著者名: | 斎藤峻彦 著/関西鉄道協会都市交通研究所 編 |
ISBN: | 978-4-425-96301-0 |
発行年月日: | 2019/8/8 |
サイズ/頁数: | A5判 232頁 |
在庫状況: | 在庫有り |
価格 | ¥3,300円(税込) |
日本は世界でも傑出した鉄道大国であり、鉄道利用の関わりが諸外国に比べ特に密接である。その中で、海外諸国の鉄道と大きく異なるのは、日本の鉄道旅客輸送の大半が民間の鉄道事業者が行う商業輸送よって担われているという点である。しかし、近年の少子高齢化の急速な進行、都市の一極集中、地方の過疎化、地球環境問題への対応など、商業輸送を中心とした現在の日本の鉄道政策では対応できない問題が増えている。
本書では、これまでの日本の鉄道政策を中心に、欧米諸国の鉄道政策についても取り上げ、それらを比較・分析することによって、日本の鉄道政策の先進的な部分と後進的な部分を示し、日本の鉄道政策が抱える問題点を明らかにする。
そして、今後日本が組りくむべき鉄道政策の改革について提言する。
【発刊にあたって】
筆者は、交通論を学ぶために商学部を擁する大学に入学して以来、長年にわたって、交通研究に携わってきた。研究の主要な対象は、鉄道、公共交通、道路(高速道路を含む)であった。そして、日本の交通政策のあり方について、勤務した大学において教育活動の題材としたのみならず、学界、交通事業者各社局、地方自治体、さらには国土交通省をはじめとするいわゆる霞ヶ関の方々と、さまざまに議論を交わした。
交通政策に関して、海外との交流を深めることも多かった。1990年代半ばに、オランダ・ロッテルダムにあるエラスムス大学で1年間の在外研究の機会を得て、多数の交通研究者との知己を得ることができた。また、関西鉄道協会都市交通研究所が主催する「海外交通事情視察・調査」に8回参加し、特に欧米諸国において、鉄道や公共交通を所管する当局ならびに事業者を訪問し、知識と経験を深めることができた。
一方、在外研究から帰国した後、オランダから、交通・環境・インフラストラクチャー省や鉄道・交通事業者の関係者が、日本の鉄道政策について調査する目的でたびたび来日するようになった。その都度、行程の立案をお手伝いし、調査先にご案内することも多かった。昼間は現場で勉強会や見学を繰り返し、夜はお酒を酌み交わしながら、これまた鉄道政策をめぐるさまざまな議論に花を咲かせた。調査団は東京の激しい通勤ラッシュに目を剥き、関西では例えば、阪急梅田駅で繰り返される整然とした乗客さばきに目を見張った。しかし、これらの大都市圏の鉄道輸送が、政府や自治体の補助金を伴わない純粋な商業輸送(commercial transport)のもとで行われているという事実は、彼らの目には信じ難いことと映ったに違いなかった。
ヨーロッパなど先進圏の諸国では、鉄道輸送市場は商業輸送の分野だけでは到底カバーできない。都市鉄道や地域公共交通の品質を改善することは、利用可能性(availability)、入手可能性(affordability)、頑健性(robustness)の3つの政策基準に沿って、公的負担の役割とするのが一般的である。一方で、日本の鉄道は、大手民鉄をはじめとする商業輸送がいわば「頑張り過ぎた」(その成果が国鉄分割・民営化にも大きな影響を与えた)ため、鉄道サービスの品質改善にあたり、欧米諸国のような公民の役割分担のルールを明確に打ち出す必要性は高くなかった。
日本では今日でも、道路政策をテーマとする講演会には、たくさんの自治体が参加する。これに対して、鉄道政策をテーマとする講演会には鉄道事業者が数多く参加し、自治体の姿は少ない。その差は大きく、道路行政と鉄道政策が誰によって担われているか、はっきり見て取れる。日本の鉄道輸送システムの管理と改良が、民間企業に委ねられていることを実感するのである。
2018年9月7日
斎藤 峻彦
【はじめに】
本書の著者である斎藤峻彦先生は、2018 年9月8日、天に召された。前ページまでの「発刊にあたって」には、亡くなる前日の日付が付されている。この日に、奥様の庸子様が口述筆記によって作成された「はしがき」を、編者の責任において修正したものである。
亡くなる直前まで、ご執筆の意欲が旺盛であり、本書の完成を急がれていたことがわかるが、一方でこの文章が絶筆となり、先生の意図を尽くせているとはいい難い。
そこで僭越ながら、以下では「発刊にあたって」に続くはずであった言葉を探し、全体構成を説明するなかで、想像の域を出ないものの、先生のご遺志を補完しようと考える。
しかし、少子高齢社会が到来し、市場条件が欧米諸国に近づくなかで、日本の鉄道もまた、商業輸送に委ねられる範囲が狭まりつつある。日本の鉄道政策の長所が、綻びつつあるのである。前述の国鉄分割・民営化(1987年)は、日本を鉄道改革における世界のトップランナーに押し上げた。とはいえ以後30年が経過し、この間の社会・経済の変化を振り返ると、いま改めて「鉄道政策の改革」が求められることがわかる。特に欧米諸国と比較すると、日本の鉄道政策の「先進」と「後進」の両方の部分が見えてくる。本書の目的は、これを分析し、日本における今後の「鉄道政策の改革」への示唆と提言を導き出すことにある。
本書の構成は以下のとおりである。
第1章「世界の中の「日本の鉄道」」は、日本の鉄道の概略を、データによる国際比較を通じて述べ、日本が世界の中の「鉄道大国」であることを明らかにする。
第2章「世界が取り組む鉄道改革」では、欧米の鉄道改革の潮流を、鉄道黎明期以降の政策の変遷からたどる。そして近年の鉄道改革の特徴を上下分離とオープンアクセスに見出し、ヨーロッパ(EU諸国における、EU指令に沿った鉄道改革)を中心にその動向を検討する。
第3章「日本の鉄道事業と鉄道旅客輸送市場」は、分析対象を日本に戻す。日本の鉄道事業というとJR グループと民鉄(特に大手)が目立つのは確かであるが、ここでは国土交通省が「地域鉄道」というカテゴリーを創設したことに着目して、「地域鉄道」に分類される事業者を細分化し、輸送分野の詳細と地域による市場条件の多様性を把握する。
第4章「日本の鉄道旅客輸送をめぐる諸問題? 競争的分野」は、交通機関間競争が機能しやすい長距離・都市間旅客輸送市場を取り上げる。鉄道と競合するLCC(低費用航空会社)や高速バスの発達を見据えつつ、幹線鉄道のインフラ整備の問題(例えば整備新幹線方式)についても論じる。
第5章「日本の鉄道旅客輸送をめぐる諸問題? 地域輸送分野」は、競争が機能しにくい都市圏・地域内旅客輸送市場を取り上げ、そのなかでの鉄道の現状と課題を分析する。とりわけ、東京一極集中に伴う三大都市圏それぞれの輸送市場の変化と、前述の「地域鉄道」の苦戦に焦点を当てる。
第6章「日本の鉄道政策における「先進」と「後進」」は、ここまでの議論をいったん整理し、日本の鉄道政策の先進的な部分、つまり強みと、後進的な部分、つまり弱みを検討する。
第7章「欧米に学ぶ都市交通政策の「先進」」は、欧米諸国の鉄道政策、なかでも都市交通政策における「先進」的な部分を紹介する。その焦点は、都市圏内の交通行政組織の設計と運営にあてられ、日本における「鉄道政策の改革」への示唆を導き出す。
第8章「鉄道政策の改革」は、これまでの議論をまとめ、日本で鉄道政策の改革を進めるための検討課題を5 つ提示する。補論では、日本の鉄道政策の喫緊の課題とされるJR 北海道の経営問題について、本書で論じた検討課題を援用するかたちで、3つの分析視角を提案する。
2019年7月
?橋 愛典
【目次】
発刊にあたって
はじめに
第1章 世界の中の「日本の鉄道」
1-1 日本人と鉄道利用の密接性に由来する鉄道大国
1-2 好調な鉄道輸送と精彩を欠く鉄道輸送の格差
1-3 世界の中の「鉄道大国・日本」
1-4 高速鉄道から見た世界の鉄道大国
1-5 鉄道の社会的定着度の高さ 「世界に冠たる鉄道大国」の理由
1-6 旅客交通の特徴は国や都市により異なる
1-7 鉄道利用が増えている国と減っている国と
1-8 世界の鉄道改革に影響を与えた日本の鉄道の「先進」と「後進」
第2章 世界が取り組む鉄道改革
2-1 世界に広がる鉄道改革と「鉄道の上下分離」の拡大
2-2 鉄道改革に至る鉄道政策の変遷 鉄道ブームから独占規制へ
2-3 鉄道改革に至る鉄道政策の変遷 自然独占型規制体系
2-4 鉄道改革に至る鉄道政策の変遷 競争がもたらした鉄道政策の混迷
2-5 地球環境問題がもたらした鉄道見直し論と鉄道改革
2-6 鉄道改革を支える二本柱 上下分離とオープンアクセス
2-7 独占時代の鉄道政策の後退がもたらした上下分離と水平分離
2-8 上下一体の維持と上下分離の推進
2-9 上下分離の進化を表す「会計分離」「組織分離」「制度分離」
2-10 制度分離は組織分離の先を行くか
2-11 インフラ(線路)使用料に反映される鉄道改革の理念
2-12 EUが重視するのは政府補助を先に決めるか後で決めるか
2-13 英国流のチャレンジングな鉄道改革の挫折
2-14 スウェーデンと英国は鉄道改革のリーダーか
2-15 日本における上下分離の増加
第3章 日本の鉄道事業と鉄道旅客輸送市場
3-1 日本の鉄道事業のバラエティと分類
3-2 JR・大手から中小にまたがる鉄道事業の輸送領域
3-3 輸送分野別で大きく異なる鉄道輸送の市場
3-4 鉄道輸送の市場条件の変化と格差の拡大
3-5 鉄道事業経営の両極化 黒字グループと赤字グループの格差拡大
3-6 不採算鉄道の存続と鉄道の上下分離
3-7 鉄道輸送システムの整備に関わる投資活動と公的補助
3-8 鉄道輸送システムの維持保全・存続に関わる公的助成
第4章 日本の鉄道旅客輸送をめぐる諸問題? 競争的分野
4-1 都市間旅客輸送をめぐる交通機関間競争
4-2 新幹線と国内定期航空の成長および競争
4-3 後発だった高速バスの成長と参入ブーム
4-4 競争の進展と規制緩和 国際輸送との異同と安全輸送問題
4-5 日本における規制緩和政策の進展
4-6 鉄道運賃規制に残された厳格・厳密な規制手法
4-7 内部補助を前提とした1 事業者1 運賃の認可方式
4-8 交通インフラ近代化の重要性
4-9 交通インフラに求められる機能と公の役割
4-10 新幹線の整備は自己責任主義から政府主導へ
4-11 「整備新幹線方式」とJRが支払う施設使用料
4-12 自主建設方式で整備されるリニア中央新幹線
4-13 都市間鉄道システムの進化に関わる新技術
第5章 日本の鉄道旅客輸送をめぐる諸問題? 地域輸送分野
5-1 高密大都市によって支えられる都市鉄道輸送
5-2 大手民鉄が築いた日本型鉄道経営モデル
5-3 日本でも行われた都市交通事業の公的一元化
5-4 都市鉄道輸送に表れる三大都市圏の格差
5-5 都市鉄道政策における三大都市圏モデルの分化
5-6 地域鉄道輸送の苦悩 市場の縮小と事業者数の増大
5-7 地域鉄道事業者のバラエティと鉄道輸送のサステイナビリティ
第6章 日本の鉄道政策における「先進」と「後進」
6-1 鉄道大国・日本の鉄道に見られる「光と影」
6-2 日本が取り組んだ鉄道改革 国鉄分割・民営化
6-3 国鉄改革の成果と残された課題
6-4 先進圏の鉄道政策を構成する基本類型
6-5 日本の鉄道政策の存在感が持つ強みと弱み
6-6 高齢化に備え鉄道政策の変革を求められる日本
6-7 都市のコンパクト化と公共交通政策の連携
6-8 日本はいかなる点で海外諸国に水をあけられているのか
第7章 欧米に学ぶ都市交通政策の「先進」
7-1 地方政府が担う公共交通政策と都市計画との連携
7-2 広域交通行政機構の存在と役割
7-3 首都圏の交通を管理する強力な交通行政機構
7-4 フランスと英国の都市交通政策に見られる違い
7-5 公共交通政策の財源強化で連邦と争ったドイツの地方政府
7-6 米国の都市鉄道ブームの立役者となった道路信託基金
7-7 ライバル都市 サンフランシスコとロサンゼルスの場合
7-8 トランジット支援をめぐる米国の都市間競争
7-9 地域公共交通と「公共サービス義務(PSO)」の深い関係
第8章 鉄道政策の改革
8-1 日本の鉄道政策が持つ強みと弱み
8-2 鉄道政策の改革を必要とする少数領域の拡大
8-3 鉄道政策の検討課題? 商業輸送の限界を見極めること
8-4 鉄道政策の検討課題? 縦割り行政の壁を超えること
8-5 鉄道政策の検討課題? 地域公共交通政策の地方分権を進めること
8-6 鉄道政策の検討課題? 法令中心主義の弱点に目を向けること
8-7 鉄道政策の検討課題? 外部性の議論を政策に組み込むこと
補論 JR北海道の経営問題に寄せて
解題
おわりに
参考文献
索引
著者・編者略歴
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