線状降水帯および冬の線状降水帯とも言われるJPCZ(日本海寒帯気団収束帯)について、その位置付けを整理し、概念をわかりやすく解説し豪雨豪雪をもたらす線状降水帯のメカニズムを紐解く。
本書の企画が持ち上がった2022年の春は、ちょうど気象庁が線状降水帯の情報を発信し始める時期でした。その後、7月の北九州豪雨や9月の静岡豪雨など甚大な被害をもたらした豪雨災害が続き、その都度線状降水帯情報が出され、線状降水帯という言葉が一般社会に浸透した感があります。ただ、一般市民にとって新しい概念である線状降水帯は、気象学的にもその構造やメカニズム、発生場所など、未だわからない点が多く存在しているのが現状です。研究が始まったばかりの線状降水帯を取り上げるというチャレンジングなアプローチですが、本書では集中豪雨や集中豪雪をもたらす積乱雲群であるメソ対流システムにスポットを当てて、その構造やメカニズムを整理することを第一の目標としました。既刊『積乱雲』と併せて、積乱雲セルの不思議をお伝えできれば幸いです。
極端気象シリーズは第6弾になりますが、一貫しているのは“極端気象から身を守る”ということです。同じ大気現象でも、台風や竜巻と豪雨では対処方法は大きく異なります。また、豪雨と豪雪でもその対応は違ってきます。線状降水帯の“今”を理解して頂けるとともに、防災の観点からも再認識して頂けると、著者として嬉しい限りです
台風の前後や初夏~秋の雨の多い季節、よく耳にするようになった言葉に「線状降水帯」があります。大雨のニュースで映る気象レーダーの画面に、くっきりと筋状になった雨雲を見て取ることができます。皆さんの多くは、筋状になったこの雨雲が長い時間一か所に留まって激しい雨を降らせるため、当該地域では大雨に伴う災害が発生しやすくなるのだと認識しているでしょう。
この「線状降水帯」という用語が登場して一般的に用いられるようになったのは、実はつい最近です(2014年の広島県での集中豪雨被害がきっかけといわれています)。今では気象庁からこの用語を用いて注意の呼びかけが行われますが、集中豪雨による被害は昔から起こっており、特に2000年代に入ってからは毎年のように起きています。そのときの画像や映像を紐解いてみると、今なら線状降水帯による被害だ、といえるものも多いのです。
「線状降水帯」という言葉は一般市民にとっては新しい概念であり、実は気象学的にも構造やメカニズム、発生条件などに未だわかっていない点が含まれています。そこで、今回ご紹介する『線状降水帯』では、積乱雲の専門家である小林文明氏が、用語の定義をはじめ、メカニズムや雲の構造を解説します。注目するのは、集中豪雨をもたらす積乱雲群である「メソ対流システム」です。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『線状降水帯』はこんな方におすすめ!
- 気象学に興味のある方
- 自治体・団体の防災担当者の方
- 大雨の被害の多い地域にお住いの方
『線状降水帯』から抜粋して3つご紹介
『線状降水帯』からいくつか抜粋してご紹介します。夏~秋に起こる局地的な大雨災害に関してよく聞かれるようになった言葉「線状降水帯」。レーダー画像を見ると、雲が線のように連なっているのがわかります。一定期間にわたって局地的な大雨をもたらすこの雲の連なりは、どうして生まれ、なぜ留まり続けるのでしょう?用語の定義から、この用語が生まれるまでの経緯とともに、発生メカニズム、発生条件や分類、効果的な防災・避難方法について解説します。
線状降水帯が生まれる謎
積乱雲は鉛直方向に発達した対流雲です。大気が不安定になり、積乱雲が発生しやすい環境場が整うと、積乱雲は次々と発生してひとかたまり(クラスター)になります。
線状降水帯であるかどうかの判断は、個々の積乱雲(セル)がどのように分布しているかによります。積乱雲の集まりを、一般的にマルチセルとよびます。マルチセルには不規則なタイプと規則性を有するタイプがあります。規則性を有したマルチタイプを「組織化したマルチセル」とよぶことにしましょう。
組織化したマルチセルは、セル(積乱雲)が1列に並ぶことがあります。気象レーダーではバンドエコー、ラインエコーとよびます。バンド状のエコーは、複数の積乱雲が内在したマルチセル構造を示します。
次々と発生した積乱雲が列をなすことで組織化された積乱雲群を、一般に線状降水帯とよびます。線状降水帯では、積乱雲列と周囲の風向が一致します。他の積乱雲列とは大きく異なる特徴です。形成要因や条件により、厳密に「線状降水帯」とよべるものとより広義なものに分けられます。
狭義の線状降水帯は「1地点で積乱雲が次々と湧き、風下に移動しながら列をなしてラインを形成する」ものといえます。風上側に常に新しいセルが発生して、周囲の風によって風下側に流されることで、1本のラインが形成、維持されます。長さは数百km程度、幅は数十km程度の、メソスケールの現象です。
線状降水帯は、バックビルディング型ともよばれます。バックビルディング型エコー内で発生したセルは風下側に移動して衰弱しますが、新しいセルが風上側で発生します。このプロセスを繰り返すことにより、雲全体は停滞して長続きします。その結果、極めて局所的なエリアで豪雨が続き、災害に繋がるのです。
線状降水帯の形成には、 ① 暖湿気の流入、 ② 大気の不安定、③ 上昇流の形成、④ 上空の一定方向の風の存在、という要因が重要と考えられています。更に、⑤ 地形による降雨の増幅があります。
線状降水帯発生の環境条件としては④が必要です。特に地上から上空までの風向が同じであることが重要です。一方、一箇所に停滞する条件は、③と⑤が必要です。
積乱雲が生まれ続けて列になり、一箇所に留まって激しい雨を降らせる線状降水帯。夏から秋の気象ニュースで気象レーダー画面が映ると、「形成されている」ことははっきりと確認できます。気象の知識がないと「なぜここに?」と思うような場所で大雨が降っているように見えることもありますが、天気図等を併せて確認することで発生の条件を推測することができます。発生条件については、3章でより詳しく解説されています。
JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)
冬になると日本海側で毎年のように大雪が降ります。この豪雪をもたらすのがJPCZです。冬型の気圧配置が強くなると、日本海側にはシベリア大陸から冷たい風が流れ込み、朝鮮半島北部の長白山脈によって風が2方向へ分かれます。その後日本海で再び合流し、雪雲が発達しやすくなるため、大雪になるのです。
冬の気象衛星写真で日本海上を確認すると、カラフト沖から東北沖にかけてところどころに太い筋状雲がみられます。これは周囲より発達した雲であり、上陸地点は激しい降雪に見舞われます。
最も目立つのは、朝鮮半島の付け根から山陰〜北陸にかけての真っ白い雲の領域と、北海道西岸に南北に伸びる幅広いバンド状の雲です。これがJPCZとよばれる、日本海寒帯気団収束帯で形成される発達した積乱雲です。
《JPCZのメカニズム》
暖流(対馬海流)が流れている冬の日本海上で西高東低の気圧配置になると、北西の季節風が強く吹き、寒気が南下して海面から水蒸気が供給され、雪雲が発生します。寒気が入ってきた日本海上空は海面からの熱と水蒸気でいっぱいになり、積雲の発生を伴う対流が生じます。
上空の寒気がドーム状になり対流を抑制するので、雲頂は3~4kmに抑えられます。このため降雪雲の水平スケールは数kmと小さくなります。
北西の季節風が強く吹くときに観える筋状の雲列は、積雲、積乱雲が無数に並んだものです。このような冬季の積乱雲(降雪雲)の中では、アラレが形成されます。そのため、上陸時に落雷が多く観測されます(冬季雷)。上陸とともに雲はアラレを落として、衰弱し消滅します。
寒気進入時の気団変質が顕著に現れる場所であれば、冬の積乱雲はみられます。しかし日本海は緯度が低く、多量の水蒸気を含んだ雪雲が形成されるため、豪雪や落雷、竜巻など特異な現象をもたらす、世界的にもユニークな現象といえます。
日本海側出身者(担当M)としては、冬の大雪には悩まされてきました。冬の空が晴れていることはあまりなく、低い雪雲が垂れ込めていた記憶があります。日本海側の「冬の雷」については、同じ『極端気象シリーズ』の『雷』や、『みんなが知りたいシリーズ』の『雷の疑問56』でも解説されています。
線状降水帯の分類
メカニズムの観点からは、バックビルディング型(風上側のある1点で新しいセルが発生する)の積乱雲列を狭義の線状降水帯とよんで、他のタイプと区別すべきです。
線状降水帯の形成要因は、次の5点が重要と考えられます。
① 暖湿気の流入
② 積乱雲が発生しやすい大気の不安定
③ 前線や山岳などによる上昇流の形成
④ 積乱雲を流す上空の一定方向の風の存在
⑤ 地形による降雨の増幅
このすべての条件を満たすものが、典型的な線状降水帯です。
②の効果は中層から上層における寒冷・乾燥空気の存在や地表面(海面)の加熱で、両者が重なると不安定度は増します。③については、地形による上昇流がきっかけで線状降水帯が形成される場合、発生始点(先端)は固定されます。一方、気流の収束する領域がトリガーになる場合は、上昇流発生地点は移動することが多いといえます。④が線状降水帯形成にとって最も重要な条件です。⑤は山岳性降雨であり、地形性降雨のメカニズムが働いています。
これらの観点から、広義の線状降水帯についてまとめてみましょう。寒冷前線、スコールライン、スーパーセル(組織化されたマルチセル)は、いずれもフォワードビルディング型(進行方向前方に新しいセルを生成する)であり、自分自身で新しいセルを前方に発生させながら進行していきます。環境条件は①と②を満たします。
冬季の筋状雲(ロール状対流)は、条件①、④を満たし、風下に線状にセルが並びますが、季節風下で形成された対面なので、対流発生の原因が異なります。テーパリングクラウドは雲の形態的な名称ですが、①〜⑤すべて満たす場合と、①と②を満たし、③のトリガーが地形でない場合が存在します。
台風のアウターレインバンドも、線状にセルが並びますが、個々のセルは後面で発生を続け、台風の風で移動するため、広義の線状降水帯の一種といった方がよいでしょう。環境条件は①と②を満たします。
台風の外側に筋状の雨雲ができて、激しい雨が続くことがあります。ニュースを見ているとこれを「線状降水帯」と呼んでいる場合も見受けられますが、典型的なものではなかったのですね。私(担当M)はこの用語を初めて知ったとき、これが線状降水帯なのだと思っていました。
『線状降水帯』内容紹介まとめ
近年よく聞かれるようになった気象用語「線状降水帯」。積乱雲が列になって一箇所に長く留まることで、局地的な大雨が長く続いて大きな被害をもたらします。本書では用語の定義をまず明確にし、発生条件や発生メカニズム、分類等を解説します。冬の線状降水帯とも呼ぶべきJPCZ(日本海寒帯気団収束帯)についても説明しました。終章では、効果的な減災・避難方法、観測についても述べています。
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極端気象を知って賢く防災!おすすめ3選
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『積乱雲』
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