私たちの足元を流れる水が「見えて」くる! 【Section6:気候変動・災害と地下水】

  • 2021.03.27 

前回では、地下水の汚染とその原因・対策についてのセクションを解説しました。地下水は人間活動や土壌の成分等から影響を受けます。その結果のひとつが水質汚染です。では、地下水は気候や災害からは影響を受けるのでしょうか?また、影響はどのように表れるのでしょう?あるいは、災害でライフラインが止まってしまったとき、地下水は水道の代替として頼れるものなのでしょうか?

今回は、気候変動や災害と地下水の関係についての疑問を解説していきます。

【地球温暖化と地下水】

20世紀半ば以降、地球規模で気温や海水温は大きく上昇しています。主な要因は、人間活動による温室効果ガスの増加である可能性が極めて高く、今後も増加が続けば地球の平均気温はさらに上昇すると予測されています。

地球温暖化の影響は、地下水や湧水にも、水温の上昇等で表れることが国内外の研究で報告されていますが、地下水が普段見えないことなどから、環境問題として十分に認識されているとは言えない状態です。これは、地下水が地表水よりも格段に滞留時間が長いため、温暖化の影響が顕在化するまでに長い時間がかかることなどが理由として考えられます。

もし今後、より地球温暖化が進めば、地下水への影響もより顕在化するでしょう。量の減少や水質・水温の変化など、地域によっては水資源として利用することが難しくなる可能性もあります。

過去の気候変化の影響が地下にも伝播して、地下水を含む地下の温度を長期に変化させていることが世界的に知られています。特に都市部で観測された地下温度は、顕著な上昇が認められています。都市部の気温上昇の主な原因は産業活動・社会活動による排熱であり地球温暖化とは異なりますが、都市周辺を含めた多くの地域の地下温度は、地球温暖化と都市化の両方から影響を受けていると考えられます。

これらの影響を分析し、対策を立てるためには、井戸を用いた継続的な観測が必要です。観測井で蓄積されたデータを活用し、継続した観測を行える人材の育成、地球規模の環境変化に対応するための国際連携等もさらに重要となるでしょう。

【地盤・地下構造物と地下水:地盤が沈む?駅が浮く?】

地面が比較的広い範囲で沈むことを地盤沈下といいます。その原因は地下水と関係が深いものもあれば、あまり関係のないものもあります。地盤沈下の主な原因をいくつか挙げます。

  • 地下水の汲み上げすぎによる地盤沈下:地下水の汲み上げすぎによって地下水の圧力が低下するため、地盤の重量・固体部分が地盤を支える力・地下水の圧力が崩れるため起こる
  • 地下空洞の崩落による地盤沈下:地下空洞が風化や浸食により強度が低下し、崩落して起こる
  • その他:乾燥した地盤に多くの水が供給されたときに起こる「飽和コラプス」、地震によるもの等

地下鉄の駅などの地下構造物には、地下水からの浮力が働くことがあります。そのため、地下駅はあらかじめ地下水の浮力を計算に入れて設計・建設されています。しかし、想定外の浮力を受けるとどうなるでしょうか。Q&Aをご紹介します。

Q:地下水位が上がって駅が浮き上がったって本当ですか?

A:2例を紹介します。大雨によるものと、長期的な地下水位の上昇によるものです。

  • 大雨による急激な地下水位上昇に起因する例:1991年10月、JR武蔵野線小平駅。駅が3m浮き上がった
  • 経年的な地下水位上昇に起因する例:東京都の地下水取水制限による地下水量回復の結果、上野地下駅等が影響を受ける

【地震と地下水:影響、前兆、地滑り災害】

地震が起こると、地下水も影響を受けます。古くから、地震に伴って突然泉の水が枯れるなどの記録が残されています。これまでわかっている地震による地下水システムの変化について、代表的な原因を挙げます。

  • 弾性変形と水位変化:被圧帯水層が圧縮されると地下水位は上昇し、伸長されると地下水位は低下する
  • 山体地下水の解放:巨大地震が帯水層の地質構造に変化を及ぼし、湧水の枯れや水量の増加が起こる
  • 不飽和体中の水の落下:不飽和体土壌の保水力が振動によって低下し、土壌水が帯水層へと落下する
  • 深部流体の寄与:地震をきっかけに深部流体が地殻深部の構造的な破壊面を通じて地表浅部まで湧昇する
  • 地下深部への水の呑み込み現象:地震によって発生した地盤の割れ目から、地表水や地下水が地下深部まで呑み込まれる
  • 異なる帯水層地下水の混合:地震によって難透水層の遮蔽効果が失われて起こる

地震や火山噴火の前には、地盤が伸び縮みしたり、傾いたり、上下運動したりすることが知られています。こうした地殻変動に地下水も影響を受けますが、降雨や汲み上げ、大規模土木工事から受ける影響よりは小さなものです。地盤の伸び縮みの影響が深い場所の地下水に影響を及ぼしたり、火山噴火前に地下水圧が変化したりといった現象が観察されてはいますが、いずれも大きな変化ではありませんでした。地下水の変化が地震や火山噴火によるものかどうかは、注意深く観察する必要があります。

豪雨発生時やその直後、あるいは積雪地域の融雪時に、大規模な崩落や地滑りが発生した例が多数報告されています。崩落や地滑りは最も一般的な土砂災害です。崩落は降雨や地震などの影響により土の抵抗力が弱まることで、急激に斜面が崩れ落ちる現象、地滑りは斜面の土塊が地下水などによりすべり面に沿ってゆっくりと斜面下方に滑動する現象として特徴づけられます。

これらは斜面が何らかの影響によって不安定化するために発生します。一般に斜面の土塊は斜面に対し下向きに働く力とこれに抵抗する力が釣り合った状態にあるときは安定しています。ところが、地下水の働きによってこのバランスが崩れることがあります。したがって、崩壊や地滑りの発生には地下水の存在が大きく関与していると考えられています。

【災害と井戸:いざというときに頼れるか?】

大きな災害が起こると、しばしば断水が起こります。こんなときに井戸が利用できれば大いに助かると思われますが、現実的に災害時に井戸は有効活用できるものなのでしょうか?Q&Aをご紹介します。

Q:災害があったときに井戸があると役立つって本当ですか?

A:結論からいうと、「役立つが、万能ではありません」。地下水は日本各地に存在し、適切に汲み上げれば雨などで涵養されます。遠くの水源地からパイプラインによって運ばれてくる水道に比べれば、中間輸送リスクが少ない分有利だといえるでしょう。

非常時の飲用水や生活用水を地下水によって賄うものとして、災害用井戸(防災井戸)があります。水道が使えなくなった場合自治体は給水車を出動させますが、カバーしきれない部分をこうした防災井戸で補い、水源の分散を行うという考え方です。しかし、汲み上げを電動ポンプで行っている場合は停電時に使えなくなりますし、汲み上げすぎは地盤沈下などの地下環境問題を引き起こしかねません。地下水にすべてを頼るのではなく、水道の耐震化を進め、各所で利用できそうな水源を確保していくことが必要です。目的は、非常時の水の供給の安定化だからです。

今回は気候変動・災害と地下水についてお話しました。地上・地盤の環境変化は、地下水にも影響を及ぼしますし、地下水が関わる土砂災害も起こります。非常時の水源としての地下水は有効ですが、やはり万能ではありません。

次回は、いよいよ最後のセクションです。日本には「地下水法」という法律はありません。地下水を利用するにあたっての法律、地下水を守る法律、地下水の基準を定める法律にはどんなものがあるのでしょう?また、豊かな湧き水で知られる自治体には、特徴的な条例はあるのでしょうか?最後は地下水・湧水に関わる法制度についてご紹介して、この先も日本が豊かな水の国であるための、新しい地下水政策を探ります。