コラム

2022年2月9日  

動物目線で生態を追う!『バイオロギング』

動物目線で生態を追う!『バイオロギング』
水族館のペンギンコーナーや海獣コーナーで水槽の横やチューブ状になった部分から彼らの泳ぐ姿を見ていると、地上でのユーモラスな姿とはまったく違う飛ぶような泳ぎに目を奪われます。こんな速度で追いかけられたら、餌となる魚たちはひとたまりもないでしょう。それにしても、随分長い間潜っているのになかなか息継ぎに出ていかないな。どのくらい息を止めていられるのだろう?そんな風に思ったことはないでしょうか。
昔はそれを調べるために水面で延々と待つ必要がありましたが、現代はそうではありません。人間の目の届かない場所での動物の生態を調べる方法が発達しているからです。動物に小型のセンサー類取り付けて様々なデータを取り、それを分析することで、動物の生態を知る調査方法を。「バイオロギング」といいます。文字通り、生きた動物の行動ログを取るのです。
今回ご紹介する『バイオロギング』では、この方法が生まれて発展した経緯から、そこでわかったことの一部をご紹介します。水中や空中にいる動物の自然の行動を阻害することなく、精度の高い情報を効率的に得るための工夫は、デジタル革命の恩恵を受けて発展しました。私たちが携帯端末のお陰で迷子になりにくくなったのと同じ技術で、動物の秘密の生活が明らかにされてきたのです。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『バイオロギング−「ペンギン目線」の動物行動学− 極地研ライブラリー』はこんな方におすすめ!

  • ペンギンやアザラシに興味のある方
  • 動物行動学に興味のある方
  • 科学研究技術史に興味のある方

『バイオロギング−「ペンギン目線」の動物行動学− 極地研ライブラリー』から抜粋して5つご紹介

『バイオロギング』からいくつか抜粋してご紹介します。本書が書かれたのは2012年ですので、現在の技術はより進歩していますが、技術史資料としての価値は衰えていません。「バイオロギング」という研究分野の始まりと日本の極地研究における成果をまとめたものとして是非お読みください。「この話はこんな経緯で判ったのか!」という発見があると思います。

バイオロギングの始まりと発展

バイオロギングは、それぞれ違う場所、違う動機、違う方法で、同時発生的に始まった研究を祖としています。ほぼ同時期に、アメリカ、日本、南アフリカで、水中での動物行動を探る研究が始まったのです。

この名前が最初に使われたのは2003年のバイオロギングシンポジウムでした。コンピュータ制御の小型デジタル記録計を動物に装着して詳細な行動記録を取るという、動物行動学に加わった新しい研究領域を命名したものです。

この研究のそもそもの原点は、大きな2つの流れにありました。一つは、1930〜1940年代に発展した動物の潜水生理の研究です。当時は実験室で動物を泳がせて計測していたのですが、それでは正確なデータが把握できません。自然状態での計測を行うため、動物に直接記録計を装着する方法が考案されたのです。

もう一つは、動物の採餌生態の研究です。アザラシやペンギンの潜水状態での採餌行動を記録するために深度記録計が開発され、デジタル化、小型化が進み、長時間記録も可能になりました。この流れが、バイオロギング研究の基礎となったのです。

アザラシやペンギンなどの動物が人間の目の届かないところでは何をしているのか?この疑問の答えを得るため、記録計を直接動物に装着してデータを得る方法が考え出されたのです。

見えないところで動物たちは何をやっているのか?言われてみれば素朴な疑問ですが、現在使用されている様々な電子機器が開発されるまでは、詳細を知ることは難しかったのです。現在では、スマートデータロガーによって、回遊中の動物の全行動を記録、収録することも可能になりつつあります。

潜水行動

アザラシやペンギンは、水中に生息する魚などを餌として捕獲しています。餌は鰓呼吸ですが、アザラシやペンギンは肺呼吸ですので、時々水面に顔を出して呼吸しなくてはなりません。しかし餌の分布する深度まで頻繁に往復するのでは、効率がよくありません。水面と深いところの往復頻度を減らし、餌のいる深度に長い時間留まるためには、長く息を止めている必要があるのです。

アザラシやペンギンはなぜそんなに長く深く潜っていられるのでしょう?この研究の流れと、明らかになった事実を見てみましょう。

水上や水中での直接観察の次に、キッチンタイマーを改造した深度記録計が用いられました。それでアザラシを調査したところ、300mも潜ることがわかりました。また、アザラシに自動採血装置を取り付けて動脈血中の窒素分圧を調べた結果、潜水病にならない理由が判明しました。アザラシは潜水前に息を吐ききってしまうので、肺胞中から潜水病の原因となる窒素が血液中に溶解しにくくなっていたのです。

その後の長期間の調査では、アザラシが深度数百mの潜水を繰り返し、数分の休憩を挟むだけで平均20分間の潜水を行っていることがわかりました。また、水中三次元経路の計算により、氷の下でアザラシがどのように狩りを行っているかの詳細が記録されました。

これらの調査によって、動物たちは予想を遥かに上回って長く深く潜るということがわかりました。次に残る疑問は、それを可能にするのはどのような体の仕組みであるかということです。動物の潜水水理学研究は、疑問を解消するために新たな装置で測定すると、次の新たな疑問が生まれるといった具合で進められてきたのです。

抜粋したのはアザラシの調査ですが、この項目ではペンギンの研究についても解説しています。アザラシの計測結果から推察されたことと違う結果がペンギンの調査で判明したり、潜水中のペンギンのフリッパーの動きによって水の抵抗が推察され、それによって吸い込んでいる空気の量の違いがわかったり、見えない場所でのデータを取ることで、動物の行動とそれを可能にする機能がわかってくるのです。

遊泳行動のダイナミクス

野生動物の動きを知るためにも、バイオロギングは役に立ちます。動物の動きを邪魔しない小型の記録計が、野生動物の自然のままの動きの一つ一つを様々なパラメータで詳細に記録できるのです。水中動物の遊泳行動を例にとって紹介します。

バイオロギングを使って遊泳行動のダイナミクスを調べるのに重要なパラメータは、深度、速度、加速度の3つです。加速度センサーは物の傾きや振動を検出し、水中動物なら水をかく動きが記録できます。

ペンギンは潜るときに翼を羽ばたかせ、浮かぶときには翼を閉じて加速します。ペンギンは潜る前に息を吸い込み、羽毛に空気を貯めていますので、潜るときに浮力に抵抗する必要があるわけです。この空気は深度が浅くなると膨張するためより浮力が増し、浮上中に加速してロケットのように飛び出すわけです。

しかしアザラシは逆で、潜るときではなく浮上するときにヒレを動かします。アザラシは血液や筋肉に多くの酸素を貯めておけるため、潜る前に息を吐いてしまうので、潜るときに体全体の密度が海水よりも高くなり、沈む力の方が強くなるのです。逆に浮かぶときには能動的にヒレを動かさなくてはなりません。

ペンギンとアザラシの泳ぎのパターンは対照的ですが、彼らの行動は浮力によって大きく左右されていることがわかりました。浮力に逆らうときはヒレや翼を大きく動かして体を推進させ、浮力に助けられて泳ぐときはヒレや翼は使いません。浮力は肺、羽毛などに含まれる空気の量によって決まり、空気は水圧で圧縮されるので、深度にも影響されます。

野生動物の行動は複雑で、様々な要因によって変わります。バイオロギング機器の進化によって多様な野生動物からより豊富にデータが取れるようになれば、ばらつきのあるデータから普遍性を発見し、動物の行動の一般法則を解明することができるようになるでしょう。

採餌行動計測

潜水動物は、息をこらえるという絶対的な生理的制約のもとで採餌活動を行っています。水中の現場から採餌に関するデータを得るのは困難なため、「いつ、どこで、何を、どのくらい、どうやって食べたか」を知ることはこれまでほとんど不可能でした。

これまで行われてきたのは、潜水深度や、遊泳速度の変化を調べる間接的な調査です。また、冷たい餌を食べたことで胃の内部の温度が下がることから、胃内部の温度差の計測も行われてきました。しかし、動物への負担が大きく、自然な行動を記録できない恐れがあります。

そこで採餌時の顎の運動を計測する方法が考案されましたが、この方法はセンサーとは別にデータロガーをつける必要があり、その接続がうまくいかない場合があるという問題点があります。

次に、加速度記録計を用いて姿勢と動きを調べることで、動物の行動をカタログ化し、その中から餌をとるときの動きを抜き出す方法が考案されました。①餌に口を近づけ、②餌を捕捉し、③口に正確に入れる、という採餌時の動きを、より小型化したセンサーで読み取るのです。得られたデータを分析することで、餌の食べ方や餌の大きさなどがわかります。

採餌行動を適切に検出し、採餌に特徴的な波形を自動的に認識できれば、採餌行動を記号化しデータを大幅に圧縮できます。併せて飼育下動物の観察による検証や、ビデオ撮影による餌動物の同定なども求められています。

「この波形のときは〇〇という行動をしている」ことを特定し、それをデータベースにできれば、撮影を行わなくても動物の行動がわかります。またより長時間の計測が可能になれば、いっときの行動だけでなく動物が海洋をどのように旅行しているかといったマクロスケールの計測を行うことができます。「動きのパターンをデータ化する」でゲームや映画のCG制作時に使われるモーションキャプチャを連想しましたが、野生動物にあんなにたくさんセンサーをつけるわけにはいきませんので、なかなか大変ですね。

南極の環境変化とペンギンの動態

南極は、気候変化による野生生物への影響が最も懸念されている地域の一つです。南極の生物の生育状況の変化の指標として、ペンギンの個体数の変化が利用できるのではないかと考えられています。

個体数の変化に加え、環境の変化がペンギンの生態のどういった側面に影響を及ぼし、結果としてどのような個体数の変化をもたらしたかを知ることも重要です。

南極大陸で顕著な温暖化傾向が見られるのは、南極半島域です。何期半島周辺では、海氷の張り出し面積が過去50年間で30%程度小さくなっています。

南極に生息するペンギンはアデリーペンギン、ヒゲペンギン、ジェンツーペンギン、エンペラーペンギンの4種です。

そのうちアデリーペンギンは、南極半島域で30年間に繁殖ペア数が25%以下にまで減少しました。バイオロギングによって得られたデータから推測される原因を挙げます。

南極半島域では温暖化によって海氷が減り、ナンキョクオキアミの餌となる海氷につく藻が減りました。このオキアミは南極の海洋生物にとって重要な餌です。

このオキアミの多い年にはアデリーペンギンの餌取り時間が短く、少ない年には長いことがわかっています。従って南極半島域では、海氷の張り出し面積が減ってオキアミが減り、それが食物連鎖を通じてペンギンの繁殖成績や個体数に影響していると推察されます。

環境の変化が個体数の変化にどのように影響するかは、餌となる生物の海氷下での動態とペンギンの採餌の成功率の変化を調べることが鍵となります。分厚い氷の下で起こっていることを知るためには、画像記録計の進歩を待たなくてはなりませんでした。バイオロギング機器の進歩によって、海氷下の環境変化と生態系の関係がより明らかになるでしょう。

『バイオロギング−「ペンギン目線」の動物行動学−極地研ライブラリー』内容紹介まとめ

「動物は人間の見ていないところで何をしているのだろう?」この疑問の解明は、小型電子機器の開発によって一気に進みました。データロガーを取り付けた動物からの継続的なデータ採取・分析により、生理学、動物行動学、生態学など様々な分野に大きな成果があったのです。この「バイオロギング」の始まりと発展の経緯、研究成果の一部を解説し、現在も発展を続ける研究分野を紹介します。

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