『海洋白書2021』概要解説も、今回で終了です。最終回は、2020年の海洋分野における世界の動きを紹介していきます。複雑化する社会情勢の中、対立しがちな各国利益の調整は、海の上においても絶え間なく行われています。一方、国家間の協力による新たな技術開発、観測技術や素材の新開発も進みました。
新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう中、持続可能な海洋環境の実現に向けて、2020年の各国はどのような動きを見せたのでしょうか。
前半では世界全体の動きを分野・団体別に、後半では各地域別の動きをご紹介します。
【1 国際機関・団体の動き】
1:国際連合及び国連関連機関
- 国連主要機関
世界においても様々な会合が延期・オンライン開催となりました。新型コロナからの復興にSDGsの視点を盛り込むことを国連事務総長が各国に求めるなど、復興をきっかけに社会変革を促す動きがみられました。また、発展途上国における環境リスクに対する支援の重要性も訴えられています。
3.10 世界気象機関(WMO)は、温室効果ガス濃度が過去300万年間で最も高いレベルであることを発表
- 国連海事機関(IMO)
コロナ禍における船員の保護について多数の協議が行われ、新型コロナ流行中の船員の交代を容易にするための要綱の発出や、医療のための速やかな上陸についての勧告等が行われました。
- 国連関連機関
国連海運会議所(ICS)は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、海運業界に向けたガイダンスを発行しました。WHOも、貨物船および漁船における新型コロナ対応に関する暫定ガイドを発表しています。その他、IUU漁業対策や、海洋プラスチックごみ対策、気候変動対策等について議論が行われています。
2:国連海洋法条約
- 国連海洋法条約
7~12月にかけて、国連海洋法条約の第30回締約国会議が開催されました。本会議は8月24~26日の日程で、各種審議や手続きは書面において行われました。
- 国際海洋法裁判所
6月、国際海洋法裁判所(ITLOS)の仲裁および審理が、シンガポールでも行えるようになりました。10月には、裁判部の再編を行っています。
- 大陸棚限界委員会
1~3月にかけて、ニューヨークの国連本部において、大陸棚限界委員会(CLCS)の第52回会合が開催されました。
- 国際海底機構
国際海底機構(ISA)と中国は11月、能力構築と海洋技術移転等のための共同訓練研究センターを正式に発足させました。
3:条約機構等
11月、リヤド・サミットがオンラインで行われ、海洋関係では「大阪ブルー・オーシャン」の再確認が行われました。
1.13 国連生物多様性条約(CBD)、「2020年以降の世界の生物多様性の枠組みに関するゼロドラフト」を公表
4.2 国連大学、気候変動に起因する資源枯渇により生じる安全保障上のリスクについて報告書を公表
6.8 海洋再生可能エネルギー連合、2050年までに全世界で14億キロワットの洋上風力発電の開発が可能とのビジョン発表
12.2 国際自然保護連合、「IUCN世界遺産展望3」公表。世界自然遺産の33%が危機に晒されていると警告
12.12 「国連気象サミット」オンラインで開催
4:地域漁業管理機関(RFMO)等
RFMOは、漁業国や沿岸国などの関係国や地域が同じ海域の水産資源をともに管理し、保全するために設立された機関です。2020年も、マグロ類、サケ等の資源管理措置等について、各地で協議が行われました。
【2 地域の動き】
1:アジア・大洋州
- アジア・大洋州
5~9月にかけて、ロヒンギャ族難民が入港拒否を受けて200日以上海上漂流を続け、多数が亡くなりました。
2020年上半期の海賊・海上鵜層強盗に関する報告書によれば、アジアで発生した海賊関連事件は計51件で、前年同期のほぼ2倍です。
エネルギー・ライフライン関連では、ベトナムとデンマークが洋上風力発電推進について協議を行い、日米豪がパラオの海底光ケーブル敷設の支援を発表する等の動きがありました。
4.23 韓国政府、同国海運業界に対し、金融支援を行うことを発表
7.2 フィリピン外務省、アジア初の船員向け優占通行帯「グリーンレーン」の設置を発表
11.26 インド、新たな商船法案を公表
- 中国・南シナ海
米国と中国の対立が深まる中、フィリピンも明言は避けているものの中国への対立姿勢を強めています。
7.13 米国国務長官、南シナ海ほぼ全域に主権が及ぶとする中国の主張を違法と指摘
10.15 フィリピン大統領、自国の南シナ海におけるエネルギー開発を再開させると発表
11.23 インドネシア海軍、中国およびベトナム漁船の領海侵入に対処するため、海洋戦闘グループ第一艦隊を南シナ海に面したナトゥナ諸島に移動させると発表
2:欧州
イギリス環境・食糧・農村地域省(DEFRA)は、EU離脱後の漁業政策を定める新たな法案を議会に提出しました。離脱に伴い、これまでEU漁船に認められてきた漁業権が廃止となり、外国船の入漁についてはイギリスとの交渉が必要となります。英国-EU間の通商協定は、2020年末に合意が成立しました。漁業関係者には5年半の移行期間が設けられます。
欧州委員会は、漁業や洋上風力発電、海運業等を含む海洋経済活動のための基金「ブルーインベスト・ファンド」を創設しました。
EU最大の産油国であるデンマークは、北海における化石燃料の採掘を2050年までに段階的に廃止することで合意しました。
3:米州
11月、トランプ政権下の米国は、正式にパリ協定から離脱することを国連に通告しました(しかし2021年1月の政権交代に伴い、バイデン大統領によって協定への復帰が表明されています)。また12月、米国海軍および沿岸警備隊は、新たな3軍海上戦略である「海におけるアドバンテージ」を発表しました。海洋サービスの競争や紛争における重要性を指摘し、指針を提供するもので、中国、ロシアの海洋進出について集中的に取り上げています。
1.3 パナマ運河公社、ガトゥン湖の水位低下に伴う通過予約枠縮小を発表
8.2 米国国務長官、ガラパゴス諸島沖における中国漁船団の違法操業を非難
12.18 米国において「海洋保護法2.0」成立
4:中東・アフリカ
移民・難民問題、海賊問題等、不安定な情勢が続いています。国連移住機関(IOM)は、2020年にアフリカから紅海を渡りイエメンへ向かう移民が1か月あたり11,500人に上ると発表しました。リビアでは、2020年に入ってから、すでに300名以上の移民・難民が欧州を目指す途中で命を落としているということです。
8.12 ナイジェリア、改正海賊対策法に基づく初めての判決を下す。同法改正前は、国内での海賊行為は違法ではなかった
10.26 『アフリカ気候現況2019』公表
5:極域
世界気象機関(WMO)は、南極大陸北部で観測史上最高気温18.3℃が記録されたと発表しました。氷床の融解とそれに伴う海面上昇の懸念が高まっています。衛星による観測でも、グリーンランドと南極の氷床は1990年代の6倍のペースで融解しているという研究結果が公表されています。
シベリアにおいても異常な高温が続いたことによる森林火災が発生し、ロシア沿岸においても急速な海氷の融解が記録されています。ロシアでは永久凍土の融解による地盤沈下により発電所の燃料タンクが破損し、油流出事故が発生しました。
世界は伝染病によって、2000年以降の短期間で大きく仕組みを変えました。ダメージからの速やかで確実な復興を目指す中で、海洋分野においても、持続可能な開発目標の実現に向けて努力が続けられています。今年2021年は、『国連海洋科学の10年』最初の年です。科学技術の発展と社会変革によって、人類共通の財産である豊かな海を子孫に継承していくための取組みが問われています。