コラム

2022年1月27日  

「世界一」が海外で勝つために:『鉄道システムインテグレーター』

「世界一」が海外で勝つために:『鉄道システムインテグレーター』
2021年12月、日立製作所のグループ会社とフランスのアルストムが出資する共同事業体が、イギリスで建設中の高速鉄道「ハイスピード2(HS2)」向け車両の製造・保守を受注したという発表がありました。欧州最速の高速列車の設計製造とその保守という巨大プロジェクトです。
現在、新型コロナウイルスの影響で国内の鉄道旅客需要が減っているため、政府は米国をはじめとする各国への日本の鉄道インフラシステムの輸出計画に力を注いでいます。
インフラを海外に輸出する場合、スムーズな進行には何が重要だと思いますか?輸出先に合ったシステムや安全性はもちろんですが、実は人間も非常に大きな役割を果たします。特にプロジェクト全体を監理するプロジェクトマネジャー、鉄道全般を見渡して設計を主導するシステムインテグレーターが求められていますが、人材が非常に不足しているのです。
今回ご紹介する『鉄道システムインテグレーター』では、このシステムインテグレーターについて、役割と業務遂行および養成の課題についてまとめました。大きなプロジェクトを一から作り上げる醍醐味を味わってみたいという鉄道人におすすめします。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『鉄道システムインテグレーター ー海外鉄道プロジェクトのための技術と人材ー』はこんな方におすすめ!

  • 鉄道システムインテグレーターを目指す方、育てたい方
  • 海外案件に関わる鉄道関連企業の方
  • 鉄道分野の技術輸出に関心のある方

『鉄道システムインテグレーター ー海外鉄道プロジェクトのための技術と人材ー』から抜粋して7つご紹介

『鉄道システムインテグレーター』の中から、内容を何ヶ所か抜粋してご紹介したいと思います。本書は最初に日本の鉄道技術について紹介したあと、プロジェクトの流れに従って諸手続きや関連要素の解説を行ない、終章はプロジェクトマネジャーやシステムインテグレーターを目指す人へのアドバイスとなっています。
各所に挿入されているコラムでは、海外と仕事をする人が直面しがちな「あるある」が描かれています。経験者なら、膝を打ってしまうかもしれません。

世界一神話の実態

日本では、鉄道が多くの人々に身近な存在として認識され、海外からの来訪者も日本の鉄道の便利さや清潔さ、正確さを称賛します。日本の鉄道が海外でも通用するであろうという認識は、こうしたところから生まれています。

しかし期待とは裏腹に、日本の鉄道技術は必ずしも海外で大きな成果を上げているとは言えません。日本の鉄道は、本当は世界からどのように見られているのでしょうか?
新幹線の登場まで、日本の鉄道が世界の関心を引くことはありませんでした。標準軌の高速鉄道(新幹線)ができたことでようやく海外技術者も注目し始め、訪日して新幹線を調査し、自国で高速鉄道プロジェクトを計画しました。しかし、日本の車両やシステムの売上にはつながりませんでした。各国が自国の技術をベースとしたからです。

また、国鉄の分割民営化時にも欧米から注目されましたが、このとき関心を持たれたのは民営化の手法や列車運行管理システムといったソフト面であり、日本の鉄道技術というハード面に対する需要ではなかったのです。

発展途上国にとっては、日本の歴史鉄道の正確な運行は驚異でしたが。やはりハード面は欧米とさほど変わらないと受け止められました。資金面でも大きな障壁がありました。
こうしたギャップが認識されずに、日本の技術は世界一で誰もが求めるものだという思い込みにつながったことが、成果を上げられずにいる理由ではないでしょうか。今一度日本の現状を正しく認識する必要があります。

台湾新幹線の車両更新について、日本からの新規車両導入が断念されました。台湾新幹線車両の元となった新幹線700系が日本では引退してしまったため、台湾側の車両はまだ使えるのに部品の調達が難しくなったこと、新車両の価格面で折り合わなかったのが大きな原因です。こうした輸出先の事情と日本側の思惑とのギャップが、日本企業への不信を招き、プロジェクトがうまくいかない原因にもなるのです。

海外プロジェクトの組織構成

海外プロジェクト実行のための組織は、施主側コンサルおよび請負者側両方で立ち上げ、運営されます。施主側コンサルは、施主から提示された業務内容に応じて入札が行われ、各件に合致したコンサルが雇用されることによって組織されます。日本の会社がそのまま海外に出ていくのではなく、プロジェクトごとに複数のコンサル企業のJVあるいはコンサル企業本体と補強要員からその都度組織されます。基本的には多国籍の専門家集団で、一般の日本の会社組織とは異なります。

請負者側のプロジェクト実行組織は、受注企業あるいはJV企業の社員もしくは個人専門家で構成し、日本人だけではなく外国人も含まれます。入札仕様書で要求されたポジションの要員を配置し、それぞれの業務も明確に区分します。サポートスタッフは現地雇用ですが、国内の組織は日本企業の形態のままですので、業務遂行の際は国内本社やJV構成企業との調整が必要です。

海外プロジェクトの各段階でコンサルが重要な役割を果たしますが、実は鉄道関連分野専門のコンサル企業は国内では成り立っていません。国内では、これらの分野でのシステム設計や施工監理は施主が行うからです。しかし海外では、システム設計、施工監理はコンサルが担っているのです。こうした海外との組織原理や運営の違いを、調整していく必要があるのです。

コミュニケーション能力

海外プロジェクトにおいては、バックグラウンドの異なる相手とのコミュニケーションをどのように取るかということが問題になります。以下に、海外プロジェクトでのコミュニケーションで注意する点を挙げます。

1.英語は国際語
海外案件では、交わされる文書も基本的にはすべて英語です。文書は契約の一部ですので、厳密に把握し伝えなければ、致命的な結果をもたらす可能性があります。海外の請負者もコンサルも、契約書に基づいて仕事をします。曖昧さは通用しません。
会議の出席者にはある程度以上の権限があるのが普通ですので、持ち帰って検討する姿勢は不信感を抱かれます。即断即決も必要です。

2.技術の説明能力
日本のODAであっても、日本の省令や規格のみでは設計はできません。施主側も海外規格や技術情報に接しているので、日本と海外の技術の比較が常に求められます。

3.文書作成
正確な技術文書を書くには、前提条件、根拠、方法論、要求への適合性、今後の課題、結論等を理路整然と記述しなければなりません。和文を英訳する場合も、英語と日本語の構成の違いを考慮して、主語と述語が明確な短い文章で書くのがよいでしょう。

4.プレゼンテーション
プレゼンテーションは、何を訴えたいのかを完結に示す必要があります。できるだけ原稿は見ずに聴衆に顔を向け、明瞭な発音で説明し、信頼を得ましょう。発表者はその分野の専門家であることが前提ですので、厳しい質問にも明確に返答ができるよう、十分な準備を行ってください。

国内だけで仕事をしていると、なんとなく雰囲気で伝わることを期待したり、表現に幅を持たせておいて後で詰めたり、ということをやりがちです。しかし、異なる背景を持つ国の企業間でビジネスを行う場合はそうはいきません。また、敬語がないと思われている外国語でも、相手の立場を考えた丁寧な言い回しがあります。それによって話がスムーズに進むこともあるのです。

人材育成

鉄道のように大規模な建設プロジェクトでは、様々な視点・立場の専門家が求められます。

1.プロジェクトマネジャー(PM)
プロジェクト全体の監理を行うので、技術士の総合技術監理部門で要求されるレベルの知識が必要です。いくつかの海外プロジェクトを経験し、実務を通じて知識を獲得した経験者が適しています。

2.システムインテグレーター(SI)
SIはPMを補佐し、プロジェクト全体の技術監理を行います。そのため、技術仕様書だけでなく、契約約款や契約一般事項および特約事項についての知識も必要です。
専門分野を横断的に見渡さなければならないので、鉄道事業者OBやコンサル経験者が徐々に業務の幅を広げて養成するのが望ましく、若手のうちから広くいくつかの業務を兼任し、経歴の幅を広げていく必要があります。

3.技術法務もしくはスペックエンジニアー
入札図書は多くの文書から構成されるため、それらの間に矛盾がないか等をチェックする必要があります。海外案件では契約書が全てですので、見落としやミスは致命的な結果を招きかねません。腰を据えた育成が必要です。

4.日本人専門家
外国人を雇用する場合は、上司が個々の能力を正確に評価し、場合によっては厳しい態度を取らなければなりません。ミスマッチによってイニシアチブを失う事態を避けるため、日本人専門家の育成にも力を入れる必要があります。海外案件では少数精鋭で臨まなくてはならないので、少人数でプロジェクトを担当させ、能力開発を促進することが望ましいでしょう。

日本人はとかく、自分の専門分野だけに集中した「◯◯屋」のような存在を優れた技術者だと思いがちです。しかし大きなプロジェクトを進めるためには、そのような人々の恨みを買ってでも横から口出しをし、横断的にまとめていく人々が必要です。

路線計画

鉄道の路線をどこにどのように敷設するかについては、住宅地、商業地、学校、工場などの配置の現状および開発計画から将来の輸送需要が望めるように計画します。同時に駅や線路、車両基地の用地取得の容易さ、将来の駅前や路線開発が見込めるかも考慮します。

技術的には、地形および地質調査により通過可能なルートを絞り込み、トンネル、橋梁、勾配や曲線を想定し、交差あるいは近接する鉄道、道路、送電線、上下水道管等の構造物との関連を調査して、建設費が最小となるようにルートを決定します。

将来の需要増が見込めるのであれば、鉄レールと鉄車輪システムで、勾配も曲線半径もほどほどに抑え、列車の増結余地を残すことが望ましいでしょう。路線の選定は、想定輸送量に合わせた最適な鉄道システム選定ともいえるのです。

路線と鉄道システムを決定するとき、周辺の開発状況と合わないものを選んでしまうと、需要増に鉄道が対応しきれなくなることがあります。日本においては日暮里舎人ライナーがその例で、混雑率ワースト5の常連です。定員増と増発で混雑緩和の努力が続いています。

鉄道を構成するシステム

鉄道を構成するシステムは、軌道、車両、信号、通信が基本です。その後電力供給、電車線、自動改札、プラットホームスクリーンドア、設備管制システムが付加されてきました。ここでは、PMおよびSIとして必要となる日本と海外の技術の比較を解説します(そのうち「軌道」について抜粋します)。

1.軌道の種類
1)バラスト軌道:砕いた石の上に枕木をのせ、その上にレールを敷設する。安価だが、レールの傾きや沈み込みによる軌道不整が起きやすく、頻繁なメンテナンスが必要
2)バラストレス軌道:構造体にバラストを使用せず、主にコンクリートを用いる軌道。建設コストは高め。騒音振動を抑えるための技術が導入され、様々な種類が開発されている

2.軌道と漏えい電流
ヨーロッパでは、IEC規格によって漏えい電流抑制および監視方法を規定しています。しかし日本にはこのような規格がないので。起動敷設後にレールと大地間の抵抗を測定し、基準値未満であれば問題箇所のAVTボックスを交換しています。

3.高架橋構造物と軌道
高架橋としては、軽量で施工が容易なPC桁が広く採用されています。箱型断面のボックス桁は縦方向の曲げ剛性が大きくなっています。一方フランスで開発されたU形桁も採用されるようになっていますが、こちらは曲げ剛性がボックス桁よりも小さいので、採用の際は十分に注意が必要です。

4.レール
レールの規格はJISの他にISO、EN、UIC規格など、国際規格の他にも様々な各国規格があり、どれを採用するかが課題です。かつてはUIC規格が広く用いられていましたが、現在はEN規格の採用が増えています。レールの採用の際には、分岐器も同じ規格のものを採用するのが基本です。

海外では存在している規格が日本には存在していないケースがあります。日本では設計基準や製造方案および製造資格に関する規格がなく、あったとしても鉄道企業の社内的なものに留まるのです。そのため個々の製品がJISを満たしていても、JISに則って製造されたことを第三者が認証する仕組みがなく、海外では採用されづらいのです。

現地生産と技術移転

海外では、自国の産業造成、雇用確保を目的とした現地生産と技術移転が求められます。これは諸刃の剣であり、いずれは相手国が低賃金を武器に第三国あるいは日本に売り込みをかけてくるようになるでしょう。

技術移転契約で、移転した技術を使用した製品の輸出を禁じることもできますが、相手によっては通用しません。しかし敢えて一世代前の技術を供与することは、相手国の不興を買いかねません。技術の一部をブラックボックス化して輸出し、現地で組立を行うといった対策も考えられるでしょう。

もう一つの問題は、現地で熟練労働者が雇用できるかどうかということです。新興国では、時間をかけて教育してもさっさと転職してしまう例が多いのです。
現地生産と技術移転の要求は、国家間の貿易交渉の範疇となり、国や関連企業による交渉で決まります。コンサルトしてはその結果を入札仕様書の要求事項としてまとめ、それをモニターすることになります。

高度な技術を輸出する際には、ノウハウを盗まれることをある程度覚悟しなければなりません。かといって、「恩を仇で返される」状況は、企業としてはできるだけ避けたいものです。このバランスをどう取るかということは、より大きな視点の問題となるのですね。

『鉄道システムインテグレーター ー海外鉄道プロジェクトのための技術と人材ー』内容紹介まとめ

「世界一」といわれる日本の鉄道ですが、技術を海外へ輸出しようとした際、思わぬギャップに苦戦することがあります。鉄道プロジェクトの海外輸出における手順や諸手続きの解説、鉄道事情の比較を行いつつ、プロジェクトの現場で必要となる人材「鉄道システムインテグレーター」の育成の必要性を説きます。海外プロジェクト担当者、海外との仕事を目指す鉄道関係者必見!

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海外事例を研究し、日本の鉄道を改善する!おすすめ3選

『海外鉄道プロジェクトー技術輸出の現状と課題ー 交通ブックス126』
『鉄道システムインテグレーター』の基本編ともいえる書籍です。アジアをはじめとした日本企業の海外鉄道プロジェクトへの参加において、日本企業は国内とは大きく異なる海外の商習慣等の壁に直面します。海外における鉄道プロジェクトの特徴と流れを解説し、そのギャップを縮めようと試みています。

『鉄道車両・保守設備プロジェクトマニュアル(RAMS規格対応)』
コロナ禍で打撃を受けた鉄道業界。業界の立て直し、地球環境や生活環境の改善、海外進出など、鉄道に課せられた課題は山積みです。品質確保の監視ツールとしてRAMS規格を紹介し、国内外の事例を分析しながら鉄道車両・保守設備プロジェクトにおいて今後求められる技術体系を考察しました。『海外鉄道プロジェクト』『鉄道システムインテグレーター』の続編的存在です。

『路面電車ー運賃収受が成功のカギとなる!?ー 交通ブックス127』
LRTの普及は日本でなぜ遅れているのか?その鍵は「料金授受」の仕組みにあった!日本の事例と海外の事例を比較しつつ、都市部での大量輸送と定時運行を可能にするLRTの導入について検討します。
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