『海の科学がわかる本』海から地球を理解する!過去から今、北から南へ! 【第4章:化学海洋学】

『海の科学がわかる本』解説の第4回目は、第2・3章とは少し趣を変え、海における化学の話題です。二酸化炭素に注目し、地球の過去・現在において、二酸化炭素がどのように振舞ってきて、未来はどう予想されているのかをみていきます。

二酸化炭素は、地球温暖化の「主役」ともいえます。大気中の二酸化炭素は、海洋との間でどのように行き来するのでしょう?「溶解ポンプ」「生物ポンプ」2つのメカニズムで二酸化炭素が輸送される様子を確認しながら、地球温暖化/海洋温暖化とともに、「海洋酸性化」についても考えます。

1.現在―地球温暖化と二酸化炭素―

近年、人類活動による地球温暖化が国際的な関心事となっています。その主役が、温室効果を持つ大気中二酸化炭素濃度の増加です。現在の大気中CO2濃度は産業革命以前の濃度から約40%増加しています。

1990年代には、大気中に放出された二酸化炭素の約34%を、海洋が吸収していると推定されています。しかし、この推定には大きな誤差が含まれます。海洋のCO2吸収量は、年によって大きく変動するためです。海洋は大気の約64倍のCO2を保存する能力があります。

海がCO2を吸収し、海洋内に輸送するメカニズムとしては、以下の2つのものがあります。このメカニズムによって、海洋内には年間約10ギガトンのCO2が循環しています。

・溶解ポンプ:CO2が海水に溶け込み、海水の混合や移動によって海洋内に輸送されるメカニズム

・生物ポンプ:海洋表層で植物プランクトンの光合成によって取り込まれたCO2が、食物連鎖を経てマリンスノーとして海洋内に沈降していくメカニズム

大気中のCO2濃度は、海によってコントロールされているといっても過言ではないのです。海中二酸化炭素濃度の変化を正確に予測するためには、現状の把握に加え、今後の「溶解ポンプ」と「生物ポンプ」の予測が必要です。

2.過去―氷期に定価した二酸化炭素濃度は海洋が大気中の二酸化炭素を吸収したのか―

人間活動よりはるかに昔から、二酸化炭素濃度は自然に大きく変化してきました。過去40万年館に地球は約10万年周期で4回の氷期を経験しています。その時期、気温と同調して大気中のCO2、メタン濃度が変動していることが明らかになりました。現在はCO2の増加による温暖化が問題になっていますが、過去にはCO2濃度の低下に伴って地球の寒冷化が起こっていたのです。

氷期には大気中のCO2はどこへ吸収されたのでしょうか?その時期、陸上の植物は大幅に減少していたことから、大気中のCO2は海洋に吸収されたと思われます。「溶解ポンプ」「生物ポンプ」、あるいは炭酸カルシウムの溶解によってアルカリ性になった海水が大気中のCO2を吸収しやすくなるメカニズム(「アルカリポンプ」)が活発になったと考えられますが、正確なところはまだ未解明です。

また、現在の大気中CO2濃度は、過去2000万年間ほど地球が経験したことがない程度の高濃度であり、そのことが今後の大気中CO2濃度と地球気温変化の正確な予測を困難にしています。

3.未来―増加する海の二酸化炭素濃度と酸性化―

地球温暖化に従って、海水温度も増加しています。海水温度が上層すると、海水に大気中の二酸化炭素が溶けにくくなります。また、中深層の栄養豊富な水が湧昇しなくなり、植物プランクトンの増殖に依存する海洋の生物生産活動が低下します。これによっても、海洋のCO2吸収能力は低下します。

しかし逆に、水温の増加が適度だった場合は植物プランクトンが増えて大気中CO2吸収が活発になり、海洋内部に存在するCO2を含んだ水が表層へ運ばれにくくなることで、海洋から大気へのCO2放出量が低下する可能性もあります。

海洋の温暖化が現在の地球温暖化を加速するか減速するかは、様々な事象を総合判断する必要があります。

大気中のCO2濃度の増加に伴い、海洋のCO2濃度も増加傾向にあります。北西部北太平洋では、夏は大気から海洋へCO2が吸収され、冬は海洋から大気中へCO2が放出されていますが、CO2の増加傾向が続けば、冬でも大気から海洋へCO2が吸収されることになり、海の酸性化は加速すると考えられます。

また、海の酸性化により、炭酸カルシウムの殻を形成する植物プランクトンが減少します。このことは、海洋内の二酸化炭素循環に大きな変化をもたらすと予想されています。酸性化により炭酸カルシウムが溶解すると、海水は結果としてアルカリ性になり、大気中の二酸化炭素が溶けやすくなります。一方で、炭酸カルシウムは光合成で粒子状になった二酸化炭素をマリンスノーとして中深層へ輸送する役割を果たしています。

海水温上昇と海洋酸性化が大気中の二酸化炭素増加を加速させるのか減速させるのか、明確にすることが今後の研究の急務です。

4.海洋における二酸化炭素研究―生物ポンプに関する時系列観測研究―

海洋の二酸化炭素吸収能力は時間的空間的に大きく変動するため、長期的な観測が必要です。

北西部北太平洋における「生物ポンプ能力」の研究では、同海域で光が届く海洋の表層部分で生産された生物期限物質は、大きなタイムラグなしで迅速に中層に鉛直輸送され、さらに大きく水平輸送されることなく深海まで運ばれていることがわかりました。同海域の生物ポンプ能力は、世界平均の約3倍にも相当することが判明したのです。

5.おわりに

これまでの化学海洋学研究により、海洋における二酸化炭素循環メカニズム、海洋の二酸化炭素吸収能力が明らかになってきました。しかし、地球温暖化、海洋酸性化の進行により、状況は変化しています。その変化を検出し、地球環境への影響を解明することが、これからの化学海洋学の使命です。

第4回目の今回は、大気と海洋の間での二酸化炭素の循環の観点から、化学海洋学についてみてきました。改めて、人間活動が地球環境に及ぼす影響の大きさを思い知らされます。これまで地球が経験したことのない二酸化炭素濃度は、これまでの研究結果から予測した通りの結果をもたらすのでしょうか、それともどこかで新たな変化が起こるのでしょうか。

未来を正確に予測するためには、ひとつの分野だけではなく、化学、生物学、物理学、地質学といった多くの分野と連携し、より総合的な研究を進める必要があります。

次回は、海の生物学についての章を解説します。海洋に生息する生物たちは、どのような仕組みで海洋に適応しているのでしょうか。地球上の生物が生息している空間のうち79%が、深海域だということ、ご存じでしたか?陸とは異なるメカニズムで生きる生物たちの生存戦略をご紹介します。