『海の科学がわかる本』海から地球を理解する!過去から今、北から南へ! 【第7章:地殻進化をとりまく原理の変遷とその最前線】

『海の科学がわかる本』前回は、海洋微生物についての章の解説を行いました。今回は趣を変えて、「地殻」についての章の解説を行います。前の章で出てきた熱水噴出孔は、プレートの働きでできたものです。海に限ったことではなく、地球の表面は地殻に覆われています。卵の殻のように地球を覆う地殻が、地球の誕生からどのように進化してきたのかを解き明かすことで、海の謎もまた解明されるのです。

今回解説する第7章では、地殻の進化を追いながら、同時に学説の変遷も辿っていきます。地球を見る視点と解像度の変化は、人類の知的進化をも示しているのかもしれません。

1.はじめに

地殻は地球全体から見ればたった0.4%ですが、私たちの生活は、卵の殻のように地球を覆った地殻の上で成り立っています。地殻の構造は、時間の経過とともに様々に変化し、「進化」します。地球上には陸地を作る大陸地殻と海洋に広がる海洋地殻に大別されますが、実際の動きはそれほど単純ではありません。地殻と上部マントルの変化が、地震や津波の発生、火山の噴火といった形で現れます。

地殻の進化については、マグマの貫入に伴って地殻物質が分化する形、堆積物が付け加わることによる地殻の変形、沈み込まれる地殻が削り取られて起こる地殻の沈降など、色々な形があります。

昔からそれぞれの時代の研究者は、地殻がどのように進化するのかについて、色々な説を提唱してきました。ここでは、古典的造山論から、地向斜造山論、大陸移動説、海洋底拡大説を経て、プレートテクトニクス理論、昨今のプルームテクトニクスの考えを見ていきます。過去の地球史に関する考え方の変遷を振り返り、最後に現在研究が進められている地殻進化について、一部を紹介します。

2.古典的造山論から地向斜造山論へ

地殻に対する科学的研究が始まったのは、17世紀からでした。18世紀に入ると、すべての岩石は原始太洋の底の堆積岩であるという水成論と、すべての山脈は火山作用による垂直運動で生じたとする火成論、地球の収縮によって山脈が現れるという地球収縮説が現れました。

19世紀中期になると、狭い地帯に堆積が始まり、堆積が続くとその重さで地殻が押し下げられ、その結果として地層の変形が起こり、さらにこの押し下げが続くことによって地層が高温になるため変成作用が起こるとする地向斜の概念が生まれました。

20世紀初頭には、この地向斜造山論はより整理され、地球は連続的に変化しており、長い時間をかけて緩やかな沈降や隆起が起こり、沈降は地向斜を、隆起は大陸を作るという考え方になりました。この理論では、造山運動はある特定の場所で、決まったサイクルに従って起こると考えられていました。地殻の動きを沈降と隆起という垂直運動で説明しようとしたものです。

3.大陸移動説と海洋底拡大説

造山運動を垂直運動で説明する理論が盛んな中、1912年にウェゲナーが大陸移動説を発表しました。大陸が垂直方向に移動するのなら、水平方向への移動も考えられるだろうというのが発想の発端でした。しかし、大陸を動かしている原動力の説明に苦労していました。理論の応用が進んだ結果、地向斜造山論と大陸移動説で研究者たちは2グループに分かれました。

ホルムズは大陸を移動させる原動力に、「マントル対流」を結びつけました。対流が上昇するところで海嶺ができ、下降するところでは海溝ができると考えたのです。これを発展させ、海底が拡大しているとする海底拡大説が打ち立てられました。この理論は、大陸移動説に対する疑念を解消するものでした。

4.プレートテクトニクスの登場

1960年代後半になると、地殻の表層がいくつかのプレートに分かれていることを基本原理とするプレートテクトニクスの体系が次第に組み立てられました。地球の表層にはプレートと呼ばれる変形しないリソスフェアがあり、マントル内の部分融解により力学的に弱くなっているアセノスフェアの上を移動するという理論です。プレートテクトニクスは、海底の地磁気縞模様異常や、ホットスポットの存在で裏付けることができました。

プレート境界は、以下の3つに大きく分けられます。これらプレート境界の特性は、地震の発生機構からも容易に知ることができます。

①発散境界:伸張場にあり、プレートが生成される場所

②収束境界:圧縮場にあり、プレートがプレートの下に沈み込む場所

③トランスフォーム境界:プレートとプレートがすれ違う場所

造山のサイクルのずれや垂直方向の地形変形など、地向斜の理論では説明しきれない現象が続々と判明してきましたが、これらもプレートテクトニクス理論では容易に説明できたのです。

5.プルームテクトニクス理論

しかし、プレートテクトニクスですべてが説明できるものではありません。近年の研究では、海溝で沈み込んだプレートがそのままマントル深部に達し、マントル対流によってそのまま海嶺に至るわけではないことがわかっています。

マントル対流は、通常は上部マントルと下部マントルの2層に分かれています。マントル内には大規模な2つの上昇流と1つの下降流があり、上昇流・下降流をプルーム、上部マントルと下部マントルの境界を超えるほど巨大なものは特にスーパープルームと呼ばれています。

マントル対流は通常期はプレートテクトニクスが支配していますが、1億年周期のパルス期においては、上部マントルと下部マントルとの熱のやりとりが激しくなり、スーパープルームが起こるとされています。

これらはプルームテクトニクスと呼ばれ、巨大大陸の精製や分裂など、プレートテクトニクスでは説明しきれない部分を補完する役割を果たしています。

6.地震学的な構造研究の手法

プレートテクトニクスの誕生以来、地震学や岩石学、地質学、地球物理学の研究者たちは、同じ原理のもとで議論できるようになりました。地殻の進化に関する研究は、これによって初めて包括的な議論が可能になりました。様々な分野での探査方法・分析方法を用いて、年代を特定したり構造を解析したりすることができるようになったのです。

地殻構造研究における地震学的な手法には、以下の2つがあります。

①反射法探査:地下の反射イメージを得る。地下の密度や物性が異なる層の境界面からの反射波を主に用い、反射強度をイメージングする

②屈折法探査:地下の音波速度(P波・波が伝わる方向に振動する、S波・波が伝わる方向と直交する方向に振動する)を得る。主に地下の層を屈折して戻ってきた波を用いる

7.現代の地殻進化研究

地殻の進化を研究対象とした場合、可能な限り単純な地史を持つ場所を選択することが必要です。そもそもなぜ大陸ができあがったのか、という根本的な問題を解決するには、変化の大きい場所では不向きなのです。日本周辺の伊豆・小笠原・マリアナ島弧は、まさに絶好の場所です。初期の大陸性の地殻を内包し、海洋地殻しかないところから大陸地殻が生まれたという特徴があるからです。

地殻が進化に伴ってどのように変化するかを知るためには、地殻構造の背景の共通性と地域的な多様性を理解する必要があります。

伊豆・小笠原・マリアナ島弧で採取された岩石を分析して造られた地殻進化モデルによって、地殻の進化に伴って、玄武岩マグマから安山岩が生成され、その残余生成物は上部マントルに移行しながら地殻を厚くしていくことが示されました。

地殻構造に示されるP波速度の違いをより細かく分析すれば、地域的な構造の違いも見えてきます。地殻進化は、その過程でさまざまな影響を受けているのです。地震探査に加えて岩石学や地質学の研究成果を合わせることで、地殻の進化過程をより詳細に知ることができるでしょう。

今回は、地球の表面を覆う地殻の進化についてみてきました。山や海、大陸がどのようにできてきたかを明らかにしようとする学問の変遷は、プレートテクトニクス理論の登場によって、さまざまな分野の学問の研究成果や調査手法を用いてより大規模かつ詳細な研究が行えるようになりました。地震は地殻の上で生活している私たちにとっては恐ろしい現象ですが、地震学の研究手法が地殻の歴史を明らかにすることにも大いに役立っているのです。

次回はまた分野を大きく変えて、気候の世界に迫ります。海で起こる現象が大気に影響を与え、気候変動を招くことは2章・3章でも解説してきました。次回の第8章では、温暖化予測に注目して、気候のシミュレーションモデルの作り方について解説します。気候を決める方程式はどのようなものか?地球レベルの気候現象と、大きな範囲の観測では見逃してしまう狭い範囲の気象現象、どちらも考慮して、より正確な気候予測を目指します。

地球温暖化の正確な予測はどこまで可能なのでしょう?地球温暖化は、本当に人間活動のせいだけで起こっているのでしょうか?読者の皆さんが自分で考えるためのヒントが、次の章で手に入るかもしれません。