未来の食卓にもおいしい魚を!今の漁業にできること 【Section3:海の魚の生産量を決める仕組み】

  • 2021.02.13 

前回では、漁獲の対象とされてきた天然魚の現状と、その種類のいくつかについて解説をしました。イワシやアジ、サバで起こっている魚種交代や、ウナギの減少に人間活動が与える影響についてお話しする中で、もっと根本的な自然状態における魚の増減やそのサイクルについて知りたいと思われた方も多いのではないでしょうか。

今回は「魚を生産する場所」としての海の仕組みについてお話していきます。

【海の生産性は何を指す?】

「海の生産性」とはどういうことでしょうか。一般的には。人が関係しない自然の生産を意味します。より具体的にいうと、「一定の面積内で植物が光合成によって1年間に作る有機物の量」を指します。専門用語では「一次生産」または「基礎生産」と呼びます。一次生産の大きさは「生産された有機物の量/面積/年」で表します。

一時生産者となるのは植物です。太陽光をエネルギー源とし、無機物を材料に光合成で有機物をつくります。海では海藻や植物プランクトンがその役目を担います。陸に比べて海の一次生産量は少なく、特に海の90%以上を占める外洋部分では、陸の砂漠と同じく著しく低いものになっています。

海の一次生産量に大きく影響しているのは、窒素やリンなどの栄養塩類の供給です。光合成に必要な太陽光は水深200m程度までしか届かないため。植物プランクトンや海藻等の生息域は水深200m以淺に集中します。そのため、浅い部分の栄養塩類は植物がほとんど使ってしまい、光の届く場所には栄養が少ないという現象が起きます。そのことも、海の生産性が陸に比べて低い理由の一つです。河川から栄養塩類が流れ込んできた李、深層の栄養豊富な水が上下の拡販によって淺井場所まで届く場所では、比較的生産量が多くなっています。

海の緑の量の平均は、陸地の約1000分の1です。主な理由は、以下の4つです。①太陽光が水に吸収される、②浅層の貧栄養、深層の日光不足、③草食動物の多さ、④植物相における単細胞植物プランクトンの優位性

しかし、このような緑の量の少なさでも、海の一時生産量は陸地の半分にも達しています。それは海の植物が、体全体で光合成を行っていることによります。

【海の食物連鎖】

海では、生きた生物を食べる「生食食物連鎖」が発達しています。そのスタートは体長が数~数百ミクロンの植物プランクトンで、それが数百ミクロン~数ミリの動物プランクトンに食べられます。そこからは、ごく単純化すればほぼ体の大きさ順に魚を中心とした海洋生物に食べられていきます。

食物連鎖の一番始めの植物プランクトンの生産は栄養塩類の供給に左右されることは前述の通りですが、その原料は動物などの有機物の利用・分解によるものです。

【海の魚の生産量を決める仕組み】

海の魚の生産量に大きく影響するのは、大元の一次生産量と生態系の仕組みです。餌は1~2桁大きなサイズの動物に食べられるので、一次生産者が小さいと魚にたどりつくまでに多くの動物を経由することになります。

この生物が捕食者に食べられていくステップを栄養段階と呼びますが、植物の少ない外洋での平均栄養段階は5,植物の豊富な大陸棚では3です。栄養段階を一つ経由するたび、有機物は捕食動物の行動や成長に使われて目減りしていき、捕食者の成長分(生産量)が次に食べる動物の餌になります。このそれぞれの栄養段階の有機物の転送効率は、生体効率あるいはリンデマン比と呼ばれます。生物の少ない外洋では探し回る手間などがかかるので10%程度、生物が豊富な大陸棚では15%程度になります。

【魚の豊富な場所ってどこ?】

先に述べてきたことから、日光と栄養塩類が豊富で大きな植物プランクトンが多く育つ場所では、魚が豊富であることが推測されます。関連するQ&Aを紹介しますね。

Q:湧昇域って何ですか?なぜ魚が多いのですか?

A:湧昇域では、湧き上がってきた下層水が表層付近に昇ってきます。魚が多いのには3つの理由があります。①栄養塩類が豊富な下層水が上昇することで、植物プランクトンが増え、一次生産が増える、②湧昇域の生態系では、大型プランクトンが多いため、食物連鎖が短い、③栄養段階の餌の利用効率がよく、生体効率が高い

しかし、湧昇域で得られる魚はプランクトン食の小型浮魚が多く、高級肉食魚ではありません。また生物の数は豊富ですが種類が少なく、生態系が単純であるため、環境変動の影響を受けやすいという弱点もあります。

【海の深刻な環境変化:温暖化と砂漠化】

地球温暖化は、もちろん海にも影響を与えています。地球温暖化の大きな原因は、人間が使用する化石燃料による二酸化炭素の増加です。現在のペースで二酸化炭素の排出が続けば、今世紀終わりには更に2.4~4.8℃の気温上昇が予想されます。

気温が上昇すれば海面水温も上がり、生物の生息域や活動も変化します。これが漁業資源にも大きな打撃を与えています。サンゴの死滅や、ウニの摂食量が増えたことによる磯焼けを原因としたイセエビやアワビの減少などです。

また、海水に二酸化炭素が吸収されると海水が酸性化し、貝殻や骨の形成、稚魚の発達等に悪影響が出ます。表層と下層の水温の差が大きくなれば、上下の水の拡販が起こりにくくなり、溶存酸素が減少したり、栄養塩類の供給が起こりにくくなったりします。

温暖化は漁業資源の生産場所や移動・回遊ルートの変化、生産量の減少等をもたらし、温暖化の進行によって影響は大きくなります。

砂漠の特徴は著しく低い生物生産です。海にもそのような場所は存在し、南北太平洋、南北大西洋、南インド洋に存在する5つの海域が、「海の砂漠」と呼ばれています。太陽で温められて軽くなった海水が海表面に覆いかぶさって蓋をして、下層から上層への栄養物質の供給を妨げてしまうことが原因です。地球温暖化が進めば、海の砂漠化も進行します。

【海の草原、藻場とアマモ場】

豊かな海という言葉を聞いたとき、海藻の生い茂る中を魚が悠々と泳ぐ情景を想像する方も多いでしょう。そんな「藻場」「アマモ場」とはどんな場所なのでしょうか?関連Q&Aを紹介します。余談ですが、ここで出てくる「海藻」「海草」の違いについて知りたい方は、よろしかったら同シリーズの①『海藻の疑問50』⑩『水草の疑問50』も読んでみてくださいね。

Q:藻場やアマモ場って何ですか?

A:藻場は大陸棚で勝目・コンブ・ホンダワラなどの海藻類が繁茂しているところで、アマモ場は種子植物の海草類のアマモ・コアマモの群落で覆われている場所です。海藻類は岩などの基盤に仮根で付着するので、基盤のある場所にしかできません。一方根のある海草は、根から栄養分を吸収する必要があるので、アマモ場は砂泥域にしかできません。水深も、10m以下の浅瀬に限られます。

藻場・アマモ場にはその場所の生態系を支える次のような役割があります。①産卵場所や隠れ場所の提供、②水・底泥の浄化や酸素供給、③餌の提供、④生物多様性の確保

日本全国の藻場は、1978~1998年の20年間で約30%減少しました。原因は埋め立て・浚渫による浅瀬の減少、富栄養化で増殖した植物プランクトンや泥土の流入による透明度の低下、海水温の上昇、水質汚染、ウニや魚による食害などが挙げられます。

ここまでで、海の魚がどうして減っているのか、何が原因か、そもそも海の魚はどのように生産されているのかをご理解いただけたと思います。次の回ではいよいよ、ではどうやったら魚を増やすことができるのかについて解説していきます。放流を増やせばいいのか、海にブロックなどを沈めて魚の生育環境を整えるのがいいのか、藻場を増やせばどうか?人間に何ができるのかを考えていきます。