『文明の物流史観』【物流から歴史を視る!人類はどうやってモノを運び売ってきたか?】

【第13回:Ⅵ 二一世紀のヒトとモノの移動と文明】

後編:グローバル化とAI化~これからの「移動」~

『文明の物流史観』解説、今回で最終回です。前回では、これまでの復習に加え、ヒトの移動の視点から文明史を見直しました。移動手段の進歩によって国境を越えた移動の障壁が下がり、グローバル化が進行しました。ヒトの移動に伴うモノと情報の交換によって進化してきた人類文明は、今後どのような道をたどるのでしょう?

現代では、これまでよりさらに自由な「ヒト・モノ・情報」の流れが加速します。しかしそこにも、市場原理に基づいた自由競争による公共サービスの衰退等、様々な問題が発生します。また、AIの登場は交易にどのような影響を及ぼし、社会はどう変わったのでしょうか。

6.3 グローバル交易と文明

グローバル交易は世界の経済的発展を促してきました。グローバル化は、国境の障壁を越えた自由なヒト・モノ・資本・情報の流れによって保障されます。

近代資本主義の経済主体は家計と企業です。家計(土地・労働・資本を企業へ売る)→企業(購入したものを生産に投入して財とサービスを生産)→家計(土地・労働・資本を提供した収入で財とサービスを購入)という循環は、自由に取引される市場を通して行われます。

しかし完全競争市場で需要と供給を自由な競争に任せると、利益は生まないが必要な公共財や公共サービスを提供するものがいなくなります。そこで社会が必要とする財やサービスについては、企業と家計から租税を徴収して政府が提供を行います。また政府は、福祉の役割も担っています。このように政府の市場での役割を考慮した経済体制は混合経済体制と呼ばれています。このメカニズムにおいて国境を越えて市場に参入できるようにするのがグローバル化です。

ここで、グローバル化が引き起こす諸問題について考えてみましょう。政府による自由な取引市場への介入や、他国企業の参入による自国企業の弱体化。それを懸念しての過度の保護貿易等が挙げられます。これを防ぐためにWTOが設置されて監視を行っています。

グローバルな自由市場化は、様々な問題を引き起こします。グローバル化、国家主権、民主主義を3つの頂点とした三角形を考えたとき、国民民主主義とグローバル市場間の緊張にどう折り合いをつけるか、私たちには3つの選択肢が考えられます。

①国際的な取引縮小、民主主義を制限、グローバル経済の及ぼす国内影響は無視(例:中国)

②グローバル化を制限、民主主義的な正当性を確立(例:インド)

③国家主権を制限し、グローバル民主主義を目指す(例:EU)

ハイパーグローバリゼーション、民主主義、国民的自己決定の3つを同時に満たすことはできません。私たちは3つのうち2つしか選択できないのです。

無制限なグローバル化に対抗し、民主的に国民の意思を反映させるためには、グローバルガバナンス機構が必要です。しかしWTOのようなグローバルガバナンス機構も、パラドクスを完全に解決できるわけではありません。グローバリゼーションにも限界があるのです。

ここに取り上げたように、将来においてはグローバリゼーションに歯止めがかかり、現在より財やサービスの国教を超えた自由な移動が制限される可能性もあります。鎖国にみられるように、歴史上の交易は無秩序と規制の繰り返しでした。しかし、交易なくして文明の発展はありえません。また、いかにグローバルガバナンスを発達させても、一部の覇権国が自国の利益だけを追求すれば、市場交易の前提となる公平さが失われ、結果的には地球規模の効率性が損なわれることになります。

交易を契機として国家や文明が破壊されることもあります。交易はモノだけではなく技術や諸文化も同時に伝えます。その中には、軍事力のバランスを変えるものも含まれています。これらの交易が軍事力の強弱を生み、大文明を滅ぼし、その周辺文明の勃興を促したことも歴史が証明しています。

しかし、20世紀最後から始まったグローバル化はそれまでの軍事力を背景としたグローバル化ではなく、市場の統一といった方面でのグローバル化でした。1978年の鄧小平による中国の改革開放政策に始まり、1989年に旧共産圏が崩壊した後の市場経済への転換によって世界が歴史上で経験したことのないグローバル単一市場経済が生まれたのです。

21世紀に入りグローバル経済化に拍車がかかるとともに、格差問題や環境破壊といった問題が顕在化してきました。このような問題を解決するため、現代のグローバル化文明はハイパーグローバリゼーションを目指すのではなく、民主主義と国家主義が適度に調和したグローバル化に向かうべきだとする主張があります。一方で、世界は機能的な地理が政治的な地理を超越し、より民族的な多数の単位による連邦制に移行するという説もあります。その場合の機能的地理特性とは、グローバル・サプライ・チェーンにあるとするものです。グローバル・サプライ。チェーンは国家を飛び越えた都市と都市との経済的・地理的結びつきを強化しますが、先に出てきたように、連邦制は国家主義との両立ができないため、ここにもパラドクスが生じます。

6.4 二一世紀のAI文明と物流

  • 歴史のトレンド

21世紀の長期にわたる「交易と文明」について考えるときは、歴史上で時代を超えた普遍的なトレンドを再考する必要があります。箇条書きにすると、次のようになります。

① 人類は、絶えず移動してきた。最初期の移動の原因は食糧難、疫病、戦争等の危機からの逃避で、その都度移住を行い、危険がなくなると定住した。その後次第に移動の動機も多様化し、移動範囲は広がった。移動は双方向の多様な文化的刺激を促し、創造性を高めた。

② 人類は、定住生活とともに統治権力を誕生させ、その統治組織として官僚組織を生み出した。これらは領域国家を生み出し、その結果現在では領域国家が世界のほぼ全体を占めるようになった。

③ 人類は衣食住の安定的な確保のため、道具や材料を開発し生産拡大を図ってきた。生産やサービスに係る専門職が生まれ、多様化していった。今ではグローバルに展開する物流ネットワークによって物資は世界中に行きわたるようになった。

④ 人類は、食料、資源の入手、製品の交換のために絶えず交易してきた。グローバル化した現代では国際合意下での交易が普通になった。

⑤ 人類は、統治と交易のために文字を開発し、コミュニケーション手段を絶えず発明・改良してきた。現代では情報の共有によって世界のフラット化が進行している。

⑥人類は、統治組織の確立とともに、統治者に「租庸調」またはそのいずれかを課してきた。これらは再配分やインフラ整備に回され、社会を支え発展させた。

⑦ 人類は、交易のための移動路の整備、運輸交通手段の開発を行い、交易範囲や統治領域を拡大してきた。その結果、現代では世界の隅々まで移動が可能になった。

⑧人類は誕生以来、呪術に始まり医療技術を開発してきた。その結果人口は増え、寿命も延び、医療を受けられるようになった。

⑨ 人類は、共通の脅威から身を守るため絶えず合従連衡を繰り返し、国際的な連盟組織を作り出した。そのため、大国が勝手に他国を支配下に置くことはできないようになっている。

このような歴史のトレンドを見ると、人類は自分たちを取り巻く環境を利用したり改変したりする方向に技術開発を行ってきたことがわかります。しかし、今や人類は人体そのものの中身を変える方向に技術を転化させようとしています。その筆頭が生命科学であり、AI技術であると考えられています。現在の予測では、計算機が人間の知能と同じかそれ以上の働きをするようになるのは、2045年頃であるといわれています。AI文明は①~⑨のような歴史のトレンドに当てはめることができるでしょうか?

  • AI社会とは?

人類社会は「自然+労働」を入力とし、生産活動を行って生産物を得てきた社会です。生産物は租税・消費・貯蓄に回されました。いわば自然・人間系の文明です。19世紀に入ると動力機械が発明され、人類の労働の一部や人間ができない労働を機械が分担するようになりました。ここで、自然・人間系から人間・機械系への変化が起こっています。労働は単純労働と知能労働に分化し、余剰生産物が投資に回されることにより、資本家と労働者という階級が誕生します。

現在急速に発展しているAIが人間の知能を代替できるようになれば、生産機械はロボットに置き換えられ、ブルーカラーが行っている労働は不要になります。さらに、ホワイトカラーが行う労働の多くもAIが代替するようになるでしょう。現代の職業体系は大幅に変化することになるのです。また、AIが労働の代替をするだけでなく、生命科学や遺伝子工学、ナノテクと結びつき、人類そのものさえも変化させていくかもしれません。

  • AI社会と交易

AI社会における物流はどのような姿になるのでしょうか?わかりやすい例としては、アマゾンの物流システムが挙げられます。消費者からネットを介して注文を受け、地域配送センターで注文の品をロボットが取り出し、配送口まで持ってきます。配送口では人間がパッキングと送り状の添付を行います。配送車の運転手には、グーグルマップで配達ルートが指示されます。アマゾンでは、仕入れ、在庫管理、受注、仕分け等はすべてAIまたはAI搭載ロボットが作業を行います。問題は荷物が配送され消費者に届くまでの「ラスト・ワンマイル」ですが、ここにもドローンや自動配達車の導入が試みられ、受け取りのギャップには宅配ボックスやコンビニ受け取り等が導入されています。

B2C、B2Bともに、これらECは今後ますます拡大していくことが予想されています。ここでの勝負の鍵は「時間」と「価格」ですが、これを実現させるには莫大なノウハウの蓄積と先行投資が必要です。

B2Bにおいては、一貫したロジスティクス・ネットワークをいかに早く安く作り上げるかのノウハウの蓄積が勝負の分かれ目になるでしょう。B2Bにおいては、通販業や店頭販売業などの注文や自らの市場動向調査によってデザイン、調達、製造、販売をしなくてはなりません。サプライチェーン全体を見渡したマネジメントが必要なのです。SCMをAI化し、無数の業種が関与するグローバル・ロジスティクス・ネットワークを効率化し、最適化することが重要です。

製造~流通の末端まで関わるすべての業者を通じた最適なロジスティクスの組み立てを担うのは、総合物流業です。彼らはSC全体をAIやAI搭載ロボットの導入によりさらに進化させようとしています。

21世紀に暮らす私たちは、ヒトとモノの移動が行われなくなったら生活できないということを知っています。しかし、規模の大小を問わず交流と物流が現代文明の根幹にあるということをあまり意識していません。このコロナ禍で明らかとなったように、物流と人流が長く滞れば現代文明は崩壊の危機を迎えます。交易と物流は人類誕生以来その生活と文明を支えてきたということは、この先の未来においても変わらないでしょう。

 

これで『文明の物流史観』解説はすべて終了です。最初の方でもお話しましたが、高校時代の世界史の資料がお手元にある方は、本書と合わせてご覧いただくとより理解が深まると思います。もちろん本書には豊富な図表や地図が掲載されていますので、是非本書をお読みください。

世界地図を前に、ここからこの人々がこの交通手段でこんな品物を運び、代わりにこれを持ち帰った、と線を描いていくと、最終的に世界は網の目で覆い尽くされます。著者も言っているように、文明の歴史はヒト・モノ・情報のネットワークが拡大していく過程なのです。現代では、そのネットワークが現実空間だけではなく、通信空間にまで拡大しました。

私たちが生きる現代を著者が歴史的著述に落とし込むとき、「第十一次輸送革命」はAI化になるのでしょうか。ここで予想されているより先の交易はどのような形になり、文明はどのように発展するのでしょう。気になるところですね。