船に興味のある方なら、「タグボート」の存在はご存じだと思います。港で大きな船をエスコートするように付き添っている、小さな船です、船の周囲にぐるっとタイヤをつけているので、判りやすいですね。この船たちは、狭い港では身動きしにくい大きな船を押したり引いたりして、無事に着岸、出港させる役割を担っています。
今回から、2回に分けて『タグボートのしごと』の解説を行います。タグボートの基礎知識、構造や種類、仕事や乗組員の生活、現場ならではの裏話まで、船たちの小さな強い味方を徹底解剖していきます。前編となる今回は、「基礎知識編」として、タグボートとは何か、その構造や種類を解説します、
本編には秘蔵写真や、タグボートを抱える企業のリストも入っているので、是非合わせてご覧ください。ファンの方はご満足いただけると思いますし、興味のある方は絶対ファンになっちゃいますよ!
1.タグボートって何だ
タグボートは、大きな船を無事に着岸させたり出港させたりする仕事をしています。船はスクリューと舵で船体を動かしていますが、狭い港ではスピードを出せないので、舵が船の向きを制御する力が弱くなってしまいます。これでは、安全に離着岸することができません。
そこで、タグボートの出番です。強力なエンジンと曳航装置を備えたタグボートは、大きな船を押したり引いたりして、大きな船が安全に離着岸できるように支援するのです。
大型船の離着岸支援の他に、動力をもたない「はしけ」や、故障してしまった船を引っ張ったり、危険物を積んだタンカーの周囲を警戒したりする作業もあり、用途別に色々な特徴を持ったタグボートがあります。
ハーバー作業:ハーバータグボートの仕事。様々な種類・大きさの船を安全に離着岸させる。曳航索(タグライン)を対象の船につないで作業する。
エスコート業務:エスコート船の仕事。港の外や狭い水道などで、大型船の周囲を警戒し、安全な航行をサポート
2.タグボートの仕事場
タグボートが活躍する主な場所は「港」です。客船やタンカーなどの大型船が出入りする大きな港では、タグボートがいなければ大型船は無事に到着することはできません。
タグボートは港の入口から大型船を誘導しながら曳航索を取り、岸壁が近づくとゆっくり押して着岸させます。
全国の港がタグボートの仕事場です!
3.タグボートの構造
主に港湾で活躍するタグボート(ハーバーボート)は、狭い港内で大型船を支援することから、小型で運動性能に優れ、機敏な動きが必要です。そのため小型で強力な主機関を搭載し、推進器は水平に360°旋回が可能です。また、大型船をエスコートするには速力も必須です。長さ30~35m、幅9~10mが標準的な大きさです。
船体構造については、船首部分で大型船を押すので、十分な補強材を用いて強化されています。また船尾についても、重い推進器があるので補強されています。
①船体
《マスト》
マスト灯の他に各種灯火類、レーダースキャナ、風向風速計など、様々な機器が設置されています。
《ブリッジ(船橋)》
船を操縦士、船全体の指揮を執る場所です。タグボートでは操船、ウインチ操作、無線機器の操作等をブリッジで行っています。ブリッジの中央には、船を操縦するための機器が詰まった操縦スタンドが設置されています。
《航海計器》
タグボートには、方位・針路を示すサテライトコンパス、マグネットコンパス、操舵を行うオートパイロットの他、レーダーやGPS等、航海に必要な計器を備えています。
《無線機器》
①VHF無線設備 日本のすべての港の海岸局、すべての船舶がCh16で受信しています。②トランシーバー、③NAVTEX受信機 航海に必要な情報が海上保安庁から送信され、プリントアウトされます。
《フェンダー》タグボートの周囲を保護するため、ゴムフェンダーやタイヤが取り付けられています。
《ウインチ(船首・船尾)》
作業では船首のウインチを最も多く使用するため、曳航索の消耗が激しくなります。船尾にあるのは、港内や洋上曳航のためのウインチです。
②居住区
《個室・サロン》
近年船室は個室化が進んでいます。引き出し付きベッド、机、椅子、洗面台等があります。サロンは食事や打ち合わせ、船員のコミュニケーションに使われます。
《調理室》
タグボートは24時間体制のため、調理も24時間交代で行う船もあります。最近ではオール電化の船もあります。
《浴室・トイレ他》
タグボートは日帰り業務がメインですが、エスコート業務等で船内に宿泊することもあります。そのため、浴室・トイレ・洗濯機等も備えています。
③機関室
《発電機》
主機関は曳航力を自在に発揮するため、2000馬力程度の中速ディーゼル機関を2基搭載しています。これにより船の速度を自在にコントロールでき、様々な業務に対応できます。
《補機/発電機》
船内には、照明装置や空調装置、無線機器等電気を用いる機関が多数あります。電力供給はディーゼル発電機で行っており、2台搭載しバックアップを取れるようになっています。
《空調圧縮機》
主機関の起動のため、圧縮空気をシリンダー内に吹き込む必要があり、そのために空気圧縮機と圧縮空気タンクを備えています。
《配電盤》
機関室内に、すべての電源を制御する配電盤があり、常に電力量や電圧をモニターしています。
《ポンプ類》
機関室内には清水ポンプ、雑用水ポンプ、潤滑油ポンプ等の様々なポンプ類があります。
④防災設備
原油やLNG等を運搬する船舶の支援を行うため、消防設備を有するタグボートもあります。全国の各港に消防専用船を配備している自治体は少ないので、防災業務を行うタグボートはその役割も務める場合があります。
《消防用設備》
マスト上またはハウス上部に放水銃が備えられています。駆動は消防ポンプで行います。
⑤推進器
日本のタグボートの多くは、推進機としてZドライブプロペラというプロペラを使用しています。推進機は舵を切らずにその場で旋回が可能で、360°のどの角度へも推進力を出すことができます。
⑥船底設備
タグボートは、本船に自身の船体を直接押し付けて作業するため、船首材には相当な強度が必要です。重い推進機を備えているので、船尾も同様です。
《二重底/各タンク》
船底は単底構造として、一部タンクの区間は二重構造としています。二重底にすることにより、外板破損時の内部への浸水を回避できます。
《ビルジキール》
船底の湾曲部の両舷にヒレ状の板を設置し、横揺れを軽減します。
《スケグ》
タグボートは舵を持たない構造上、キールの延長上にヒレ状の構造物を設けています。これをスケグといいます。直進性の向上と船尾部の支持が目的です。
4.タグボートの種類
タグボートの多くは港の中で作業する「ハーバータグボート」です。はっきりした区別はありませんが、用途やプロペラメーカー別に紹介します。
①プロペラメーカー別の分類
・シュナイダー・プロペラ:回転する円盤に垂直に取り付けられた羽の角度を調整して推進
・360°回転コルトノズル付きプロペラ
(1)ダックベラ:アヒルの形に似ている
(2)Zベラ:Zの形に似ている
(3)レックスベラ:プロペラの方向を360°変えられる
・その他:駆動、燃料などによる区分
②作業の用途別分類
・ハーバータグボート:港内で活動する一般的なタグボート
・内航海運曳船:港から港へ重量物等を曳航する沿岸洋上曳航で使用
・押し船:推進機能をもたない「はしけ」を押して運ぶ
・警戒船:危険物運搬船等の進路の安全を確保する
・オーシャンタグ:近海または遠洋向けの曳航船。洋上作業を行う調査船等へ機材を供給する役割もあり、長期間曳航を行うため、航続距離が長い
③主機関・プロペラの大きさによる分類
馬力によってⅠ型~Ⅳ型に分かれています。
④その他
・船体の形状による分類:活動場所によって波の高さが異なるため、ブリッジの高さ等が違う
『タグボートのはなし』解説、今回は「基礎知識編」をお送りしました。タグボートがどんな船でどんな仕事をしているか、船ファン以外の方にもうっすらご理解いただけたでしょうか。書籍本体には写真と図が満載なので、説明していて少しもどかしいくらいです。興味を持たれた方は、是非本書も併せてご覧ください。引きの画像で見るとタグボートたちの小ささと仕事が分かりやすいですし、アップだと役割のために特化した構造がよりはっきりと伝わります。
さて次回の後編は、いよいよ「タグボートとその乗組員たちのしごと」を現場業務の実際に沿ってお目にかけます。一日のスケジュールから災害等の緊急事態下でのエピソード、現場で働く皆さんのインタビューも満載ですよ!