『海の科学がわかる本』海から地球を理解する!過去から今、北から南へ! 【第11章:海洋観測論1】

『海の科学がわかる本』解説も、終盤に近付いてきました。前回は、日本の南極観測の歴史とその成果についてお話しました。南極大陸は独立した大陸であること、古い年代の雪が圧縮されて閉じ込められていること等の理由で、地球の歴史のみならず太陽系創成期のことまで調べることが可能です。ここから得られる様々な知見が、地球科学他様々な研究領域の発展に極めて重要な役割を果たしています。

第11章・12章では、この本の主題である「海」に立ち戻り、海から様々なデータを得るためにどのような観測を行っているのかについて解説します。今回の第11章では、固体地球科学の分野についてお話します。海という壁を通して、その下の固体地球を知る方法はどんなものでしょうか?

1.はじめに

海洋において固体地球の観測を行うということは、海という壁越しに地球を知ることに他なりません。陸上とほぼ同じ機器を用いていても、船には「常に揺れている」という特徴があります。また、海中ではGPSのような電波を用いた高精度測定は使えません。

生物や岩石、堆積物の調査機器は時代を経てもそれほど形を変えずに現在も使われていますが、地球物理観測に使われる機器の多くは、コンピュータの進歩によって飛躍的に発展し、膨大なデータを得て効率的に処理できるようになりました。

《海洋調査船》

観測のプラットフォームとしての調査船の多くは、船体の安定性や静穏性を重視して設計されます。動力であるエンジンの振動も観測のノイズとなるため、多くの船で船体との間にゴムなどの防振材を取り付けています。また、船内に搭載された電子機器の安定動作のため、定電圧・定周波数電源装置が必要です。

正確な位置情報のためのGPS、観測機器の上げ下ろしのための重機、搭乗者間・陸上との通信のため、コンピュータネットワークや、陸上との通信機器も備えています。船によっては、」常時インターネットへの接続が可能です。

《即位装置》

位置情報は観測データの品質を左右する重要なデータです。海洋観測では、船位だけではなく、海中の観測機器の位置も高精度で求める必要があります。

①GPS:米国が構築したシステムで、NAVSTARと呼ばれる衛星を用いる。地球上で電波が届く場所であれば位置が正確に求められる。地上局からの位置補正技術(DGPS)を用いれば、誤差は数十㎝以下。海上では別の衛生を用いて補正データを得る。

②海中での測位:水中は電波の減衰が大きいため、音波を用いる。音波は密度の異なる物質との境界で反射する性質があるため、音波を発射してから密度境界で反射して返ってくるまでの時間(往復走時)と通過した物質中の音速がわかれば距離を計算することができる。音速は水温に依存するので、水温測定が必要。LBL、SSBLと呼ばれる方式が多く使われる。

2.物理観測

《測深・地層探査》

測深は海底の地図作りです。音響測深は、船底から海底へ向けて発射した音波の往復走時を測ることで水深を産出する方法です。

①PDR(精密測深機):3.5kHz前後の指向性の強い音波を使い、船の直下の水深を連続的に測定する装置。

②MBES(マルチビーム音響測深機):指向性のある音波を船底から扇状に複数発射することで、船舶の進行方向に複数点のデータを同時取得できる装置。

③SSS(サイドスキャンソナー):音波の海底からの反射強度を測定し、底質分布や精密地形の調査、人工物の探索などに用いられる。

④SBP(サブボトムプロファイラー):1kHzから10kHz程度の音波を使用することで、海底堆積物の微細構造を探査する装置。

⑤反射法地震探査:船から人工音源と受信機を曳航し、海底面及び海底下の密度境界で反射してくる音波の往復走時・反射波の位相や振幅を解析し、海底下の構造を調べる。

⑥屈折法地震探査:震源から最も早く地震計に到達した音波の到達時間を解析して、通過してきた経路の密度構造を推測する。海底地震計(OBS)と地震波やエアガンなどの音源を利用。

《重力測定》

重力は、地表の物体に働く引力、地球の遠心力、月や太陽の潮汐力の合力です。洋上での重力測定には「洗浄重力計」を用います。船体の同様の影響を最小限にするため、ジンバル機構に組み込まれているほか、モーションセンサーのデータを用いた補正の他、様々な補正を行います。

《地磁気観測》

陽子の核磁気共鳴を利用して全磁力を測定する「プロトン磁力計」が有名ですが、最近はその改良型のオーバーハウザー磁力計」が用いられるようになっています。船舶での計測の際は、船体磁気の影響をできるだけ少なくするため、船体の長さの約3倍の距離を取って曳航します。また、プロトン磁力計よりデータの精度は低いですが、地場の向きを測定できる「船上三成分磁力計」も用いられます。

《海底電気探査》

海底下の電位差を測定することで、地下の液体の動きや物質の電気伝導度を推定する方法です。海底に電極を挿入して自然の電位差を測定する方法のほか、強制的に電波を流して比抵抗を測定する方法などがあります。

《地殻熱流量測定装置》

地球内部から地表へ伝搬してくる熱量を地殻熱流量といいます。パイプや円柱に複数の温度センサを取り付けた装置を堆積物中に突き刺して測定します。

3.観測・試料採取

これまでに述べた地球物理観測では、広域の物性を知ることはできますが、実際の物質を採取しなければデータの正確性を議論することはできません。地球物理学的手法で構築されたモデルを実証するには、実際の観察と採取が必要です。

《有人潜水調査船》

研究者が現場で観察ができる唯一の手段です。推進器、マニピュレータ、カメラ等を装備し、パイロットの操縦により観察や採取を行います。

《ROV(無人探査機)》

船上からケーブルで繋がれており、リアルタイムで海底の様子を確認できます。大出力のマニピュレータを装備したものは、作業用ロボットとして用いられる例もあります。

《深海曳航体》

テレビカメラ、ライト、トランスポンダ等を組み込んだ曳航体を使って、海底の様子をリアルタイムで観察する方法です。曳航体には環境センサや探泥器といった様々な機器の搭載が可能なこと、船上制御装置があれば様々な船舶に搭載可能なことから、汎用性の高いシステムです。

《AUV(自律航行型無人探査機)》

航行プログラムとセンサからの情報をもとに、無索で海中を航行しながらデータを取得することができます。ケーブルの制約がなく、無人のため小型化が可能なことから長期間、広範囲の探索が期待されていますが、測位精度の向上が課題です。

《採泥器》

①ドレッジ:海底表面にある岩石を採取する。ワイヤーの先端に容器やネットを取り付け、岩石を掻きとって採取。

②グラブ採泥器:表層の堆積物を採取する。トリガーが海底につくと採泥器が閉まり、堆積物を掴み取る。

③柱状採泥器:錘を頂部に取り付けたコアパイプを海中に降ろし、海底直上から自由落下させて突き刺し、堆積物の層を崩さずに採取する。

《海底掘削》

現在研究掘削を行っている地球深部探査船「ちきゅう」の掘削システムの特徴は、「ライザー掘削方式」です。泥水をドリルパイプ内に注入し、先端にあるコアビットから噴出させることで、スムーズな掘削が可能になり、地層中の流体の噴出も防げるのです。

実際の掘削を行うまでには、科学的な目的と研究成果の提案、事前調査データが必要です。提案が採択されると、掘削の安全性確認のために探査を行います。

4.まとめ

海洋観測は観測装置の知識だけではできません。装置を搭載する調査船の機能や性能、調査海域の海象・気象についての理解も必要です。また、得たデータを正確に評価するためには、データの精度も知らなければなりませんし、適切なデータの得られる場所を選定する必要もあります。

実際の海洋調査計画は、研究者単独で行うものではありません。乗組員や機器のオペレータ等も含めたチームプレイなのです。多くの人が関わる海洋調査計画とその実施において、は、こうしたすべての要素を総合的に組み立てる必要があるのです。

今回は。地球固体物理分野における観測方法について解説しました。現在、海上では電波、水中では音波や磁気や熱を用いて、またはサンプル採取を行い、海から地球の地殻を探っています。こうした観測で得られたデータから地殻変動の歴史を知ったり、海の地形を調べることで海図が作られ、船が安全に航行できたりしているわけです。

最終回となる次回では、海洋計測を3つに大きく分け、それについて解説しています。海洋での研究は、一つの観測手法を用いる場合だけではなく、複数の方法を組み合わせて行うことも多くなっています。そういった現実の調査方法を知ることで、より海洋調査を身近に感じていただけるのではないでしょうか。