コラム

2022年1月28日  

釣りから見える、研究で知る!『クロダイの生物学とチヌの釣魚学』

釣りから見える、研究で知る!『クロダイの生物学とチヌの釣魚学』
クロダイは知名度が高く、水産業においても重要視されています。“捕る漁業から育てる漁業へ”という合言葉で進められてきた栽培漁業の対象としても有力な魚ですが、入荷量が多いため、価格は安めです。こうした背景から、私たちは普段、クロダイをそうと意識せずに食べているかもしれません。
しかし釣りの世界では、クロダイは熱狂的なファンがいるほど愛されている魚です。クロダイは大きく育ち、沿岸域でよく釣れて、しかも賢く駆け引きも楽しめるという、釣りにはもってこいの相手なのです。
今回ご紹介する『クロダイの生物学とチヌの釣魚学』は、釣りを通してクロダイに魅せられ、水産学の道を選んだ生粋のクロダイファンの著者が、趣味の釣りとライフワークの研究を結びつけ、クロダイの魅力と知識を伝えようという思いで書いた本です。釣り人の間で囁かれるあの噂は本当か?研究ではこういう可能性が出てきたが、フィールドではその可能性はどのように現れているのか?「生物学」と「釣魚学」の両面から鮮やかに描き出されるクロダイの世界を覗いてみましょう。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『クロダイの生物学とチヌの釣魚学 ベルソーブックス033』はこんな方におすすめ!

  • クロダイをもっと釣りたい人
  • 釣りを通じて魚の生態に興味を持った人
  • 魚の研究を志す人

『クロダイの生物学とチヌの釣魚学 ベルソーブックス033』から抜粋して7つご紹介

『クロダイの生物学とチヌの釣魚学』から、項目をいくつかピックアップしてご紹介します。研究者の仕事を釣り人のネットワークが助ける「アツい」場面が何回も出てくるので、あなたが釣り人なら、本を読み進むうちにドキュメンタリー番組を見ているような気持ちになるかもしれません。

63センチは16歳だった

クロダイは最初にオスとして成熟し、その後メスに性転換する魚です。また、体が成熟しても成長を止めることはなく、ずっと大きくなり続けます。
魚の年齢を知るには、ウロコを調べる方法があります。ウロコには年齢や成長に関する情報が刻まれていますが、全てのウロコが年齢査定に使えるわけではありません。一番適しているのは、胸鰭の付け根(人間だと脇の下にあたります)のウロコです。

ウロコ数枚を剥ぎ取って拡大鏡や実体顕微鏡で観察を行います。ウロコの表面には、環状に並ぶ細い線(隆起線)があります。この隆起線には間隔が広くなっている部分があり、これを年輪といいます。年輪は1年に1本形成されるので、年輪を数えることで年齢が査定できるのです。

著者の調査によれば、広島湾内で連れた50cm以上のものは16〜19歳、外海に面した海域で釣れた同サイズのものは13〜15歳でした。つまり、外海に面した海域のクロダイの方が、湾内のものより成長が速いといえそうです。成長速度の違いは、瀬戸内海と外海の水温の違いや、群れの密度や餌の豊富さが関係していると思われます。

著者がウロコを確認できた最大のものは体長63.5cmでしたが、ウロコから査定した年齢は約16歳でした。前述の生育環境の違いにより大きさに差が出るので、最大≒最長寿というわけではありません。

魚のウロコの年輪から年齢がわかるのは知っていましたが、ぶつかりやすい体の側面等のウロコには再生鱗が多く、これだと正確な査定はできません。著者が知るクロダイ最長寿は18歳とのことですが、その後記録は伸びているかもしれませんね。

釣り人がもたらした貴重なデータ

クロダイは活動が活発になると浅瀬へやってきます。クロダイは群れで行動する魚なので、群れが同じ場所に留まって餌をとるとその場所の餌が枯渇してしまいます。そういった新たな餌場を求めての回遊のほか、幼魚は砂浜や干潟、成魚は磯場といったように、成長段階に見合った場所で生活するための移動があります。

魚の移動や回遊を調べるためによく使われるのが、タグ標識です。プラスチック製のタグを魚に装着し、リリースした場所と再び採集された場所から回遊パターンを割り出すのです。

クロダイのタグ標識研究では、多くの場合養殖された幼魚が使われています。天然成魚を用いたデータ採取には大変な手間と時間がかかるからです。
しかし、これを行っている民間の有志による研究団体がありました。東京湾において10年間で約3800匹の成魚(体長30〜50cm)にタグをつけて放流し、そのうち約1.7%を回収できていたのです。その結果、東京湾でのクロダイの回遊傾向として次のことが浮かび上がりました。

クロダイは防波堤を主な生活領域とし、多くの場合移動回遊は最小限でした。移動回遊する場合も、防波堤間や防波堤から沖の岩礁帯への移動がほとんどです。越冬場所も防波堤付近と思われます。一部は三浦半島から相模湾へと回遊しますが、移動距離は1日約1km程度と考えられます。

魚の移動を調べる方法には、他に超音波テレメトリやマイクロデータロガー等があります。記録装置の小型化が進めば、より魚に負担の少ない方法でデータが回収でき、より生態に即した結果が得られるでしょう。それにしても、立派な体格のクロダイは広範囲を泳ぎ回っているものだと思っていましたが、意外にも定住派の魚なのですね。

クロダイの視力は0.14

クロダイは賢く、釣りの仕掛けをすぐ見破ってしまうといわれます。クロダイは視力が抜群で、釣り糸が見えているから釣れないのではないか?という疑問も、釣り人の間でよく聞かれます。

魚と私たちの眼の構造について考えてみましょう。基本構造はほぼ同じで、水晶体を囲むように網膜が配列されています。大きな違いは、レンズの形です。私たちの水晶体はかなり扁平になっているのに対し、クロダイの水晶体は円形です。このレンズの違いは、ピント調節の違いを反映しています。

人間は水晶体の厚さを変えることでピント調節をしていますが、クロダイは視軸方向に水晶体を移動させてピントを合わせるのです。「レンズが動いてピントを合わせる」という点で、カメラに似ているといえるでしょう。

視力をカメラの性能にたとえると、魚のレンズにあたる水晶体は非常に透明度が高く、ピント合わせの性能についても多くの魚は大変優秀で、近距離から遠距離までピントを合わせることができ、餌を見逃さないようになっています。

しかし、魚の網膜の視細胞の密度は低く、従って像を細部まではっきりと捉える力はあまり高くありません。この視細胞の密度から計算すると、クロダイの視力は0.14となります。ですが、魚の中でクロダイが特に視力が悪いというわけではありません。クロダイの「賢さ」は、ものの細部を見るという意味での視力には負っていないようです。

クロダイの目は、「解像度が低い」ようです。ものがあることはわかっても、その物体の細部までは見えていないということでしょうか。しかし餌をとったり危険から逃れたりする場合には、動くものに素早く反応する動体視力や、視野の広さが重要なのかもしれません。それに合わせた仕掛けのコントロールが、釣果に影響するといえそうです。

クロダイの色覚

魚の色の見え方は、種類によって違うことがわかっています。魚の色覚を知るには、網膜の水平細胞を様々な波長の光で刺激したときに得られる活動電位(S電位)を調べる方法があります。このS電位は、光の波長に関係なく常に負の反応を返す明暗タイプ、光の波長によって反応が異なるカラータイプがあります。

色のわかるコイなどは明暗タイプとカラータイプの反応を示しますが、これまでのクロダイに関する調査では。明暗タイプの反応しか記録されていませんでした。このため、クロダイは色を認識しないと考えられてきたのです。

しかし、その後の実験で、クロダイと似た環境で暮らす海水魚のメジナは、S電位では明暗タイプの反応しか示さないにもかかわらず、実は色を見分けていることがわかりました。クロダイについても同じ可能性があります。そこで網膜を調べ、青色、緑色、赤色の波長の光を吸収する錐体が存在するかどうかについて確認しました。錐体にはそれぞれ対応する色に特徴的なオプシンというタンパク質が含まれるので、それが存在するかどうか調べます。

その結果。クロダイの網膜には青色、緑色、赤色に加え紫外線を吸収するオプシンが存在することがわかりました。この実験によって、クロダイは4色型色覚である可能性が示されたのです。

クロダイはその体色や夜間に活動するという生態からも、色が見分けられなくても不思議はないと考えられてきました。しかし実験や分析によって、3色型色覚の私たちより幅広い色の世界を生きている可能性があるとわかったのです。紫外線が見えれば、餌をとるのにも好都合ですね。

味にもうるさいクロダイ

クロダイの目は魚としては並であることから、餌への反応はそれ以外の要素が大きそうです。魚が匂いに敏感かどうかを知るには嗅房の嗅板数を数える方法がありますが、クロダイの嗅板は55~60枚で、海産魚の中では多い方です。クロダイは視覚よりは嗅覚に強く依存しているといえるでしょう。この嗅板数から導かれるクロダイの嗅覚は、50m×25m×2mのプールにグルタミンをスプーン1杯溶かしただけでも反応するほどの鋭さです。

実際に釣りをしてみるとわかるのですが、クロダイ釣りは餌に食いつかれたところで「かかった」わけではありません。クロダイは餌の旨い不味いで選り好みをするのです。クロダイが釣れるかどうかは、餌の味にも関わってくるのです。

クロダイはどんな物質を旨いと認識しているのでしょうか。アミノ酸に題する反応を見てみると、特に反応が強かったのは主食であるゴカイやエビに多く含まれるグリシン、プロリン、アラニン、アルギニンでした。主食にしているものの味に強く反応するということです。

魚には「いつものおいしい味」が効果的なようです。しかし、実際のクロダイ釣りの現場では、クロダイとは生息域の重ならない南極産のオキアミでもよく釣れるそうです。これは、オキアミに含まれるアミノ酸に秘密があります。オキアミには、クロダイがよく反応するアミノ酸が比較的多く含まれているのです。

釣り人が産卵を見ない理由

クロダイは体の中に卵巣と精巣の両方を持ち、オスとして生まれ成熟した後、大きくなるとメスに性転換します。このような魚は、約25000種のうち350〜400種程度です。
1回の産卵で死んでしまう魚も多いのですが、クロダイは成熟したら死ぬまで同じ時期に卵を産みます。産卵期は春~夏で、瀬戸内海での産卵は5月後半〜6月頃です。この期間中にはほぼ毎日産卵を行います。

産卵期のクロダイは藻場で釣れるため、藻に産卵すると思っている釣り人も多いようです。しかしクロダイの卵は軽く水に浮き、ものに付着する性質もありません。これまでクロダイの産卵について釣り人があまり知らなかったのは、産卵が行われる時間に関係があります。

水面に浮いている卵を回収して調べたところ、21時〜23時の夜間に最も活発に産卵が行われていました。産卵が深夜帯に行われていることから実際の産卵行動の観察は難しいため、DNA分析によって解明を試みました。その結果、1匹のメスの放卵に対して多数のオスが放精を行っていることがわかりました。

魚の産卵には色々なタイプがありますが、サケのように精魂尽き果てるものをイメージしてしまいがちです。しかし一度で死んでしまうようなものでなくても、生物にとって次世代をつくることは一大事業に違いありません。それを産卵期の1ヶ月間ほぼ毎日行うクロダイは、相当タフな魚なのではないでしょうか。

クロダイを食べよう!

大きく育ち見栄えがする上に、賢い駆け引きで大いに釣り人を楽しませてくれるクロダイ。また放流魚としても優秀で漁獲量も多く、比較的安価に買うことができます。釣り人は釣り道具や交通費にも元手をかけていることですし、釣り上げた魚はおいしく消費したいものですね。

クロダイの美味な時期は越冬に備えて脂肪を蓄える冬で、11月〜2月の間は刺し身やシンプルな焼き物でもおいしくいただけます。しかし産卵期かつ豊漁期である晩春から味が落ち始め、特に夏の味の評価は芳しくありません。クロダイには特徴的な生臭みがあり、産卵期にはこれが前に出てしまうのです。クロダイは生臭いので釣っても食べないという釣り人もいるほどです。

代表的な調理方法は刺し身、塩焼き、煮付けですが、これには「タイ」の名前が影響しているのではないでしょうか。本家マダイのような和風の味付けではなく、香辛料を効かせた料理が合うのかもしれません。

実は韓国ではクロダイは高級魚扱いで、盛んに食べられています。そこで韓国風に調理してみたところ、産卵期のクロダイもまったく臭みがなくおいしく食べられました。唐辛子を効かせたスープや、ゴマ油などが有効だったようです。

クロダイは交雑種を作れるほどマダイに近いのに、味は結構異なるのですね。クロダイは稚魚の放流も容易く、増えすぎてカキ養殖の厄介者となってしまうこともあります。色々な味の魚を、時期に適した食べ方を見つけておいしく食べることが、漁業資源の保護にも繋がります。

『クロダイの生物学とチヌの釣魚学 ベルソーブックス033』内容紹介まとめ

釣りを通してクロダイ=チヌに魅せられた著者は、学問の道へ進んで本格的にクロダイの研究を始めます。そこで、釣りのフィールドで知ったチヌの「釣魚学」と、研究で明らかにしてきたクロダイの「生物学」を結びつけようと試みました。なぜ釣れる/釣れない?ここで釣れるのはどうして?クロダイはどこからどこへ移動し、どんな一生を送っている?釣り人の実感を研究者のデータが裏付けしときに裏切る、学問のエキサイティングなあり方が示されます。

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