未来の食卓にもおいしい魚を!今の漁業にできること 【Section4:海の魚を増やす方法】

  • 2021.02.18 

前回は、海の生産性とは何か。自然魚がどのようなシステムで生産されているのか、増減に関わる要因は何かということについて解説してきました。このシステムに人間が及ぼしている悪影響を減らし、よい影響を増やせば自然の魚を増やせるのではないでしょうか。人工漁礁の設置や放流など、これまで様々な試みが行われてきました。今回は、人の力で海の魚を増やすにはどうすればよいかを考えます。

【海の栄養は陸から運ばれたもの?】

海の栄養というのは、植物が必要とする肥料のことです。植物は太陽の光エネルギーを使い光合成を行うことによって、無機物から有機物を生産し、植物自身の体を作ります。植物は自分で有機物を作れるので、独立栄養生物と呼ばれます。一方、自分では有機物を作れず、植物の作った有機物を直接・間接的に利用する生物は、従属栄養生物と呼ばれます。

植物が必要とする栄養物質は、元素としては水素、酸素、炭素が大半ですが、これらは海水中で豊富に得られます。一方、有機物に含まれる他の元素の量はごく僅かです。窒素・リン・カリウム・カルシウム等、20種類程度存在します。これらは生元素といいます。水に溶け込んだ形で利用可能になりますが、主に陸に降った雨によって河川から運ばれたものです。

海の植物が利用している栄養物質の大元は陸地から来たもので、主に3つの供給ルートがあります。①水中の生物が有機物を分解した結果生産されたもの、②海の生産層の下に溜まっていたものが上昇したもの、③陸から海に河川等によって供給されたもの。供給量はこの順になりますが、どれも大元をたどれば陸から海に運ばれたものです。

【人の力で海の魚を増やせないの?】

海が全体としては貧栄養であることは先にお話しした通りですが、海の一次生産を増やせば魚の生産量も上げることは可能です。太陽光が豊富な地域であれば、浅層での栄養塩類の供給の少なさを解決すれば何とかできるかもしれません。

栄養分の豊富な下層の海水が上昇(生産層)に上昇する湧昇域では、一次生産量が高まって魚が多く獲れます。これを人工的に行おうと、1970年代には人工湧昇の試みが始まりました。海の肥沃化です。コンクリート製の衝立を設置して水の流れを変え、低層水を生産層に持ち上げるシステムは大きな効果を上げました。一方、低層水を汲み上げて生産層に放流する試みは、プランクトンに対しては有効でしたが、魚の生産量が増える効果が確認されるまでには至っていません。漁獲量を増やすまでには膨大な海水の汲み上げが必要になり、実用化には莫大な資金が必要です。しかし、海洋深層水の大量利用が始まれば、事業化に動き出す可能性は高くなっています。

【魚の隠れ家を増やせば魚は増えるか?】

養殖以外で人工的に魚を増やそうと考えたとき、隠れ場となるブロックを沈めたり、海藻の茂る場所を増やしたりということを思いつくでしょう。実際効果はどうなのでしょうか?関連するQ&Aを2つ紹介します。

Q:人工漁礁は魚を増やすのですか?

A:漁礁は魚が好んで群衆する水面下の岩場のことですが、人工的にはブロックや廃船を沈めて作られます。しかし、多くは隠れ家を提供しているだけで、魚を育てる効果まではありません。確かに魚は集まってくるので効率的に漁業が行えますが、そのことだけに着目して保護的な対策を取らずにいると、結局は資源量の低下を招く結果となります。

Q:どうすれば藻場やアマモ場は増えますか?

A:藻場やアマモ場は浅瀬に発達しますが、浅瀬は特に人間活動の影響を多く受けます。日本各地では埋め立て・磯焼け等で多くの藻場・アマモ場が消失していますが、原因がはっきりしないものもあります。一方で、人工護岸に新たな藻場が発生した事例もあります。

藻場。アマモ場を増やすには、再生などによって直接増やすことと、今あるものがなくならないようにすることが必要です。植物が増えるのに適した環境を整える前に、やみくもに「海の植林」を行うことは拙速です。海藻やアマモが生息できない環境になってしまった原因を特定し、取り除かなければなりません。

【放流は効果的?それとも有害?】

完全養殖ではなく、稚魚を放流するかたちで魚を増やそうとする試みとしてよく知られているのは、サケの放流です。北海道で孵化放流の行われている河川の回帰個体の約70~99%が放流であることが確認されていますので、放流の効果は極めて大きいことがわかります。現在行われている方法は自然に育った親から採卵し、受精・孵化させた稚仔をある程度の大きさになるまで育てたものを自然に戻す人工育成で、この方法だと遺伝子汚染と稚仔の減耗は回避されます。

このように効果の大きい栽培漁業は、他の魚介類にも広がりました。共通するのは、回遊などの行動範囲が限られ、付加価値の高いものです。しかし遺伝子編成の単純化などの遺伝子的問題や、放流魚と野生魚の競合などの生態的問題も起こっています。栽培漁業はごく一部の種を除いて見直しの時期にあると言えるでしょう。

同じ種であっても、生息している場所が違えば遺伝子構成も違います。人の手によって選抜育成されたものと、遺伝子組み換え等によって作られた雑種が野生種と交雑することは、遺伝子汚染を引き起こします。保護のためと行った放流が深刻な結果を招いたので有名なのはメダカの例ですが、栽培漁業では北海道産のサケが全国に放流されたことで、雑種が定着してしまいました。

以前は遺伝子汚染に対する認識が低かったことから、このような事態が起こってしまいました。今後は新たな雑種が生まれないように細心の注意を払う必要があります。

魚を増やそうとした試みが、結果的に自然環境にも人間にも好ましくない結果を招いてしまうことがあります。海の環境を守り、魚が減らないように維持することは極めて重要ですが、それだけではこの先人類が魚を食べ続けることはできません。著者が主張するのは、漁業における養殖の割合を増やしていくことです。終盤の2セクションでは、養殖に向いた魚を選び、安全かつ効率的に増やし、それを全国に流通させる方法について考えていきます。