『海の科学がわかる本』海から地球を理解する!過去から今、北から南へ! 【第10章:日本の南極観測から】

『海の科学がわかる本』解説、第10回です。前回は、北極で起こっている異変について解説しました。夏季に北極海で海氷が減ると、海が夏の熱を過剰にため込んでしまうため、海洋と大気の熱交換に変動が起こり、関連するいくつかの現象も手伝って気候変動が引き起こされます。気候のシミュレーションモデルの項でも触れられていましたが、地球のある一角で起こっている現象が、季節を跨いで離れた地域の気象にも影響を及ぼすのです。

第10章では、北極から地球のちょうど反対側、南極に視点を移します。主に日本の南極観測活動を参照しながら、南極の何を調査し、それによって何がわかるのか挙げていきます。

1.国際極年

国際極年は、極地方における地球物理的な諸現象を国際的、科学的に観測する年です。第1回は1882-83年に11ヶ国が参加して行われました。第3回は国際地球観測年と名称が変わっています。昭和基地は、この第3回を契機に解説されたものです。第1回から125周年にあたる国際極年(IPY)2007-2008が第4回になります。

現在の極地観測は、単に極地の特殊性を超えて全地球規模の変動を監視・解明していく上で重要な役割を担っています。地球全体における南北両極の位置づけは、北極:中央が海、周囲が陸。人間活動の影響を受けやすい、南極:中央が大陸、周りが海。人間活動の影響を受けにくい、と考えられます。従って、地球全体の影響を監視するには南極の方が適しているのです。

また、南極大陸は地球の現在を監視できるだけでなく、約40億年前の岩石が存在し、隕石も多数発見されています。海洋底には大陸分裂の歴史が残されており、氷には過去約100万年までの環境変動の歴史が封じられています。南極を調べることで、現在起こっている変動に加え、太陽系創生から現在までの変動史をも知ることができるのです。

2.南極

一般的にいう南極は、南極点を取り巻く広い地域を指します。南極条約では南緯60°以南を南極地域と定義しますが、この南極地域には南極大陸とそれを取り巻く海域が含まれます。大陸の97%が氷で覆われていて、世界の氷の90%を蓄えています。また、南極は地球上で最も寒い場所でもあります。

南極大陸は。南極横断山脈を境に、大きく東南極と西南極に分かれています。東西南極は現在一体として動いていますが、かつては別々に運動しており、その際にリフト帯が形成されたことがわかっています。

南極大陸の周囲はすべて海で囲まれています。南極の氷床のために海は冷たく、冬には海氷域が発達します。またこの海域は、強い偏西風が吹く暴風圏でもあります。そのため海には、幅のとても広い東向きの流れ、南極周極流が流れています。この南極周極流を通して、南極域と低緯度域との間で熱と物質の交換が行われています。南極周極流の形成は、ゴンドワナ大陸の分裂により南極大陸が孤立していく過程で形成されたといわれています。

3.日本の南極観測

アムンゼン・スコットとほぼ同時期に、日本の白瀬矗も南極を目指していますが、南極点到達はなりませんでした。その後約半世紀が過ぎた1956年11月8日、第一次南極観測隊を乗せた「宗谷」が出航します。翌1957年の1月29日、第一次隊が昭和基地開設を宣言し、日本の南極観測がスタートしました。以降越冬断念や基地の一時的な閉鎖を乗り越え、日本による南極観測は続いています。

日本は昭和基地を拠点とし、その後みずほ基地、あすか基地、ドームふじ基地を解説し、様々な観測を実施してきました。これらの観測から、様々な知見が得られています。

4.オゾンホール

第23次南極観測隊で、南極上空のオゾン量が極端に減少していることが観測されました。同時期に他国の基地からも同様の観測結果が報告されたため、大きな話題となり、オゾンホールの発見につながりました。以降、上空のオゾン量の測定は昭和基地の重要な観測項目になっています。

オゾンの分子は、地上から約20km弱のところで最も多くなり、層をなしています。このオゾン層の水平分布が、南極大陸を覆うほどの広域にわたって周囲より極端に少ない状態、かつ高さ方向においても本来最大となるべき15-25kmあたりの下部成層圏で極端に少なくなっている状態を、オゾンホールといいます。

オゾンホールの特徴は、南極地域で顕著に現れる、冬から春にかけて発生する、オゾンホールのオゾン量は年々変動することなどが挙げられます。

オゾン層は太陽の紫外線による光化学反応でオゾンの生成と破壊のバランスによって保たれていますが、冬の南極上空は気温が低いため、この高度においてオゾンと反応しやすい塩素原子(フロンガス等に含まれます)が存在しやすい状態となります。そのため化学反応が起こり、オゾンが破壊されてしまうと考えられています。

5.南極隕石

南極隕石とは、南極で発見された隕石をひとまとめにしたものです。南極での隕石は1912年にオーストラリア隊によって初めて発見されました。日本隊は1969年以降多くの隕石を発見しています。隕石は地球にまんべんなく落ちていると考えられていますが、南極だと落ちたままの状態で冷凍保存されるため、発見されやすく、汚染・風化もされにくく、研究に適しています。

隕石は、太陽系創成期の出来事を記録した唯一の物質です。南極で採集された多くの隕石が、太陽系創成期の解明に貢献しています。最近では、宇宙塵の最終も南極で行われ、研究が進められています。

6.氷床コア

南極の氷は、水ではなく雪が凍ったものです。よって、南極の氷の中には、氷ができた当時の南極の空気や塵、火山灰などが一緒に閉じ込められています。南極の氷を分析すれば、過去数十万年にわたる古環境変動を知る手がかりが得られます。しかし、よいデータを得るためには採取場所を選ぶ必要があります。氷床の流動が少なく、できるだけ過去の情報を保持している地域を選ばなくてはなりません。日本のドームふじは、まさに恰好の場所に設けられ、氷床コアの採取を行ってきました。

氷床コアの酸素同位体、CO2およびダスト濃度を調べることで、気候変動のメカニズムを推定する情報を得ることができます。氷床コア分析の弱点は、コア自身の年代測定が難しいということでしたが、最近では窒素/酸素比の変動を用いた新たな解析結果から、コアの年代を正確に求めることができるようになりました。今後、年代測定の高精度化とともに、南極周辺の海洋堆積物に記録された情報等の解析によって、南極が地球規模の環境変動に果たす役割が解明されていくでしょう。

7.コケ坊主

南極の生きものといえばペンギンやアザラシが有名ですが、実は海洋中には植物プランクトン、動物プランクトン、魚類や海生哺乳類によって結構豊かな生物相が構成されています。一方、陸上は低温や乾燥といった厳しい環境の中で、コケ植物や地衣類とそれに依存した小型節足動物や線虫類が中心となった貧弱な生態系です。

その陸地には大小の湖が存在しますが、これまでは生物が存在しないと思われていました。しかし1995年、直径40㎝、高さ60㎝ほどの塔状の植物が発見されました。コケ・藻類・細菌などが密集したもので、「コケ坊主」と呼ばれ、300年以上形状を保っているものもあることがわかりました。

8.おわりに

この項で紹介した他にも、オーロラ、ゴンドワナ大陸の形成と分裂等、新たな知見が南極観測によってもたらされています。最近では、医学分野において、南極と宇宙医学との共同研究が進められようとしています。また、国際的な共同観測も増加してきています。

新しい南極観測船「しらせ」の就航や観測装置の進歩により、今後はますます南極観測の幅が拡張していくでしょう。

 

今回は、日本の南極観測と、それによって何がわかるかについて解説してきました。白瀬隊に始まった日本の南極観測の歴史は、新しい「しらせ」を迎え、さらに前進しています。南極から地球全体を知るだけでなく、宇宙まで観測の手を広げ。研究成果の利用は医学の分野まで及びました。

次からの2章は、「海洋観測論」として、本書で紹介してきた「海洋から地球を知り、地球から海洋を知る」方法について解説を行っていきます。次回第11章「海洋観測論1」では、固体地球科学について取り上げます。海での固体地球観測は、海洋という膜を通して地球を観測することです。どのような方法論で、どのような機器を使用しているのでしょうか。