『海の科学がわかる本』海から地球を理解する!過去から今、北から南へ! 【第12章:海洋観測論2】

『海の科学がわかる本』解説、最終回です。11章では、海洋観測における特に固体地球の観測に用いる方法について解説してきました。実際の観測現場においては、こうした様々な方法を単独もしくは複数組み合わせて行われます。

そこで最終章となる今回は、実際の観測現場で使われる手法を大きく3つに分け、海洋調査の様子を解説します。海は広大で、海そのものが調査の障壁となります。空間・時間的制約を乗り越え、現場ではどのように海洋調査を行っているのでしょうか。

1.はじめに

海洋は地球表面の70%以上を占めます。この広大な海洋を調査するには様々な方法が用いられますが、海そのものが大きな制約を課してきます。移動はほぼ船に頼らざるを得ず、そのため高速で移動することができません。食料や燃料の補給が必要なため、調査に使える期間はおよそ1ヶ月程度に限られます。

そんな海洋調査においては、目的に応じて単独もしくは複数の観測手法を用いて調査を行う必要があります。大別して3つの手法があります。①人工衛星によるリモートセンシング、②観測船を用いた観測、③係留計による長期連続観測です。

2.衛星リモートセンシング

人工衛星は地球の周りを回る人工天体のことで、地球周回軌道の違いによって、静止衛星、低軌道衛星等に分類されます。人工衛星リモートセンシングで有名なのは、天気予報で利用されている「ひまわり」です。「ひまわり」は静止軌道衛星に分類されます。

静止軌道衛星は地球上の同じ地点を常時観測できますが、高度が高いので詳細な観測ができない欠点があります。多くの地球観測衛星は地球低軌道に投入されることで、詳細な観測データを得ることができるようになっています。広範囲の観測はできませんが、北極と南極を繋ぐ極軌道を周回することで観測エリアが西に移動するため、数日~十数日で地球上すべてを観測できます。

人工衛星を利用したリモートセンシングは広い地域を周期的・継続的に観測できますが、電磁波を利用するため海中の観測は行えません。リモートセンシングは使用する観測手法と電磁波の種類(波長)によって次のように分類されます。

《能動型と受動型》

能動型リモートセンシング:衛星から信号を観測対象に送信、対象によって反射・散乱された信号を受信して形や物性についての情報を得る

受動型リモートセンシング:観測対象そのものが発する赤外放射や太陽光などを反射・散乱した信号を受信することにより、観測対象の温度や性質などの情報を得る

《可視光リモートセンシング》

可視光は、人間の目が探知できる電磁波です。可視光リモートセンシングは太陽光を光源とし、観測対象からの散乱・反射された可視光を観測します。雲があると観測を行うことができません。植物プランクトンの分布を調べる等の用途で使用されます。

《赤外域リモートセンシング》

赤外域リモートセンシングは対象物の熱放射により放射される中赤外域の電磁波を計測することにより、対象物の温度を計測することができます。主として海面水温の分布を調べるのに適しています。

《マイクロ波リモートセンシング》

センサーから送信したマイクロ波が対象物により反射・散乱されて戻ってくるマイクロ波を計測します。対象までの距離を正確に計測することができるので、海面の高度を計測し海流を求めることができます。また、錯乱されたマイクロ波の強度を計測することで、波浪の大きさや海氷分布の計測や、氷が1年氷であるか多年氷であるかの判別も可能です。

3.観測船による海洋観測

リモートセンシングは広い海域を繰り返し観測することが可能ですが、海洋の表面しか観測できません。そこで、観測船で現場に行き、観測装置を使って海洋内部を調査する必要があります。観測船による海洋観測の特徴は、多種多様な海洋観測を現場で行うことができることです。しかし、広い海域を調査するには多くの時間や労力、燃料や食料が必要です。

以下で例として、海洋地球研究船「みらい」の海洋観測装置を紹介します。

《CTD観測》

海水の物理的性質である電気伝導度、水温、深度を観測できる装置です。「みらい」ではCTDと複数のニスキン採水器を組み合わせた観測装置を、アーマードケーブルを使って水中に降下させ、連続的な観測と任意の場所での採水を行っています。 採取した海水は、船に搭載した分析機器で分析します。

《ネット観測》

「みらい」では海水の物理的・化学的性質を調べるだけでなく。生息しているプランクトンなどの小型生物を調べるネット観測も行っています。ケーブルを使って漏斗状のネットを海中に曳きながら海水をろ過し採取を行います。鉛直曳きネット、水平曳きネット、多段式ネット等があります。

《ADCP観測》

ADCP(音響式ドップラー流向流速計)は、発信した音波が海水中の懸濁粒子により反射され、戻ってくる音波がドップラー効果により周波数の変調を受けることを利用して海水の流向や流速を計測しています。

《海象気象観測》

「みらい」には気象観測装置も搭載されています。通常の観測船にも搭載されている温度湿度計、風向風速計、雨量計、日写放射計だけではなく、ドップラーレーダやラジオゾンデも搭載しています。ドップラーレーダは雨などの降下粒子が電波を弾くという性質を利用したもので、降水強度や風の三次元的な挙動を観測することができます。

4.係留系による長期連続観測

稼働時間に制限のある観測船では、海洋現象の年変動や季節変動を継続して観測することが難しいため、長期間連続して海洋や気象の現象を捉えるために海洋中に係留系を設置して自動で海洋や気象の観測を行っています。

係留系による観測では、長期間自動で観測をすることができ、かつ通信技術の発展によりほぼリアルタイムでそのデータを利用することができるようになっています。空間的制約や定期メンテナンスの必要性から、すべての海洋に展開するのは莫大な費用と設備が必要になるため、国際的な協力によって観測を行っています。

『海の科学がわかる本』の解説は、これで終わりです。これまで解説してきた12章の中で、どこか興味を引かれる箇所はあったでしょうか?地球の表面の約7割を占める海洋を知ることは、地球の過去と現在、未来を知るための強力な裏付けになるのです。

この紹介文を書いている最中、IPCCの最新報告が発表され、地球温暖化に対しての人間活動の影響がより断定的な形で言及されました。この先人類は、経験したことのないような気象条件のもとで生活しなければならない可能性が高くなっていますが、我々の暮らす地球と海を常に学び続けることが、変わる環境の中で生物としての人類が生き延びる術に繋がるかもしれません。