『海水の疑問50』【日本を囲む、地球を巡る!海水のふしぎ】

海について話すとき、船に関する本を多く出している出版社としては、「日本は四方を海に囲まれている」ことについて触れないわけにはいきません。日本は島国で、周囲にはいくつもの海流が流れています。この環境において、日本は造船技術や塩の製造法など、海に関わる事項について独特の知識を蓄えてきました。

今回ご紹介する『海水の疑問50』は、海を満たす海水についての疑問に、専門家たちが答える本です。海はなぜ青いの?水はどのくらいあるの?そうした素朴な疑問から始まって、塩や海洋深層水といった海水由来の産物、海とそこで暮らす生物との関係、海が地球環境において果たす役割に関する大きな疑問までを解き明かし、読者を広い海の世界にご案内します。

【海の疑問】

『なぜ青い?どれだけ広い?海の基本』

海といってまず思い浮かぶのは、「青い」ではないでしょうか。海が青く見える理由は、水自体の性質から生じています。目に見える光(可視光)は波長の短い方から紫、藍色、青、緑、黄色、橙、赤の順です。水の分子は青色に比べて赤色を吸収しやすいため、光は水中を進むほど赤の強度が減り、青く見えるのです。深い海は海底で反射した光が目に入らないので、黒く見えます。

海は面積でいうと地球上の表面の71.1%を占めますが、そこを満たす海水の体積は、海の深さを均したら富士山とほぼ同じ程度の深さになる程度です。多そうに見えますが、実は地球の大きさから考えると、海水の量は驚くほど少ないのです。

『海を循環する大きな流れ:海流』

海洋では、水が大きく循環しています。太洋規模の循環を構成しているのが、いわゆる海流と呼ばれる流れです。大体いつも同じような場所を同じような方向に流れている、比較的強い流れが海流と呼ばれています。これらの循環が繋がることで、海の水は大きく巡っているのです。

赤道を境に、北半球の流れは時計回り、南半球の流れは反時計回りになります。海洋の循環を形成する大きな海流の他に、その海域に特有の海流も存在します。

海の表面を流れる海流を作るのは、海上を吹く風と摩擦です。地球上には偏西風と貿易風という強い風が吹いています。この風と、海洋と大気の間や海水中に存在する摩擦、地球の自転、海に存在する境界が関わって海流ができ、流れる方向が決まっているのです。

また、海の深層にも流れが存在していて、深層循環と呼ばれています。気温の低い高緯度地域で冷やされた海水は重くなり、深海へ落ちていきます。この重く冷たい水は深層で水平移動をしながら、上層の海水と混じって少しずつ上昇していきます。そしてまた、高緯度域に戻っていくのです。この大きな流れは、コンベヤベルトと呼ばれています。

『海水の基本:どうやってできた?何が含まれる?』

海水は、火成岩と揮発性物質(原始の大気)とが反応して生成されました。二酸化炭素や塩化水素を含む酸性の揮発性物質と、火成岩の塩基性の塩が反応し、海水の主成分である塩化ナトリウムができたわけです。海水が現在の組成になった時期は、約20億年前と考えられます。

海水にはあらゆる元素が溶けていますが、イオンとして海水1㎏あたり1㎎以上含まれている元素を主要元素、それ以下の元素を微量元素と呼びます。Cl⁻を中心とした11個のイオンが、塩分の99%を占めています。深さ方向の成分分布には、①保存型(蓄積型)、②栄養塩型(循環型)、③スキャベンジ型(吸着・除去型)の3つのタイプがあります。

海水の㏗は採取場所や深度によって異なりますが、約8.1~7.4程度と、弱いアルカリ性です。

【海水の疑問】

『塩だけじゃない!海水に含まれる資源』

海水にはほとんどの元素が溶けていますが、そのうち工業的に利用されている資源は食塩以外にマグネシウム塩、臭素、カリウム塩など数種類に限られています。

苦汁からは塩化カリウム、臭素、石膏、塩化カルシウムが製造されます。塩化カリウムは肥料等、臭素は医薬品等、石膏は建材等に利用されます。海水から直接回収されるマグネシウムは、医薬品や特殊な難燃剤などの原料として重要です。

また将来的に利用できそうな資源としては、リチウム、ウラン、ヨウ素があります。

『海水の主役:塩』

高温多湿の日本においては、海藻を焼いて灰塩を作ったのが塩製造の始まりと言われています。その後塩分が付着した海藻や砂に更に海水を注いでかん水を作るようになり、この方法が塩田製塩に進化します。現在ではイオン交換膜製塩法によって、安定した大規模製造が可能になっています。

塩の代表である塩化ナトリウムはサイコロ状の結晶ですが、製造法を変えることで結晶の形や大きさも変わります。日本で売られる食用塩はほとんど海水を煮詰めて製造されたものですが、輸入した岩塩や天日塩を原料とする場合もあります。

岩塩は、陸上に閉じ込められた塩の湖が蒸発したり、地面の裂け目にしみこんだりして固まったものです。岩塩はいわば海の化石といえるでしょう。岩塩は日本では見つかっていないので、すべて輸入品となります。

食用塩の性質に影響するのは結晶の形の他に、苦汁成分の違いもあります。苦汁成分が多いと塩は水分が多くなりますので、瓶から振り出して使うのには向かなくなります。塩には味付けの他脱水作用や防腐作用、発酵の調整作用があり、料理にはなくてはならないものです。

『海水から真水をつくる』

水不足を補うため、海水を真水にする技術が開発されています。方法は大きく分けて2つで、「水を分離採取する」方法と、「塩分を分離除去する」方法です。前者で代表的なのは蒸発法、逆浸透法、冷凍法、後者で代表的なのはイオン交換膜電気透析法があります。

イオン交換膜電気透析法は、食塩を作るときの方法そのままです。陽イオンだけを通す膜と陰イオンだけを通す膜を交互に並べて作った部屋に海水を入れて電圧をかけると、+とーのイオンがそれぞれ膜を通って出ていき、部屋の中は淡水になります。部屋の外には濃い塩水ができるので、それを煮詰めて塩とします。

『「海洋深層水」のパワー』

海洋深層水は、①低温性、②富栄養性、③清浄性、③水質安定性に恵まれた海水として注目されています。高緯度で冷やされた海水は深海へ沈みます。動植物の死骸は沈みながら分解され蓄積されるので深海の水は栄養に富みますが、一方で深海には微生物も少なく、汚染物質も降りてこないので清浄です。光も届かないので、水質も変化しません。

海洋深層水は、海水が明確な層になっている海域の水深300~700mから、ポンプとパイプラインを用いて採取されています。国内には15か所の取水施設があり、さまざまな分野で使われています。塩やにがり、飲料水といった商品や、味噌・醤油・干物等、また変わったところではゼリーやアイスクリームも作られています。

農林水産分野では、海洋深層水を用いた海藻や魚、エビ、カニ等の養殖、農業用水(冷却用、溶液栽培用)も行われています。

【海の生物と資源の疑問】

『塩水の中でどうやって生きる?海の動植物』

海水の中で魚はどうして塩辛くならず生きていけるのでしょうか?取りすぎた塩分を排出する機構を備えているからです。体液の塩分濃度は浸透圧で変化します。そのため海水魚の体の水分は外側に失われ、逆に塩分は体内に入ってきます。余分な塩分は尿として排出しますが、これだけでは間に合いません。魚は腎臓に加えてエラにある塩類細胞を用いて、塩分を体外に排出しています。

遠浅の海岸に生えるマングローブ等の海水に晒される植物(塩生植物)が生きるためには、海水中でも水分を体内に取り入れ、余分な塩分を体内に入れず、不要な塩分を排出するなどの機能が必要です。塩生植物は、細胞内の物質を調整したり、細胞壁に特殊な機能を備えたり、茎や葉に塩類選と呼ばれる排出機構を設けて、海水に接する生活に適応しています。

『海に眠る新たな資源』

海には、鉱物資源が豊富に存在しています。特に深海底には、海底熱水鉱床、マンガンクラスト、マンガン団塊とレアアース泥という4つのタイプの海洋資源が存在します。海底熱水鉱床は海底の火山活動地域に形成され、マンガンクラストは海山の斜面にできます。マンガン団塊は深海底で見つかり、レアアース泥は深海底でも比較的浅いところに埋まっています。

また海の底には、「燃える氷」と呼ばれるメタンハイドレートが存在します。メタンハイドレートは、世界各地の海底地中やシベリア、アラスカの永久凍土層に自然に存在していることが明らかになっています。酸素のない状態で有機物が分解されてメタンができ、水のあるところに集まって温度や圧力が適切ならばメタンハイドレートができると考えられています。

【気象・海象の疑問】

『海と大気の間で巡る二酸化炭素』

大気と海洋の間では、二酸化炭素の交換が行われています。交換の方法には、海洋表面を通して行われる「溶解ポンプ」と、生物活動によって二酸化炭素が中・深層に運ばれる「生物ポンプ」があります。しかし地球温暖化により、この交換機能に影響が出ています。空気中の二酸化炭素を多く取り込んだことで、海が酸性に寄っていっているのです。

『海は地球の気象を変える:エルニーニョ現象』

異常気象を招く「エルニーニョ現象」。これが発生すると、海水の温度が大きく変化します。普段は西大西洋の海水が温かいのですが、この暖かい海水の量が増え、少し東に移動することが、発生の最大の条件です。高温の海水と大気の上昇域がペルー沖まで到着すると、エルニーニョ現象が発生します。そうなると、通常では雨の多いインドネシアやニューギニアが干ばつになり、南米の太平洋沿岸域が大雨になります。

温かい海水の上空には、活発な上昇気流と豊富な水蒸気のために雲ができ、水滴が冷やされれば激しい雨となります。上昇気流の下は低気圧となって風が吹き込みます。水蒸気を使い切った乾いた空気は、高高度で水平移動し、冷やされながら地上に降りてきます。この空気の沈み込んだところに高気圧ができます。温かい海水の移動が、世界の気圧パターンを変えているのです。

【海の環境の疑問】

『海の環境浄化作用』

海の浄化能力は大きく物理・化学的作用と生物の作用によるものの2つに分けて考えることができます。物理・科学的作用では、物質が海水と混じって薄められる「希釈」をはじめ、「沈殿」や「吸着」などがあります。

生物による海の自然浄化作用は、狭い意味では「海水中の有機物が主に細菌(バクテリア)によって分解されること」と定義できます。環境中に放出された有機物は微生物に分解され、無機物となります。しかしこうした自然の分解能にも限界があり、海が有機物を処理しきれなくなれば、海は生物の棲めない世界となってしまうでしょう。

『海洋汚染と対策』

人間の活動拡大によって、海洋の汚染は進んでいます。海洋汚染は経路によって、陸域由来、大気由来、船舶由来、海洋投棄によるもの、汚染物の種類によって、人工的に作られた栄養塩類、有機化合物、重金属、油、プラスチック等浮遊物、放射性物質等に分けられます。汚染が浄化能力を超えれば赤潮や青潮が発生します。有機化合物や重金属による汚染、プラスチックによる汚染、船舶からの流出油による汚染も深刻です。

これらは一国の努力で解決できるものではなく、国際的な協力による対策が必須です。そこでロンドン条約をはじめとする様々な条約が採択・発効されており、日本も周辺国と協力して取り組んでいます。また、民間の非営利団体の活動も大きく貢献しています。

 

海は地球上の面積の約70%を占めています。海は私たちの生活に大きな恵みを与えてくれるだけではなく、地球全体の環境を調整する役割を担っています。地球上に生きる生物種のひとつである人間の生活が、海を汚染し、環境調整機能に影響を及ぼしています。

海を知ることで、海からもらっている恵みの大きさを自覚し、その海を守っていく心構えを私たちは持たなければなりません。海への挑戦から得た先人の知識を学べば、未来への指針を得ることができるのです。