著
ISBN:978-4-425-83121-0
発行年月日:2020/5/28
サイズ/頁数:A5判 318頁
在庫状況:在庫有り
価格¥4,180円(税込)
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水生生物の育成(養殖・増殖・希少種保全)の魅力や課題全般を学ぶことができる入門書。魚貝類の繁殖や発生・清澄を学べる基礎編を設けた他、水族生態・海洋環境・生物保全・食品・経済分野のコラムも充実。水族を学ぼうとする初学者から指導者必携の教本。



【はじめに】

2000 年代に入り,多くの大学・学部・学科の名称から水産の名が消え,海洋や水圏という言葉に置き換わった。何を学ぶ場か分り難い組織名になった,というお叱りを受けることもあるが,海洋という名がついて以降,少なくとも編者が勤める学科には,より多様な分野に興味を有する学生が入学してくるようになったと感じている。本書の主題である魚介類を育てる学問領域をみても,水産との名が付いていた時代の学生は,養殖産業や水産資源の生産を学ぶことを目的として,水産養殖学や増養殖学といった科目を受講した。しかし,現在は良くも悪くも水産という意識が希薄となり,水族館や希少魚の保全といったいわゆる水産以外の水族関連分野に関心を示す学生も多くみられる。
このような状況を背景に,本書は対象生物を水族(水生生物全般)とした上で,養殖や増殖分野の魅力や可能性も伝わるよう,水族の育成や課題などを学ぶ入門書として作成した。主な読者層は水産・海洋系の大学等に属する1~2年生やその指導者とし,執筆を担当していただいた先生方には,平易な文章や分かりやすい図表に加え,専門用語に脚註を付ける,コラムを設けるなど,初めて本分野を学ぶ方の理解が進みやすいように様々な工夫をしていただいた。指導者にも役立つ書籍となることを意識し,養殖や増殖事業を支える法律に関する内容も加えた。
なお,水族の育成には,水産学,生物学,生態学,海洋環境学,保全学,食品学,経済学など,いくつもの学問分野が関与している。また,育成の対象となる生物も多種多様である(口絵−1)。一方で,初めて本書を開く方の多くは,上記の一部の分野や生物種にしか最初は興味がないかもしれない。高校等で生物学を学んだことがないような方もおられるかもしれない。よって本書は,水族の繁殖や成長などの基礎(1~4章),養殖(5~11章),増殖(12~16章),希少種保全(17~18章)の4部構成とし,どの章からでも読み進めることができるものを目指した(口絵−2)。
本書が,入門書として読者の知的好奇心を刺激し,新たな分野を知るきっかけとなり,さらに専門的な書籍を開かせるものになれば,望外な喜びである。
本書の刊行にあたり,多忙の中,各章・項の作成に尽力してくださった執筆者の皆様,供に本書の作成に取り組んでいただいた編者の鈴木伸洋先生,㈱成山堂書店の小川典子社長と本書の企画段階からお世話になった担当編集の宮澤俊哉氏に心からお礼申し上げる。

令和2年3月末日
編者を代表して
日本大学 生物資源科学部 海洋生物資源科学科
准教授 間野伸宏

【目次】

1章 水族の産卵様式・生殖様式と性決定のしくみ 1.1 産卵様式
(1)魚類の産卵様式
(2)甲殻類・軟体動物の産卵様式
1.2 生殖様式―無性生殖と有性生殖―
(1)無性生殖
(2)有性生殖
 コラム1 異常な雌雄同体(奇形的雌雄同体)
(3)単性生殖
1.3 雌雄の性決定機構
(1)水族の性徴の不確実性
(2)水族における性の人為的統御
より詳しく学ぶために役立つ書籍・文献

2章 水族の生殖腺形成とホルモン 2.1 生殖腺の形成と性分化
2.2 生殖腺やその付属器官でつくられるホルモン
(1)内分泌とホルモン
(2)腺性内分泌ホルモン
2.3 卵巣
(1) 卵巣の形成
(2) 魚類の卵巣構造
(3) 卵形成過程
(4) 卵黄形成と排卵の内分泌調整
 コラム2 人工的に完熟卵を採卵する方法
2.4 精巣
(1) 精巣の形成と構造
(2) 精子形成過程
(3) 精子形成と排精の内分泌調整
2.5 生殖腺の成熟と環境
(1) 生殖腺の成熟状態の視標
(2) 成熟・産卵と環境
 コラム3 繁殖行動とフェロモン
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3章 水族の発生 3.1 初期発生
(1)受精
(2)卵割期
(3)胞胚期
(4)原腸胚期
(5)体節形成期
(6)咽頭胚期
 コラム4 初期発生の共通性を利用する
3.2 初期発生と環境の関係
(1 水温
(2)溶存酸素量
(3)塩分
(3)pH
(4)機械的刺激
(6)太陽光
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4章 水族の成長 4.1 成長と発育段階
(1)生活史と成長
(2)成長とは
 コラム5 成長曲線
(3)発育段階
(4)成長のエネルギー論
4.2 各器官の発達
 コラム6 浸透圧調節
4.3 変態
 コラム7 初期減耗
4.4 成長と環境
(1)水温
(2)塩分
(3)水質
(4)光
(5)生物要因
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5章 養殖 5.1 養殖の歴史
5.2 養殖の特性
 コラム8 養殖ならではの工夫「柑橘系養殖魚」
5.3 養殖対象種
5.4 養殖生産量
(1)世界の養殖生産量
(2)日本の養殖生産量
5.5 養殖形態
5.6 養殖に関連する法律
5.7 養殖産業の課題
(1)漁場環境 
(2)養魚飼料
(3)養殖種苗の確保
 コラム9 養殖種苗の持続的な利用のために
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6章 養殖形態と関連施設 6.1 養殖形態の分類
(1)給餌様式による分類
(2)水域による分類
(3)用水による分類
(4)養殖生産方式による分類と養殖施設
 コラム10 養殖網地の防汚塗料
6.2 防疫施設
(1)防疫の考え方
(2)養殖施設間の防疫対象と関連施設
 コラム11 鳥類による被害
(3)養殖施設内の防疫対象および施設・用具類
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7章 生物餌料 7.1 生物餌料とは
7.2 シオミズツボワムシ
(1)種苗生産への導入のきっかけ
 コラム12 ワムシの生物餌料としての凄さ
(2)ワムシの種類と生物学的特性
(3)大量培養方法
7.3 アルテミア
(1)種苗生産への導入のきっかけ
(2)アルテミアの種類と生物学的特性
(3)耐久卵の孵化と栄養強化での注意点
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8章 配合飼料 8.1 水族の栄養学
(1)魚類栄養学と配合飼料開発の歴史
(2)水族の栄養要求
 コラム13 動物の必須アミノ酸
 コラム14 飼料の摂取調整能力
 コラム15 タウリンの役割
8.2 配合飼料
(1)配合飼料の種類
(2)配合飼料の原料
8.3 配合飼料の課題
(1)原料の確保
(2)魚粉の少ない飼料で生じる生理障害の改善
 コラム16 胆汁酸の排泄を促進する大豆タンパク質
(3)家魚化の促進
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9章 魚病 9.1 魚病学の特徴
9.2 魚病の発生原因(病因)
(1) 病因の種類
(2) 魚類病原体の特徴
(3) 魚病の伝搬様式
コラム17 魚病と公衆衛生
9.3 魚病対策
 コラム18 海外由来の病原体
9.4 魚病診断
(1) 魚病診断の考え方
(2) 魚病診断の手順
(3) 病原体の検査手法
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10章 水産育種 10.1 育種とは
(1)育種の歴史
(2)水産分野における育種
10.2 選抜・交配による育種
(1)選抜育種
コラム19 借り腹による世代促進
(2)交雑育種
10.3 バイオテクノロジーを用いた育種
(1)染色体操作
(2)遺伝子操作
 コラム20 遺伝子組換え魚の安全性
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11章 養殖事例 11.1 ニジマス
(1)サーモンとトラウト
(2)国内における状況
 コラム21 外来種問題におけるニジマスの立場
(3 養殖生産過程
 コラム22 海外から侵入する病原体
(4)生産・消費の動向
(5)今後の課題
11.2 マダイ
(1)マダイの生物学
(2)養殖の歴史
(3)産地と生産実績
(4)養殖用種苗
 コラム23 天然種苗と人工(選抜育種)種苗
(5)養殖施設
(6)養殖生産過程と飼育密度
(7)餌飼料と給餌
(8)魚病
(9)出荷と販売
(10)今後と課題
11.3 カキ
(1)養殖の歴史
(2)カキの種類
(3)マガキの生態的特徴と構造
(4)マガキの養殖
(5)カキ養殖における問題点
 コラム24 カキ養殖漁場の基礎生産力
11.4 クルマエビ
(1)養殖の歴史と現状
(2)養殖形態と育成管理
(3)稚エビの育成管理
(4)放養管理
 コラム25 クルマエビの配合飼料
(5)集出荷
(6)人工種苗の量産体制とその展望
11.5 ノリ
(1)ノリの分類
(2)ノリの生活史
(3)養殖の歴史
 コラム26 ノリのタネはどこから?(ノリ養殖のブレークスルー)
(4)品種改良の歴史
(5)養殖方法
 コラム27 ノリの生長には細菌が必須
(6)養殖生産の状況
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12章 増殖の概念と法律 12.1 増殖とその目的
12.2 増殖の歴史と発展
コラム28 増殖関連用語の移り変わり
12.3 増殖と法律
(1)漁業法
 コラム29 漁業権にも更新がある
 コラム30 内水面の共同漁業権
(2)漁業法の改正
(3)水産資源保護法
(4)沿岸漁場整備開発法
(5)内水面漁業の振興に関する法律
 コラム31 ウナギ養殖(養鰻)業の許可制に至る経緯
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13章 栽培漁業 13.1 栽培漁業の歴史と形態
(1)栽培漁業の歴史
(2)栽培漁業の定義と形態
(3)栽培漁業の形態
(4)栽培漁業の工程
13.2 親魚養成
(1)親魚養成の目的
(2)親魚養成の留意点
(3)採卵方法-受精卵の確保-
 コラム32 放流した魚は誰のモノか
13.3 種苗生産
(1)種苗生産とは
(2)我が国で種苗生産されている魚介類の種類
(3)種苗生産工程における死亡(減耗)原因
13.4 中間育成
 コラム33 奇形に対する認識
13.5 放流(資源添加)
(1)放流方法
(2)放流効果の評価 
(3)標識の種類
 コラム34 放流の適正とは
13.6 栽培漁業の事業効果の評価
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14章 環境改善 14.1 環境改善の歴史および概要
14.2 環境改善の手法
(1)人工魚礁
(2)藻場・海中林造成
(3)他の環境改善法
 コラム35 環境改善の有効性を評価するのは難しかった
14.3 人工魚礁の実施例
(1)事例1:広島県豊島
(2)事例2:山形県温海沖
 コラム36 人工魚礁の課題と今後
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15章  漁業管理
15.1 漁業管理の概念
(1)水産資源管理と漁業管理
(2)漁業管理のさまざまな目的
コラム37 漁業管理のさまざまな目的
15.2 漁業管理の手法
(1)どのようなルールを作るのか
(2)だれが管理するのか:共同管理
15.3 漁業管理の事例
(1)沿岸漁業
(2)沖合漁業
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16章 増殖事例 16.1 マダイ
(1)漁獲量の減少
(2)資源を回復するために
(3)人工大量種苗生産技術の開発
(4)資源生態と漁業の調査
(5)標識放流
(6)放流効果の推定
(7)遊漁によるマダイの捕獲量
(8)資源管理の必要性
 コラム38 放流する種苗経費はだれが負担するのか
(9)マダイ栽培漁業(増殖)事業の課題
16.2 ニシン地域型系群の増殖
(1)ニシンの系群タイプと増殖事業
(2)日本沿岸のニシン地域型系群と増殖事業
(3)宮古湾におけるニシン増殖試験
 コラム39 魚に標識を付ける技術
(4)ニシン増殖事業に期待される効果
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17章 希少生物の保全と育成 17.1 希少生物とは
17.2 希少生物の保全と保護
17.3 希少生物保全の課題
 コラム40 コウノトリの例
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18章 希少魚の保全および育成事例 18.1 ミヤコタナゴ
(1)ミヤコタナゴとは
(2)減少要因
(3)繁殖研究の試み
 コラム41 人工二枚貝による繁殖
18.2 ホトケドジョウ
(1)ホトケドジョウとは
(2)種内の遺伝的系統関係
 コラム42 分類の再評価
(3)生息地レベルでの遺伝的多様性
(4)保全にむけて
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この書籍の解説

先日(2022年12月)、人工生産ウナギの試食会が行われ、大きなニュースになりました。現在の養殖ウナギは稚魚であるシラスウナギを捕らえてから大きく育てるものですが、このシラスウナギの不漁が続き、ニホンウナギは絶滅危惧種となってしまいました。
そこで2014年から、鹿児島の会社が卵からウナギまでを人工で育てる完全養殖に取り組んできたのです。2017年には地上でのシラスウナギの生産に成功し、2022年になって完全養殖のウナギが100匹程度生産できたのです。
こうした養殖は、かつては海や池、湖など、魚の生息する場所で、漁業権を持つ漁業者、水産業者によって行われてきました。しかし現在では、海の魚を内陸部で行ったり、水産業以外の業種の企業が参入して行ったりすることも多くなっています。
日本人の魚離れが進んでいる現在、水産業は後継者不足や不漁に悩み、水産系の学部学科を持つ大学や水産高校も、「水産」の名前を使わなくなることが増えています。しかし一方で、魚介類の養殖や育成は新たなビジネスチャンスとみられていることもまた確かなのです。
今回ご紹介する『水族育成学入門』は、水産を学ぶ学生向けのテキストです。水生生物全般の発生と生態、養殖・増殖技術、漁業管理、希少種保全まで水族とそれに関わる法律や制度について広く学びつつ、栽培漁業の魅力も知ることができます。天然の漁業資源は減少を続けていますが、新たな養殖技術が確立され、新顔のおいしい魚や今はおいそれと食べられなくなった魚が食卓に上ることがあれば、日本の食生活と水産業はもっと豊かになるでしょう。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『水族育成学入門』はこんな方におすすめ!

  • 水産業に従事することを目指す学生
  • 水産・海洋系大学の教員
  • 漁業関係者

『水族育成学入門』から抜粋して3つご紹介

『水族育成学入門』からいくつか抜粋してご紹介します。本書は水族の育成を学ぶ学生とその指導者を主な対象とするテキストですが、水産分野から少し範囲を広げ、対象生物を水族全般とし、水族館や海洋環境保全に関わる分野もカバーしました。水族の産卵・生殖、発生、成長と順を追って解説したあと、養殖・増殖について述べ、養殖漁業や環境保全についても触れます。各章の最後には、より詳しく学ぶための参考書リストが付属しています。

養殖形態の分類

(1)給餌様式による分類 水族の養殖対象生物には、魚類、貝類、甲殻類、藻類があげられます。餌を与えて育成する養殖形態を給餌養殖と呼びます。水中の有機物を摂取する二枚貝や藻類の養殖は給餌が不要なので、無給餌養殖と呼びます。
その地域の生態系をうまく活用し、餌が自然発生することで養殖する方式を粗放的養殖と呼びます。反対に、生産性を高めるために高タンパクの餌を給餌し、様々な環境要因を管理して生産する方式を集約的養殖と呼びます。

(2)水域による分類 養殖形態は、利用する水域の違いでも分類することができます。河川水や湧水、溜め池、水田、湖沼などでの養殖を内水面養殖と呼びます。海水魚や藻類を海域で養殖するものは海面養殖といいます。
また近年、海水魚を陸上で養殖する手法が確立されました。このような生産方式は、陸上養殖と呼んで分ける傾向にあります。

(3)用水による分類 陸上養殖は、使用する飼育水によって2つの形態に分けることができます。
かけ流し:河川水や湧水を飼育池に流し入れたりポンプで汲み上げたりして常に新しい水を飼育水として導入し、飼育後の古い水を排出する。陸上養殖の多くがこの方式。
循環式:飼育水を濾過槽に循環させ、水の中のゴミを取り除き、アンモニアを毒性の低い硝酸に酸化させた後に飼育水として水槽に戻す。完全閉鎖循環濾過方式と、かけ流しを補う半循環方式がある。

(4)養殖生産方式による分類と養殖施設 魚類養殖は、生産方式や対象種によってもいくつかの型に分類できます。魚類の海面養殖で用いられる方式を紹介します。
① 築堤式養殖
満潮時に堤防で仕切られたクリーク内に外の海水が流れ込み、干潮時にはクリーク内の海水が外に出て行きます。潮の干満で水が交換されるため、電力などのエネルギーを使用しない低コストの養殖が可能です。一方、大量に魚類を飼育すると水質悪化を招くため、生産性は高くありません。堤防をつくる初期投資が大きく、環境への影響も大きいことから現在ではほとんど行われていません。

② 網仕切式養殖
施設建設費用を安価にするため、網で養殖池を仕切ったものです。しかし残餌などが残りやすいため生産性が低く、現在では干潟での一時畜養などに利用されているだけです。

③ 小割式養殖
生簀を海や湖に浮かべて養殖する生産方式を小割式養殖と呼びます。生簀は常に生簀内の水が交換されるため、酸素量や水質の維持も容易で、大量の魚を養殖することができます。陸上養殖のように電力を使うこともないため生産コストも低く抑えられ、海面養殖の主力生産方式となっています。
生簀は水面に金属や木材の枠があり、その枠に網を張ります。枠にプラスティックや発泡スチロールでできたフロートを取り付けることで、生贄に浮力を持たせます。生簀の大きさや形、材質などは魚種や生産組合によって様々です。生簀の材質はナイロンやポリエステルなどの網地のものと、鉄や真鍮などの金属製があります。
生簀は波浪の影響を受けやすいので、外洋には面さず潮通しの良い水道や湾央から湾口などに設置します。台風の接近時には生簀を湾奥や港内に移動させたり、フロートの空気を抜いて生簀を沈下させる浮沈式生簀を採用したりして対応します。

④ 陸上養殖
小割式養殖は底質が常に動くため、ヒラメやクルマエビ等の底生生物には適しません。これらの種では海水を陸上にあげて水槽で飼育する陸上養殖も行われています。
陸上養殖は、汲み上げた海水を陸上の水槽内で管理するため、建設コストに加え水温や水質の維持、電気等のランニングコストが高くなる一方、海面養殖よりも安全性が高く、環境への配慮も容易です。区画漁業権が必要なく、民間企業が参入し易いのも特徴です。

近年濾過技術が進歩し、場所を選ばない閉鎖循環濾過による陸上養殖が可能となりつつあります。閉鎖循環濾過による陸上養殖は、かけ流しよりさらにコストがかかりますが。内陸でも設置でき、病原体の侵入リスクも低いなど、多くのメリットがあります。

様々な業種の会社が陸上養殖に新規参入している中、農水省は実態把握のため、水産物の陸上養殖について、2023年4月から届け出制度を導入する方針を固めました。安くて美味しい魚介類が提供されるのは消費者としては有難いですが、安全のためにも生産者はきちんと把握しておきたいですね。

水族の栄養学

(1)魚類栄養学と配合飼料開発の歴史 魚に与える餌に含まれる有効成分や栄養素の代謝に関する研究は、20世紀に入ってから始まりました。
日本では、淡水魚に蚕の蛹などを与えていたことによる栄養性疾病の克服のため、1950年台半ばから栄養学的な研究や配合飼料の開発が開始されました。1960年代に入るとペレット状の配合飼料が使用されるようになります。この成果は急速に養殖現場に普及しました。
一方海水魚の養殖でも、餌の生魚が原因の栄養性疾病や海域の自家汚染が問題となりました。栄養要求の解明や飼料開発が1960年頃から始まり、冷凍して砕いた生魚と粉末状の配合飼料を混合してペレット状に固めたモイストペレットが開発されました。1990年頃には、より海水魚に適したペレットが開発されています。

(2)水族の栄養要求 必須栄養素は対象動物の要求量を満たすように飼料に含まれる必要があり、それが欠乏していたりバランスが悪い飼料を与えると、生産効率が下がったり、奇形や行動異常などの欠乏症を呈することがあります。
① 三大栄養素(タンパク質、脂質、炭水化物)
家畜に比べ、養殖魚では飼料中のタンパク質の割合とエネルギー含量が高く、その分炭水化物が少なくなっています。魚類や甲殻類ではタンパク質や脂質が重要なエネルギー源となっているからです。
・タンパク質:体内でアミノ酸に分解され、筋肉や結合組織、酵素やホルモンなど生命活動に重要な物質に合成されます。またアミノ酸を更に分解し、エネルギーを得ます。タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、魚類や甲殻類では10種類が必須アミノ酸となっています。
・脂質:脂質はエネルギー源や必須脂肪酸の供給源以外にも重要な役割を担います。甲殻類ではコレステロールとリン脂質が、魚類の仔稚魚期ではリン脂質が必須とされます。
必須脂肪酸は魚種により異なり、淡水魚では概ね冷水性魚類はリノレン酸、温水性魚類はリノール酸とリノレン酸、熱帯性魚類はリノール酸が必須となっています。これらの脂肪酸から、体内でエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)アラキドン酸を合成します。海水魚の多くはEPAやDHAを必須とし、淡水魚のようにリノレン酸からは合成できません。
・炭水化物:エネルギー源や、様々な物質を合成するための基質として利用されます。肉食性魚類に比べ、雑食性や微細藻類食性の魚類では炭水化物の利用性が高くなっています。

② エネルギー
タンパク質、脂質および炭水化物は、ともにエネルギー源として利用されます。タンパク質は高価で、アミノ酸が分解されて生じるアンモニアが環境汚濁の原因となることから、飼料には可能な範囲でより経済的な脂質あるいは炭水化物を配合し、タンパク質の配合率を下げることが求められます。

③ 微量栄養素(ビタミン、ミネラル)
生体内での酵素反応の補酵素や生理活性物質などの構成成分として、さらにミネラルは骨組織の成分としてだけでなく、神経伝達や筋収縮などの生命活動に重要な役割を果たしています。
・ビタミン:水溶性ビタミンと脂溶性ビタミンに分類されます。必須成分として前者にはビタミンB群およびC、コリン、イノシトール、パントテン酸、ナイアシン、葉酸およびビオチンが、後者にはビタミンA、D、EおよびKが含まれます。
・ミネラル:多量元素と微量元素に分類され、必須成分として前者にはカルシウム、塩素、マグネシウム、リン、カリウムおよびナトリウムが、後者には一般的に銅、コバルト、クロム、ヨウ素、鉄、マンガン、セレンおよび亜鉛が含まれます。

④ その他の栄養素
魚類の一部では体内で含硫アミノ酸から合成する能力が十分ではないため、 タウリンが必須栄養素となっています。また酵母などの微生物に含まれるβ-グルカンや核酸、ビタミンCなどが魚の免疫活性を高めることや、アスタキサンチンなどカロテノイド系色素が成熟や卵質の改善に寄与することなどが報告されています。

魚介類にはタウリンが豊富に含まれますが、ブリやヒラメ、マダイなどの海水魚は生合成能力が低いようです。海水魚の飼料が植物性に偏ってタウリンが不足してしまうと、胆汁色素が肝臓に蓄積する障害が起こるそうです。人体でもタウリンは重要な働きをします。詳しくは当社刊『読んで効くタウリンのはなし』をご一読ください。

ニジマスの養殖

(1)サーモンとトラウト 日本でサーモンといえば、シロサケやタイセイヨウサケをイメージすることが多いでしょう。一般的にはサケをサーモン、マスをトラウトと呼びますが、国内の小売店ではサーモントラウトまたはトラウトサーモンと呼んでいます。この多くはニジマスです。
ニジマスは北米を原産とするサケ科サケ属の淡水魚(陸封型)で、降海型のニジマスはスチールヘッドと呼ばれます。全世界に移植され、食用や釣り魚として活用されています。

(2)国内における状況 ニジマスが国内に初めて持ち込まれたのは1877年といわれています。その後新たな養殖手法が導入され、内水面養殖業に欠かせない魚種として活用されてきました。
20℃以下の冷水を好むことから、長野県、静岡県、山梨県など、標高が高く清涼な湧水や河川水を飼育水に利用できる地域で生産が盛んです。また育種を利用した大型化や、温暖な地域の宮崎県でも高水温耐性系ニジマスを用いた養殖が行われています。

(3)養殖生産過程 ①種卵生産
養殖用の種卵は、大型の飼育池を有する民間養魚場や公設水産研究機関で生産され、販売・配布されています。採卵は成熟した大型個体を使用して寒冷期に行われます。親魚の腹から卵を絞り出し等張液で洗卵した後、オス親魚の精液で媒精し、清水と撹拌して受精させます。その後吸水させて卵消毒をしてから孵化盆に収容し、孵化槽で通水しながら管理します。積算水温で150~180℃になると、発眼卵になります。この段階で検卵作業が行われ、残った優良な発眼卵が育成用に使用されます。

② 稚魚育成
購入した発眼卵は、屋内の孵化・稚魚育成施設に収容されます。 孵化後、稚魚が摂餌を始める直前から細粒の配合飼料を与えて餌付けを始めます。成長に合わせて給餌し、数gサイズの稚魚まで育成します。その後、屋外の稚魚池で数10g サイズまで育成します。最終的には大型飼育池へ収容しますが、この移動時に選別を行い、魚体サイズ別に飼育池に収容します。この選別を怠ると、成長のばらつきや魚病を誘発する原因ともなります。

③養成
育成池に収容後、概ね1年以内に80~100gの塩焼きサイズまで育成することができます。本種は長年の飼育実績から成長状況を推定することができるので、計画的に育成生産できるメリットがあります。大型化や親魚用飼育群は3〜4歳魚まで育成されます。

④ バイテク技術の活用
サケ科魚類は、三倍体魚の作出技術が確立されています。また、雌を人工的に雄に性転換できることから、性転換雄の精子を利用した全雌生産技術も確立されています。両技術を使用した全雌三倍体は成熟による肉質の低下がなく、食用魚として周年使用できることから重宝されます。

⑤ 魚病対策
国内におけるニジマスの養殖規模は、海面と比較すると非常に小さく、本種を対象としたワクチンや治療薬の開発・販売は積極的には行われていません。そのため、薬剤による予防や治療は困難です。

国内では伝染性造血器壊死症(IHN)および細菌性冷水病の発生が多くなっています。IHNの予防は、アスコルビン酸(ビタミンC)を配合飼料に添加して経口投与を1週間程度続けます。細菌性冷水病に対する治療薬としてはスルフィソゾールナトリウムが市販されていますが、経口薬なので魚の食欲がある早期に疾病を発見する必要があります。

一番好きなお寿司のネタはサーモンだと言う人がかなり増えましたね。最初はおっかなびっくりだった高齢者層も含め、今や多くの人が生サーモンをおいしく食べています。ニジマスも消費者のニーズに合った特徴を押し出し、大衆魚として食卓に定着すれば、内水面養殖も活性化され、よりよい養殖・流通環境が整備されるでしょう。

『水族育成学入門』内容紹介まとめ

水産・海洋系大学の学部生とその指導者向けの、水族の養殖や増殖分野の魅力と可能性、水族の育成とその課題について学ぶテキストです。水族の育成に関わる様々な分野の知識を包括しながら、水族の繁殖・成長、養殖と増殖、希少種保全の4つに分けて解説しました。図表を豊富に用いた他、発展学習のための書籍リストを各章の最後に記載しました。

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これからの漁業を考える おすすめ3選

『魚の疑問50 みんなが知りたいシリーズ15』
高校生から読める、現在の世界と日本の漁業について知る1冊です。漁業の現状と課題、どうすれば魚は増やせるのか、現在の養殖はどのようになっているのか、保存・加工・流通の技術、将来有望な魚は何か、Q&Aでわかりやすく解説します。

『世界と日本の漁業管理ー政策・経営と改革ー』
乱獲や資源悪化の問題を克服するため、水産業先進国は科学に基づく政策を導入してきました。しかし日本の対応は未だ遅れています。各国の現場を直接訪れて調査し、日本の現状と比較します。今後の政策立案や学術的研究、漁業経営を考える上で必読の一冊です。

『うなぎを増やす【二訂版】 ベルソーブックス010』
絶滅危惧種に指定されたニホンウナギ。完全養殖の成功も近いと期待されていますが、資源量が大きく減少し続けています。ウナギをどうやったら増やすことができるのか?いまだ謎の多いウナギの生態や一生、資源管理、養殖に必要な環境や増やし方などを解説します。


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