農業従事者の高齢化と若手の減少、食糧需給の増大と耕地の荒廃、脱炭素化の追求の対策として期待されている「スマート農業」の入門書。 農林水産省が推進しているスマート農業の概要と実例、課題と対策、将来展望まで解説しています。
「スマート農業」という言葉が耳にされるようになり10年ほどが経ちました。数多くの技術が研究開発から実際の農業に活用される社会実装の段階に進みつつあります。筆者自身の話になりますが、15年ほど前に農林水産省において、自動化技術を活用した「ロボファーム構想」の企画立案に従事していました。ちょうど耕うんロボットやロボット田植機のプロトタイプが開発され、構想の具体化が5年単位で進むことが期待された頃です。その後イチゴ収穫ロボットの実用化を図る研究プロジェクトに参画し、機能やコスト面でも実用に耐えうるものが開発されましたが普及と言える状況には至りませんでした。
一方で、この間に3枚以上の回転翼をもつマルチロータータイプのドローンが登場し、農業場面で上空から観測を行うリモートセンシングや病害虫防除に活用され始めました。このドローンの普及によりスマート農業の導入が加速している感があります。防除では作業時間を80%削減できるなど省力化技術として注目される一方で、今後は画像データの取得により作物の生育状況や、土壌の状態を効率的に把握できるようになりデータ駆動型農業を推進するツールになることが期待されています。
農林水産省では2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を公表し、2050年の食料生産のあるべき姿として、農林水産業のCO2ゼロエミッション化(脱炭素化)など高い目標を掲げ、生産性と持続性の両立を目指すこととしています。その実現のためにはスマート農業技術がツールとして不可欠です。専門書やWebでスマート農業に関する数多くの情報が入手できるところですが、本書は筆者が所属していた農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)の情報を中心に、スマート農業に興味のある方の入門書として活用してもらいたいと思い執筆いたしました。
現在は農林水産省で、行政の立場から改めて日本の食料生産の基盤づくりとしてスマート農業の重要性を認識しています。その思いを生産者はじめ農業の未来を考えるすべての方と共有できれば幸いです。
「機械を使う農業」というと、広大な畑や清潔なビニールハウス内をロボットが進みながら次々と収穫を行っている場面や、畑や水田にドローンが農薬を散布している様子などが思い浮かびます。「農業」「機械化」などの言葉でウェブ検索を行うと、そういった画像が表示されるはずです。自然相手の仕事とはいえ、供給をより安定させるためには、大規模農業は機械の支えなしには成り立ちません。
加えて、日本国内では農業の担い手が高齢化し、後継者不足に悩んでいます。こういった状況も、実作業を人間ではなく機械にやってもらうことで改善できるかもしれません。高齢でも機械に作業を任せることができれば、廃業せずに済むかもしれません。またコンピュータに明るく志のある若い人が農業に参入を考えていたら?農業機械で作業を行い、農業計画はコンピュータを用いて立てるのです。仲間が少なくても少人数で農業経営を回していけるかもしれません。
そういった現状から、近年「スマート農業」が注目されています。近年「スマート〇〇」という言葉がよく聞かれます。その言葉が指す内容は業界ごとに少しずつ異なりますが、大筋ではICT技術の導入によって、利便性を高め、省力化や省エネルギー化を推進する動きを指します。農業にこの「スマート化」を適用した場合、どんなことが起こるのでしょうか?
今回ご紹介する『スマート農業』は、導入を検討されている方や、スマート農業とは何ぞや?と疑問に思っている方におすすめの一冊です。スマート農業とはどんなものか、どんな技術が関わっているのか?導入には何が必要?日本や諸外国の実例を知りたい、後継者を育てるにはどうしたら?現状解決されていない課題はなに?こういった疑問点について、順を追ってご説明します。後継者不足に悩む農家の方、農業にビジネスチャンスを見出した企業の方、農家を支える自治体の方など、広くご参照いただけると思います。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『スマート農業』はこんな方におすすめ!
- 労働力不足に悩む農家の方
- 農林業への新規参入を考えている企業、グループの方
- 自治体の農林水産業担当の方
『スマート農業』から抜粋して3つご紹介
『スマート農業』からいくつか抜粋してご紹介します。国内では、人手不足や後継者問題に悩んでいる農家が増えています。その流れで、機械やコンピュータを大規模に用いて行う「スマート農業が注目されています。スマート農業の概要、実例、課題と将来展墓をまとめ、わかりやすく解説します。
諸外国と日本のスマート農業
《オランダ》
オランダは世界第2位の農産物輸出国で、狭い国土を利用して高い生産性を達成しています。施設構造の規格化や環境制御の高度化を進めた結果です。この動きは知識集約型の営農システムを構築するだけではなく、持続可能な農業生産を確立する動きに発展しつつあります。
オランダの農産物輸出の中で、乳製品は重要な位置を占めています。搾乳ロボットの販売でもオランダはトップクラスです。しかし、牛のげっぷや糞尿から発生する温室効果ガスが窒素削減の重荷になっているという意見もあります。近年では環境規制による飼養頭数削減等の取組みがなされており、今後はより環境に配慮した持続的な酪農の展開が図られるとみられます。
《イスラエル》
イスラエルは降水量が少ないものの食料自給率は極めて高く、各種農業技術の輸出国でもあります。点滴かんがいシステムのチューブは、イスラエルの民間企業製のものが多く用いられています。
イスラエル農業は厳しい自然・社会条件を背景に民間ベースで開拓されてきました。イスラエルのアグリテック(ITを導入した革新的農業)部門のベンチャー企業は、250社を超えるといわれています。画像センシングやAI分析を用いた適切な作物管理を行うシステムが代表的ですが、ドローンによる収穫サービス等を行う企業もあります。
《タイ》
現在では、タイの農家の90%以上が農業機械を所有していますが、生産性向上のため、精密農業の導入も試みられています。大規模なサトウキビ生産においては、人工衛星画像の他にドローン空撮画像も利用して生育状況の監視を行う取組みを開始していますが、小規模農家には導入が困難な状況です。また、ドイツのスマート農業技術向上プロジェクトを受け入れ、次世代育成トレーニングプログラムを進めています。
アジアモンスーン地域では、世界の米生産の90%が行われています。雨季と乾季がある地域の乾季の稲作については、節水技術としてAWDと呼ばれる間断かんがい技術の適用が進み始めています。収量を低下させずに節水管理を行い、メタンの排出量も抑制できるものです。
《日本におけるスマート農業の展開》
日本では、農業従事者が大幅に減っています。各種の支援制度が実施されていますが、それだけでは担い手不足解消には至っていません。農林水産省は超省力・高品質生産を実現する新たな農業として「スマート農業」を位置づけ、2014年3月に新たな農業の姿として、以下の5点の方向性が示されました。
①超省力・大規模生産を実現
②作物の能力を最大限に発揮
③きつい作業、危険な作業から解放
④誰もが取り組みやすい農業を実見
⑤消費者・実需者に安心と信頼を提供
これを受けて取り組まれたスマート農業関係の要素技術開発の実証結果では、ロボット農機の導入前に比べて作付け延べ面積を約3割拡大でき、労働者1人当たりの利益は約5割向上するとされています。このプロジェクトはその後全国で開始されました。
省力化以外に、生産者が活用しやすくするための農業データ連携基盤の構築研究も行われました。
スマート農業を展開する上では、ICT、IoT、AIを使って環境データや生育データなどを観察し、目標通りに育っているか確認しなければなりません。課題としては、データを取得するシステムのマッシュアップと低コスト化の他、取得したデータのAI解析およびコンピュータを操作する上での環境、使いやすさの向上があります。基盤的な情報の整備と合わせて、民間ベースでの操作環境の優れたシステムの登場が期待されます。
世界各国でスマート農業の導入は進んでいますが、それぞれの気候風土、国土の地理的特徴やIT技術普及のレベルによって、活用の度合いや得意分野は異なります。オランダのように、環境負荷の少ない酪農のためにIT技術を活かしているところもあります。
スマート農業の実例
①トラクタ
トラクタは作業機を付け替えることで多くの作業に対応することができますが、日本で多い中小型のものでは主にロータリー耕うん作業機が装着され、専用機化している場合もあります。
農林水産省が福岡で行ったロボットトラクタによる実証では、既存トラクタに比べて度の高い耕起作業が可能で、無人による省力化が確認できました。現在日本で多く普及しているものは使用者が搭乗した状態での自動化に対応したものです。長い直線作業が楽にでき、不慣れな人でも熟練者と同等以上の精度や速度で作業ができます。
クボタ社が2020年に発表したコンセプトトラクタは、人が乗らない無人仕様の電動トラクタです。 圃場マップや天候予測データにアクセスしてドローンへ指令を出し、圃場の状態をセンシングし作業計画を策定できるというものです。農業生産に関する情報を駆使する「知能化農機」として機能することが期待されます。
②収穫ロボット
収穫ロボットには収穫から搬送までを自動で行う機能が付いており、以下の3つのタイプがあります。
a)既存の収穫機を画像センサ情報により自動で走行させるようにしたもの
製品化もされているが、米やジャガイモなどは既存の専用収穫機が高機能であることから、広く普及してはいない
b)果実を認識しロボットハンドで収穫するもの
走行条件が厳しく、地面の凹凸などが収穫の精度や効率に影響を与えるという課題がある
c)従来の収穫方法によらない方式で収穫するもの
木を揺するタイプの収穫が海外では採用されているが、日本での適用は難しい
収穫ロボットの他には、「接ぎ木」ロボットがあり、特に果樹や果菜類で多く用いられています。人間が正確に接ぐには熟練を要しますが、接ぎ木ロボットは、穂木と台木を供給するだけで正確な接木が可能です。
③ドローン(UAV)
ドローンは、近年スマート農業関係で最も注目を集めた機材です。2019年に実証が開始され、農薬や肥料を空中散布する病害虫防除・施肥作薬の他、作物生育などを空撮画像で収集するモニタリング関係で利用されました。
農薬散布については、ドローンの薬液の積載量は少ないので、濃厚少量散布を行わなくてはなりません。しかし実証では、従来型と比較して45%の作業時間削減効果が得られています。また、無人航空機を使用して農薬等の空中散布を行う場合には、あらかじめ国土交通大臣の承認を受ける必要があります。
空撮画像については、作物の生育状況を把握するため、生育の良い作物体は近赤外の波長の光を強く反射するという特性を利用、植生指数による生育の良し悪しの判定が行えます。最近では作物の生育情報だけではなく、土壌の水分や肥沃度情報のモニタリングや病害検出にも活用され始めています。その他、農地状況の把握にも活用されています。
④自動水管理システム
水稲作関係の作業時間は減っていますが、水管理に要する時間は減っていません。省力化のためには、水田の給水・排水を自動で行ったり、端末などで遠隔操作できたりする「自動水管理システム」の導入が有効です。いくつかのシステムが既に普及し始めていますが、80%ほどの作業時間削減効果が得られています。
最近注目されているのは、水田からのメタンの発生を抑える取組みへの活用です。生育後期に、水田に水を張ったり抜いたりを適切に繰り返すことで、より効果的にメタンの発生を抑えることができます。
⑤アシストスーツ
アシストスーツは、重たい荷物の荷下ろしや、重たい物を持った状態での作業などの際に、ゴムの反発力などを利用して体への負担を軽減してくれる「着る」農具です。パワーアシストスーツは電気の力を利用するもので、農作業の支援のほか、身体機能の改善・治療にも使われています。
農作業に適したアシストスーツの開発も進んでいます。作業時にもっとも負担のかかる「腰」をアシストするもので、「持ち上げる」ことに重点を置いています。農業では野菜作を中心に機械化が進んでいない作業がまだまだ多く人手に頼らなくてはならないことから、そのような場面で活躍するアシストスーツへの期待は大きいといえます。
果物の収穫を機械で行っている風景で印象的なのは、アメリカのクランベリーの収穫です。低木のクランベリー畑に水を流し込んで実を浮かせ、大規模な収穫機械で一気に掬い取るという大胆なやり方でした。一方日本には、ハウス栽培のイチゴの柄を2本の指で摘んで人の手のように繊細な収穫を行うロボットがあるそうです。
スマート農業の担い手の育成と体制づくり
農家ではITに精通した人材が不足しています。高齢者を中心に、ITに苦手意識を持つ人が多い傾向にあります。農林水産省や日本農業経営大学校では、「スマート農業教育」を支援するため、スマート農業教育オンラインコンテンツ作成等を行い、IT教育振興を推進しています。富山県では、若年層対象の「とやま農業未来カレッジ」を立ち上げ、通常の座学と実習に加えて、特にスマート農業に関わる最新機器の実習や公開講座を実施しています。
スマート農業技術は、初期投資が大きいものです。そのため、既に先進的に取り組んでいる地域での体験学習を行うケースが多くなっています。
《ミレニアル世代とスマート農業》
2000年前後に成人したミレニアル世代は、これからの社会を支える世代です。幼少期から情報技術に触れて育ち、デジタルツールを使いこなしてきたことから、スマート農業に求められるITリテラシーも高く、今後主な担い手になると期待されます。
この世代は、多様な価値観のもとモノよりはコト消費に重点を置き、カーシェアリングや民泊などにも寛容といわれています。また米国では、環境問題への関心も強いミレニアル世代がオーガニック市場をけん引しているといわれます。
ミレニアル世代の農業参入に関する課題として、以下のようなことが考えられます。①スマート農業の導入によって、IT技能の高い人に作業が集中する傾向がある、②スマート農機類の利用についてはシェアリングの普及が重要な要素になるが、ミレニアル世代には身近な考え方でも、年齢層が高い農業従事者には受け入れづらい可能性がある ミレニアル世代の農業への参入に関しては、ベテラン従事者とのマッチングも重要といえます。
《国等の機関や「スマート農業実証プロジェクト」にみる担い手育成の可能性》
農林水産省をはじめ各種機関が、スマート農業の担い手育成に取り組んでいます。農林水産研修所つくば館では、新技術農業機械化推進研修として、精密農業・自動化ハイテクコースを設けています。
大阪府立環境農林水産総合研究所は、2020年からの第3期中期計画で「都市農業の更なる生産性向上を可能とする大阪発スマート農業の実現に向けた技術開発」に取り組むとしています。施設園芸に関するスマート農業技術、特に病害虫防除に関して、赤色LEDによるアザミウマ防除などで実績を上げています。同研究所併設の農業大学校は、「スマート農業ハウス」を設置しています。ここでの「『高齢者生きがいづくり』につながる、高齢者によるぶどう栽培方法の検討」という取り組みが高評価を受けています。
2020年4月、静岡県立農林環境専門職大学が全国初の農林業系専門職大学として発足しました。栽培技術の修得に加え、加工~流通販売、農業経営全般に関する実践的な知識を獲得できます。この大学ではスマート農業に関する技術実習も行っています。
施設園芸関係では、温室内の環境制御技術、養液の自動管理技術についても学ぶことができます。果樹については、センシング情報に基づいて一樹ごとの栄養管理を行うなど先進的な取り組みも行われています。人材育成の観点では、クラウド作業日誌による情報共有や、PCによる作業分析を行っています。
2020年公募のスマート農業実証プロジェクトでは、スマート農業技術の導入により労働力不足を解消する取組みが実施されました。宮城大学等の「施設園芸多品目に適用可能な運搬・出荷作業等の自動化技術の実証」プロジェクトでは、太陽光利用型植物工場での現場研修が実施されています。また、このプロジェクトで直進アシスト田植機等を導入した大規模経営体では、初心者の練習機として活用し、熟練者が直接指導をしなくても精度の良い田植えを行えることが確認されています。
幼少期から情報技術に慣れ親しんだミレニアル世代以降の若い人々が農業に参入しようというとき、現場で長く働いてきた高年齢層とのギャップを埋めることも課題のひとつです。これまでのように先人のやり方を「見て学ぶ」ことが難しい分野での、新たな人材育成を、業界団体や各種職業訓練施設は模索しています。
『スマート農業』内容紹介まとめ
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