鉄道政策の改革 ー鉄道大国・日本の「先進」と「後進」ー


978-4-425-96301-0
著者名:斎藤峻彦 著/関西鉄道協会都市交通研究所 編
ISBN:978-4-425-96301-0
発行年月日:2019/8/8
サイズ/頁数:A5判 232頁
在庫状況:品切れ
価格¥3,300円(税込)
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日本は世界でも傑出した鉄道大国であり、鉄道利用の関わりが諸外国に比べ特に密接である。その中で、海外諸国の鉄道と大きく異なるのは、日本の鉄道旅客輸送の大半が民間の鉄道事業者が行う商業輸送よって担われているという点である。しかし、近年の少子高齢化の急速な進行、都市の一極集中、地方の過疎化、地球環境問題への対応など、商業輸送を中心とした現在の日本の鉄道政策では対応できない問題が増えている。
本書では、これまでの日本の鉄道政策を中心に、欧米諸国の鉄道政策についても取り上げ、それらを比較・分析することによって、日本の鉄道政策の先進的な部分と後進的な部分を示し、日本の鉄道政策が抱える問題点を明らかにする。
そして、今後日本が組りくむべき鉄道政策の改革について提言する。



【発刊にあたって】

筆者は、交通論を学ぶために商学部を擁する大学に入学して以来、長年にわたって、交通研究に携わってきた。研究の主要な対象は、鉄道、公共交通、道路(高速道路を含む)であった。そして、日本の交通政策のあり方について、勤務した大学において教育活動の題材としたのみならず、学界、交通事業者各社局、地方自治体、さらには国土交通省をはじめとするいわゆる霞ヶ関の方々と、さまざまに議論を交わした。
交通政策に関して、海外との交流を深めることも多かった。1990年代半ばに、オランダ・ロッテルダムにあるエラスムス大学で1年間の在外研究の機会を得て、多数の交通研究者との知己を得ることができた。また、関西鉄道協会都市交通研究所が主催する「海外交通事情視察・調査」に8回参加し、特に欧米諸国において、鉄道や公共交通を所管する当局ならびに事業者を訪問し、知識と経験を深めることができた。
一方、在外研究から帰国した後、オランダから、交通・環境・インフラストラクチャー省や鉄道・交通事業者の関係者が、日本の鉄道政策について調査する目的でたびたび来日するようになった。その都度、行程の立案をお手伝いし、調査先にご案内することも多かった。昼間は現場で勉強会や見学を繰り返し、夜はお酒を酌み交わしながら、これまた鉄道政策をめぐるさまざまな議論に花を咲かせた。調査団は東京の激しい通勤ラッシュに目を剥き、関西では例えば、阪急梅田駅で繰り返される整然とした乗客さばきに目を見張った。しかし、これらの大都市圏の鉄道輸送が、政府や自治体の補助金を伴わない純粋な商業輸送(commercial transport)のもとで行われているという事実は、彼らの目には信じ難いことと映ったに違いなかった。
ヨーロッパなど先進圏の諸国では、鉄道輸送市場は商業輸送の分野だけでは到底カバーできない。都市鉄道や地域公共交通の品質を改善することは、利用可能性(availability)、入手可能性(affordability)、頑健性(robustness)の3つの政策基準に沿って、公的負担の役割とするのが一般的である。一方で、日本の鉄道は、大手民鉄をはじめとする商業輸送がいわば「頑張り過ぎた」(その成果が国鉄分割・民営化にも大きな影響を与えた)ため、鉄道サービスの品質改善にあたり、欧米諸国のような公民の役割分担のルールを明確に打ち出す必要性は高くなかった。
日本では今日でも、道路政策をテーマとする講演会には、たくさんの自治体が参加する。これに対して、鉄道政策をテーマとする講演会には鉄道事業者が数多く参加し、自治体の姿は少ない。その差は大きく、道路行政と鉄道政策が誰によって担われているか、はっきり見て取れる。日本の鉄道輸送システムの管理と改良が、民間企業に委ねられていることを実感するのである。

2018年9月7日
斎藤 峻彦

【はじめに】

本書の著者である斎藤峻彦先生は、2018年9月8日、天に召された。前ページまでの「発刊にあたって」には、亡くなる前日の日付が付されている。この日に、奥様の庸子様が口述筆記によって作成された「はしがき」を、編者の責任において修正したものである。
亡くなる直前まで、ご執筆の意欲が旺盛であり、本書の完成を急がれていたことがわかるが、一方でこの文章が絶筆となり、先生の意図を尽くせているとはいい難い。
そこで僭越ながら、以下では「発刊にあたって」に続くはずであった言葉を探し、全体構成を説明するなかで、想像の域を出ないものの、先生のご遺志を補完しようと考える。

しかし、少子高齢社会が到来し、市場条件が欧米諸国に近づくなかで、日本の鉄道もまた、商業輸送に委ねられる範囲が狭まりつつある。日本の鉄道政策の長所が、綻びつつあるのである。前述の国鉄分割・民営化(1987年)は、日本を鉄道改革における世界のトップランナーに押し上げた。とはいえ以後30年が経過し、この間の社会・経済の変化を振り返ると、いま改めて「鉄道政策の改革」が求められることがわかる。特に欧米諸国と比較すると、日本の鉄道政策の「先進」と「後進」の両方の部分が見えてくる。本書の目的は、これを分析し、日本における今後の「鉄道政策の改革」への示唆と提言を導き出すことにある。
本書の構成は以下のとおりである。
第1章「世界の中の「日本の鉄道」」は、日本の鉄道の概略を、データによる国際比較を通じて述べ、日本が世界の中の「鉄道大国」であることを明らかにする。
第2章「世界が取り組む鉄道改革」では、欧米の鉄道改革の潮流を、鉄道黎明期以降の政策の変遷からたどる。そして近年の鉄道改革の特徴を上下分離とオープンアクセスに見出し、ヨーロッパ(EU諸国における、EU指令に沿った鉄道改革)を中心にその動向を検討する。
第3章「日本の鉄道事業と鉄道旅客輸送市場」は、分析対象を日本に戻す。日本の鉄道事業というとJR グループと民鉄(特に大手)が目立つのは確かであるが、ここでは国土交通省が「地域鉄道」というカテゴリーを創設したことに着目して、「地域鉄道」に分類される事業者を細分化し、輸送分野の詳細と地域による市場条件の多様性を把握する。
第4章「日本の鉄道旅客輸送をめぐる諸問題? 競争的分野」は、交通機関間競争が機能しやすい長距離・都市間旅客輸送市場を取り上げる。鉄道と競合するLCC(低費用航空会社)や高速バスの発達を見据えつつ、幹線鉄道のインフラ整備の問題(例えば整備新幹線方式)についても論じる。
第5章「日本の鉄道旅客輸送をめぐる諸問題? 地域輸送分野」は、競争が機能しにくい都市圏・地域内旅客輸送市場を取り上げ、そのなかでの鉄道の現状と課題を分析する。とりわけ、東京一極集中に伴う三大都市圏それぞれの輸送市場の変化と、前述の「地域鉄道」の苦戦に焦点を当てる。
第6章「日本の鉄道政策における「先進」と「後進」」は、ここまでの議論をいったん整理し、日本の鉄道政策の先進的な部分、つまり強みと、後進的な部分、つまり弱みを検討する。
第7章「欧米に学ぶ都市交通政策の「先進」」は、欧米諸国の鉄道政策、なかでも都市交通政策における「先進」的な部分を紹介する。その焦点は、都市圏内の交通行政組織の設計と運営にあてられ、日本における「鉄道政策の改革」への示唆を導き出す。
第8章「鉄道政策の改革」は、これまでの議論をまとめ、日本で鉄道政策の改革を進めるための検討課題を5 つ提示する。補論では、日本の鉄道政策の喫緊の課題とされるJR 北海道の経営問題について、本書で論じた検討課題を援用するかたちで、3つの分析視角を提案する。

2019年7月
高橋 愛典

【目次】

 発刊にあたって
 はじめに
第1章 世界の中の「日本の鉄道」  1-1 日本人と鉄道利用の密接性に由来する鉄道大国
 1-2 好調な鉄道輸送と精彩を欠く鉄道輸送の格差
 1-3 世界の中の「鉄道大国・日本」
 1-4 高速鉄道から見た世界の鉄道大国
 1-5 鉄道の社会的定着度の高さ 「世界に冠たる鉄道大国」の理由
 1-6 旅客交通の特徴は国や都市により異なる
 1-7 鉄道利用が増えている国と減っている国と
 1-8 世界の鉄道改革に影響を与えた日本の鉄道の「先進」と「後進」

第2章 世界が取り組む鉄道改革  2-1 世界に広がる鉄道改革と「鉄道の上下分離」の拡大
 2-2 鉄道改革に至る鉄道政策の変遷 鉄道ブームから独占規制へ
 2-3 鉄道改革に至る鉄道政策の変遷 自然独占型規制体系
 2-4 鉄道改革に至る鉄道政策の変遷 競争がもたらした鉄道政策の混迷
 2-5 地球環境問題がもたらした鉄道見直し論と鉄道改革
 2-6 鉄道改革を支える二本柱 上下分離とオープンアクセス
 2-7 独占時代の鉄道政策の後退がもたらした上下分離と水平分離
 2-8 上下一体の維持と上下分離の推進
 2-9 上下分離の進化を表す「会計分離」「組織分離」「制度分離」
 2-10 制度分離は組織分離の先を行くか
 2-11 インフラ(線路)使用料に反映される鉄道改革の理念
 2-12 EUが重視するのは政府補助を先に決めるか後で決めるか
 2-13 英国流のチャレンジングな鉄道改革の挫折
 2-14 スウェーデンと英国は鉄道改革のリーダーか
 2-15 日本における上下分離の増加

第3章 日本の鉄道事業と鉄道旅客輸送市場  3-1 日本の鉄道事業のバラエティと分類
 3-2 JR・大手から中小にまたがる鉄道事業の輸送領域
 3-3 輸送分野別で大きく異なる鉄道輸送の市場
 3-4 鉄道輸送の市場条件の変化と格差の拡大
 3-5 鉄道事業経営の両極化 黒字グループと赤字グループの格差拡大
 3-6 不採算鉄道の存続と鉄道の上下分離
 3-7 鉄道輸送システムの整備に関わる投資活動と公的補助
 3-8 鉄道輸送システムの維持保全・存続に関わる公的助成

第4章 日本の鉄道旅客輸送をめぐる諸問題? 競争的分野  4-1 都市間旅客輸送をめぐる交通機関間競争
 4-2 新幹線と国内定期航空の成長および競争
 4-3 後発だった高速バスの成長と参入ブーム
 4-4 競争の進展と規制緩和 国際輸送との異同と安全輸送問題
 4-5 日本における規制緩和政策の進展
 4-6 鉄道運賃規制に残された厳格・厳密な規制手法
 4-7 内部補助を前提とした1 事業者1 運賃の認可方式
 4-8 交通インフラ近代化の重要性
 4-9 交通インフラに求められる機能と公の役割
 4-10 新幹線の整備は自己責任主義から政府主導へ
 4-11 「整備新幹線方式」とJRが支払う施設使用料
 4-12 自主建設方式で整備されるリニア中央新幹線
 4-13 都市間鉄道システムの進化に関わる新技術

第5章 日本の鉄道旅客輸送をめぐる諸問題? 地域輸送分野  5-1 高密大都市によって支えられる都市鉄道輸送
 5-2 大手民鉄が築いた日本型鉄道経営モデル
 5-3 日本でも行われた都市交通事業の公的一元化
 5-4 都市鉄道輸送に表れる三大都市圏の格差
 5-5 都市鉄道政策における三大都市圏モデルの分化
 5-6 地域鉄道輸送の苦悩 市場の縮小と事業者数の増大
 5-7 地域鉄道事業者のバラエティと鉄道輸送のサステイナビリティ

第6章 日本の鉄道政策における「先進」と「後進」  6-1 鉄道大国・日本の鉄道に見られる「光と影」
 6-2 日本が取り組んだ鉄道改革 国鉄分割・民営化
 6-3 国鉄改革の成果と残された課題
 6-4 先進圏の鉄道政策を構成する基本類型
 6-5 日本の鉄道政策の存在感が持つ強みと弱み
 6-6 高齢化に備え鉄道政策の変革を求められる日本
 6-7 都市のコンパクト化と公共交通政策の連携
 6-8 日本はいかなる点で海外諸国に水をあけられているのか

第7章 欧米に学ぶ都市交通政策の「先進」  7-1 地方政府が担う公共交通政策と都市計画との連携
 7-2 広域交通行政機構の存在と役割
 7-3 首都圏の交通を管理する強力な交通行政機構
 7-4 フランスと英国の都市交通政策に見られる違い
 7-5 公共交通政策の財源強化で連邦と争ったドイツの地方政府
 7-6 米国の都市鉄道ブームの立役者となった道路信託基金
 7-7 ライバル都市 サンフランシスコとロサンゼルスの場合
 7-8 トランジット支援をめぐる米国の都市間競争
 7-9 地域公共交通と「公共サービス義務(PSO)」の深い関係

第8章 鉄道政策の改革  8-1 日本の鉄道政策が持つ強みと弱み
 8-2 鉄道政策の改革を必要とする少数領域の拡大
 8-3 鉄道政策の検討課題? 商業輸送の限界を見極めること
 8-4 鉄道政策の検討課題? 縦割り行政の壁を超えること
 8-5 鉄道政策の検討課題? 地域公共交通政策の地方分権を進めること
 8-6 鉄道政策の検討課題? 法令中心主義の弱点に目を向けること
 8-7 鉄道政策の検討課題? 外部性の議論を政策に組み込むこと
 補論 JR北海道の経営問題に寄せて
解題
 おわりに
 参考文献
 索引
 著者・編者略歴



この書籍の解説

日本の鉄道の長所としてまず挙げられるのは、正確無比のダイヤでしょう。朝の通勤ラッシュ時など、スマートフォンの画面を眺める間もなく次の列車がやってきます。電車はひっきりなしに入線するのに、3~5分程度の遅れでお詫びのアナウンスが入るのも、いつものことです。
こうした定時運行は、鉄道会社の企業努力によって維持されています。民間企業とはいえ、インフラ企業である以上は公共の利益に奉仕する必要があります。しかしそれが行き過ぎれば大きな事故につながりかねないということを、私たちはすでに知っています。
また民間企業であるがゆえに、鉄道会社は継続的な利益を追求しなければなりません。しかし、その地域の人々の足である鉄道を、「利用者が少ないから」という理由で廃線にしてしまってよいものでしょうか?バス等自動車での代替輸送も万能ではありません。JR各社は旅客輸送以外にも活路を求めてそれぞれ努力していますが、自助努力にも限界があります。
効率と輸送品質を求めて自助努力を「しすぎている」日本の鉄道が、この先生き延びるにはどうしたらよいのでしょう?欧米先進国も多かれ少なかれ、輸送インフラの問題に直面し、解決に向けて動いています。他国と比較することで、日本の鉄道の長所と短所が見えてくるのではないでしょうか。
今回ご紹介する『鉄道政策の改革』は、様々な問題に直面している日本の鉄道事業の現状を確認し、先進性と直面している課題を明らかにします。他国との比較を交えて課題を複合的に分析し、その解決へ向けた提案を行います。
人々の足=交通インフラが直面する問題は、国や自治体が解決すべき問題でもあるのです。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『鉄道政策の改革 ー鉄道大国・日本の「先進」と「後進」ー』はこんな方におすすめ!

  • 鉄道会社に勤務する方
  • 地方自治体で交通行政に関わっている方
  • 交通行政に関心のある学生

『鉄道政策の改革 ー鉄道大国・日本の「先進」と「後進」ー』から抜粋して3つご紹介

『鉄道政策の研究』からいくつか抜粋してご紹介します。ダイヤの正確さで知られる一方、過疎地では採算が合わないと廃線が続く日本の鉄道。こうした「先進」と「後退」の現状を整理し、他国との比較を行って、日本の鉄道事業が直面している問題とその解決法を明らかにします。

鉄道の上下分離の拡大

今日では世界の多くの国が、 鉄道改革に取り組んでいます。鉄道輸送の長所は大量輸送能力です。陸上輸送において鉄道は最大の大量輸送能力を誇り、それゆえにエネルギー効率性にも優れています。鉄道は空間効率性もよく、大都市間輸送においても能力を発揮します。

鉄道輸送の弱点も、この大量輸送能力に由来します。鉄道は線路等の鉄道施設が前提となるので、自動車のように自在なドア・ツー・ドア輸送ができません。伝統的な鉄道事業はそのインフラを自社で建設(保有)して輸送サービスの提供を行ってきたことから、施設の整備や維持管理に関わる多額の出費に悩まされてきました。交通インフラを自ら保有する必要がない他の交通事業とは対照的に、鉄道事業は大量輸送の獲得によって生き残りを図るしかありません。

近年世界各地で進められている鉄道改革の多くは「鉄道の上下分離」政策を介しています。鉄道の上下分離は、鉄道事業を列車運行事業 (上)と鉄道インフラ事業 (下)に分割することを指します。最大の目的は、鉄道事業を鉄道インフラの保有や維持管理の負担から解放して身軽な交通機関に変えることです。多くの場合、上下分離政策を実施した鉄道インフラは、公的保有・公的管理の下に置かれます。

諸外国の場合、鉄道インフラ費用への公的負担金の投入はさまざまな名目で行われてきました。鉄道インフラは公共財的な扱いを受けているのです。
日本の鉄道事業の大半は上下一体型の鉄道事業者ですが、上下分離を行う事例は増えています。JR貨物は代表的な例です。東北新幹線(盛岡以北)、北陸新幹線、九州新幹線なども上下分離方式(整備新幹線方式)の下に置かれ、これらの新幹線を運営するJR旅客各社は新幹線施設の貸付料を払って列車を運行しています。地方では不採算鉄道の存続事業に関連して上下分離方式を導入する例が増えています。

鉄道の上下分離を行うケースには、鉄道事業を取り巻く市場条件が一段と厳しくなったという共通点があります。大量輸送需要を前提とした上下一体型の鉄道事業では、経営難に対応しきれないのです。鉄道は大量輸送能力で近代資本社会の発展に貢献しましたが、やがて自動車交通や航空輸送が台頭し、鉄道離れによる経営難に陥ります。これは先進諸国において交通政策上の大きな悩みとなりました。

今日先進圏の多くの国が取り組む鉄道改革は、近代資本主義社会以降の鉄道輸送と鉄道政策がたどってきた歴史的変化の延長線上に位置づけることができます。

日本でも鉄道は戦後の高度成長期を大量輸送能力で支えましたが、やがてそれだけでは経営が立ち行かなくなりました。鉄道会社からインフラ事業を切り離すことで負担を軽くするのが上下分離方式です。ちなみに北陸新幹線等の整備新幹線のインフラを保有しているのは、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構です。

不採算鉄道の存続と鉄道の上下分離

鉄道大国でありながら旅客鉄道事業者の多くが運営難に直面しているというのが、日本の特徴です。しかし不採算鉄道輸送に対する日本の鉄道政策は、いまだ体系的なものとはなっていません。
規制緩和により、鉄道事業者の判断で不採算路線を廃止することが容易になりました。鉄道廃止の通告を受け、鉄道沿線の自治体や住民が鉄道の存続活動に取り組む例が増加しています。東日本大震災による甚大な被害から再起した三陸鉄道や、水害被害からの復旧を契機に上下分離方式を導入した信楽高原鉄道の例が有名です。北近畿タンゴ鉄道はみずからが鉄道インフラ事業者となり、高速バス事業を母体とする WILLER TRAINS社が京都丹後鉄道(列車運行事業)の運行業務を受託するという独自の上下分離方式を導入しました。

上下分離方式を活用した不採算路線の存続事業は大手民鉄の路線にも拡大しています。近鉄は不採算4路線を本社から分離し、北勢線は他社(三岐鉄道)に譲渡、他の3路線は公有民営型上下分離方式を導入して地元自治体が鉄道インフラ事業を担い、鉄道の存続を図りました。

日本のローカル鉄道における上下分離方式は、①完全分離型、②車両保有型、③車両・営業設備保有型、④用地分離型、⑤みなし分離型の5つに分類することができます。インフラ(第三種)事業と列車運行(第二種)事業がそれぞれ何を保有するかで分類しています。

①~③は鉄道事業の上下分離方式における中身の違いを表し、④と⑤は、名目は上下一体(第一種)事業でも、鉄道インフラ費用の全部もしくは大半を公的負担に移し、上下分離方式と同様の効果を得る方式を表しています。後者は実質的には会計的上下分離といえるでしょう。④⑤には、沿線自治体が鉄道用地を保有し鉄道事業者に無償貸付けを行う手法、鉄道用地や各種施設を保有した場合に想定される費用負担を自治体が補助金として鉄道事業者に提供する手法などがあります。

「みなし分離」型上下分離には、旅客が運営費、県が鉄道施設および車両費用、沿線自治体が用地を保有し固定資産税を負担するという費用分担ルールを導入する方式や、鉄道インフラ費用を沿線自治体、地元企業、沿線の住民組織や篤志家などが協力して分担する例等、地域ごとに様々なケースがあります。

富山市は、上下分離方式を導入して地方中核都市の新しい都市鉄道づくりに取り組みました。LRT車両が走行する鉄軌道インフラを富山市が整備して車両と施設を保有し、車両の運行営業を富山ライトレールおよび富山地方鉄道に、人件費と電力費を利用者負担に委ねる手法です。都市のコンパクト化と公共交通の活性化事業を連携させたこの事業がきっかけで、2007年の法改正(公共交通活性化・再生法)により公有民営型上下分離方式が公式的に位置づけられました。

日本における鉄道の上下分離の特徴は、採算が困難となった鉄道輸送の存続事業および採算性との両立が困難な鉄道施設の新設・改良事業に関連して上下分離方式が導入されてきたという点です。これは、鉄道輸送の競争力強化や効率性改善など鉄道改革の理念に重きを置いた海外の上下分離政策とは大きく異なります。日本の鉄道の上下分離政策は必要に応じて断片的に実施され、鉄道輸送の市場に占める領域も限定的です。

社会的共通資本としての鉄道輸送の発展や機能低下の防止を図る事業を、全面的に商業主義に委ねるのは困難です。公有民営型の政策モデルはまだ十分に定着してはいないものの、徐々に広がりを見せています。上下分離方式の広がりは、自立採算と利用者負担を重視した従来型の鉄道政策ではカバーできない課題の領域が、日本でも確実に広がっていることを示しています。

富山ライトレールは、開業当時大きく注目されました。バスのように渋滞の影響を受けず、バスより多くの人を運べる新型路面電車は、地方都市の「地域の足」としてぴったりなのです。乗りにいったことがありますが、大変快適でした。自家用車を持っていないと移動に制約がある地方都市の交通状況がこうして改善していけば、車を運転できない住民にもやさしい住みやすい都市になりますね。

日本はいかなる点で海外諸国に水をあけられているのか

日本の鉄道政策の弱点は、商業輸送との両立が困難な鉄道輸送システムをどのように存続させ、グレードアップを図っていくかという点に集中しています。鉄道輸送力の供給や鉄道輸送の供給継続に対する政府の責務が明確に規定されてこなかったことが大きな原因です。

公的補助も、補助金の受給資格は鉄道事業者の経営形態による制約を受け、JRや民鉄を含まないのが原則です。そのため大都市圏輸送の最大の担い手であるJR・民鉄各社は商業主義に基づいて施設の更新や近代化に取り組まざるを得ず、鉄道政策が目指すべき目標との間で齟齬が生じているのです。

欧米など海外の先進圏は、非商業的な公共交通を社会が支えていくための仕組みづくりの点で日本に先行してきました。地域公共輸送の市場条件が日本よりもはるかに厳しい海外諸国においては、地域公共交通システムの管理に関わる民間責務と公的責務を明確に分けるためのルールづくりが早くから必要とされました。両大戦間に交通機関間の競争激化により主要鉄道事業の経営難が深刻化し、鉄道インフラへの公的責務に関する議論が第二次大戦前から開始されたためです。

EC諸国が1990年代に実施した鉄道改革を機に、先進圏の鉄道政策は新たなステージに入りました。上下分離政策により鉄道インフラ管理に関わる公的責務の位置づけが明確化され、鉄道インフラ利用に対するオープンアクセスの導入により官民の役割分担関係がさらに明瞭なものとなったのです。

先進諸外国には地方政府側がそれぞれ勝手に地域交通政策を行うという短所がありました。しかし20世紀後半から、多くの国が都市交通政策の合理化・近代化に取り組み、特に都市の公共輸送に関わる交通政策の体系化に努めました。その結果、都市交通政策の都市間格差が減少し、中央政府と地方政府間の権限と責務に関わる分担関係が明確化され、連携ルールづくりも進みました。
日本の鉄道政策の弱点の多くは、地域公共交通に関わる交通政策領域に存在します。この領域は欧米先進圏を中心に過去半世紀の間に大きな変化を遂げ、日本との違いが広がりました。日本が水をあけられたのは、地域公共交通に関わる交通政策の仕組みづくりの点です。主な項目は次の4つです。

(1)中央政府と地方政府間の責任・義務に関する分担関係と連携体制
(2)地方政府側の責任の重さと権限の強さ(地方政府における当事者能力の大きさ)
(3)地域公共交通に関わる交通政策財源の豊かさ
(4)公的負担(補償金)の対象である「公共サービス義務」の仕組み

この4項目のくくりは、鉄道でなく地域公共交通である点に留意する必要があります。
日本の交通政策は交通機関(業種)別の縦割り構造を基本としますが、海外の交通政策の境界線は、競争市場がキーワードである都市間交通と、非競争領域である地域交通のような横割り型のくくりで分けられているのです。

かつて地方都市の住民だった身としては、民間企業ゆえに商業主義で当たらざるを得ない鉄道会社の苦悩もわかるものの、生活の足を廃止されては困るという気持ちが第一です。諸外国では、「地域の足は公共財、維持管理は公の義務」という視点から鉄道改革を進めた国が多かったようです。続く項では諸外国の制度の分析に入りますが、諸制度成立の経緯にはそれぞれのお国柄や事情が現れています。

『鉄道政策の改革 ー鉄道大国・日本の「先進」と「後進」ー』内容紹介まとめ

鉄道大国日本の鉄道は、分割民営化後、民間企業の努力によって発展してきました。しかし、商業的視点による民間の自助努力のみでは、社会的インフラであるという使命を果たすことは難しくなっています。本書は「上下分離方式」に注目し、他国との比較を行いつつ、官民協同の道を模索し、提案を行います。

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