『雷の疑問56』【神の怒り?五穀豊穣の印?ダイナミックな自然現象のヒミツ】 【section6:「雷」にまつわる歴史と文化】

『雷の疑問56』解説、第6回の今回が最終回です。前回は、雷を研究してきた人類が現在までに得ている技術を、観測・予測と利用の二面から考察しました。観測技術は現在宇宙まで進出し、雷の謎の多くが解き明かされつつあります。しかし、人工発生や電力利用までには至っていません。未だ雷は人類の手に余る「神の怒り」であり続けています。

そんな畏怖すべき自然現象と、古来人々はどのように向き合ってきたのでしょうか。科学者たちはその時代の技術と知識を総動員して研究し、市井の人々は言い伝えやことわざに対策法を残しました。最後に、現代の私たちらしく雷に向き合う方法もご紹介します。

【雷研究のあゆみ】

雷研究の父といえば、ベンジャミン・フランクリンです。彼は雷が電気現象であれば蓄電器に電気がたまるはずと考え、雷雨の日に蓄電器をつないだ凧を上げました。実験の結果、蓄電器内で放電の証拠である火花が発生し、雷は電気現象であることが証明されました(実験に関しては諸説ありますが、そのうちの一つを紹介しました)。

雷が電気現象であるとすれば、雷雲の中では何らかの過程で電荷が発生し、雷雲内に分布しているはずです。その仕組みが大きな謎として残りました。様々な学説が現れては消えましたが、有力なものを紹介します。

①シンプソン説:水滴が分裂すると、大きい方の粒はプラス、小さい方の粒はマイナスに帯電するという現象(レナード効果)を採用。水滴の重さにより、雷雲の上部はマイナス、下部はプラスに帯電する。

②ウィルソン説:地上電界を計測することで雷雲内の電荷構造を推定する装置を開発、その観測結果により、多くの雷雲では雷雲の上部がプラス、下部がマイナスであることを示す。

その後シンプソンは自説を証明するために風船を用いて更なる観測を重ね、上昇気流の強い場所ではマイナスの場所の下に小さなプラスの領域があることを発見しました。これば今でいうポケット正電荷です。両者の観測結果は雷雲の別々の場所を示しており、実際の雷雲では両方の説を足したような状況になっていることが判明しました。

また、シンプソンの風船の実験では、上空の低温により水滴は凍ってしまうので、レナード効果が適用できないことがわかりました。電気を発生させていたのは水滴ではなく、氷の粒だったのです。この氷がどのように動くことで電荷分離が発生するのかを説明するために、着氷電荷分離機構が20世紀末に提唱されました。しかしこれでも、雷雲内の電荷の謎が完全に解けたわけではありません。ポケット正電荷の生成メカニズム等の謎が残っています。

【雷と言い伝え】

雷を含むことわざがいくつあるかご存じでしょうか?ある調査によると、雷を含むことわざは約70あり、地震・津波の約2倍であったそうです。

有名な「地震・雷・火事・親父」ですが、人間の怖いものを順に並べたものといわれています。現代では、お父さんの家庭内の地位はともかく、地震・雷・火事の中では雷の死者が最も少なくなっています。

「疾風迅雷」「付和雷同」は、雷の激しさや、雷の音でものが動くさまから生まれた言葉ですが、実際の雷の様子から生まれたことわざもあります。「雷三日」は夏の雷が数日続くことを示し、「春雷は日照りのもと」は現在の5月頃に雷が多いことは前線の活動が活発であり、そのような年の梅雨は太平洋高気圧が早く張り出し、空梅雨になりやすいということを示しています。「青天の霹靂」については先の項でご説明した通りです。

ところで、「雷は豊穣の印」という言い伝えは本当でしょうか?「稲光」は稲の実りの時期に雷が多いことからつけられた呼び名ですが、雷と稲の実りの関係は科学的には実証されていません。

しかし、雷雨により水に恵まれるということ以外に、雷による窒素酸化物の生成が食物の栄養に貢献しているという考え方があります。雷は、気体のままでは植物が取り込めない窒素分子を吸収しやすい窒素酸化物に変える(窒素固定)ことができるのです。雷による窒素固定の効果は、細菌などによる生物起源によるものの5%前後の効果があると見込まれています。

実は、キノコは雷によって生育が促進されることが古くからわかっており、電気刺激を与えることによって収量を上げる方法が実用化もされています。しかし、原理は未だ不明です。

ところで、雷がきたらおへそを隠せといわれてきたのはどうしてでしょう?実はこの言い伝えは日本独特のものなのですが、考えられる由来は2つあります。①しゃがむ姿勢を取らせて少しでも雷を避ける、②夏にお腹を冷やさないように子供に警告する、です。他にも、落雷被害に遭ったときの電気の入口がおへそであったという例が観察されたのでこの言葉が生まれたのでは、という説もあり、他の言い伝えやことわざと比べて、正確な由来はわかっていないのです。

【雷を撮る!瞬間をとらえるために】

現代の私たちは、夜空に輝く稲光を見たら「きれい!撮ってみたい(そしてSNSに投稿したい)!」と思うことがありますよね。最後に、現代ならではの雷との向き合い方のひとつを紹介するQ&Aを挙げます。

Q:雷をきれいに撮りたい!

A:雷は、プロのみならずアマチュア写真家にとっても魅力的な撮影対象です。撮影機材の性能も上がり、動画撮影も容易になった現在、学術的価値だけでなく芸術的価値も高い様々な画像・映像が撮影されるようになりました。書籍本体の口絵も是非ご覧ください。

雷の撮影は一般的に、長時間露光で行います。この方法なら、強い稲光を明瞭に捉えることができ、連続する複数の放電も撮影できます。デジカメなら動画から静止画を切り出して写真とする手法も使えます。

雷の撮影機会の見つけ方は、ここまでお付き合いいただいた方ならある程度予想できるのではないでしょうか。気象庁などが提供する雷ナウキャストやレーダー画像を利用して接近情報を掴み、適切な現場を選びます。例えば、上向き雷放電を狙う場合は、夏の東京スカイツリーがいいでしょう。冬の雷を撮りたいなら、北陸沿岸、金沢市周辺がお勧めです。火山雷ならば桜島等の活発な活火山にカメラを向ければ、比較的容易に撮影できます。

瞬間的な発光現象をずっと待ってはいられない!という方には、瞬間的な発光を感知しその前後の動画のみを記録する便利なソフトウェア等もあります。

 

6回に渡って『雷の疑問56』を解説してきました。電気のことなど知らない時代から空で起こっていた放電現象を、電気を生み出し使いこなしている時代の人類も未だすべては解明しきれていません。そのことに改めて驚かされます。

しかし、空が曇り不穏な音が響き始めたとき、雲の中で何が起こっていて、どのような場所に落雷しやすいのか知っていれば、取るべき行動もわかり、危険を避けることができます。また、実際の現象を調べると同時に昔の言い伝えを検証することで、科学の確かな歩みを知ることもできます。

科学は世界の神秘のベールを剥がすものではなく、更なる世界の深みを私たちに気づかせてくれるものです。このシリーズが皆さんにとって、科学に触れる手助けになれば幸いです。