『海洋白書2021』危機を乗り越え、美しく豊かな海を子孫へ! 【第3章:ブルーリカバリーに向けて】

前回は、2020年に世界を襲った新型コロナウイルス感染症によって、海洋分野にどのような影響があったかを解説してきました。第3回となる今回は、その影響から立ち直っていく際、持続可能性を重視した社会への転換を目指す取り組みを探っていきます。ダメージを負った社会や経済を、より危機に対応しやすく、地球環境への影響が少ない形に変えていくことで、私たちはこの災禍を真に乗り越えられるのではないでしょうか。

コロナ禍によって、世界中が大打撃を受けました。世界各国で後退した景気への対策が模索される中で、「グリーン・リカバリー」という考え方が注目を浴びました。パンデミックにより打撃を受けた経済の回復にあたって、気候変動への対応や生物多様性の保全などの地球規模課題の解決に注力し、景気回復と同時に持続可能な社会への転換を行おうというものです。

海の世界でもこの考え方を用い、「ブルー・リカバリー」が提唱されています。そのためには、海洋・沿岸域において脱炭素や気候変動などを考慮したインフラ整備や、海洋・沿岸域関連産業の立て直しにおいて、持続可能性を重視した事業転換が重要となります。

【第1節:2050年排出実質ゼロに向けて―海洋からの貢献】

2020年はコロナ禍によって、さまざまな国際会議が中止に追い込まれました。そのような中で、気候変動問題の対処においては、コロナ禍からの回復を、より持続可能で強靭な社会を構築するための契機にしようという動きがみられました。

2020年10月、日本は「2050年までに温室効果ガス(GHG)排出実質ゼロ」を表明しました。今後、この目標達成に向けて、革新的技術開発への大規模投資や、技術の普及と生活様式の転換などを目指すことになります。

1:2050年GHG排出実質ゼロに向けて:海洋からの貢献強化を目指す日本国内の動向

1. 海洋を活用した気候変動緩和策による温室効果ガス排出量削減ポテンシャル

2019年9月、「持続可能な海洋経済に関するハイレベルパネル」は、海域での再生可能なエネルギー開発、海運業のエネルギー効率化等海洋分野での取組が、気温上昇を1.5℃未満に抑制するための追加的な緩和策に、最大21%貢献しうることを示しました。

海洋分野におけるGHG排出削減対策としては、関連業の省エネルギー対策、洋上風力発電等の再生可能エネルギー対策、海底下での二酸化炭素回収・貯留(CCS)、海洋及び海洋・沿岸生態系を利用した緩和策等が挙げられます。これらのうち、日本の2030年目標達成のための「地球温暖化対策計画」では、省エネルギー対策・再生エネルギー対策のみが対象になっています。

特に削減量の多い対策は、海運へのモーダルシフトの推進と省エネに資する船舶の普及促進です。しかし、省エネ対策として唯一明示されている洋上風力発電からの削減量は上記には含まれていません。

海洋政策研究所は、地球温暖化対策計画及び長期戦略をベースに、日本で実施または実施されうる海洋関連の緩和策についてリストアップし、GHG削減ポテンシャルの評価を行いました。2050年度で排出量実質ゼロを目指す場合、海洋関連分野の削減量は20.2%となります。このことは、日本の海洋関連分野においてもグローバルな数値と同様のポテンシャルがあることを示します。緩和ポテンシャル量の中でCCSと洋上風力発電の貢献分が大部分を占めていることから、2050年排出実質ゼロの実現のためには、この二つをどれだけ推進できるかが鍵を握ることになります。

2.洋上風力発電の動向

海洋関連分野のGHG削減策の中でCCSと並んで最もポテンシャルが大きいのが洋上風力発電です。世界では欧米を中心に既に導入され、急速に拡大していますが、日本における導入は未だ発展途上です。しかし、法整備はここ数年間で一気に進んでおり、洋上風力を取り巻く環境は大きく改善されています。

2:2050年GHG排出実質ゼロに向けて:海洋からの貢献強化を目指すUNFCCCの動向

1.マラケシュパートナーシップの動向

「グローバルな気候行動に関するマラケシュパートナーシップ(以下、パートナーシップ)」は、国連気候変動緩和条約(UNFCCC)の下、非締約国による気候変動対策を推進するためのネットワークとして、2017年に発足しました。8つの分野別グループのひとつである「海洋・沿岸域」グループは、COPの場で海洋と気候変動の関連の重要性について、継続的な提言活動に取り組んでいます。

2020年12月、マラケシュパートナーシップでは8つの分野ごとに「気候行動経路」を公表しました。「海洋・沿岸域」分野では、ブルーカーボン生態系の重要性に着目し、その保全・再生等の各国のNDGsへの組み込み、海藻のポテンシャルの評価、湿地ガイドラインの改正などが示されています。

2.海洋と気候変動に関する対話

2020年11月23日~12月4日、UNFCCC主催の「気候対話」がオンラインで実施されました。12月2,3日には、UNFCCCの公式会合としては初となる「海洋と気候変動に関する対話(海洋対話)」が開催されました。海洋対話は、気候対話の一部として行われたもので、気候と海洋の連関やそれらに係る諸問題についての理解を促進するとともに、海洋を基盤とした気候変動の緩和と適応行動をどのように強化するかについて締約国、非締約国、非国家アクターが議論するために設定されたものです。

多様なアクターが最新の情報を持ち寄り包括的に検討したことで、より具体的な対策・支援策が議論される結果に繋がりました。今回のような公式の対話の場を継続して設けることに対し、多くの参加者が前向きな姿勢を示しています。

3:今後に向けて

2020年、コロナ禍により、世界のGHG排出量は前年と比べて約7%減少しました。しかし、中長期的な地球温暖化抑止効果はほぼありません。ですが今後世界各地で実施される経済回復措置が「グリーン/ブルー・リカバリー」型で実施されれば、脱炭素社会への転換はよりスムーズに進むでしょう。

2020年の最も重要な気候変動政策の動向は、日本をはじめとした多くの国が2050年排出実質ゼロに向けての行動を名言したことです。しかし確実な実現のためには、NDGsや現在の政策が2050年排出実質ゼロ目標と合致するようにしていく必要があります。

【第2節:海洋プラスチックごみ対策の進展】

新型コロナ対策として、マスクやフェイスシールド、遮蔽版などの使い捨てプラスチックが世界中で大量に消費されています。2020年はプラスチックの3R(リデュース・リユース・リサイクル)が後退しかねない状況にありました。日本では、経済産業省が環境省と合同で発足させた「サーキュラー・エコノミー及びプラスチック資源循環ファイナンス研究会」で、「今後のプラスチック資源循環政策のあり方について(案)」を公表しました。同案では「リデュースの徹底」が明記され、「プラスチック資源の回収・リサイクルの拡大と高度化」の項目では、これまで焼却または埋め立てされていたプラスチック製日用品なども資源として回収・リサイクルする方向性も書き込まれました。

1:レジ袋有料化と制度の効果

2020年7月1日に、レジ袋の有料化が全国的に義務付けられました。若干の混乱も起こりましたが、有料化されて間もなく、コンビニ大手3社のレジ袋辞退率が7割を超えました。代替品の消費増でプラスチック削減効果が相殺された程度は未発表ですが、同キャンペーンが掲げた「レジ袋を使わない人を6割にする」という目標は達成されました。

2:『大阪ブルー・オーシャン・ビジョン』実現に向けて

日本政府が2019年のG20で打ち出した2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染ゼロの実現を目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」は、今では86の国と地域に共有されています。海洋汚染の減少、特に海洋プラスチック対策などが達成すべき変革のひとつとして提言に盛り込まれ、日本が今後も海洋プラスチックごみ対策における国際的な議論をリードしていく姿勢が示されました。

しかし、2017年の中国による輸入禁止以降、輸出先を失った日本の廃プラスチックがアジア諸国に向かっているという問題が残っています。日本を含む先進各国は、国際貢献と同時に国内の3Rと資源循環システムの構築を急ぐ必要があります。

3:実態調査と研究開発

1.マイクロプラスチックの実態調査

2020年1月、産官学民協働のマイクロプラスチック採取調査が実施され、(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)などが参加しました。日本郵船も千葉工業大学と協力し、3月から外洋調査を始めると発表しました。環境省は、2014年度からマイクロプラスチック調査を続けています。2020年3月に発表された2018年の結果では、東京湾の表層で1m3当たりマイクロプラスチック65.6個が採取されています。

2.マイクロプラスチックの調査手法

環境省は2019年に「漂流マイクロプラスチックのモニタリング手法調和ガイドライン」を航海しました。2020年6月に改訂を行い、プラスチックごみの海洋流出が特に多い東南アジアでも適用しやすい内容になっています。

衛星やドローンなどで上空から画像認識する技術も、実証実験が進んでいます。顕微鏡サイズのマイクロプラスチック分析については、JAMSTECが画像診断技術を使って反射スペクトルのパターンから自動識別する手法を開発しました。

3.マイクロプラスチックの生物影響

マイクロプラスチックの摂食は200種以上の生物で確認されています。しかし、吸着・含有された有害物質による生物への毒性影響の調査事例は少なく、リスク評価はまったく行われていない状態でした。10月15日に行われたシンポジウム「海洋プラスチック研究のゆくえ」では、プラスチック粒子が免疫細胞に影響を与える可能性や、生分解性プラスチックの分解タイミングやスピードをコントロールする技術などの発表がありました。

4.漁業ごみの実態調査と対策強化

漁網などの漁業関連のごみは、重量ベースで漂着ごみの約4割を占めます。海中を漂う漁具に絡まって、多くの生物が命を落としています。耐久性が求められる漁具は、分解しないプラスチックでできているからです。問題解決には、海洋生分解性プラスチックの実用化だけでなく、既存の漁具の流出防止と回収が必須です。

水産庁は2020年3月、「プラスチック資源循環(漁業における取組)」で海洋プラスチック廃棄物の実態調査の結果を公表しました。対策としては、漁業者の自主回収への処理費用の一部負担、ガイドラインの設定等が行われています。

5.日本の自治体と企業、市民の連携

漁業ごみ以外では、個数ベースで海岸漂着ごみの約4割を占めるのは飲料用ボトルです。海ごみ対策には、企業や生産者を含めた社会全体の変革が欠かせません。

  • 自治体の取組み

2020年10月末時点で、全国114の自治体が、プラスチックごみの削減に向けた取組みを宣言しています。瀬戸内海に面した広島県、岡山県、愛媛県、香川県の4県と日本財団は、ごみ流入量の70%削減と回収量の10%増を掲げた「瀬戸内オーシャンズX」を始動しました。

  • 企業の取組み

海洋プラスチックごみ問題の解決を目指して2019年に設立された「クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス」は、2020年5月に「CLOMAアクションプラン」を定め、3R技術の深化と代替素材の開発を進めています。

【リデュース事例】食べられる箸やトレイの開発(アサヒビール)、使用後に家畜飼料や肥料に加工できる循環型容器の提案(丸紅紙パルプ販売)、詰め替え商品のフィルム容器の紙容器への代替の提案(日本製紙)等

【リユース事例】マイボトルによるテイクアウト専門カフェ(サーモス)、洗剤の量り売り(ローソン)、等の他、個人が自分用の容器を持ち歩く生活スタイルが社会に定着しつつある

【リサイクル事例】使用済みの飲料ペットボトルを化学的に原料レベルまで戻して再活用するケミカルリサイクルの取組みが進展

海からプラスチックごみを回収してリサイクル原料とする取組み

生活用品メーカーによる容器リサイクルの開始等

  • 市民の取組み

海洋プラスチックを足元から減らす取組みも各地で活発化しました。川から海へ流れ込むプラスチックごみを河口でキャッチする「海洋プラスチックプロジェクト」(静岡県熱海市)、「ブルーサンタ」による海の日のごみ拾い(神奈川県江ノ島)、環境省職員によるYouTuberとのコラボレーション等です。海ごみ問題をエンターテインメントと組み合わせて軽快に伝える活動やオンラインでの動画配信は、これからの時代により多くの人に海ごみ問題を伝えられる可能性を示唆しています。

【第3節:生物多様性に関する新たな国際枠組みの合意に向けて】

生物多様性は、生態系・種・遺伝子の多様性から成り立っており、人類の将来にとっても非常に重要なテーマです。生物多様性の保全と持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分を目的とした条約が、生物多様性条約(CBD)です。2010年、CBD の第10回締約国会議で合意された「戦略計画2011―2020」は、2050年までのビジョン「自然と共生する世界」と、それに向けた2020年までのミッションおよび20の個別目標(愛知目標)から成り立っており、この10年生物多様性関連分野の取組みの指針となってきました。

1 :愛知目標の達成状況そして生物多様性の現状

2020年9月、『地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)』が公表されました。しかし、この10年間で愛知目標は、ひとつも完全には達成されていないという結果でした。それを踏まえ、生物多様性条約事務局は以下のような観点の必要性を提案しました。

①統合的で全体的なアプローチや参加型アプローチ

② 明確でシンプルそして定量的な国際目標

③ 政府の野心向上と効果的なレビュー

④ 順応的対応

⑤ 生物多様性国家戦略の政府の戦略としての実質的な位置付け

⑥ 速やかな執行

さらにGBO5は、複数分野の横断的な変革の必要性も唱えています。この変革的な道筋を実現するための考え方としては、

① 良い暮らしへの多様な見方の受入れ、② 消費および廃棄物の削減、③ 既存の価値観からの脱却と行動、④ 不平等の削減、⑤ 公正の実現と保全取組における包摂性、⑥ 外部性の解消とテレカップリング、⑦ 環境融和型技術、イノベーション、投資、⑧ 教育、知の創出および共有の推進

が掲げられています。こうした考えは、コロナ禍からの復興に関する国際社会の機運にも通ずるものがあり、コロナ禍からの復興施策を持続不可能な軌道からの脱却にどのように関連づけるかが注目されつつあります。

2:コロナ禍がもたらしている機運と生物多様性

IPBES は2020年7月に生物多様性とパンデミックに関するワークショップを開催し、その結果をもとにした報告書を10月に公表しました。

この報告書は、将来のパンデミックのリスクを減らすにあたり、土地利用に関わるアセスメントにパンデミックなどのリスクを組み込むことや、消費や農業のグローバル化、貿易等の課題への対応とともに、「ワンヘルス(One Health)」アプローチが国の施策に組み込まれ、制度化されることの必要性を指摘しています。

ワンヘルスは、相互に密接に関わりあう人・動物・環境を総合的に健康な状態にすることで、真の健康が叶うという基本的考えの下、多様なセクターの協働により各種プログラム・政策・制度そして研究をデザインし実施していくというアプローチです。

コロナ禍は生物多様性条約下のさまざまな議論に遅れをもたらしている一方で、この機に注目を集めている考え方には、生物多様性の保全そして持続可能な社会の形成に深く関わるものがみられるようになっています。

3:ポスト2020生物多様性枠組の策定に向けて

愛知目標は2020年末で期限となるため、生物多様性条約では次期の国際的な生物

多様性枠組(ポスト2020)を策定するための交渉が行われています。

ワンヘルスをポスト2020にどのように取り込んでいくのかという議論もすでに始まっています。2020年12月に日には、生物多様性条約事務局が、生物多様性・ワンヘルス・新型コロナウイルスに関する特別セッションを開催しました。

生物多様性の損失という危機を乗り越えるためには、多様なセクターが参画し、協調していくことが不可欠です。コロナ禍がもたらしている機運が、全体的そして参加型のアプローチを推進する社会的風潮を後押しするものとして機能することが期待されています。

第3章では、コロナ禍からの立ち直りをより持続的な社会への変革のきっかけととらえ、社会・経済だけではなく、人びとの暮らしや意識も横断的に変えていく様々な試みを「ブルー・リカバリー」の考え方のもとで紹介しました。

続く第4章では、エネルギー産業・漁業・造船業における持続可能な社会構築の様々な動きを参照するとともに、地球温暖化防止に海洋面から取り組む都市として、横浜市の事例を紹介します。