『海洋白書2021』危機を乗り越え、美しく豊かな海を子孫へ!【第1章:国連海洋科学の10年始動】

  • 2021.04.17 

今年2021年は、2017年国連総会で宣言された『国連海洋科学の10年』最初の年です。この宣言は、2021年~2030年までの10年間、持続可能な開発目標のうち、主にSDG-14(海洋)の実現に向けて、海洋分野に主に力を注いだ取り組みを国内外で行っていくという趣旨のものです。

2020年に訪れた新型コロナウイルス禍の影響は、海洋分野においてもとても大きなものでした。日本においてはダイヤモンド・プリンセス号における感染拡大が、「海・船とコロナ禍」の最初の認識だったかもしれません。

毎年春に発行される『海洋白書』は、前年の出来事を主な対象としていますが、2021年版は1章分を『コロナ禍の2020年』として、クルーズ船や海上交通、水産業、離島医療等について纏めています。

異例の構成となった『海洋白書 2021』について、これから数回に分けて解説を行っていきたいと思います。第1回である今回は、第1章「国連海洋科学の10年始動」の要点を述べていきます。この宣言の具体像を提示し、海洋に関する情報共有や海洋リテラシーを交えつつ、国内外の取組みを紹介します。

【第1節:『国連海洋科学の10年』始動】

2017年12月の国連総会において、2021年から2030年までの10年を「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」とすることが決議されました。2015年に採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」に、海洋関連のSDG-14「海の豊かさを守ろう」が盛り込まれたことを受け。IOC(UNESCO政府間海洋学委員会)は、SDG-14の実現に向けて議論を重ね、この提案を行いました。

1:『国連海洋科学の10年』に係る国際的な動向

  1. UNESCOにおける海洋分野の取組み

IOCは、1952年の日本の演説をきっかけに発足した組織で、UNESCOの下で機能的自立を持つ、海洋に関する包括的な政府間委員会です。2021年現在、150か国が加盟し、海洋観測、津波防災、人材育成、海洋法条約を含む様々な事項について議論しています。日本はIOC事業のうち、海洋観測・調査、海洋データの収集、津波早期警戒システムの構築等に特に重点を置いて推進しています。

  1. 『国連海洋科学の10年』実施計画策定

2018年初頭から、2021年の『国連海洋科学の10年』の開始に向けた議論が始まり、実施計画策定が進められました。実施計画のひとつである科学行動計画では、「変革の科学と教育能力の向上」等の4つの目的が挙げられています。

また、社会的成果を掲げていることが実施計画の特徴です。「汚染を可能な限り減らした『きれいな海』」、「社会が現在および将来の海洋状況を理解し、その変化と人びとの暮らしへの影響の予測を可能とする『予測できる海』」等、7項目が示されています。

『国連海洋科学の10年』は海洋研究者のみで実施するものではなく、様々な利害関係者とともに協働して設計・推進・活用を実施することになっています。対研究者だけでなく、広く呼びかけを行っていく必要があります。

  1. アジア・太平洋域での取組み

『国連海洋科学の10年』の開始に向けた準備は、IOCの地域小委員会のひとつである西太平洋地域小委員会(WESTPAC)においても進められました。2019年、日本のIOC分科会とWESTPACに加えて北太平洋海洋科学機構(PICES)の三者により、北太平洋とその周辺の縁辺海を対象とした地域ワークショップが開催されました。それ以降、WESTPAC地域では、中国の「一帯一路」の海洋事業に関する国際会合に合わせたワークショップが中国国内で行われていますが、『国連海洋科学の10年』への貢献の推進はそれほど進んでいません。

2:わが国の取組み

『国連海洋科学の10年』に関して寄せられたパブリックコメントに、「我が国がより積極的に関与・寄与すべき」とする意見が含まれていました。これを取り入れ、日本は第3期海洋基本計画の案文をより積極的なものに修正しました。この第3期海洋基本計画のもとでの『国連海洋科学の10年』の取組みや、今後の展望を示します。

  1. 国内関係組織等の動き
    • 総合海洋政策本部

2019年秋、「持続可能な開発目標に関するスタディグループ」が設置された。主要検討課題は「海洋プラスチックごみ」等であり、『海洋科学の10年』そのものではないが、同10年への貢献の視点が盛り込まれた提言が作成、意見書としてまとめられ、提出された。

  • 文部科学省および日本ユネスコ国内委員会

2019年10月、日本ユネスコ国内委員会建議が提出された。その中に、「『国連海洋科学の10年』に向けた活動の活性化」が織り込まれた。

  • 関係の学会等

日本海洋学会2019年秋季大会において、『国連海洋科学の10年』に関するセッションが行われた。

日本学術会議海洋生物分科会・SCOR分科会、笹川平和財団、日本海洋政策学会、日本海洋学会等もセッションを行い、『国連海洋科学の10年』が掲げる目標の実現に向けて議論を交わしている。

  1. わが国のこれまでのおもな貢献

① IOCの計画策定グループ

『国連海洋科学の10年』の宣言を受け、IOCにおいては体制づくりが進む。2018年半ばには最も重要な組織としてEPGが設置された。EPGでは2020年7月に『海洋科学の10年実施計画Ver.2』が公表された。

② 北太平洋地域計画会合

2019年7月31日~8月2日、18か国から約160名が参加し、北太平洋地域計画会合が開催された。

③ Global Ocean Science Report 2020

IOCでは『全球海洋科学レポート第2版』の編集が進んでいた。当初は特に『国連海洋科学の10年』を意識した事業ではなかったが、計画策定と時期が重なった結果、同提言の実施に向けてのベースラインを提供するものとして位置付けられるものになった。

  1. 今後の展望

『国連海洋科学の10年』は、海洋立国および科学技術立国を標榜するわが国において、海洋政策の基盤となる重要課題です。外交の側面からみても、この10年で日本のリーダーシップを示すことが期待されます。

2020年、世界14か国の首脳が参加する「持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベルパネル」において、日本は首脳文書となる政策提言を公表しました。その中で「2030年の達成を呼びかける分野」14項目の一つとして、「『国連海洋科学の10年』を通じて海洋リテラシーを強化』が盛り込まれました。今後、わが国全体として『国連海洋科学の10年』への貢献やそれを通じた海洋政策の展開が戦略的に進められることが期待されています。

【第2節:「海しる」の新たな展開】

2019年4月に運用を開始した「海洋状況表示システム(愛称:「海しる」)は、政府における海洋政策の遂行に資するという従来の目的に加え、民間における海洋分野の成長産業化、新たな産業の創出といった分野への期待が高まっています。この節では、「海しる」の進化について紹介します。

1:海洋状況把握(MDA)の取組みと「海しる」

「海しる」は内閣府総合海洋政策推進事務局の総合調整のもと、海上保安庁が運用を担当するWebGISサービスであり、政府全体で取り組んでいる海洋状況把握(MDA)の施策の中で、政府関連機関等が公開する海洋情報を集約・共有するプラットフォームの重要な一角を担っています。MDAは国の防衛、安全、経済、環境に影響を与える可能性のある海洋に関する事象を、関係機関の連携を強化して効果的に把握することを目的とした概念です。

取組方針では「海しる」を情報の集約・共有に活用される重要な情報システム基盤と位置づけていますが、民間企業や学術界とも情報が共有可能な体制の構築をも目指しています。

 

2:海上保安庁における海洋情報提供の歴史的経緯

海上保安庁海洋情報部は、戦前の海軍水路部を引継ぎ、海図等の航海の安全に関する情報の提供を実施してきました。2003年には沿岸海域環境保全情報を集約したWebGISサービスである「CeisNet」を運用開始しています。2007年にはこれを多目的用途とし内容を充実させた「海洋台帳」の運用を開始、2019年4月に「海洋台帳」の掲載項目を倍増させた「海しる」の運用を開始しました。

3:「海しる」の概要

「海しる」は全世界の海洋に関する情報を対象とした「グローバル情報」や、衛星画像・海面水温などの「リアルタイム情報」を扱うのが特徴です。情報を自由に選択し、透過の機能等を用いて見やすく重ね合わせることができるなど、利用者が目的に応じて必要な情報を組み合わせた地図を作成することができます。

これまで政府内の各機関がそれぞれの目的に応じて海のデータを取得・利用してきましたが、「海しる」の登場で当該情報が多目的に有効活用できるようになったのです。

4:「海しる」の今後

「海しる」は、海洋関係の各分野で取得されている海洋情報の、分野間での流通を促す取り組みです。各分野が所有するデータを「海しる」に登録することで、横断的な利用が可能となります。このデータ連携によって、当初の目的とは違ったデータ利用の方法が生まれ、問題解決や分野の発展に繋げていくことができます。

「海しる」の今後の課題は、地方公共団体等との連携による「すそ野」の拡大と、利用者のニーズに沿ったコンテンツの充実、API公開等の機能の改善です。地溝公共団体との連携により現在不足している沿岸域のデータを充実させ、API公開によって民間も含めた利用者がデータの直接利用ができるようにしていけば、より海に関する様々な施策に資することができるでしょう。

【第3節:海洋リテラシーの展開に向けて】

海洋は地表の天候・気象を調整し、多くの人々の食料を担い、人間活動による環境への影響を吸収してきました。しかし、温暖化やマイクロプラスチックの分布拡大等により、海洋の健全性はかつてないほどに脅かされています。

これらの問題について人びとが共有する際に課題となるのは、海岸から見ることのできない沖合や深い範囲の海をどのように理解し認識するかです。そのために必要なのが、「海洋に関する共通共用」、つまり「海洋リテラシー」です。

『国連海洋科学の10年』では、この海洋リテラシーの普及が、人びとの生活や思考、行動を転換するよう社会を導くために重要としています。この節では、海洋リテラシーについてアメリカで作成された文書『Ocean Literacy for All-A Toolkit』および海洋リテラシーの普及に向けた戦略案の概略を紹介します。

1:Ocean Literacy

アメリカで1996年に発表された科学教育基準(NSES)には、海洋に関する記述はありませんでした。そのため、ほとんどの学校で体系的に海洋科学が教えられることはありませんでした。状況への危機感から、アメリカ海洋教育協会では議論が始まり、委員会が設定されました。2005年10月に、『海洋リテラシー―海洋科学の基本原則と基本概念K-12(以下Ocean Literacy)』が発表されました。

アメリカで発表された『Ocean Literacy』は、世界の各地域で活用されています。アジアにおいても日本語・中国語に翻訳され、ワークショップ等も開かれています。2020年末までに2度改訂され、基本概念も増え、修正が施されています。

2:Ocean Literacy for All

アメリカから始まった海洋リテラシー普及活動が世界各国に広まっていくにつれ、国家間・地域間での協力、海洋教育のためのツールや資料、優れた実施事例などの共有が必要になってきました。そこでIOC-UNESCOは、2017年12月に『Ocean Literacy for All-A Toolkit』を刊行しました。海洋リテラシー活動の歴史、Ocean Literacyから引き継いだ7つの基本原則とそれらにまつわる基本概念の解説、海洋リテラシー活動の今後の方向性や国際的な枠組みをまとめたものです。

IOC-UNESCOは2018年7月にポータルサイトを立ち上げ、同書の無償ダウンロードや関連資料の利用、新たな海洋リテラシー教育事例の登録・共有等を行えるようにしています。

3:国連海洋科学の10年における海洋リテラシー戦略案

海洋リテラシーは、公共教育の科学的な知識を養成するツールから、海洋の持続可能性に向けた行動を社会全体に引き起こすようなツールへと進化しています。

IOC-UNESCOが2020年に公表した国連海洋科学の10年のための海洋リテラシー戦略案の中で、海洋リテラシーの枠組みは①社会的成果、②学習の機会、③貢献、④利害関係者の4つの要素で構成されています。

これら4つの枠組み要素は互いに関連し複雑に繋がっています。この枠組みの上に海洋管理方法の根本的な変化を加速するために、海洋の持続可能性に関する社会のすべてのセクターにおける行動を可能にするため、グローバル海洋リテラシー戦略が作成されています。「普及促進政策」「フォーマル教育」「企業活動」「社会貢献」の4つの重点領域に関して、それぞれに目標およびその指標値が定められています。

4:日本の海洋リテラシーと『国連海洋科学の10年』

日本で「海洋リテラシー」という語が初めて使われたのは、おそらく2007年に行われた「研究船で海を学ぼう」という観測実習で用いられた資料場であると思われます。そこで海洋リテラシーは「海が私達に与える影響、私達が海に与える影響を理解すること」と定義されました。

その後2011年には、『Ocean Literacy』に日本の魚食文化に関する知識を加えた8つの大原則と66の小項目からなる「水圏環境リテラシー」が作成されています。2020年には『Ocean Literacy for All』第1部の日本語訳が公開されました。

以上のようにわが国においても海洋リテラシーについての議論は進められてきましたが、日本国内で系統的に整理された海洋リテラシーは作成されていません。この問題を考えるにあたっては、2つのポイントがあります。日本の海洋リテラシーは何を伝えるべきか、学校教育のカリキュラムに海洋リテラシーは統合されるべきか、です。

四方を海に囲まれた日本であっても、人びとが日常的に海に関する理解を深めるのは難しいことです。人びとが沿岸域だけではなく沖合や深海まで含めた海全体を「自分ごと」としてとらえ、SDG14「海の豊かさを守ろう」と繋げて目標達成のために行動していくことは、海洋リテラシー普及のための大きな動きとなります。

今回は、『国連海洋科学の10年』のあらましと、この10年で目標を達成していくための国内外の主な動きを解説しました。人びとが海全体への知識を深め、海洋環境保全のために行動していくことが、豊かな海を未来に繋げる第一歩です。

さて、続く第2章では、2020年に世界を襲った災厄が、海上交通や輸送、水産業、安全保障等、海と関わる人間活動にどのような影響を及ぼしたのかを見ていきます。このコロナ禍を乗り切った後、世界の海はどう変わっていくのでしょうか。