『海藻の疑問50』【海と食卓から「海草」の不思議に迫る!】

海苔、ワカメ、ひじきといった海藻を、私たち日本人は日常的に食べています。味噌汁のワカメ、出汁のコンブ、刺身のつまのトサカノリ、沖縄料理店で出会うモズクや海ぶどう。この海藻は私たちの食卓に上るまで、どうやって養殖され、収穫されているのでしょう?「体にいい」とはよく聞きますが、何が効いているのでしょう?

海辺で目にする海藻は、陸上の植物と比べてどんなところが違うのでしょう?海藻に根はあるの?どんな風に生えている?どうやって増える?

いつも食卓で目にする海藻について、意外と知らないことがあるな、と思われた方、よろしかったらこの本を読んでみませんか?意外に知らない様々な科学の疑問に専門家がお答えする『みんなが知りたいシリーズ』の一巻目、『海藻の疑問50』の解説をお送りします。

【海藻という生き物】

『海藻にはどんな種類がある?色の違いは何の違い?』

藻類は、藍藻、紅藻、褐藻、緑藻、珪藻などに分けられます。このうち、海に生育する仲間を「海藻」と呼びます。淡水に生きる藻は「淡水藻」と呼ばれ、マリモなどがこれにあたります。実は陸上にも藻類は存在します。中国料理に使われる「髪菜」もその一種です。

海藻は4つに分類できます。②~④のいわゆる「海藻」の分類は、光合成を補助する「光合成補助色素」の違いによるものなので、実際の色は紅色や褐色でない種類も存在します。生育環境の違いによって、海藻は色とりどりなのです。

①藍藻:別名「シアノバクテリア」、原核生物の仲間で現在の植物の祖先。細胞内に核を持たず、藍色の光合成色素を用いて光合成をする。

②紅藻:海苔などの身近な種類。紅色の色素を持つことで水中環境に適応している。

③緑藻:現在の陸上植物の起源がそのまま水中に留まった。アオサ、アオノリなど。

④褐藻:コンブ、ヒジキ、ワカメなど。大型になり、沿岸の海の生態系で最も重要な植物群。

『海藻と海草の違いって?』

「海藻」と「海草」はまったく違った生物です。「海草」は陸上の植物と同じように花を咲かせる種子植物が、何らかの理由で海に戻ってきたものです。一方「海藻」は、元々海で進化したものです。もっとも大きな違いは、海藻は花を咲かせないということです。海藻はシダやコケのように胞子で増えたり、雄と雌が受精したりして増えます。この増え方には様々な過程や状態があり、養殖方法もその違いに対応したものになっています。

『水中での暮らしは光利用が命綱!海藻の生存戦略』

海に差し込んだ太陽光は、水深とともに減衰します。これをいかに利用するかが、海藻の生存には大変重要です。ホンダワラ類のように浮き袋を備えて直立し、水面により近い場所で光合成を行ったり、生息する水深に最も届く色の光を効率的に利用できる体色をしたりして、海藻はその深度の環境に適応しています。エネルギーを節約するため呼吸量を抑えることも重要です。種類によっては生殖方法を工夫し、岩を這い上がって伸ばした茎の先から新たな個体を生やして増えるものもいます。

『「根も葉もない」海藻』

実は海藻には根も葉もありません。根こんぶや茎ひじきは、そのように呼ばれているだけです。見かけ上は茎や根のようになっていても、海藻の体はどこも似たような構造なのです。根のような部分は仮根または付着器、茎のような部分は茎状部、葉のような部分は葉状部と呼ばれています。

水中では植物に必要な光は水面から注ぐので、体全体で光合成を行う方が効率的です。水も栄養素も周囲の海水に含まれています。また浮力が働くため、直立のために頑丈な茎を持つ必要もありません。そのため、根・茎・葉を区別する必要がないのです。

【海藻と海の環境】

『海の隠れ家』

海藻には色々な形があります。複雑な形の海藻は生き物の隠れ家になるため、海藻の上には様々な生物が棲んでいます。小さな甲殻類の仲間を中心としたこれらの生物を総称し、「葉上動物」と呼びます。葉上動物のほとんどは隠れ家となる海藻そのものではなく、海藻の表面に生えてくる小さな藻を食べています。これらの生物は魚の餌になります。ホンダワラ類が生い茂る「ガラモ場」は海のジャングルであり、魚たちにとっては豊富な餌と隠れ家が得られる格好の棲家となっています。

『魔の海サルガッソー』

コロンブスは航海中、大西洋の真ん中に、実をつけた大量の植物が浮かぶ場を見つけます。この領域は延々と続き、航海にも支障が出る上、陸には一向にたどり着きません。この「魔の海域サルガッソー」が、後の船乗りたちをも苦しめ、伝説となったのです。

ここに繁茂しているのは、ホンダワラ類です。岩に付着しないまま一生を終えるこのホンダワラ類は、浮き袋で浮かびながらここで一生を過ごします。船乗りたちを苦しめる魔の海域は、ホンダワラ類が心ゆくまで日光を浴びるパラダイスなのです。

【海藻利用のいろいろ】

『食用海藻と食用以外の利用:こんなものにも入ってる!』

食用として有名なのはノリ、コンブ、ワカメ、ヒジキ、モズク等ですが、他にも紅藻類ではオゴノリ、イギス等、褐藻類ではアラメ、カジメ等、緑藻類ではアオノリや沖縄料理店でよく見るイワヅタ(海ぶどう)等が利用されています。ちなみにこの海ぶどう、単細胞生物(多核嚢状体)としても有名ですが、同じような体の構造を持つものは緑藻では珍しくありません。

海藻は、飼料、肥料、医薬品、工業用などにも幅広く利用されています。

海藻から抽出した成分は、安定剤、乳化剤、粘着剤、光沢剤などに用いられています。アルギン酸やカラギーナンなどが、アイスクリーム、ガム、ジュース等の食品・飲料や化粧品、写真や布地のプリント用糊料、歯科医療などにも用いられています。

美容法・健康法としての利用では、古代ローマ時代から海藻を風呂に入れるというものがありました。現在では風呂以外に、海藻成分を皮膚に塗布するものもあり、これらを総称してアルゴテラピーと呼びます。

海藻がダイエットにいいとは聞きますが、何が効いているのでしょうか?低カロリーでありながら満腹感を得られることの他に、アルギン酸、フコイダン等の成分が、他の食品から摂取した脂質が体内に定着しないような働きをすることが知られています。

また、放射性物質の排除にヨウ素が用いられたことは有名ですが、海藻を日常的に摂取している日本人はヨウ素を既に多くとっています。ヨウ素の過剰摂取は害になるため、注意が必要です。現在IAEAはヨウ素ではなく、同じく海藻に含まれるアルギン酸を用いるよう勧告しています。

『ノリの養殖』

現在日本で養殖されているノリの主な種類は、スサビノリです。中国、韓国でもノリの養殖が行われています。日本の海苔は焼き海苔・味付け海苔の形で、アメリカ、台湾、イタリア、ニュージーランド等に総計10億枚程度が輸出されています。

日本のノリ養殖は400年ほど前、木の枝や竹を海中に立てて自然に着生してくるノリを収穫する形で始まりました。ノリの果胞子が貝殻に付着して潜り込み、微細な糸状に発達するコンコセリス期の発見によって、カキ殻糸状体を用いた方法が開発されました。その発見によって、ノリ養殖は大きく発展したのです。

ノリの養殖は、冬を中心に行われます。ノリの葉状体は暑さに非常に弱く、寒い時期にしか生えないからです。

ノリの一生は、次のようなものです。①葉状体の雄雌の生殖細胞が受精、複合胞子を放出 ②放出した胞子が貝殻等の石灰質の物体に入り込んで糸状体を形成、この形で夏を乗り切る。糸状体は条件がよければ数十年生き、繰り返し胞子を放出できる ③秋ごろに糸状体が殻胞子を放出、これが岩などに付着して葉状体に育つ

つまり、ノリとして食べられている葉状体はノリにとっては種子植物の「花」のようなもので、糸状体こそがノリの「本体」なのです。

養殖においては、この糸状体が放出する胞子を養殖用の網に付着させ(種付け)、幼い葉状体が育った網を冷凍保存し、補充用とします。この網を養殖場に張って10㎝程度まで育てたら、機械で収穫します。収穫した網はそのままにしておくと、また葉状体が育って収穫できます。状態のよい葉状体を交配させ、カキ殻に糸状体を定着させます。糸状体の入ったカキ殻は、夏の間適切な水温・栄養状態を保って育成し、次の冬に備えるのです。

収穫したノリは洗浄して細かく刻み、海苔簀に広げて乾燥させて乾し海苔とします。これを焼けば焼き海苔、味付けすれば味付け海苔です。これを現在ではすべて機械で行っています。

『和風出汁を支えるコンブ』

日本で利用されているコンブの産地は北海道沿岸と東北地方太平洋沿岸です。利用されている主な種類はマコンブ、ホソメコンブ、リシリコンブ、オニコンブ等です。天然コンブの収穫は、小舟から箱メガネなどで水中を見ながらコンブ採取用の竿で根元をひっかける方法で行います。収穫したコンブは小石を敷き詰めた干場で乾燥します。

天然コンブの採取の他、養殖も行われています。北海道函館市沿岸では、コンブの養殖が盛んです。マコンブは2年生で、1年目の最後に基部を残して枯れてしまい、ここから育った2年目のコンブが立派な厚みを備えた出荷用になります。一方、コンブが本来分布していない兵庫県等でもコンブ養殖が行われていますが、ここから出荷されるのはすべて1年もののコンブです。夏に高温になる場所では、2年ものは育たないのです。

【海藻料理のヒミツ】

『ワカメを茹でると色が変わる!』

ワカメやコンブなどは、湯通しすると褐色から鮮やかな緑色に変わりますね。これは海藻の体の中の色素が高温で変化するためです。海水の中で効率よく光合成を行うため、褐藻類・紅藻類は光合成補助色素を含んでいます。その種類の色と含有量が異なるため、褐藻と紅藻は緑色ではないのです。ところが茹でるとお湯に色素が溶け出したり高温によって色が変化したりするので、緑色になるのです。

『コンブの出汁は海で出ないの?』

単純な答えは、「水中のコンブは生きているから」です。生きているときは細胞膜が成分の流出を防いでいますが、死んでしまうと細胞膜もその働きを失って成分が流出してしまうのです。なお、海の深いところで生きるコンブは乾燥に大変弱く、数時間乾燥すると死んでしまいます。この乾燥に耐える力は海藻の種類(生える場所)によって異なり、ノリのように波打ち際に生えるものなどは、干潮で干上がっても潮が満ちれば元に戻ります。

『刺身のつまは何の海藻?』

お刺身の「つま」にはトサカノリやオゴノリ等が用いられています。酢の物や和え物に適した種類です。海藻サラダにも同じような種類が用いられていますが、同じ形をしているのに色が違うものは、紅藻類を脱色したものです。

『「藻づく」なのに「モズク」』

モズクの語源は「藻づく」であるという説が有力です。すると名前は「モヅク」が正しいように思えますが、「モズク」が定着してしまいました。現在沖縄で栽培されているものの大部分はナガマツモ科のオキナワモズクで、残りがモズク科のモズクです。前者を「太モズク」後者を「モズク」と呼んで販売しています。他に福岡県ではフトモズク、徳島県ではキシュウモズクが養殖されています。

身近なようで不思議な海藻の色々を、本書からかいつまんでご紹介しました。これじゃ全然すっきりしないよ!という方も、本書にはここで取り上げきれなかったものや、少し専門的なQ&Aも満載ですので、是非読んでみてください。あの食品にも海藻成分が入っていた!という新たな発見もまだまだありますし、その他にも食だけではない海藻の奥深い魅力に気づいていただけたら嬉しいです。