私たちの足元を流れる水が「見えて」くる! 【Section4:地下水・湧水に関わる観光・信仰・文化】

  • 2021.03.10 

『地下水・湧水の疑問50』、前回までは、地下水・湧水の基礎知識とその使われ方、保全への取り組みについての疑問を解説してきました。今回は地下水と人間との関わりを、文化的な視点から眺めたセクションについてお話します。皆さんは「名水百選」という言葉を耳にしたことがあるかと思いますが、どんな基準で選ばれているかご存じでしょうか?

【観光資源としての地下水・湧水】

美しい湧水のある風景は、人間の心身をリラックスさせてくれます。観光資源として名水を愛でる心は古くから存在したようで、「枕草子」でも九つの井泉が紹介されています。

1985年に環境庁(現・環境省)によって「名水百選」が選定され、場所によっては多くの人が訪れています。2008年には新たに「平成の名水百選」として100か所が追加され、合計で200地点になりました。環境省が名水百選30周年を記念して行った総選挙では、観光・景観・秘境という3つの部門で5位までの順位をつけています。

民間団体も、独自に口コミで選ぶ湧水・名水ランキングを行っています。火山地域にある、飲める水が選ばれる傾向が強いようです。また、近年は名水地がパワースポットとして注目を浴びることが多いようです。この場合、寺や神社の境内にある井戸や泉が人気です。

「名水百選」は、昭和と平成に100か所ずつ選ばれています。日本各地の湧水・河川・用水・地下水の中から選定されたものですが、昭和の名水には湧水が、平成の名水には河川・用水が多く選ばれています。昭和の名水百選は、以下のような選定基準で選ばれました。

・きれいな水で、古くから利用・保全されている
・ある程度の水量を有し、地方公共団体等が保全に関わっている
・「名水」としての故事来歴を持つ
・希少性、特異性を有し優良な水環境として後世に残したいもの

平成に入り、環境保全の意識が強まったため、以上の条件に加え、「地域の生活に溶け込んでいる清涼な水環境の中で、特に地域住民等による持続的な保全活動が行われている」ことが重視されるようになりました。

【湧水や井戸の名前はどうやって決まった?】

有名なお坊さんが杖を突き立てたところから水が沸いた、病気の治癒に効果があったなど、湧き水に添えられた解説には、様々な由来があります。これを分類したQ&Aがありますので、ご紹介します。

Q:湧き水や井戸の名称はどのように付けられたのですか?

A:湧水・井戸の命名にみられるいくつかのパターンと、その例を挙げます。

・人名:人名由来の場合、それらを発見した・使っていた人物の名がつくことが多いが、大抵は伝説・伝承。最も有名なのは弘法大師で、杖を突き立てた場所に沸いたという由来の湧水が、北海道と沖縄を除く1500か所に存在する

・神仏やご利益に関わる:医療技術が未発達だった時代は、病や怪我の治癒を神仏に頼ることが多かった。湧水が病気の治癒に効果があるという伝承は、現世利益を求める傾向を持つ仏教と深く関わっているといわれる。「弁天水」「観音水」などがある。龍は雨や雲を司る神として崇められてきたので、この名称がつけられた名水は雨乞い・治水の祈りの場であるとともに、畏敬の念を持たせて水源への立ち入りを制限して水源の環境を保全する働きもあったと思われる

・地形や地質・湧出状況に関わる:岩の間から細く湧き出す「白糸の滝」、大木の根元から湧き出す「ブナ清水」、大量の水が流れ出る音が洞窟内に反響する「ゴロゴロ水」等
・湧出口の形状に関わるもの:「龍の口」、「亀の口」等
・その他:瓜が割れるほど冷たい「瓜割ノ滝」、酒造りに使われた「甘酒清水」、首を刎ねた太刀を洗った「首洗い井戸」等

【水と信仰】

きれいな水が沸き出る場所の近くには、水の神が祀られていることがあります。古事記や日本書紀に登場する水の神は10柱以上にもなり、各地の神社で主祭神または脇神として祀られています。川、谷、水源、井泉、司る場所は様々です。龍や蛇、河童等は水神の使途とされたり、神そのものとして扱われたりしてきました。

水の神を祀ったこれらの水神社だけではなく、水信仰については更に多岐にわたります。水と火は相対するものとして考えられがちですが、遊水地の傍に水神社の他に炎を背負う不動明王が祀られていたり、雨乞いの儀式に護摩が焚かれたりという場合もあります。

水は古来より生命の源泉と考えられ、神秘的な力を持つとされています。特に宗教的な儀式では、水は特別なものです。水で穢れを祓う「禊」をはじめとして、世界各国の宗教で、水は変身・再生・供養・治癒・祝福等に用いられてきました。

【水と食文化:硬水では出汁がとれない?】

硬水の国に旅行して、持参したティーバッグで緑茶をいれてみたら、なんだか味が違う……?という経験をされた方もいるのではないでしょうか。地域によって違う水質が、その地の食文化にどのように影響しているのか、Q&Aをひとつ取り上げてみます。

Q:地下水や湧水と食文化に関係がありますか?

A:日本茶や紅茶は、軟水の方が茶葉の成分をよく抽出するといわれています。日本で緑茶文化、イギリスで紅茶文化が発達したのは、ともに火成岩系の地質で軟水を産することが大きな理由です。鉄やマグネシウムは茶の味を悪くしますが、コーヒーはあまり影響を受けません。お米も、硬水で炊くとパサパサしてしまいます。

一方、硬水には食材の灰汁を取り除く効果や、グルテンの劣化を防ぐ効果があります。食物の雑味を取り除き、パスタにコシを出すのに役立ちますが、うまみ成分が溶け出してこないので、出汁を取るのには向いていません。イタリアなど硬水地域の煮込み料理には、硬水をそのまま使わない等の工夫が施されています。

風味豊かな出汁を用いた日本料理には、ほどよくミネラルを含んだ軟水が向いています。温度が一定な地下水は、豆腐や麩などの大豆・小麦加工食品の製造に好適です。日本料理の中心として発展した京都には、これらの条件が揃っていました。

今回は、観光・信仰・食文化の面から地下水・湧水について解説してきました。足元の水が、これまでよりぐっと身近に感じられてきませんか?近所に名水のある方は、子どもの頃から学校などで言い伝えを知る機会があったかもしれませんね。毎日の買い物でミネラルウォーターの棚を眺めて、これはどんな料理に使えるのだろうと考えてみるのもいいかもしれません。

次回は、私たちの生活と切っても切れない地下水が汚染されることについて考えてみたいと思います。地下水汚染はどのような物質が原因で、なぜ起こるのでしょうか。回復するためにはどのような方法があるのでしょう?地下で起こる見えない汚染を、「見える」ようにすることも、地下水保全の一歩です。