『海の科学がわかる本』海から地球を理解する!過去から今、北から南へ! 【第9章:北極大異変】

『海の科学がわかる本』解説、第9回です。前回は、気候シミュレーションモデルの作り方について解説しました。この先人類はここ1000年では経験したことのない気候を体験するかもしれないという衝撃的な予測は、地球表面を細かい升目に分けて計算を行い、過去の観測結果に基づいた経験則を導入した上で出されていました。

第9章では、実際に起こっている気候変動の例として、北極での現象を取り上げます。第3章で触れたこととも関連しますので、本を持っている方は是非合わせて読んでみてください。

北極海の氷はどんな役割を果たしていて、その急激な現象は地球全体の大気にどんな影響を及ぼすのでしょうか?

1.注目される北極研究

2007年夏、北極海の海氷面積はこれまでの最小値を25%も下回るほど減少しました。今後100年間で夏の北極海の海氷が消滅してしまうという予測結果もあります。しかし、複数の気候モデルによって予測結果にずれがあるのが現状です。

北極海では熱・水環境が複雑なので、北極海全体の変化に関する因果関係を見極める必要があります。この点に注目しながら研究結果を紹介し、北極圏の異変について解説します。

2.海氷の急激な減少

北極海の海氷の重要な役割は、その高い反射率(アルベド)にあります。夏季に降り注ぐ太陽光(熱)の大部分を、海氷が反射しているのです。海氷がなかったら、夏の太陽光は海に吸収され、海洋に蓄積される熱が増加します。海の温度が上がれば、海氷がとけやすくなり、海水面が増えることによってより熱が吸収されさらに氷がとけるという悪循環が起こります。

「海氷の減少」といえば氷がとけてなくなることを想像しがちですが、実際には複数の現象について考える必要があります。

熱力学的減少:夏季の融解量の増加と冬季の海氷生成量の減少

力学的減少:北極海からの海氷の流出

重要なのは、夏の熱力学的減少と力学的減少が関連している点です。海氷の流出は季節を通じて起きていますが、特に最近の夏の気圧配置において現れることが分かっており、大気の変動が重要であることが指摘されています。

以上の異変のため、北極海の観測という点においても、氷上ブイの運用困難や、夏季の観測に砕氷船を用いずに済むというような変化が起こっています。

3.大気と海洋の熱交換

北極海の気温が氷点下になり始める時期は8月中旬頃ですが、その年の海氷面積が最小になるのはそれよりも1ヶ月遅い9月中旬です。これは、夏に海洋に蓄積された過剰な熱が海氷を融解させるためです。海氷が生成されるためには、夏季に蓄積された熱を大気中に放出し、水温が十分に低下する必要があるのです。

冬の海は大気によって冷やされる一方、大気を温める作用があります。海氷が介在する大気-海洋間の熱循環は、その地域の気候に大きな影響を与えます。

第3章でも解説した通り、海氷の減少で夏に海面が広く露出すれば、秋季の結氷遅延、冬季の大気への熱放出の増加等が連鎖的に発生し、海氷の減少に伴う温暖化が進行します。

また、氷ができるときには真水が凍るため、塩分の濃い海水が底へ沈むことによって対流が起こります。大気からの冷却が弱くなると、この対流にも変化が起こり、北極海の成層構造も変化すると考えられています。

4.特異な気圧配置

海氷面積の最小値を更新した年には、夏の気圧配置が特異であったことが判明しています。アラスカ・カナダ側での高気圧、シベリア川での低気圧です。このような気圧配置が持続すると、気圧勾配の強い北極海中央部で風速が強化され、海氷が大西洋へ流出しやすい状況になります。氷がなくなって海面が露出すると太陽からの熱を海はより吸収し、海氷の融解はさらに進行します。このような変化は大気単独では説明がつかず、海氷分布や海陸の温度差などが関連している可能性が示されています。

5.多圏相互作用

北半球の広範囲に分布する海氷・陸域雪氷は、熱・水収支を通じ海洋-大気-陸域に対して複合的な働きを担います。近年シベリアでは、凍土の融解層が夏に深くなってきていることが明らかになっています。これも、大気・海洋・海氷の変動を反映している可能性があります。一方で、こうした陸域での変化が大気などに影響を与えている可能性もあります。

雪氷が介在する大気-海洋-陸域間の多圏相互作用が、現在北極圏での激変を理解する上で重要であることは、研究結果からも間違いありません。

現在起きている北極圏での急激な変化は、長期的に生態系や中緯度の気候、海洋熱塩大循環などに影響を及ぼすことが予想されます。地球規模の気候変動予測においては、この変化を迅速かつ正確に捉えることのできる観測体制を構築することが重要です。

今回は、北極で起こっている変化と、海と海氷の状態が気候に及ぼす影響について、より詳しく見てきました。海洋と大気の熱交換に変動が起これば、気候も変動します。また気候の変動や気圧配置の変化によって、海の表面を覆う氷の量が変化し、その影響はまた気候変動となって現れるのです。

極地で起こる変化は、地球全体に影響を与えます。次の第10章では、地球の反対側の極地、南極について取り上げます。日本の南極観測では、どのようなことが行われていて、それによって何が分かるのでしょう?当社の『極地研ライブラリー(品切れのものは図書館などでご覧ください!)』でも取り上げているものがありますので、ご興味があればそちらも参照してみてください。