『クジラ・イルカの疑問50』【海に帰った哺乳類・クジラとイルカ】

クジラ・イルカについて考えるとき、皆さんはどんなイメージを持ちますか?大きい、かわいい、賢い、水族館のショーやホエールウォッチングで見る姿?捕鯨や集団座礁の様子を思い浮かべる方もいるかもしれません。

地球上の生命は海で生まれましたが、クジラ・イルカ等の海産哺乳類は一度陸に上がった後海に戻った哺乳類のひとつです。今回ご紹介する『クジラ・イルカの疑問50』は、知っているようで意外に知らないクジラ・イルカ類について、素朴な疑問からあまり知られていない意外な事実まで、鯨類研究の第一人者が解説します。解説の内容も、生物学から文化人類学に至るまで、幅広くバランスのよいものとなっています。

【クジラという生きもの】

『クジラとイルカは「哺乳類」』

海に生きる哺乳類を海産哺乳類と呼びます。直接的には、鯨類、海牛類と鰭脚類のことを指します。鯨類は14科89種、鯨目に属する種の総称で、約5000万年前に陸上哺乳類から分化したと考えられています。ずっと海で進化したわけではなく、一旦陸に上がった哺乳類から分かれて海に戻ったのです。

クジラは私たちと同じ哺乳類です。クジラによく似た恐竜で魚竜という種類がいますが、その子孫ではありません。クジラの体温は一定で、肺呼吸をし、赤ちゃんを産んで母乳で育てます。哺乳類であるクジラと爬虫類である魚竜が似た姿をしているのは、同じ水の中で生きている(いた)ためです。水中生活に適応した結果、異なる種類の生き物が似た姿に進化したのです。これを、「収斂」といいます。

ちなみに、最古のクジラには足がありましたが、進化の過程で退化してしまいました。地上を走る哺乳類の「背骨を前後に動かす」という特徴が、クジラの尾びれの動きにも残っています。この尾びれで、ナガスクジラでは最高時速48kmまで出すことができます。

世界最大の動物はシロナガスクジラです。クジラ、特にヒゲクジラ類がここまで大きくなった理由としては、陸よりも重力の制約を受けにくいこと、豊富な動物プランクトンを大量に捕食することができたことが挙げられます。

『クジラとイルカの違いって?』

ところで、クジラとイルカの違いって何だと思いますか?イルカはもちろん分類学的には鯨類に含まれる生物群です。イルカと呼ばれるものはハクジラ亜目の中に散在していますが、例外が多々あり、明確に区別ができません。敢えていうなら、「ハクジラ亜目の中で、種名にイルカとつけることが慣習的な種類の総称」となるでしょう。

【クジラのからだ】

『クジラの鼻:長く潜る、潮を吹く――呼吸のヒミツ』

クジラの鼻、どこにあるかご存じですか?鼻の穴は頭の上にあり、ここから息を吐くときにクジラは「潮を吹く」のです。呼吸に要する時間は2秒足らずですが、このときに1500Lもの空気を出し入れします。

また、クジラの仲間は鼻からしか呼吸ができません。気管の先端が鼻孔に入り込んでいるためです。この鼻で匂いを嗅げるかというと、ハクジラ亜目には嗅覚はほぼなく、ヒゲクジラ亜目にはある程度残っているようです。

呼吸といって気になるのは、潜水時間ですよね。クジラの中でもマッコウクジラは長時間潜水の名手で、一度潜水してから80分も潜ったままでいた記録があります。潜る深さも哺乳類の中では群を抜いていて、3000m以上潜った記録があります。なぜこのような長時間深深度の潜水が可能になるのでしょうか。クジラの体には、血液中の酸素を効率よく利用する仕組みが備わっていることがまず挙げられます。次に、水圧に耐える力です。クジラの耳には鼓膜がなく、外耳には空洞がありません。また、肺にも秘密があり、高い水圧下では空気が体内に取り込まれないようになっています。そのため、潜水病にならないのです。

『いっぱい食べる?そうでもない?ヒゲクジラの食事』

クジラの絵を描いてみると、お腹の側に平行線を引く人が多いと思います。これをクジラの「ウネ」と呼びますが、発達したウネを持つのはナガスクジラの仲間8種のみです。餌を多く取り込むため、このウネを膨らませるのです。ナガスクジラをはじめとしたヒゲクジラの口の中にある「ひげ」は、歯の変化したものではなく、歯茎の変化したものです。

このように一度に大量の餌を食べているヒゲクジラですが、実は一般的にヒゲクジラ類の食べる量は体重の4%程度です。クジラの胃袋は牛などの偶蹄目の胃袋に似ていて、4つの部屋に分かれています。そのうち食道胃、主胃、幽門胃が胃袋として扱われます。最初の食道胃で食べたものを物理的に粉砕し、主胃、幽門胃で酵素による消化を行います。

【クジラのくらし】

『「歌」と超音波:クジラたちの水中コミュニケーション』

クジラの耳はどこにあるのかご存知ですか?目の少し後ろにある小さなくぼみが耳です。この穴は閉じてしまっているため、水が耳に入ることはありません。閉じた内側には一生耳垢がたまり続けますが、この耳垢を調べることでクジラの年齢を知ることができます。クジラたちはこの耳で、水中の音を聞いています。

クジラの神秘的な一面としてよく取り上げられるのが、「歌」によるコミュニケーションです。海の中では音が伝わりやすいので、広大な海の中を広範囲に移動して暮らすクジラたちにとって、音は優れたコミュニケーションツールなのです。彼らのコミュニケーションを、ヒゲクジラ亜目とハクジラ亜目に分けてご紹介しましょう。

ヒゲクジラ亜目

①コール:鳴き交わしや合図、威嚇などに使われる単発的なもの

②ソング:様々な特徴を持った音が規則的に階層構造をもって長時間にわたって発せられる。方言や流行がある

ハクジラ亜目

①ホイッスル:笛を鳴らしたような音。主にコミュニケーション用

②クリックス:「カチッカチッ」といったパルス状の音。威嚇やエコーロケーションに用いられる。群れごとに特徴があるので、識別用にも用いられる

ハクジラ亜目はこの超音波を、どのようなメカニズムで発しているのでしょうか。ハクジラ類の頭部には肺から鼻孔につながる鼻道が通っており、空気の出し入れによって鼻声門という弁が高速で振動し、音波が発生します。これを頭部前方にあるメロンと呼ばれる脂肪組織を用いて効率よく絞り込み、水中に発するのです。ものに当たって戻ってきた音波は下顎の一部から耳に送られます。範囲は狭いものの精度は極めて高く、数メートル先のものの材質まで「見分ける」ことができます。彼らは超音波で周囲の様子を「見て」いるのです。

『クジラの生き方:子育ても人生も様々』

クジラの親子が寄り添って泳ぐ姿は微笑ましいものです。クジラはほとんどの場合一度に一子を生みます。授乳期間は種類によって違い、半年から数年間のばらつきがあります。育児期間は、ヒゲクジラ類では約1年といわれています。しかしハクジラ類では、種類によって単独生活を送るもの、成長段階に応じた群れを作るもの、メスが中心となった母系社会を作るもの等に分かれており、育児期間もそれに対応しています。大人になるまでの期間も5~16年ほどと、種によって違います。

クジラの中には、季節によって住む場所を変えるものがいます。ヒゲクジラ類の多くは餌を食べる場所と繁殖を行う場所が異なるため、これらの海域間を移動するために回遊を行います。この回遊はときに数千キロにも及びます。ザトウクジラは夏の間は高緯度の摂餌海域で餌を食べ、冬になると低緯度の繁殖海域に移動して交尾や出産を行います。ザトウクジラの子育て期間は約1年なので、仔クジラは摂餌海域から繁殖海域への回遊の途中~繁殖海域への到着までの間に独り立ちします。

『なぜ打ち上げられてしまうの?座礁の謎』

クジラが浜に打ち上げられている痛ましい光景が時折ニュースになりますが、この現象にみられる特徴や推察される原因は何でしょうか。まず、この現象はヒゲクジラには少なく、多くはハクジラ類で起こっています。原因としてはシャチなどの外敵、船舶による騒音や攪乱、寄生虫、潮の満ち引き、集団自殺、海洋汚染等が考えられていますが、有力な説としては地磁気の直交によるエコーロケーションの混乱が挙げられます。

【クジラと人間】

『クジラを利用する文化:捕鯨のあゆみと現在』

「クジラには捨てるところがない」といわれています。日本の捕鯨の歴史は古く、先史時代から捕鯨を行っていた記録があります。クジラの皮や肉、内臓は食用とされ、クジラヒゲはゼンマイや傘の骨として、脂はランプの燃料に、骨も肥料として余すところなく利用してきました。日本の他にもアラスカのイヌイット、カナダの北極圏等、カリブ海一帯に捕鯨の習慣があります。ノルウェー、アイスランド、デンマークの一部もクジラを食べます。

捕鯨業は、欧州では11世紀のバスク地方、日本では12世紀に三河の師崎で発祥しました。欧米では、17世紀初頭にグリーンランド捕鯨、17世紀にはアメリカ式捕鯨、20世紀初頭には近代捕鯨(ノルウェー式捕鯨)が発展します。日本では16世紀に網取り式捕鯨が考案されたことにより、世界に類を見ない捕鯨と鯨食文化が築かれました。1970年代になると鯨油価格が暴落し、鯨食文化の希薄な欧米諸国は次々に捕鯨から撤退し、世界的な鯨類保護の機運が強まっていきます。

1948年に国際捕鯨条約のもと設立されたIWC(国際捕鯨委員会)は、全世界の捕鯨業と鯨類資源の保護管理を行っています。1970年代以降は反捕鯨国の加盟が相次ぎ、捕鯨国は少数派となりました。1982年には商業捕鯨の停止(モラトリアム)が採択されました。その後はノルウェー・アイスランド等一部の国の商業捕鯨、先住民生存捕鯨、小型鯨類漁業、調査捕鯨が行われていますが、捕鯨派・反捕鯨派による膠着状態は継続しています(本書刊行後の2018年、日本はIWCを脱退しています)。

『クジラを調べる』

クジラは増えているのでしょうか?それとも絶滅の危機に瀕しているのでしょうか?種類によって状況が異なるため、一概にいうことはできません。増えたクジラの例としては、ザトウクジラ、ナガスクジラが挙げられます。

クジラの数を調べる方法は、対象となる海域の一部を選んで調査し、その結果をもとに推定を行うというものです。調査海域内に定線を引き目視調査を行うライントランセクト法がよく用いられます。また、上空から飛行機やヘリコプターを用いて調査することもあります。

『イルカと人間の共同作業:イルカショーにデビューするまで』

人間とクジラ・イルカの関係を考えたとき、捕鯨以外に思いつくのは水族館やホエールウォッチングですよね。水族館のイルカたちは、水族館に連れてこられてすぐは水面から顔も出しませんし、人間にも寄ってきません。飼育環境に適応してからトレーニングが始まります。

トレーナーが求める行動ができたときに餌などの好ましい刺激を与えることで、基本姿勢を学習させます。このときホイッスルを用いて、「ホイッスルの音=餌」を覚えさせます。これが身に付いたら、本格的なトレーニングの始まりです。約20種類の技を1年以上かけてマスターし、ようやくデビューとなるのです。

イルカの発する音を人間が言葉に翻訳することは未だ成功していませんが、イルカはハンドサインや音を用いることで人間の使う単語や文章をある程度理解しています。会話は成立しなくても、トレーナーによる長期間の注意深い観察によって、コミュニケーションをとることができるのです。

本書を読んだあと、海や水族館で会えるクジラやイルカたちへの視線が少し変わるのではないでしょうか。広大な海で生きる彼らには、まだ謎が残っています。知らないことの多かった昔から、人間は彼らと向き合ってきました。古来狩りの獲物として利用し、今は水族館等も含め調査観察・育成を平行して行っています。

色々な疑問を通じて、地球上最大の哺乳類の仲間に興味を抱いた方々が、関心を深めていってくだされば幸いです、学習を深めていけば、親しみや憧れだけではなく、人類と同じく地球上に生きる動物の一種としての彼らについて、新たな視点が得られることでしょう。