『海の科学がわかる本』海から地球を理解する!過去から今、北から南へ! 【第2章:海洋物理の紹介とエルニーニョ現象の海洋物理的解釈】

『海の科学がわかる本』解説の第2回目は、この本の本題でもある海の話題にフォーカスしていきます。今回解説する第2章は、前回の第1章で紹介した海を研究する学問のうち、海洋物理学についての章です。海洋は地球のサブシステムのうち流体圏に属します。海洋と同じ流体圏に属する大気については、また別の章で触れられています。

海の中ではどのような物理現象が起こり、それによって地球環境はどのような影響を受けているのでしょうか?エルニーニョ現象を例に、海洋の物理現象が気候に作用する仕組みを解説します。海に興味はあるけれど、物理学は苦手だな……と思われる方は、是非本書の図を参照しながら読んでみてください。渦と矢印が大活躍しますよ。

はじめに

《海洋物理の紹介》

海洋物理とは、地球流体という視点で海洋の力学(運動)を解釈する部分と、海洋特有の現象を物理的な視点から扱う部分の2つのパートから成り立つ学問です。この章ではこのうち、前者の海洋と大気に共通する部分について取り扱います。

地球流体という視点から、気象と海洋に共通する地球流体力学で最も重要な要素は「コリオリの力」です。コリオリの力は、回転している惑星(円盤でも可)上の流体(物体)が、その惑星上にいる人が見る場合、実際に回転させようとする力が働いているように見える力です。このコリオリの力を考慮しなければ、地球上の流体の観測や予測は不可能です。

《地衡流(地衡風)》

地球上の大気と海洋の現象でこのコリオリの力がわかりやすく表れる現象が、地衡流(地衡風)です。実際の世界では、等圧線に沿った流れとして観測できます。北半球の大気では、高気圧(低気圧)の中心に対して右回り(左回り)の風が吹きますし、海洋でも暖水渦(海洋中の高気圧に相当します)の中心を見て右回りの流れを観測します。コリオリの力がなければ、気流や海水には高いところから低いところへ流すような力(水平圧力傾度力)が働いているので、円盤の中心から外に向かう流れができて、円盤はすぐに平たくなって消えてしまいます。円盤の形を維持するためには、円盤から外向きの圧力傾度力と釣り合うコリオリの力が必要なのです。

《エクマン流》

海面付近や海底、大気の下層の流れを考える上で重要なのが、エクマン流といわれる流れです。海面で風によって作られる表面での流れがコリオリの力によって曲げられ、風が吹く方向に対して、北半球では風に対して右側に海流(エクマン流)を形成するというものです。表層で風が吹くと、北半球(南半球)では海水は風に対して右側(左側)に輸送されると覚えるのが一般的です。

《海洋表層の大きな流れ(風成循環)》

局所的な力学現象である海洋表層のエクマン流と海洋流体特有の考え方を用いると、数千キロ程度までの海盆スケールで海上を吹く偏西風と貿易風によって作られる大規模な流れ(風成循環)も計算することができます。

海域の北側で西風(偏西風)、南側で東風(貿易風)が吹いている状況を考えたとき、エクマン流の考え方だけでは大規模な時計回りの循環運動が生じる結果となりますが、実際の海洋循環は西岸の黒潮域を除いてほとんどは南向きの流れとなっています。

ここで重要なのは、コリオリの力が緯度と共に変化することです。エクマン流を求める数式と渦度保存の式を利用すれば、コリオリの力が緯度で変化する効果により、海上風によって与えられた渦度とバランスするように南向きの流れができることがわかるのです。

《大気や海洋の変動を解釈するための惑星波》

実際の大気や海洋では、様々なスケールの様々な変動が観測されています。変動を長期に観測・観察した場合、同じような現象が繰り返し発生するように見えることが多いため、研究者はしばしば「波」という概念で整理しようと試みてきました。

海洋や大気という地球流体においても、様々な時空間スケールで「波」が存在します。ここでは一例として、惑星波と呼ばれるものを解説します。代表的なものは、ケルビン波・ロスビー波と呼ばれる2つの波です。

ケルビン波は、海面でみられるうねりなどと同じく重力を復元力としますが、その空間的な大きさがコリオリの力によって決まっているのが特徴です。赤道でみられる海洋ケルビン波は、エルニーニョ現象の発生において重要な役割を果たします。この波は、位相の伝播によって東西に広がる赤道海洋の状況を短い時間で変化させることができます。

ロスビー波は、惑星波の代表選手といわれる波で、重力ではなくコリオリの力を復元力とし、海洋では沿岸域を除いて西方向にのみ伝播する波です。大気や海洋の様々なところでみられますが、赤道においては、エルニーニョ現象の周期を決めるとも言われています。

熱帯海洋気候現象(エルニーニョ現象を例として)

《熱帯の海洋気候(平均場の状態)》

通常の熱帯太平洋の状態は、西側(オーストラリアの北)に暖かい海水がたまり、東側(ペルー沖)では、大規模な湧昇(エクマン流)によって海面が常に冷える状態になっています。西側で海面水温が高く、東側で低い状態が維持されることにより、熱帯の大気は西側で上昇、東側で下降の大規模循環を形成しています。

《エルニーニョ現象》

エルニーニョ現象とは、前述の気候場(平均場)で成立していた熱帯の大気と海洋のバランスが海洋スケールで変化する変動現象です。逆のパターンをラニーニャ現象と呼びます。

通常は西にある暖水が東に現れ、それに伴って東に海面水温が高い場所が表れます。大気大循環も大きく変わり、東側の海面水温の高い場所で大規模対流が発生し、西側では下降気流となります。上昇域の大規模な東への移動が、全球大気の大循環場を変化させ、中緯度の国々の気候や気象に影響を与えるのです。

《エルニーニョ現象の物理的解釈》

このバランスを変えているものを海洋物理学的観点からみると、変化の過程で海洋の惑星波(ケルビン波・ロスビー波)が重要な役割を演じているという解釈ができます。実際の現象はもっと複雑ですが、代表的な考え方を2つ示します。

遅延振動子説:エルニーニョを「振動」としてとらえた説。中央~西部太平洋赤道上に海面水温の高い場所を想定する。そこへ吹き込む強い西風が暖かい海洋ケルビン波を発生させ、それが東に伝播し海水面の温度を上げ、エルニーニョ現象となる。同時に極側で形成される冷たい海洋ロスビー波は西に伝播し、西岸で反射して赤道から冷たい海洋ケルビン波となって戻ってくる。この際に西太平洋の海面水温が下がる。冷たい海面水温場の西側では強い東風が吹き、中央~西太平洋で冷たい海洋ケルビン波が発生、東に伝播してラニーニャとなる。東風は同時に赤道の極寄りで暖かいロスビー波を形成し、それが西に移動して西岸で反射し、赤道域の海面水温を上げる。これによってエルニーニョ現象とラニーニャ現象が交互に表れるという振動理論。

暖水集積・放出振動子説:上記の発展で、大規模な大気海洋相互作用の強まりと弱まりから、波動によって作られる海洋の温度躍層の東西傾度と海盆スケールでの温度躍層全体の鉛直振動(赤道と赤道外との南北方向の地衡流による暖水のやり取り)という観点で太平洋を振動させた理論研究。

海洋物理の観測と研究、モデル開発、そして研究成果の社会還元ということ

昔ペルーの人々は、エルニーニョ現象は神の領域の出来事だととらえていたようです。しかし今日では、エルニーニョ現象は科学の力により、人間が予測可能な範囲の現象になってきました。各国の気象研究機関は、これまで得られたデータをもとにコンピュータ上に数値モデルを構築し、それを利用して予報や予測研究を行っています。

最近はこれらの予測情報をさらに積極的に社会活動に利用する動きもみられ、農業生産や治水、疾病対策に利用できるよう情報を提供する研究事業も行われています。

しかし未だ不確実性は残っているので、さらに研究を進めることにより、理解を進めなくてはなりません。これまで未知だったプロセスを一つでも理解できれば、その分だけ予測精度は向上し、社会利益に繋げることができるのです。

 

今回は海で起こる水の流れが、地球環境に影響を及ぼし大規模な気候変動をも引き起こすという動きを、海洋物理学の基礎からエルニーニョ現象を例にとって説明してきました。

次回の第3章では、海洋・海氷の変動が地球環境に及ぼす影響について解説します。2章で紹介したコリオリの力、ロスビー波、エルニーニョ現象等の言葉がまた登場しますので、覚えておいてください。