北海道の鉄道開発者ー鉄道技師・大村卓一の功績ー


978-4-425-96311-9
著者名:高津俊司 著
ISBN:978-4-425-96311-9
発行年月日:2021/8/28
サイズ/頁数:A5判 264頁
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北海道の開拓・発展の大きな原動力となった「鉄道」。その鉄道網の拡充に尽力した鉄道技術者の一人である大村卓一の功績と共に北海道鉄道の発展を振り返る。

【はじめに】 2018年9月、北海道開拓使が置かれてから150 年を迎える記念行事が催され、2020年は北海道に鉄道が開業して140年目の節目の年であった。多くの先人たちが厳しい自然と闘い、苦労を重ねて北海道を開拓して産業、経済、文化を発展させてきた。その開拓の大きな原動力となったのが鉄道である。1880年に手宮・札幌間に開業した幌内鉄道は、外国人技術者クロフォードや海外留学組の松本荘一郎によって建設された。その後、平井晴二郎、田邉朔郎、廣井勇などの気鋭の技術者の尽力により北海道内の鉄道網の拡充が進められた。この本で取り上げる大村卓一は、外国人技術者が帰国後に日本人による鉄道網の拡充や改良を進めた明治、大正、戦前の昭和の時代を、北海道の鉄道から出発し、朝鮮半島や大陸を駆け抜けた鉄道技術者である。
筆者が大村卓一の名前を初めて目にしたのは、故郷である北海道室蘭の鉄道施設の歴史を調べている時であった。室蘭港において鉄道から船への石炭積出用の水陸連絡埠頭設備の計画、設計、施工について、後に満鉄総裁になる大村卓一が設計および指導したと文献にあった。
年譜によれば、大村卓一は1872年に福井県の下級武士の子として生まれ、1896年、札幌農学校工学科卒。クリスチャン。同年、北海道炭鉱鉄道株式会社に就職。1906年、帝国鉄道作業局。1925年朝鮮総督府鉄道局長。1932年関東軍交通監督部長。1935 年南満洲鉄道株式会社副総裁。1939年南満洲鉄道株式会社総裁に就任し、1943年7月14日に退任。退任後しばらく著述に専念するが、1945年1月、満洲国大陸科学院長。その後、満洲の通化で中国共産党軍に南満洲鉄道総裁であったとして抑留され、翌年海龍県で逝去した。
大村関係の資料や文献を少しずつ収集し、その足跡をたどった。そうは言いながら残された資料も少なく、断片をつなぎ合わせても、その業績や人生の全体像を知ることはなかなか難しい。当時の時代背景や鉄道をとりまく動きや、多くの関係する人々を通じて、ぼんやりではあるが、大村の業績や技術者としての生き方が少しずつ把握できた。これらを通じて、先人の鉄道に対する熱い思いと、一方で時の政治や時代の流れに翻弄され、技術者としての苦悩と葛藤する姿を見た。
明治以降の時代は、日本が西欧文化や技術を導入して近代国家として政治的にも経済的にも飛躍的に発展する時期であった。中でも北海道の開拓は、北辺の防衛的な守り、資源や食料の確保、旧武士を含めた新しい雇用の確保などの大きな政策課題ではあった。北海道の鉄道整備は未開の地への交通ネットワークを確保し、特に石炭を効率的に輸送することを大きな使命としていた。大村は、創成期の北海道鉄道における若い鉄道技術者として、路線の改良や新線建設計画など多くの貢献をした。その中でも大村が担当した、室蘭と小樽港の石炭船積海上高架桟橋の計画、設計、施行は当時としては最先端の設備であり、効率的な石炭輸送に寄与した。
北海道の鉄道整備は、北の大地の開拓を飛躍的に進め、社会経済の発展に大きく寄与した。大村はその後、朝鮮半島や満洲に活躍の場を移し、最後は満鉄総裁に抜擢された。大村とっては、鉄道技術者として北海道の経験やノウハウの延長線上に朝鮮半島の、そして満洲の鉄道による地域の開拓や経済発展の夢があったのではないか。
しかし、終戦により同氏が尽力した朝鮮半島や満洲の鉄道は日本の管理下から除かれ、それぞれの経営は異なる道を歩むことになる。
第一部では草創期の北海道の鉄道建設のあゆみと大村の業績をたどる。特に大村が入社した北海道炭礦鉄道株式会社(北炭)は、民間会社として鉄道ばかりでなく炭鉱などの多角経営や一貫複合輸送で先駆的な取り組みをした。同社はその後、全国の鉄道とともに国有化される。北炭における、当時の最先端の技術を適用した大村が設計した室蘭と小樽の石炭船積海上高架桟橋について述べる。
第二部では鉄道院での東京勤務時代の大陸出張、朝鮮総督府時代、中国大陸の満洲における足跡をたどる。北海道での鉄道整備や改良の経験や知識を活かして、大陸にて大村が飛翔する時代である。
第三部ではこれらの生涯のバックボーンとなった大村の生い立ちについて、福井での幼年時代、札幌農学校時代、そして満鉄総裁退任後の満洲での敗戦とその翌年の死に至るまでを述べる。
終章では大村の業績のまとめと評価などについて述べる。
これらの大村の業績やあゆみを通じて、北海道や朝鮮半島、満洲における鉄道整備の歴史についても理解が深まるように努めた。

2021年7月
高津 俊司

【目次】
第一部 北海道開拓鉄道
第一章 草創から北海道炭礦鉄道会社
 1.1 明治維新と北海道開拓政策
 1.2 北海道で最初の鉄道・茅沼鉄道から幌内鉄道
 1.3 北有社への貸付
 1.4 北海道炭礦鉄道会社の設立
 1.5 室蘭方面を含めた鉄道ネットワークの拡充
 1.6 北炭の社内改革と井上角五郎
 1.7 大村の北海道炭礦鉄道会社への入社
 1.8 結婚
 1.9 榎本武揚が宿舎に来て議論
 1.10 北炭の改良工事
 1.11 防雪林とラッセル排雪車
 1.12 欧州視察

第二章 鉄道国有化後  2.1 北垣國道長官の北海道開拓意見書
 2.2 田邉朔郎の招聘と官設線建設
 2.3 函館・小樽間の鉄道(函樽鉄道、後の北海道鉄道)
 2.4 鉄道国有化法と北海道の鉄道の組織再編
 2.5 大村の国有化後の北海道勤務(1906-1917)
 2.6 後藤新平との出会い
 2.7 余市川鉄橋の応急復旧
 2.8 小樽埋立水射式土工
 2.9 室蘭本線長万部・東室蘭間の建設計画
 2.10 北海道鉄道敷設千マイル
 2.11 妻の死とキリスト教への入信

第三章 石炭船積海上高架桟橋(室蘭・小樽)  3.1 石炭船積施設の計画
 3.2 内務省との対立と交渉
 3.3 開業当初の石炭荷役作業
 3.4 木造による海上高架桟橋
 3.5 高架桟橋の経済効果
 3.6 石炭輸送の鉄道ネットワーク
 3.7 岩見沢駅、追分駅のヤード機能の整備
 3.8 その後の機械荷役時代(室蘭)
 3.9 室蘭に誕生した日本製鋼所の技術顧問に就任
 3.10 北炭と南満洲鉄道
 3.11 石炭産業の北海道開発および日本経済への寄与
 3.12 開拓鉄道と北海道開発の進展

第二部 大陸にて
第四章 鉄道院での東京勤務と大陸出張
 4.1 鉄道院巡察官として東京へ
 4.2 シベリア出張(シベリア出兵前線視察)
 4.3 東支鉄道管理委員会
 4.4 支那鉄道の技術統一委員会顧問
 4.5 黄河橋りょう設計審査委員会に参加
 4.6 ワシントン会議の山東懸案細目協定委員として
 4.7 山東鉄道の引渡と経営支援
 4.8 大陸出張時代の業績

第五章 朝鮮総督府  5.1 朝鮮半島と日本
 5.2 朝鮮半島の鉄道
 5.3 満鉄への経営委託とその解除
 5.4 朝鮮総督府鉄道局長に就任
 5.5 朝鮮鉄道12 年計画
 5.6 徹底した事前調査と綿密な計画策定
 5.7 鉄道網の拡充と国境連絡…
 5.8 京城大洪水
 5.9 妻雪子の死
 5.10 田邉朔郎子息の田邉多聞
 5.11 若い鉄道人へのメッセージ
 5.12 反日感情と民族融和
 5.13 朝鮮総督府時代の業績

第六章 関東軍および満鉄時代  6.1 満鉄の誕生
 6.2 満洲国の建国
 6.3 関東軍交通監督部長に就任
 6.4 東支鉄道の譲渡
 6.5 満鉄改組問題
 6.6 松岡総裁の元で満鉄副総裁に就任
 6.7 満鉄総裁に就任
 6.8 鉄道経営一万km
 6.9 人材育成と石炭液化プロジェクト
 6.10 日本海ルートの成立
 6.11 満鉄総裁を辞任
 6.12 華北交通と華中交通
 6.13 大東亜縦貫鉄道
 6.14 大村の健康法
 6.15 派閥きらい、宴会きらい
 6.16 鉄道五訓と一燈園
 6.17 満洲の経済的発展と鉄道技術史上の評価

第三部 生い立ち
第七章 幼年時代
 7.1 福井に生まれる
 7.2 幕末の福井藩
 7.3 横井小楠と弟子・安場保和
 7.4 藩校明道館
 7.5 堅実で勤勉な福井県人気質
 7.6 父と母の回想
 7.7 札幌農学校を志願
 7.8 北海道への旅の途中で

第八章 札幌農学校  8.1 札幌農学校の設立
 8.2 クラーク氏とその弟子たち
 8.3 札幌農学校の存続危機と工学科の設置
 8.4 札幌農学校予科への入学
 8.5 予科卒業
 8.6 札幌農学校工学科への入学
 8.7 恩師廣井勇
 8.8 第一次廣井山脈
 8.9 廣井の教育方針
 8.10 釧路港鉄道計画
 8.11 新渡戸稲造
 8.12 苦学生活
 8.13 父の死
 8.14 旧友・高岡熊雄
 8.15 社会福祉の先駆者・留岡幸助
 8.16 工学科卒業
 8.17 受け継がれるフロンティア精神

第九章 敗戦および終焉の時  9.1 中国国内旅行(北中支巡訪片々)
 9.2 「大陸に在りて」を執筆・出版
 9.3 大陸科学院総裁に就任
 9.4 ソ連参戦
 9.5 通化に移動、そして終戦
 9.6 通化滞留日記
 9.7 寺田山助宅での生活
 9.8 ソ連軍の進駐
 9.9 寺田山助が宮内府救出へ動く
 9.10 八路軍の進駐
 9.11 拘留
 9.12 通化事件
 9.13 安田技師との再会
 9.14 最後の時
 9.15 現地での葬儀とその後
 9.16 計らない人生
 9.17 大村の掲げる「交通道」について
 9.18 キリスト教徒として
 9.19 最後の奉仕

第十章(終章)  10.1 大村卓一の功績
 10.2 海外の開拓鉄道
 10.3 日本型開拓鉄道ビジネスモデル
 10.4 戦後の経済復興、国土再建に活躍した大陸からの引揚技術者
 10.5 日本の海外インフラ輸出のために
 10.6 北海道新時代の交通体系をめざして
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