『海の科学がわかる本』海から地球を理解する!過去から今、北から南へ! 【第8章:気候のシミュレーションモデルの作り方】

前回は、地殻の進化とその理論の変遷を時代に沿ってみてきました。プレートテクトニクスまでは何となく知っていましたが、既にそれだけでは説明しきれない現象が明らかになっていたのですね。この先他分野の知識や調査法がさらに集積され、地球進化の謎はより詳しく解き明かされていくでしょう。

今回解説する第8章では、第2・3章で触れてきた大気の部分≒気候に話題を戻します。地球温暖化の原因は人間活動だと示されると私たちは納得しがちですが、それが本当なのかどうかについては、常に検証し続ける必要があります。

「地球温暖化」の予測は、どのような指標に基づいて行われているのでしょう?この章では、気候シミュレーションモデルの組み立て方を解説します。

1.はじめに

「人間活動によって発生するCO2のせいで大気中のCO2の割合が増え、地球温暖化が進行する」という話題をよく聞きますし、国連組織の報告書でもそれを裏付ける結果が報告されています。一方で、「地球温暖化懐疑論」も論じられています。果たしてどちらが真実で、どちらが誤りなのでしょう?

ここではその疑問に直接答えるというよりは、温暖化予測の考え方である気候シミュレーションモデルがどのようにできているか示すことによって、読者に考える材料を提供します。

2.気候を決める方程式

温暖化予測のシミュレーションは、気候を決める方程式をコンピュータで解いていくことで行います。ここでは、気候を決める方程式のうちいくつかを紹介します。

《運動方程式と熱力学方程式》

・ニュートンの運動方程式:「(力)=(重さ)×(加速度)」。風の吹き方や海流の流れ方について表す。気候モデルにおいては、「重さ」=空気や海水の密度、「加速度」=風や海水の流れの速さが時間によって変わっていく度合い。「力」=気圧やコリオリの力。

・気体の状態方程式、海水の状態方程式:空気や海水の密度の状態の変化を表す。

《放射伝達方程式》

温暖化予測を行う上で大変重要なのは、大気を構成するさまざまな気体がエネルギーをどのように放出したり吸収したりするかを表す式です。大気中を行き来するエネルギーの流れを「放射」と呼びますので、この式は「放射伝達方程式」と呼ばれます。

エネルギーは大気中を光の形で行き来するので、この方程式を解くためには、大気中の気体・水蒸気・チリ等が光を吸収・放出する様子をよく知る必要があります。考慮しなければならない大気中の要素、吸収・放出される光の色は膨大なため、この式を解くのはコンピュータを用いても極めて大変な作業です。

《方程式をコンピュータで解く》

これらの式をコンピュータで解くときに、「離散化」という作業が必要になります。この作業は、曲線グラフを細かい点の連続であると考えるのと似ています。点の間隔が狭いほど、より滑らかな曲線が得られます。

気候モデルをコンピュータで解くときも、地球上を細かい升目で区切り、その升目ごとに風速や流速、温度などを方程式で解いていきます。このように式をぶつ切りにして解きやすいようにすることを離散化といいます。

升目の大きさは、気候モデルの用途によって変わります。小さな升目はより精緻な結果を得られますが、より高性能なコンピュータを必要とします。

3.経験則の導入

気候モデルの計算を行うときは升目に分けて計算を行いますが、小さな規模の現象は気候モデルでは再現できません。大気や海洋中では、小さな規模の現象が地球全体に影響を及ぼす場合があるため、気候モデルでは、そのような小さな現象も考慮する必要があります。

《積雲対流の効果の取り入れ》

熱帯域では、海面水温が高いために空気が下から温められて上昇気流が発生します。すると大気が上下に激しく混ざり合い、入道雲ができます。このような大気の混ぜ合わせを「積雲対流」と呼びますが、起こる範囲は1-10km程度の広がりにすぎません。しかし、地球全体の大気に影響を与えるので、温暖化予想モデルにおいても考慮する必要があります。そこで、モデルで再現できる熱帯域の大まかな気温や水蒸気の分布から、積雲対流がどの程度活発に起こっているかを推測する経験則を導入する必要があるのです。この経験則は多数の研究者の提案をもとに、より優れたものを採用するよう検討を重ねています。

《積雲対流以外の現象についての経験則》

積雲対流以外にも、気象モデルには様々な経験則が取り入れられています。海中にできる渦や、太陽からの光が地球の表面まで届いた後の変化などです。太陽光のうち、どの程度が反射され、どの程度が光を蒸発させ、どの程度が周辺の空気を温めるのに使われるかということは、周囲の環境に左右されます。環境条件として、樹木などの生物活動も考慮する必要があるのです。この生物活動が関わる部分については、観測データに基づいた経験則の導入が必要です、

4.温暖化予測の不確かさ

気候モデルは物理法則を骨格として作られていますが、多くの経験則を含んでいます。経験則は観測データをもとに慎重に構築されていますが、いくつかある案のうち、どれが最適なのか決められない場合もあります。そのため、世界各国で開発されている気候モデルは、厳密に言えばすべて異なった方程式を解いています。同一のCO2濃度予測に基づいて温暖化予測を行ったとしても、どの研究機関のものかによって結果に違いが生じるのです。

再現度のチェックを行うことによって、比較的正確に予測を行える要素もありますが、チェックを受けた気候モデルを用いても、温暖化予測のシミュレーションはきっちりした数字が出せるようなものではなく、不確かさを伴います。

不確かさを減らす努力を続けるとともに、不確かさを念頭に置いた予測結果の表現方法を用いることが必要だ、という議論もなされています。

5.おわりに

温暖化予測には不確かさが付き物ではありますが、世界各国の研究機関が独立して開発し、入念なチェックを受けた気候モデルのいずれもが、将来の温暖化を予測しているという事実は重く受け止める必要があります。多くの研究結果が、その原因は人間活動であることも示しています。

人間活動をすべて止めてしまうわけにはいかなくとも、少し速度を緩め、温暖化予測という環境アセスメントを行い、結果に基づいて活動の方向性を決めていくというのが賢明な選択と思われます。

今回は、温暖化予測のための気候シミュレーションモデルの作られ方を解説しました。実際は世界の研究機関でスーパーコンピュータを用いて行われている極めて複雑な計算ですが。地球上を細かい升目に分けて複数の計算を行い、経験則も導入して地球全体の気候現象を予測するという方法が何となくイメージできたでしょうか。

次回は、北極に起こっている異変についての章を解説します。北極海の氷が減ると気候変動が起こるというメカニズムについては先の3章で解説しましたが、細かく見るとどんな現象が起こっているのでしょう?