未来の食卓にもおいしい魚を!今の漁業にできること 【Section5:人々の期待を背負った魚の養殖】

  • 2021.02.22 

前回は、人間の活動によって海の魚を増やす方法について考察しました。海の魚が増えるには、まずは生産層に植物が増えること、魚の生育に適した環境を整え、人間活動による悪影響や汚染を抑えることが重要です。しかし、魚の生産量は、人間の努力でコントロールできるものではありません。資源の回復力を考慮した漁業制限が必要なことは、前のセクションでも触れてきました。

今回は、「獲る漁業」から一旦離れ、「育てる漁業」としての養殖を取り上げます。魚の養殖は漁業資源の減少に歯止めをかけることができるのでしょうか。

【魚の養殖は漁業資源対策に有望?】

人口増加に比例して魚の需要は年々増していますが、海の魚資源は過剰な漁獲によって減っています。天然の魚資源を人の意思で増やすことはできないので、資源を維持するためには漁獲を抑えなくてはなりません。こうした状況下で増加する需要を満たすには、人間が生産をコントロールできる養殖に頼るしかありません。これからは漁獲を抑え、需要の増えた分は養殖で対応していく必要があります。

しかし、養殖にもいくつかの問題点があります。これらの課題を解決した上で、漁獲と養殖の両立で需要をまかなっていくことが漁業においては自然な形といえるでしょう。

・養殖魚の餌を天然の魚資源に依存していること
・養殖が内湾で行われるため場所が限られ、汚染が避けられないこと
・養殖魚が雑種であり、養殖に適した品種「家魚」として定着していないこと

【養殖のメリット・デメリット】

養殖のメリットとして挙げられるのは、以下のような点です。

・計画的に生産でき、収穫が安定している
・沖に船を出す必要がないので、船に関する費用や危険が抑えられる
・天然魚の保全に繋がる
・品種改良によって生産効率を上げられる
・履歴が完全に記録でき、安全性を保障できる
・消費者の好む魚を開発でき、ブランド化しやすい

一方でデメリットも存在しますが、技術の開発や消費者意識の変化を促すことで乗り越えていくことが期待できます。

・養殖施設の建設・維持管理費
・餌代
・糞・食べ残しによる環境汚染
・稚魚捕獲による養殖(畜養養殖)による天然魚の減少
・消費者の天然物志向

【養殖魚の安全性って?】

養殖魚と聞いたとき、何となく不安を覚える人は多いのではないでしょうか。環境面、効率面、健康面から養殖魚のメリット・デメリットを見てみましょう。

《環境面》

人の管理下で誕生から次世代までのすべてを行う「完全養殖」においては、継代飼育された人口種苗を使うため、天然の種苗や親が必要ありません。従って、天然資源を減らすことがありません。しかし、万が一品種改良された養殖魚が逃げ出せば、深刻な遺伝子汚染を引き起こしかねません。遺伝的多様性に乏しい養殖種は環境の変化に弱いため、遺伝子多様性の維持も課題です。

《効率面》

施設費・餌代が最大のネックなので、完全養殖の確立した種はそれほど多くはありません。しかし、確立すれば養殖に適し、消費者需要にも合った品種を効率的に大量生産できます。

《健康面》

養殖魚の安全性に関する影響は、自然が関わるものと人間が関わるものとがあります。いずれも管理を徹底することで、安全性を高めることができます。養殖魚に用いられる医薬品は農水省が種別に厳しい使用基準を定めていますし、感染症のワクチン開発も進められています。

【養殖の「もと」はどこから?】

畜養養殖では、天然の稚魚を利用します。稚魚を獲ってきて養殖する代表的な魚、ウナギに関するQ&Aをご紹介しましょう。

Q:ウナギの完全養殖がなかなか実現しないのはなぜですか?

A:現在ウナギの養殖は、捕獲したシラスウナギを養殖池で育てる形で行われています。シラスウナギの漁獲量は減っており、需要増に対応するには人工的にシラスウナギを生産する必要があります。しかし、以下のような理由で実現には至っていません。現在日本で唯一人工稚魚が供給できる水産研究・開発機構でも、年間1000~2000匹程度です。

・商業生産が可能な段階までコストダウンが進んでいない
・7日齢仔魚に与える餌の選定
・生存率の低さ
・人工孵化仔魚の雌雄バランス
・給餌回数の多さと人件費

稚魚を得るには、ウナギ・ブリ・クロマグロのように天然の種苗を利用する他に、人工種苗を調達する方法があります。人工種苗には、天然親から採取した卵を受精させ、孵化させて稚魚まで育てたものと、人工的に継代飼育されている親から作られるものがあります。

【養殖魚の生活:餌と汚染の問題】

養殖魚の餌は、生餌→生餌に魚粉や添加物を混ぜたモイストペレット(MP)→それを乾燥したドライペレット(DP)→機械処理によってより魚の栄養吸収に適したエクストルーダーペレット(EP)といった順に進化してきました。養殖魚種の生態によってそれぞれ使い分けられています。しかし、動物性蛋白質主体の餌は天然漁業資源に影響を及ぼすため、大豆等を原料とした代替品の開発が進んでいます。

海での養殖は、魚のように給餌が必要なものと、貝や海藻等の餌を与えないものに分かれますが、いずれも場所としては主に内湾部で行われます。内湾は外海との水の交換が限られるため、食べ残しの餌や糞による水質汚染と病気の発生等の問題が発生します。薬品投与や消毒だけで対処しては、更なる環境汚染を招きかねません。

漁場劣化の対策としては、①魚の密度を抑える、②残餌を極力減らす、③同時に海藻等の植物を育てて栄養分を吸収させる、等が考えられます。

また、養殖場を内湾でなく沖合に移す方法や、陸上に養殖場を設ける方法も考えられています。沖合養殖は汚染の危険性は低いものの、船のコストや荒天の心配がありますが、ハワイ等では早くから技術開発が進められてきました。

【養殖に向いている魚って?】

養殖に向いている魚(著者は「家畜」に対して「家魚」と呼ぶことを提案しています)の条件は、以下のようなものです。

・成長が早く養殖機関が短い
・餌の利用効率が高い
・魚粉や魚油の使用量が少ないか、不要
・高い生存率
・市場価値の高い姿かたちのよいもの
・疾病・寄生虫に強い

全養殖生産の中では、淡水魚のコイが44.5%を占めています。次いで多いのが貝を含む海産軟体動物で、海産魚類は全体の8.5%に留まっています。

【世界の養殖事情】

1950年代初めには年間100万トンだった世界の魚の養殖量は、2014年には7378万トンにまで増えました。海産36.2%に対して、内水面産は63.8%と圧倒的な多さです。養殖の盛んな地域は世界的に遍在しています。圧倒的なのがアジアで、約89%を占めます。中でも、中国の養殖生産量は群を抜いています。アジア以外の国では、サケ・マスの養殖が盛んなノルウェー・チリが6位と7位に入ります。

ノルウェーとチリのサケ・マス類の養殖技術は極めて高いものですが、魚種を限った完全養殖による大規模生産を国が支援したことによってこの結果が得られています。両国の方式が、今後世界のリーディングモデルとなることが期待されています。

【陸地での養殖事例】

山の中で魚を養殖?内湾部での養殖による汚染を防ぐ方法として、「養殖場所を移す」試みが行われています。以下に関連Q&Aをご紹介します。

Q:山の中でも海の魚が養殖できるって本当ですか?

A:内湾以外の場所での海産物の養殖は、既に実現されています。養殖場となる土地の入手のしやすさから、山間部が選ばれる事例もあります。飼育水槽の海水は汚れを取り除いた水をまた使用する閉鎖循環式で、ごくわずかの海水で飼育できるため経済的です。また種類によっては、淡水に順化させての養殖も行われています。運動性の少ないヒラメ・カレイ・エビ等が適しており、日本では新潟妙高市のバナメイエビが知られています。厳重な施設管理が必要なこと、費用が高額なこと等のデメリットはありますが、安定した品質の魚を大量に早く育成できます。

【海洋深層水は養殖にも向いている?】

自然魚についてのセクションでも述べましたが、海洋深層水を養殖に用いることにもメリットがあります。設備のコストがかかる、酸素が少ない、水温を上げると窒素が気化して生物に悪影響を及ぼす等のデメリットはありますが、海洋深層水は養殖に大きな効果をもたらします。

・水温が低いので、冷水を必要とする品種や夏の高温時に好適
・栄養塩類が豊富なので、植物の養殖に最適
・有機物が少なく清浄なので、疾病が防げる
・水質が安定している

ここまでで、①世界の漁獲の現状、②天然魚の状況、③天然の魚はどのように増えるか、④人間はどうすればその資源を守れるのか、⑤魚の養殖の現状、について見てきました。次の最終セクションでは、私たちがこれからもおいしい魚を食べ続けるためにはどうすればいいのかを探っていきます。魚食文化を守るには、業界だけでなく社会全体の変化が必要だと、著者は説いていきます。