コラム

2017年2月6日  
業界人

第8回 海上保安大学校女子学生インタビュー

第8回 海上保安大学校女子学生インタビュー
四方を海で囲まれた海洋国家である日本は、貿易や漁業により海の恵みを得る一方、海難や密猟・密航といった海上犯罪、領土や海洋資源の帰属について国家間の主権主張の場となるなど、様々な事案が発生しています。これら海上の安全確保を任務としているのが海上保安官です。海上保安官の仕事は、海の上で行われているため一般の方にはあまり知られていない存在でしたが、映画「海猿」、尖閣諸島領有権問題、小笠原諸島沖で中国漁船によるサンゴ密猟のための領海侵入などで海上保安官の活躍が報道され、海上保安官の存在が知られるようになりました。
海上保安大学校は、海上保安庁の幹部職員を養成するための機関であり、全寮制を基盤とした独自の教育環境の下、広範囲にわたる海上保安業務を全うできる人材育成のための教育訓練を行っています。
海上保安官を目指す海上保安大学校3年生の女子学生にお話を聞いてきました。

■海上保安大学校はどこで知りましたか?

堀切:
「海猿」を観た時に、エキストラの女性を見てカッコいいなと思い、調べ始めたのが一番最初でした。

佐藤:
父が、海上保安庁と一緒に仕事をした経験があるという話しを高校一年生の時に聞いたのが、海上保安庁を知るきっかけになりました。ずっと警察官を目指していたのですが、海の仕事も興味があり水上警察もいいなと思った矢先、父に海上保安庁を薦められました。

押:
高校の進路指導室に海上保安大学校についての本があり、もともと公安系の仕事に就きたいなと思っていたのでそちらから調べ始めました。

堀部:
出身が海の近くで、祖父が漁業を営んでいたこともあり、海に興味を持つようになりました。進路を考える際、中学生の時、海に関係した仕事に就きたいと思っていましたので、海洋技術の専門学校など高校から入れる学校があるので、そちらを調べていく中で海上保安大学校を目にし、公務員であるということで選びました。

市川:
高校卒業後の進路に悩んでいて、出身が海のない県で特段の夢もなく漠然としているところに憧れたのが警察官でした。高校卒業後、四年制大学に入ることなく、警察官になることには理解を得られませんでしたが、でも、自分は行きたいという気持ちがあったので、何とかできないかといろいろ調べていました。そんな時に、相談していた高校の恩師が海上保安大学校を勧めてくれたのです。学校についても調べていただき話しを聞いていくうちに挑戦してみようかなと思いました。海への憧れもあり、新しいことに挑戦する機会になるのではないかと思いました。

:海上保安大学校の良いところや特徴を教えてください。

堀切:
何事も同期と一緒に取り組んでいこうという気持ちが強く、そこが一番いいところです。訓練では自分ができないところは周りがカバーしてくれ、心が折れそうなときには声をかけてくれます。他の大学へ進学した友達から話しを聞くとその点が違うように感じます。

佐藤:
乗船実習や訓練など、一般大学で生活していたら経験できないことがたくさんあります。これまで、消火栓等の消火設備に対して無関心であったことを反省すると共に、訓練を通して使用方法等を学ぶ機会を得ることができ、良い経験となっていると思います。

押:
人との繋がりが強い面です。寮生活をする上で自習室があるのですが、そちらは一年間同じ部屋で上・下級生が過ごし、訓練も共にするのでそこで絆が深くなることもあります。学生以外にも研修生の方がいて、現場のお話しを聞くことができることなど、いろいろな人との関わりが多い所です。

堀部:
自分が成長できる機会を多く与えられるところです。例えば、乗船実習や訓練もそうですし、寮生活を行う上で自習室や寝室では上級生の方と一緒なので、自分の成長に繋がる話しが聞けたりなど、入学した当初よりも成長できているなと思います。入学前は、あまり人とは話すことが得意ではなかったのですが、全寮制の集団生活の中で、話していくうちに段々人付き合いがうまくいくようになりました。

堀切:
一般大学では学部ごとに勉強しますが本校では、理学部、工学部、法学部など幅広い分野の勉強ができるのが特徴です。

「もともと打たれ弱いところがあり、そこを直したいという気持ちがありました。厳しいと分かっていたので少しでも自分を変えられればという思いが強かったです」(堀切)


市川:
寮生活で築いた人間関係、人脈は自分にとっての財産になると思います。特に上下関係の構築方法について学習しました。また、教官の方々との関係もそうですが、何よりもここにいる同期は一生ものだなと思います。普通に生活していて今まで友達はたくさんいましたが、ここまで近い関係にはならなかったなというのがあり、同期とは話せないことはありません。家族よりも一緒にいる時間が多く、同じ釜の飯を食べているので、何よりも信頼できる仲間だなと思います。私のことを私以上に分かっていてくれて困った時には無条件で手を差し伸べてくれる仲間というのは、なかなか普通に生きていて早々できるものではないので、何よりも魅力だと思います。また、女子の繋がりは人数少ない分、男子学生よりも強いことが特徴の一つです。

■仲間になっているなということを意識することはありますか。

市川:
無意識です。気づいたら一緒にいる、初めて出会った日は自己紹介からはじめましたが、毎日同じ服を着て、同じことをして辛いことも楽しいことも一緒で、友達というよりも仲間という関係です。間違ったことをすればお互い、時には厳しいことも言いますし、何ごとも一緒に共有しようと無意識のうちにできるので、自然にそのような関係になっているのかなと思います。意識して仲良くなろうと思わなくても一緒にいれば自然と〝仲間〟なのかなと思います。

■部屋割りは一年生から四年生が一人ずつと聞いていますが、そのような構成で部屋にいるときはどのような雰囲気ですか。

市川:
はじめはピリッとした空気ですが、時間が経つにつれて会話も増え、和やかになります。各学年に割り当てられた仕事・役割があり、部屋の上級生は一年生に対して保護者のような立場になりますので、食事に連れて行ってもらったり、勉強を教えてもらったりなどいろいろ面倒をみてもらいます。私も一年生のとき、同室の先輩にすごくよく面倒をみてもらい、いろいろなところへ連れて行っていただきました。厳しく指導されることもありますが、それでもついていきたいと思えるくらいに、同室の先輩は憧れの存在です。

■:先輩が厳しいと思うことはありませんか。

押:
一年生の時は、仕事のミスなど細かいところを見てくださっているので、そこは指摘されて直していきます。訓練も初めてといえど事前準備、予習をしないといけないので怠ると「なぜ、予習をしていないのか」と指導されることがあります。

佐藤:
どこでも上下関係はあると思いますが、厳しいというより上下関係とはどういうものかを教えてくれます。それは、気配り、気遣いです。叱られて部屋で泣いていても仕方ないことで、部屋の雰囲気もありますし、それより次から叱られないようにするという、立ち向かっていく気持ちです。よく言われたのが「一年生は一年生らしく元気に、失敗してもそこで叱られて学んでいけばいいから」。一年生に元気がないというのは、学ぶ姿勢がないということを教わりました。

「海が好きで水上警察へいくのなら、海上保安庁の方がいいと、父からアドバイスを受けました」(佐藤)


■高校生気分が抜けていない一年生はいますか。

市川:
入学したての頃は分からなくて当然ですし、私たちも初めは高校生気分が抜けていませんでした。だから、それが駄目だとは思いませんが、ただ、ここでの生活はそうではないということを教え、失敗を重ねないためにも1回で気づけるように指導する部分はあります。しかし、それは〝怒る〟というより〝違いを教える〟ということに近いかなと思います。

「いまだに一年生の時の上級生に憧れるところが大きく、ずっと背中を追いかけています。私にとっては特別な存在です」(市川)


■同じ失敗を繰り返させないためにはどのように教えるのですか。

市川:
個人的な意見ですが、ある程度印象に残れば人間は覚えるのではないかと思います。失敗して、「それ違うよ」と言われたくらいでしたら忘れると思いますし私も実際そうでした。だから、何がダメでどうしてダメなのか、どうすればよかったのか、一番初めにすべて教えるなり考えさせる機会を与えれば、その人にとって忘れることはないと思います。失敗をしても分からなかった時点で教えてあげるか、考える機会を与えてあげるのが一番なのかなと思います。

■考える機会を与えてもできない場合はどうするのですか。

押:
根気強く付き合います。自習室には、一年生から四年生まで入るのですが、一年生には先輩が3人ついています。下級生を指導するのは上級生の仕事なので1人に対して根気強く教え、そこで成長してもらえればと思います。

佐藤:
私が一年生のとき上級生に同じことを何回も言わせていると、同じ部屋の中では、気まずくなりますので、自分も早く成長し、同じことを何回も言われないようにしたいとずっと思っていました。下級生にもそのように思ってもらえればというのはあります。

■海上保安大学校を志望した際に、家族の反対はありましたか。

堀切:
ありませんでした。父親からは是非にと言われました。入学前は生徒会の仕事など前に出ることを行っていたので、海上保安大学校はほとんどの人がリーダーを目指して入ってくる学校だから似合っているのではないかと親には言われました。

押:
まったく反対されず「自分が決めたことだったらやってみなさい」と言われました。

堀部:
反対もなく、むしろ学校について一緒に調べてくれました。

「中学、高校と積極的に取り組むことがなかったので、入学後はいろいろなことに挑戦して立派な海上保安官になろうと意気込んで入ってきました。跳ね返されることもありますが、何とかここまでこれました」(堀部)


市川:
反対されました。何度も「それでいいの」と聞かれました。私は、高校卒業まで18年間、親元を離れたことがなかったので、今、考えれば親として家を出すことが不安だったのかなと思います。下宿するのとは違って一年のうちで会えない期間の方が長く、親には寂しい思いをさせることになりますが、それでも、何度も話をしてどうしても入学したいという気持ちを伝え、「そこまで言うなら間違いないでしょう」と言って送り出してくれました。

■現場に出れば、殆どが男性と同じ作業を行うことになるのですが、そのことへの不安はありますか。

堀切:
できない作業もありますが、同じ作業をして同じように教えてもらい、今まで行ってきました。入学当初は不安もありましたが、基本的には男性と同じことを行ってきたので不安はありません。

押:
現場に行かれている女性の方から話しを聞く中で、できない作業もあるけど、その分フォローできることはたくさんあるし、女性が力をあわせれば乗り越えられないことはないと聞いているので、そこまで不安はありません。

堀部:
海上保安庁という組織は男性が大半を占めているので、少数の女性がどれだけ必要とされているのかという心配はありますが、乗船実習を通して、男性と変わることなく作業ができているので不安は感じません。

市川:
今回、乗船実習の中でいくつかできない作業があり、やはりできないということが目立ってしまい、それが悔しくてなぜ、できないのだろうと悩みました。でも、人より努力すればできるようになったり同じ場所に立てたり、どうしても女性ができない作業は諦めるしかないので、そこはできないものはできないと割り切るしかありません。他にできることを探す方が速いという割り切りは必要ですが、やはり悔しいと思うことはたくさんあります。


■入学前の心構えはありましたか。

堀切:
絶対諦めないで四年間を過ごす。打たれ弱いので、勉強面でも体力面でも叱られたらどこかで辞めようと思う時が来るのではと、入学前に思うこともありましたが、絶対に諦めずに卒業までやりきろうという覚悟で入学しました。

佐藤:
何事も全力で取り組もうと思いました。運動面で自信がなかったのですが、親から「できないからと言って諦めるより、できないけど一所懸命やっていれば誰かが見ていてくれるから」と言われてきました。精一杯取り組んでそれができるようになればいいのではないかと思います。

押:
いろいろな困難があると思っていたので、とにかく一歩踏み出して、何事にも立ち向かっていこうという気持ちで入学しました。長期休暇で家族に会った際に、成長しているなと感じてもらうには、日頃の生活が重要だと思うのでそこは意識しています。

「上級生から“ いろいろな注意の仕方はあると思うけど、やってはいけないのは見捨てること。根気強く教えていきなさい” と教わりました」(押)


市川:
その他大勢にはならないと決めてきました。自分の意見を抑えて人に合わせるのではなく、違うと思えば自分の意見を言える人間になりたいと思っています。どんな場所でも、どんな相手でも自分の意見を出せるような人間になりたいなと思っています。

■海上保安大学校を目指す方へのメッセージをお願いします。

堀切:
自分の決めたことは、最後まで突き通すという気持ちを持って入ってほしいです。

佐藤:
市川から「良いことか悪いことかを決めるには一回やってみないと、それが良かったのか悪かったのかが分からない」ということを言ってもらい、それが今でも励みになっています。だから自分でやろうと思ったことは、行動してほしいと思います。

市川:
入学して想像していたことと違うなと思う場面もあるとは思います。全部が想像通り、思っていた通りというわけではないので、違ったな、辛いなと思うことは誰しもあるはずです。楽しいこともあるし、辛いことがあればその分良いこともあるので、前向きな気持ちがあればちょっとしたことにぶつかっても前に行けるのかなと思います。

■:どのような海上保安官になりたいですか。

市川:
一年生の時の部屋長は何事も人から愛される人で、常に周りには人がいて、誰からも必要とされていました。下級生の私にも何事も丁寧に対応してくれ、ことあれば手紙をいただき、私の心の支えで常に目標でした。先輩からしていただいたことを下級生に同じように対応したいと思っています。現場に出ても先輩のように愛される海上保安官になりたいです。

【編集後記】

今年は、5名の学生がインタビューに応じてくれました。海上保安大学校は、一般大学のように多くの方に知られていませんので、何かのきっかけで調べるとか高校の先生から教えてもらうなどでなければ知ることは殆どありません。今回の学生も知るきっかけは様々でした。知るきっかけはそれぞれに違っても、入学後、海上保安官になる目標は同じであるので、一緒に取り組んでいこうという同期の絆は強いものがあります。本校は、他の大学では経験できないことが多くあるとのことです。一般大学ですと学部ごとで学んでいきますが、こちらでは、理学部・工学部・法学部と幅広く学んでいくことができます。また、全寮制なので24時間いつも共に行動していく中、何かあった時に助けてくれるのは同期だと話してくれました。海上保安大学校は、将来の海上保安庁の幹部職員として海上保安業務を遂行するために必要な学術及び技能を学び、学年ごとに勉強のレベルが上がっていきますので、その辺で苦労をしていることもあるようです。でも、そのような時も同期がいつでも教えてくれることで助けられているとのことです。

女性の活躍する場が広がっている中、海上保安庁では、女性保安官が長く働けるように様々な取り組みを行っています。育児休業申請期間の延長、出産後復職した際の時短勤務の利用など制度がかなり充実し、働きやすくなっていますが、実際に現場へ出ていない学生にとっては不安が残る中、最近、先輩の女性保安官からお話しを聞く機会があり、不安が解消されたと仰っていました。乗船中は、男子に助けられることもあるけど分け隔てなく同じ仕事を与えられるところであり、不安はありませんと話してくれました。

学生たちは、海の安全、人の命を守るという心をもち、将来の海上保安官を目指し学業、訓練に励んでいます。一人でも多くの若者が「海」への夢を抱いていただければと思います。

今回お話を聞かせてくれた市川さん、押さん、堀部さん、堀切さん、佐藤さん、ありがとうございました。

聞き手:
成山堂書店 代表取締役社長
小川典子
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