『乳酸菌の疑問50』【食卓から人間の健康を支える乳酸菌!】

乳酸菌といったら、皆さんは何を想像しますか?ヨーグルトやチーズといった食品でしょうか。健康に関心の高い方なら、整腸効果について思い浮かべるかもしれませんね。

普段発酵乳製品や漬物などで日常的に摂取している乳酸菌。実は、「乳酸菌」という菌株は存在しません。乳酸菌という名前は特定の細菌を指すのではなく、分類上の呼び名でもありません。単なる慣用的な呼び名なのです。

古来人間の生活に欠かせないものであり、存在を広く知られているこの細菌には、まだまだ未知の部分が多いのです、乳酸菌がどんな生き物であるか、私たちの腸の中でどんな役割を果たしてくれているか、現在までの研究で解明されたことやその可能性を、わかりやすいQ&Aをもとにお伝えしているのが、本書『みんなが知りたいシリーズ⑭ 乳酸菌の疑問50』です。

今回から、本書の内容解説を、5回に分けて行っていきます。この本を読み終わる頃には、なんとなく自分のお腹に向かって「がんばってるね」と声をかけたくなるかもしれません。

1回目の今回は、基礎知識編『乳酸菌について』です。特徴や発見の経緯、種類や健康効果の概要を見ていきます。

【Section1:乳酸菌について】

【乳酸菌ってどんな生き物?:乳酸菌の特徴】

乳酸菌は2μm程度の大きさで、目には見えない小さな生き物です。その定義は「糖を発酵して乳酸を発生する細菌」です。

ただし、乳酸を作る細菌がすべて乳酸菌かというとそうではなく、取り込んだ糖に対してどのくらいの量の乳酸を作るか、糖以外にどんな栄養素を利用できるかといった情報や、形や構造、生存環境などの様々な特徴によって、他の細菌と区別されています。最近では16SrRNA遺伝子の違いによる分析が分類の基盤になっています。

乳酸菌は糖の他にもアミノ酸やミネラルも必要とするので、これらの栄養が豊富な乳や果汁、植物の樹液や蜜、根・茎・葉などに生息しています。

乳酸菌は古くから人類の生活と深く結びついてきました。紀元前5000年頃から発酵乳が自然に利用されていたと考えられています。発酵乳には雑菌が繁殖しにくいため保存性が向上したこと、酸味が醸成されて風味が豊かになったことの2つの点によって、発酵乳は人間の生活に定着しました。

しかし乳酸菌が発見されたのは、1857年のことでした。1780年には発酵乳の中に乳酸があることがわかっていましたが、この乳酸を作り出す菌を、フランスの科学者パスツールが発見したのです。1908年には、ロシアの微生物学者メチニコフが乳酸菌の腸内腐敗抑制効果を唱えた自然免疫と獲得免疫の研究で、ノーベル賞を受賞しました。その後、世界中の研究者たちによって乳酸菌の健康効果に関する研究が精力的に進められています。

【酸っぱさの秘密:日本人にはぴったり!】

ヨーグルトなどの酸味は、乳酸菌そのものの味ではなく、乳酸菌が作り出す乳酸の味です。乳酸菌は、乳糖をグルコースとガラクトースに分解します。分解された糖は乳酸菌の栄養素として使われて体内で代謝され、最終的に乳酸が作り出されます。こうしてできた乳酸は、抗菌効果によって雑菌を繁殖しにくくします。そのため、発酵乳の保存性が高まるのです。また、日本人に多い乳糖不耐症の人でも、乳糖が分解された発酵乳ではお腹を壊すことなく栄養を摂取できます。

【乳酸菌のなかまたち:ビフィズス菌は遠い「仕事仲間」】

乳酸菌には、多くの種類がいます。「シロタ株」や「ガセリ菌」などの食品メーカーがつけている名称はわかりやすくしたあだ名のようなもので、それぞれに正式な学名があります。遺伝子や大小の違いはもちろんですが、乳酸を作る量の違い、酵素量の違い、好む栄養素の違い、人間にもたらす健康効果の違いなど、各々様々な特徴があります。

乳酸菌をDNAの組成や配列の相同性などをもとに大きく分けると37グループ、さらに細かく分けると約500種類の乳酸菌がいます。乳酸菌を構成する最大の属は、ラクトバチルス属です。古来ヨーグルト、チーズ作りで活躍してきました。他にも、塩分に強く味噌や醤油作りに活躍する種類等がいます。

ところで、ビフィズス菌もよくヨーグルトに使われていますよね。ビフィズス菌は乳酸菌の仲間なのでしょうか?Q&Aをご紹介します。

Q:乳酸菌とビフィズス菌の違いは?

A:実は、ビフィズス菌は乳酸菌とは分類学的には全く別の生き物です。乳酸菌はFirmicutes門、ビフィズス菌はActinobacteria門に含まれます。生物としての特徴も異なり、乳酸菌は乳酸を作りますが、ビフィズス菌は糖をもとに乳酸と酢酸を作ります。また、ビフィズス菌は酸素のある環境では生息できません。これほど違う乳酸菌とビフィズス菌がひとくくりに扱われるのは、動物の腸内に生息し、人間の健康維持に関わっているという特徴ゆえです。

【乳酸菌のくらしとすみか】

乳酸菌は、最初からヨーグルトの中に住んでいた訳ではありません。発酵乳の始まりのひとつと考えられている「羊の胃袋にヤギ乳を入れておいたらヨーグルトができた」という話では、胃袋に住んでいた乳酸菌が発酵乳を作ったのではないかという説があります。

乳酸菌の好む環境の条件は、大きく分けて3つです。①栄養豊富であること(土中、植物、樹液や果汁、乳等)、②適度な温度があること、③酸素濃度が低いこと。この3つの条件をすべて兼ね備えているのが、動物の腸内なのです。

乳酸菌は動物の腸内以外にも、様々な場所に存在します。食品に限っても、発酵乳以外に発酵肉、醸造製品、漬物、大豆発酵食品や野菜・果物にも含まれます。これらから乳酸菌を取り出すためには、サンプルを寒天培地で培養してコロニーを単離し、その菌が乳酸菌であるかどうか顕微鏡等を用いて調べます。

【なぜヒトの役に立つ?悪い乳酸菌っているの?】

乳酸菌が人の健康に役立つという新たな視点で注目されるようになったのは、1907年のロシアの微生物学者メチニコフによる研究がきっかけでした。乳酸菌が腸内腐敗を抑制する可能性を提唱した研究から、現在では乳酸菌が腸内フローラのバランスを改善し、腸の健康状態に大きな影響を及ぼすことがわかってきました。乳酸菌が善玉菌と呼ばれ、健康効果が盛んに研究されるようになったのは、この流れによるものです。

それとは別に、1980年頃からは、摂取した乳酸菌が免疫系や循環器系、神経系などを介して全身の様々な部位へもアプローチしていることが明らかになってきました。アレルギー改善作用や感染防御作用、コレステロール低下作用などが判明しています。

腸内フローラの改善と全身へのアプローチの2つの観点から、乳酸菌の健康作用についての研究が進められています。食を通して人間の生活に密着している乳酸菌は、人間の健康促進の役目を果たす適任者なのです。

「善玉菌」である乳酸菌のもたらす保険効果の作用機序には、乳酸菌の代謝物や、菌自体の菌体成分が宿主の細胞に作用し効果が発揮されることが考えられています。しかし、乳酸菌のすべてが同じ効果をもたらす訳ではありません。

乳酸菌の仲間の中にも病原性を示すものがあります。レンサ球菌と呼ばれるストレプトコッカス属細菌は乳酸菌の仲間ですが、溶血性の病原性を示す種類も多数存在します。

今回は、乳酸菌の基礎知識をお送りしました。次回のセクション2「乳酸菌を使った製品」では、私たちの生活に最も密着した、乳酸菌を使った各種製品について解説します。ヨーグルトやチーズ、乳酸菌飲料や糠漬けでは堂々主役を務めていますが、その他ワインや日本酒の醸造にも、乳酸菌は大きな役割を果たしています。