『タグボートのしごと』港の小さな働き者を徹底解剖!「タグボート」ってなんだ?

『タグボートのしごと』解説、後編をお送りします。前回の前編では、「タグボートの基礎知識」と題し、大まかな仕事場と仕事内容、構造、種類について解説しました。後編となる今回は、いよいよタグボートの実際に迫ります。

タグボートは、一日に数件の仕事をこなすことも、何日か続けて業務に当たることもあります。ある1日のスケジュールや乗組員の実際の生活。また、日常業務や災害現場における印象的なエピソードも紹介しますので、よりタグボートの仕事がくっきり像を結ぶことと思います。書籍本体には現場で働く様々な立場の方のインタビューも掲載されていますよ!

5.タグボートの仕事

タグボートで活躍する船員の、実際の仕事と生活ぶりを紹介します。横浜港で働くタグボートの事例を、時間を追って見ていきましょう。

4:45 始業

4時45分に集合、5時15分にスタンバイです。船長以下乗組員5名はアルコールチェックを済ませ、甲板員と航海士は書類(ドラフト用紙、バーチャー)を準備します。続いて作業に関係する船舶の動向をチェックします。

5:15 現場へ直行

最初の作業は、扇島にある製鉄会社のバース(港の積み下ろし場)から大型鉱石運搬船(本船)の出港支援を他のタグボート2隻と行います。出港予定の30分前までに到着すると、タグボート配船会社から連絡が入ります。

今日は錨泊船の多い場所を通るので、注意事項を確認します。配船会社から配置の連絡を受け、船長が操船を始めます。

6:20 現場へ到着

製鉄会社のバースに着岸している本船の前に到着、喫水を記録します。水先人が本船に乗船。指示を受け、タグラインを取ります。作業が終わると、水先人にトランシーバーで報告します。

6:30 協働タグ集合

本船の乗務員が他のタグボート2隻のタグラインも引き込みました。

7:00 出港補助作業

係船ロープから外されたら、バースから船を引き出します。船長がタグボートを操船している間、航海士は水先人とトランシーバーで交信しながら、船の距離に応じてウインチを操作します。

本船の回頭が無事終了すると、水先人からタグラインを外す指示が出ます。タグラインを外してもらって巻き上げたら、配船会社に無線で作業終了の連絡をします。

その後、携帯電話で次の作業の確認をします。一旦事務所に戻っていた水先人に確認内容を連絡し、次の作業の書類を準備します。次の作業場所の近くで待機します。次の作業場所は南本牧です。

8:00 回航

次の作業場所に向かいます。船長が決定した場所に着くと、錨泊します。作業開始までの間、航海士は整備報告書、甲板員は勤務表を作成します。

9:00 整備作業

回航が終わりました。停泊後に、機関室の点検を行います。月に1回の点検が義務付けられています。錨を揚げ、球状形象物を下ろします。

12:00 昼食

13:00 次の作業

南本牧のバースに近づき、水先人からの連絡を受けます。本船の船首に向かい喫水をメモし、近くにいる遊漁船等に出港を知らせます。周囲の他船舶とも連絡調整を行いながら、出港支援を行いました。沖ではエスコート船が待っています。

作業後配船会社に終了連絡を入れ、基地に戻ります。基地に係留するための係留索等を準備し、船体の清水洗い流しをします。係留後も主機関のクールダウン等~戸締りの作業があります。

すべての作業の終了後、サロンで一旦全員が集合して、解散となりました。

6.乗組員の生活

この章では、 タグボート乗組員の働き方や生活を紹介します。将来タグボート乗組員になりたい方は必見!

《タグボート内での仕事》

(1)労働時間

乗組員の乗船中の労働時間は、一般的には8:00〜16:30の7時間で、昼に1時間の休憩を取ることが多いです。タグボートの作業は「本船」に左右されるので、船の種類によって時間がずれることがあります。

会社ごとの就労体制は、①通勤体制、②船内居住体制、の2種類です。

(2)1日の仕事の流れ

始業は、本船のオーダー次第です。前日の夕方には予定が決まるので、乗組員はそれに合わせて出勤・乗船時刻を決めます。全員が乗船したら、出動準備を始めます。船内居住船の場合は食事の用意もします。

基地を離れ作業開始地点に向かうまでは、航海体制となります。操船、本船との交信、聴き類のチェックや準備を行います。

本船に近づきタグラインを取る作業は、最も緊張する場面です。何重にも確認を行いながら作業します。

タグラインを取り、バースに近づくと、本船から押し引きの具体的な指示が入ります。一般的には船長が操船、航海士が交信やウインチ操作を行うことが多いようです。作業時間は船の大きさによりますが、30分〜1時間超です。

基地に帰着、または次の作業に適当な岸壁に着岸し、時間があれば整備作業や事務作業にかかります。場合によっては給油や予備品などの積み込み、買い出しや食事の準備を行います。

目的港の外から本船にタグラインを取って着岸支援作業に従事するパターンだと、通しで4時間〜7時間程度かかります。

作業があれば繰り返し従事しますが、定時終了予定時刻後に作業がなければ、船体の清水流しや機関の手仕舞い等を行って解散です。

《安全第一で作業を!》

タグボートも大型船同様、様々な危険に見舞われる可能性があります。乗降時、船内作業時、機器の操作、もちろん様々な安全対策が講じられていますが、注意を怠らず、安全第一で作業することが必要です。

《食事や調理》

食事の時間は船内居住の大きな楽しみのひとつでしたが、最近はお米だけをまとめて炊いて、おかずは個人で調達・調理することが一般的になっています。

(1)食事時間

船内居住船のような乗組員がまとまって同じメニューを食べる船では、調理担当は作業予定を考慮の上調理を行います。おかず持参や外食もするようなタグボートでは、特に担当は決めないようです。

(2)手配・買い出し

食料品の手配は、通勤船ではご飯とインスタント食品が中心、船内居住船では調理のため色々な食材を手配します。

(3)供食

船内居住船では、朝食は目玉焼きやウインナー、味噌汁といった簡単なもの、昼はレトルトや外食が多いようです。夕食が必要な場合は、弁当が多くなっています。

《船内の様子》

1隻のタグボートには4〜5人が乗り込んでいます。若手からベテランまで年齢層が広いので、ミスを防ぐためにも、コミュニケーションは特に重要です。

《船上での労働》

タグボートの目的や用途によって、働き方も色々あります。陸上の港湾労働の延長線上にあり、昼間の労働を基本として働くのがハーバータグボート、外航船のような3直制を基本として働くのがそれ以外のタグボートといっていいでしょう。

近年は、女性の社会進出や船の技術革新により、タグボートでの働き方や労働環境、条件も変わってきています。

7.タグボートものがたり

日常業務での印象的なひとコマ、大規模災害に遭遇した事例などを紹介します。海という自然の中、自分より遥かに大きな船を曳航する作業においてトラブルに巻き込まれた乗組員は、どのように対処したのでしょうか。

《東日本大震災「タグボート」エピソード(鹿島港)》

2011年3月11日の16時頃、鹿島港に津波第一波が押し寄せました。港には大型船が多数停泊していましたが、6隻のタグボートに16名の乗組員が乗船し、それから2晩一睡もせず、無線機を頼りに支援作業を行いました。

《北海道の冬を乗り越えよう!冬場の乗組員作業》

出勤して職場であるタグボートに着くと、岸壁やデッキ上が雪で埋もれていることがよくあります。早朝に水先人が乗船する場合は、乗組員全員で水先人の駐車場から船まで安全に来られるよう除雪を行います。1日に3〜4回作業を繰り返すこともありました。

作業員の安全のためにも除雪を怠ることはできませんが、毎年雪に悩まされています。

8.タグボートの未来

《タグボートの進化》

日本最初の動力タグボートは、1866年に登場しました。初期のタグボートは木製でレシプロ主機を搭載していましたが、その後ディーゼル機関が主流となりました。

1920年代に開発されたフォイト・シュナイダープロペラは、360°の急旋回が可能なことから、タグボートに必要不可欠な推進機となりました。

《タグボートの近代化》

船の大型化とともに、タグボートにも高性能・高馬力が求められ、より広範囲での作業も必要となりました。そこでシュナイダープラペラに変わり登場したのが、コルトノズルプロペラや可変ピッチプロペラです。

《タグボート作業の多様化》

今日ではタグボートにも、多様化した作業への適応が求められています。救助曳航やサルベージ作業、海上防災作業、危険物運搬船のエスコート、警戒など、作業は多岐にわたります。

推進力や操縦性能において、更に進歩した推進器が必要になりました。推進流方向制御によって舵を代替させる方式のZDP(Zペラ)型推進器です。現在ではほとんどのタグボートがこのZDPを搭載しており、様々な目的において能力を発揮しています。

《エコタグの誕生》

船においても地球温暖化対策は講じられており、エコシップの研究開発が盛んに行われています。温室効果ガス排出の軽減、燃料のクリーンエネルギーへの切り換え等です。

タグボートについても、ハイブリッドタグボートの開発・建造が進んでいます。ディーゼルエンジンをモータジェネレータがアシストし、温室効果ガスの排出を削減します。

騒音についても、モータジェネレータのみを使用の場合の運転音はディーゼルエンジンに比べて大幅に低減されています。

《LNG燃料タグボートの誕生》

ハイブリッドタグボートに続く環境配慮型タグボートとして、LNG燃料タグボートも開発されました。環境性能が非常に優れており、LNGモードで起動した場合、従来のA重油タグボートにクラベ、CO2排出量を約30%、NOx排出量は80%、SOxはほぼ100%削減することが可能になりました。

《近未来のタグボート》

近未来にコンテナ船などが自動操縦になった場愛でも、港内の接離岸作業においては、しばらくの間タグボートの支援が必要とされるでしょう。自動操縦船を支援するタグボートには、それに対応した技術的変化と、優秀な乗組員の育成も必要不可欠です。

《脱炭素社会への適応》

脱炭素化を目指す社会では、燃料電池や水素の活用が求められます。水素を燃料とする船舶の研究開発もますます加速していくことでしょう。タグボートも、そのようなイノベーションに対応していくことが必要です。

 

前後編に渡った『タグボートのはなし』解説ですが、港で見かける変わった姿をした小さな船と乗組員の方々の日々の仕事の模様がご理解いただけたでしょうか。海や船が好きな方はもちろん、将来この業界で働きたいなと思っている若い方に、仕事の一端をお伝えできていたら幸いです。

本書の最大の魅力は、現場で働くタグボートや乗組員たちの生の姿が掲載されていることです。この解説でタグボートに興味を持ってくださった方は、是非本書を手にとって、豊富な写真とコラム・インタビューをご覧ください。また、本書の巻末には(一社)日本港湾タグ事業協会所属の会社名簿が出ています。船の名前と写真を掲載している会社もありますので、もしかしたらどこかの港で働いているその船に出会えるかもしれませんよ。