世界と日本の漁業管理ー政策・経営と改革ー


978-4-425-88671-5
著者名:小松正之 著
ISBN:978-4-425-88671-5
発行年月日:2016/12/18
サイズ/頁数:A5判 200頁
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価格¥3,520円(税込)
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乱獲や資源悪化の問題を克服するため科学に基づく政策を導入してきた水産先進各国の事例と、明治時代から脱却できない日本の漁業制度の現状。
著者が各国の現場を実際に訪れて調査し取り纏めた、今後の政策立案や学術的研究、漁業経営のために必須の一冊。



【序論―世界と日本の漁業・養殖業の現状】より

世界の漁業養殖業の生産は近年急速な勢いで増加する需要に応じて,伸びてきている。その理由は,ひとつには世界の所得が増加したためである。もうひとつは,水産物に対する栄養面・健康面での評価が高まったからである。それゆえ,世界の水産物に対する需要が急速に高まっている。
しかし,現在の世界の漁業生産量は,その需要の伸びに対して応える体制になっているとは言いがたい。その結果,養殖業の生産に力点が移行した。加えて,天然漁業の資源の悪化が放置されることで,更なる資源の悪化と漁業の衰退を招いている国が多い。
多くの主要漁業生産国では,乱獲や資源悪化の問題を克服し,新しい制度の下で,資源を科学的持続的に管理する政策を導入してきた。この政策の柱となる手法は,科学的根拠に基づいた具体的な数値目標の設定と管理である。先進各国は,科学的根拠に基づき,資源を維持・回復する水準の生物学的漁獲可能量を定め,これをもとにTAC(総漁獲可能量)を設定,それ以下に漁獲量をコントロールするという,アウトプット・コントロール(総量規制)の手法,ならびに個別漁獲枠の譲渡制(ITQ 方式)を導入・実施したのである。アメリカ合衆国やニュージーランドなどでは,科学的知識の発展と漁業操業の変化と共に,数次に渡り漁業法の目的と内容を改正して,それぞれの時代の環境と将来に適合するものにしてきた。
日本の漁業制度はどうなっているだろうか。日本が漁業法を事実上制定したのは,1910(明治43)年である。当時の漁業法は,江戸時代の伝統・因襲を引き継いでいた。それが初めての改正されたのは,1933(昭和8)年である。
戦後はGHQ(連合国総司令部)の主導で,民主化を主体とする漁業法の大改正が行われた(1949(昭和24)年)。しかし,基本的な漁業の許可や管理の方法については,制定当時のものを維持したままである。高度経済成長の下では,漁業を取り巻く経済状況と技術レベルに変化が起こったことを踏まえ,1963(昭和38)年に漁業法改正が再度行われた。しかしこれも,適切な資源管理と漁業の健全な育成を目的としつつも,漁業協同組合組織の強化に終わり,漁業者の経営と漁業管理の改善は放置されたままであって,根本的な制度改正とはならなかった。1998(平成8)年には,日本が国連海洋法条約を批准したことに伴い,国内法の整備が必要であったが,総量規制のアウトプット・コントロールの内容が不十分な資源管理のための法律は設定したものの,漁獲努力量規制というインプット・コントロールを内包する現行漁業法の改正は行われなかった。このため,現在でもインプット・コントロールが主体の漁業行政となっている。このような政府の対応の差は,諸外国と日本の漁業における,資源状況と経営内容の差として現れている。
しかし,日本でも新潟県の甘えびの個別漁獲割当制度での経営利益の向上がみられ,緒についたばかりだが,水産庁でも北部太平洋巻き網漁業での新・漁業管理制度への取り組みがみられる。
本書では,2008 年2 月から各年の海外事情と国内の取り組みを調査・研究して,これらの漁業制度の歴史,問題点とメリット等の内容を,詳しく,そしてわかりやすく評価している。今後の学術的研究や政策立案ないし,日々の業務を考える上で参考になれば幸いである。

2016年11月
小松正之

【目次】

序論 世界と日本の漁業・養殖業の現状

第1章 世界と日本の漁業と資源の概要
1-1 世界の漁業と養殖業
(1) 悪化する天然資源
(2) 資源回復の政策
(3) 消費と供給の差を埋める養殖業
1-2 日本の漁業資源と養殖業の悪化
1-3 資源管理の制度と手法について
(1) 世界と日本の漁業制度の明暗
(2) ABC(生物学的許容漁獲量:Allowable Biological Catch)
(3) TAC(総漁獲可能量:Total Allowable Catch)制度
(4) TAE(総漁獲努力量,総漁獲努力可能量:Total Allowable Effort)制度
(5) オリンピック方式
(6) IQ(個別割当:Individual Quota)方式
(7) ITQ(譲渡可能個別割当:Individual Transferable Quota)方式
 (8) ITQ 方式の社会への影響

? 主要各国の資源管理政策と現状 はじめに―IQ 方式,ITQ 方式の導入国

第2章 アイスランドの漁業管理:世界の模範となるITQ 方式 2-1 アイスランド漁業の概要
2-2 アイスランドITQ 方式
(1) ITQ の決め方
(2) ITQ の配分
(3) ITQ の譲渡・取引(トレード)の促進機構
(4) 資源利用税(リソース・レント)と管理コストの徴収
(5) 取り締まりシステム
2-3 ITQ 方式導入による効果
(1) 投棄魚の減少
(2) 浮魚漁業におけるITQ 効果
(3) 資源保護意識の高揚
(4) 予想される漁業への課税強化

第3章 ノルウ ェーの漁業管理:IVQ(個別漁船割当)方式 3-1 ノルウェー漁業の概要
3-2 IVQ 方式と構造調整(減船)
(1) IVQ 方式導入前の水産政策
(2) ITQ 方式ではなくIVQ 方式の選択
(3) 構造調整(減船)
3-3 ノルウェー漁業管理の課題
(1) 漁業補助金の廃止
(2) 小規模漁業者の都市への移住

第4章 アメリ カ合衆国の漁業管理:IFQ(個別漁業割当)方式 4-1 アメリカ漁業の概要
(1) マグナソン・スティーブンス法;MSA(漁業法)成立
(2) IFQ 方式導入までの経緯
(3) MSA 再承認法の成立
4-2 科学を尊重するアメリカ―経済学者と科学・研究機関と科学者
(1) 水産資源管理のリーダー
(2) 科学調査を行なう研究機関
4-3 IFQ 方式導入
(1) 現在の資源評価と資源状況
(2) NOAA のガイドライン
(3) 個別漁獲割当制度(IFQ 方式)のモラトリアム(一時禁止)
(4) モントレーベイ水族館の「シーフード・ウォッチ」
(5) 「フィッシュ・ウォッチ」はやさしい資源評価
(6) アメリカ沖太平洋のマルチ種のIFQ 方式
4-4 アメリカ漁業法の経緯
(1) アメリカ漁業振興法;AFA
(2) 2006 年MSA 再承認法でのIFQ 方式の合法化
(3) 2014 年のMSA 再承認法の提出

第4章-1 アラスカ州 4-1-1 アラスカ州の地域開発枠(CDQ)
(1) スケトウダラ漁業
(2) オヒョウ漁業
(3) ギンダラ延縄漁業
(4) タラバガニとズワイガニ
4-1-2 加工業者枠(IPQ)の創設
4-1-3 協同操業など操業の集約化と安定

第4章-2 ニューイングランド 4-2-1 IFQ 方式導入までの概要
(1) IFQ 政策への不信感と反対
(2) IFQ 再導入とキャッチ・シェア
4-2-2 崩壊するマダラ資源
4-2-3 ホタテガイのIFQ 方式とコモンプール制
(1) 2010 年からIFQ 方式を導入
(2) ABC を下回るTAC,資源状態も安定化

第4章-3 ニュージャージー州,メリーランド州 (1) アメリカ初のハマグリIFQ 方式
(2) IFQ 方式導入は過剰漁獲の削減から
(3) コストの削減と収入の安定
(4) メリーランド州沿岸漁業のIFQ 方式の導入
(5) メリーランド州の環境団体と遊漁者の力

第4章-4 メキシコ湾のマダイのIFQ 方式 (1) マダイ漁業と資源乱獲
(2) 効果のでないインプット・コントロール
(3) 2007 年からIFQ 方式を導入

第4章-5 アメリカ西海岸―マイワシのIFQ 方式への試み 4-5-1 乱獲の海カリフォルニア
(1) モントレー近海での乱獲の歴史
(2) スタインベック,リゲットらの警告
(3) 回復した生態系
4-5-2 キャッチ・シェア(IFQ 方式)の導入
(1) IFQ 効果で収入増
(2) TAC を時期別に割当
(3) キャッチ・シェア導入の検討

第5章 オース トラリアの漁業管理:自立を果たした先進事例 5-1 オーストラリア漁業の概要
(1) 政治主導で始まった漁業改革
(2) アメリカ・カナダの科学者の考えを導入
(3) 資源回復,収入増加
5-2 オーストラリアの漁業政策
(1) オーストラリア漁業法の概要
(2) ITQ 導入と1990 年代からの急激な変革
(3) 政治の圧力を受けないAFMA の経済的視点と役割 
5-3 オーストラリアのITQ 方式
(1) 経済性重視の水産政策振興
(2) 魚価低下のスパイラル
(3) 資源量・利用量を魚種別に管理
(4) 高まるITQ の経済価値
5-4 マーケットと資源の管理
(1) シドニー水産市場
(2) 一定基準の品質評価

第6章 ニュー ジーランドの漁業管理:成熟したITQ 方式と課題 6-1 ニュージーランド漁業の概要
6-2 ニュージーランドの漁業政策
(1) 漁業省改革を断行
(2) 資源は国民共有の財産
(3) 民営の漁業情報サービス局が実務を担う
6-3 ニュージーランドのITQ 方式
(1) 1986 年からITQ 方式を本格導入
(2) ニュージーランドITQ 方式の特徴
(3) 外国人による資源評価の意見聴取と罰則
6-4 ニュージーランドの成果
(1) 成功したITQ 方式
(2) 小型漁業会社の再編と課題
(3) 大手会社も伸びが停止

第7章 韓国の 漁業管理:TAC 制度/IQ 方式を採用 7-1 韓国漁業の概要
(1) 韓国漁業の変遷
(2) 韓国漁業法
(3) IQ 方式を採用 
7-2 韓国の漁業法と政策
(1) 太平洋戦争前
(2) 戦後の民主化と日韓漁業協定
(3) 漁業法制度
7-3 TAC 制度/IQ 方式
(1) TAC 制度とIQ 方式の導入
(2) 監視・取り締り制度の充実
(3) 相互監視の強化
(4) 正確な漁獲報告で資源量が回復
(5) 成功事例の創造とリーダーの育成
(6) データ収集徹底と資源評価の実施
7-4 資源管理体制
(1) 不法小型底びき漁船の減船
(2) 漁業者の意識変化―資源への影響を理解
(3) 地域連携による監視の強化
(4) 政府管理から自主的管理へ

第8章 オラン ダ:水産政策とその事情 8-1 漁業の概況
8-2 オランダ漁業とEU
(1) ITQ を管理するプロダクト・オーガニゼーション
(2) オランダ漁業会社とNGO の関わり
(3) EU との水産物貿易
8-3 オランダの水産政策
(1) ITQ 方式/官民共同管理
(2) 「知識のサークル」によるイノベーション
(3) オランダ最大の漁港イムイデン

? 国際的に管理される漁業
第9章 中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)
9-1 日本のWCPFC 条約交渉と北委員会
(1) WCPFC 条約批准への日本の条件
(2) WCPFC 北小委員会はWCPFC の下部組織
(3) オブザーバー乗船とデータ提供
9-2 中西部太平洋カツオ・マグロの総量規制へ
(1) 実効が薄かった2002〜2004 年の削減
(2) 北小委員会と漁獲数量合意内容の問題点
(3) 今後の管理のあり方
9-3 巻き網漁業に破壊される資源
(1) 獲るものが無くなる日本の漁業
(2) 巻き網漁業の増加によって激減したカツオ・マグロ資源
9-4 中西部太平洋の主要魚種の資源
(1) カツオ・マグロの資源評価
(2) サメ資源管理の取り組み
9-5 中西部太平洋マグロ委員会のFAD(集魚装置)規制
(1) FAD 規制導入の歴史
(2) 最近のFAD 操業と今後
(3) 危機的な漁船の増加
(4) FAD 規制の検証のシステムへ
9-6 ナウル協定(PNA)とVDS 方式
(1) ナウル協定
(2) VDS 方式の目的とVD 枠の価格
(3) FFA(フォーラム漁業機関)
(4) ナウル協定の内部事情
(5) パプアニューギニア(PNG)
(6) キリバス
(7) ミクロネシア連邦
(8) マーシャル諸島
9-7 東南アジア諸国(ASEAN)のカツオ・マグロ漁業
(1) カツオ・マグロ類の資源と漁業―外洋から沿岸へ
(2) 膨大な数のパヤオとFAD
(3) 魚体小型化が進むカツオ
9-8 カツオ漁業の将来と日本がなすべき政策
(1) ウェイトが増す南方漁場・落ち込む日本近海
(2) 南方漁場の巻き網漁獲を制限する

? 日本の漁業と漁業管理
第10章 漁業法と漁業権
10-1 漁業権
(1) 漁業の大別
(2) 漁業権と漁業許可との違い
(3) 沿岸の漁業権
10-2 漁業権の歴史
(1) 昭和の漁業法以前
(2) 明治政府による海面官有化宣言
(3) 明治34 年の旧漁業法の成立
(4) 明治43 年明治漁業法の成立
(5) 昭和8 年漁業法改正
(6) 昭和24 年漁業法の制定
(7) 昭和38 年漁業法の改正

第11章 漁業と漁業管理の歴史 11-1 漁業規制のはじまり
(1) 漁獲努力量規制の歴史
(2) 漁業の拡大
(3) 日本漁業への規制の始まり
(4) 国連海洋法条約と総漁獲量の規制
11-2 指定漁業と一斉更新
(1) 戦後漁業法改正の背景 
(2) 指定漁業とは
(3) 手段を定めた一斉更新
11-3 国連海洋法条約と各国漁業法
(1) 排他的水域内資源管理
(2) 国連公海漁業協定と管理の目標値
(3) 主要各国の国内法
11-4 TAC 法と漁業法の矛盾
(1) 昭和24 年漁業法の目的
(2) インプット・コントロールの許可制度
(3) TAC 法(資源管理法)の制定
(4) 日本でのIQ 方式/ITQ 方式への取り組み

第12章 日本の新しい漁獲管理制度の検討 12-1 IQ/ITQ の検討を開始
(1) 水産資源のあり方検討会
(2) 検討会の問題点
(3) 有識者の資格とは?
(4) IQ 方式/ITQ 方式検討へ
12-2 新潟県のIQ 方式
(1) 経緯と概況
(2) 佐渡の赤泊地区のモデル事業
(3) IQ 方式導入の評価
(4) IQ 方式導入と佐渡での影響
(5) 経営状態の改善
12-3 IQ 方式導入が進まない理由
(1) IQ 方式/ITQ 方式先進国の実態と日本の漁業環境との違い
(2) 漁業経営者の主張と行政庁の考え方,研究者の立場の比較
(3) TAC 魚種の資源管理の方法,長所と問題点
12-4 操業規制,海区ごとの自主規制について
(1) 沿岸調整問題とは
(2) 静岡県サクラエビ漁業の実例と問題点
(3) 秋田県ハタハタ漁業の実例と課題
(4) 太平洋北部巻き網漁業のIQ 方式の導入と操業の状況
(5) 大中型巻き網と沿岸漁業者の対立

第13章 考察 13-1 ITQ 方式反対論は適切か
(1) ITQ 方式の不当利益論
(2) ITQ 枠高騰による新規参入障害論
(3) ITQ は長年の慣行に反する・漁村社会に重大な影響
13-2 ITQ 方式導入への提言

筆者紹介

小松 正之(こまつ まさゆき)
経歴
1953 年 岩手県陸前高田市生まれ
1977 年 東北大学卒業。農林水産省入省
1982-84 年 アメリカエール大学経営学大学院MBA を取得
1985-88 年 水産庁国際課課長補佐(北米担当)
1986 年 アメリカ合衆国商務省「母船式サケ・マス行政裁判」に参加
1988-91 年 在伊日本大使館一等書記官,国連食糧農業機関(FAO)常駐代表代理
1991-94 年 水産庁遠洋課課長補佐(捕鯨担当)
1991-2003 年 国際捕鯨委員会(IWC)日本代表代理
1998-2000 年 インド洋マグロ漁業委員会議長
1999-2000 年 ミナミマグロ漁業国際海洋裁判と国連仲裁裁判所の裁判に参加
2000-02 年 水産庁参事官(国際交渉担当)
2002-04 年 水産庁漁場資源課長,FAO 水産委員会議長。
2004-07 年 独立行政法人水産総合研究センター理事
2008-10 年 内閣府規制改革会議専門委員
2008-12 年 政策研究大学院大学教授,2013 年 客員教授
2011 年 内閣府行政刷新会議規制改革専門員。
2012 年―現在 新潟県参与。
2008 年―現在 特定非営利法人東都中小オーナー協会理事
2014 年―現在 公益財団法人アジア成長研究所客員主席研究員
2015 年―現在 一般社団法人生態系総合研究所代表理事
        公益財団法人東京財団上席研究員
2004 年 博士(農学,東京大学)
       劣勢を逆転する交渉力(中経出版2010)

著書 『漁師と水産業 漁業・養殖・流通の秘密』(実業之日本社,2015)(監修)
『日本人の弱点』(IDP 出版,2015)
『日本の海から魚が消える日? ウナギとマグロだけじゃない!』(マガジンランド,2014)
『これから食えなくなる魚』(幻冬舎,2013)
『海は誰のものか―東日本大震災と水産業の新生プラン』(マガジンランド,2011)
『日本の食卓から魚が消える日』(日本経済新聞出版社,2010)
『さかなはいつまで食べられる―衰退する日本の水産業の驚愕すべき現状(筑波書房,2007)
『国際裁判で敗訴!日本の捕鯨外交』(マガジンランド,2015)
『なぜ日本にはリーダーがいなくなったのか?』(マガジンランド,2012)
『日本の鯨食文化――世界に誇るべき“ 究極の創意工夫』(祥伝社,2011)
『世界クジラ戦争』(PHP,2010)
『東京湾再生計画―よみがえれ江戸前の魚たち(共著)』(雄山閣,2010)
『よくわかるクジラ論争―捕鯨の未来をひらく』(成山堂書店,2005)
『クジラ その歴史と文化』(ごま書房,2005)
『国際マグロ裁判』(岩波書店,2002)
『クジラは食べていい』(宝島新書,2000)
『豊かな東京湾』(雄山閣,2007)
『江戸前の流儀』(2009),『劣勢を逆転する交渉力』(2010)/中経出版
『どうして日本にはリーダーがいなくなったか』(2012)/マガジンランド
『震災からの経済復興』(2011)/東洋経済新報社
『日本の食卓から魚が消える日』(2010)/日本経済新聞出版社
他にも捕鯨,くじら文化,水産外交等の関係図書多数



この書籍の解説

魚介類が旬を迎えると、「今年は不漁」「〇年ぶりの豊漁」等のニュースが出ます。日本で好まれている魚介類が外国で禁漁になったために価格が上がる等のニュースも時々報じられます。2023年では、イワシがあまりに獲れすぎる一方、サバが記録的な不漁で庶民の味方サバ缶が手に入りにくくなるかも、という話題がありました。
農業、畜産業がほとんど人間の管理下で行われている現在でも、水産業は自然の漁業資源に大きく依存し、左右されています。養殖技術の開発も進み、2013年には養殖の収穫量が漁獲量を上回りました。しかし飼料の高騰などから、養殖がこのまま収穫量を伸ばしていくのも難しいかもしれません。
限りある漁業資源を、世界の国々がきちんと持続可能な方法で得ていくにはどうすればいいのでしょう?それぞれの国では利用状況に合わせた漁業管理制度を導入しており、また国際的にも様々な制度のもとで漁業が行われています。
日本では、2020年12月に、70年ぶりの大改正となる改正漁業法が施行されました。この改正において、新たな資源管理方式、漁業権の優先順位制廃止等、「水産改革」と呼ばれる新たな取り組みがスタートしています。
今回ご紹介する『世界と日本の漁業管理』は、この大改正につながった日本漁業の様々な課題を、世界の水産先進国との比較で浮かび上がらせています。著者が実際に各国を取材して得た各国の制度の優れた点は、今回の漁業法に取り入れられているでしょうか?現在報じられている水産関係のニュースは、新しい漁業管理制度の検証でもあるのです。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『世界と日本の漁業管理』はこんな方におすすめ!

  • 漁業に従事している方
  • 水産業を研究している方
  • 漁業政策立案に関わる方

『世界と日本の漁業管理』から抜粋して3つご紹介

『世界と日本の漁業管理』からいくつか抜粋してご紹介します。乱獲や資源悪化のため、漁獲高が下がっている日本漁業。科学に基づいて漁業政策を進めている水産先進国の事例を参考に、日本の課題をあぶりだし、改革を提案します。著者が自ら各国へ赴いて調査したデータが満載です。

資源管理の制度と手法

(1)世界と日本の漁業制度の明暗
世界の主要国では、長年続いた漁業の自由な参入と漁獲から、漁獲努力限度量の規制(インプットコントロール)に移行し、さらに最近では漁獲の総量規制をするアウトプット規制が中心となっています。
一方日本の漁業制度は、未だ漁船の数や大きさなどインプットコントロールが中心です。そのため漁獲能力が過大となっても適切な規制手段が取れず、資源を悪化させています。
国連海洋法条約の発効を受けて、諸外国は漁業規制の根幹法としての漁業法を制定改正しましたが、日本は1996年に「海洋生物資源管理法」を別の法律として成立させるに留まりました。
漁獲努力量の規制措置としては、漁網の網目や網の長さ、船の大きさの規制、操業区域、期間等の制限が設けられていますが、この資源管理計画への資金投入量や改善効果について、第三者的評価は行われていません。

(2)ABC(生物学的許容漁獲量:Allowable Biological Catch)
ABCは、漁業資源が枯渇しないように、資源の持続的維持および悪化した資源が回復する水準に漁獲量を規制するための、科学的根拠に基づいた資源評価による漁獲量上限です。

(3)TAC(総漁獲可能量:Total Allowable Catch)制度
TACとは「総漁獲可能量」のことです。国連海洋法条約と国連公海漁業協定では、科学的根拠に基づくレファレンス・ポイント(漁獲の目標値)の設定を推奨しており、この条約に基づいて世界の主要水産国で導入されています。TACはABCを踏まえたうえで、行政庁が設定します。TACはABC以下でなければなりません。
日本では1998年からTAC制度が導入されていますが、水産庁は長年、ABCを超えたTACを設定してきました。また日本では、数百種ある有用魚種のうち7種だけがTAC制度の対象です。

(4)TAE (総漁獲努力量、総漁獲努力可能量:Total Allowable Effort)制度
TAE制度は漁獲努力量に上限(TAE)を設定し、その範囲内に収めるよう漁業の操業を管理するものですが、単独ではあまり効果が発揮されません。

(5)オリンピック方式
漁業者による自由競争を、「オリンピック方式」と呼びます。漁業者は自分の利益のみを追求するので乱獲状態に陥りやすくなりますし、同時期に大量の魚が出回れば価格は下がり、収益も減ります。自主規制を行ったとしても、規制が守られているかどうかは不明です。

(6)IQ(個別割当:Individual Quota)方式
IQ方式は、TACの範囲内でそれぞれの漁業者(漁船)に個別漁獲量を割り当てる制度をいいます。この方法の主なメリットは、次の3つです。

① 年間の割当量が決まっているので、TACと併せれば資源の回復と持続的維持が期待できる
② 他人の漁獲行動に左右されないため、競争に費やす資材やコストが削減され、総経費削減が図られる
③ 市場の動向を見ながら魚価が高い時に選択的に漁獲し、収入増につなげられる

IQ 方式のデメリットは、各漁業者の経営戦略に合わせた経営規模の拡大などの融通を利かせるのが難しいことです。

(7)ITQ(譲渡可能個別割当:Individual Transferable Quota)方式
IQ方式のデメリットを克服すべく登場したのが、ITQ 方式です。ITQ方式は、個別の漁獲割当量(IQ)を売買などで譲渡ができるようにした制度です。
この方式は集積と経営統合を促進し、投資規模の適正化と管理コストの削減などを進めるので収益が向上します。寡占化への対応が課題ですが、漁獲枠の総量に上限が設定されることが多いようです。その効果的な実行のためにも、モニターや取り締まりが不可欠です。

(8)ITQ方式の社会への影響
ITQ 制度の社会への影響は次のようなものが考えられます。

① 水産資源の所有論
ITQ 方式は世界的に注目を浴びてきましたが、それぞれの国の事情を踏まえた制度を開発すべきです。先進国では、天然有限資源の漁獲の権利ないし特権を漁業者に与えますが、天然資源有限資源の所有権は国家や国民ないし全居住民に属するとしています。しかし先住民が居住する国では、極めてデリケートな問題です。

② ITQ方式の導入の成功と新課題
資源枯渇対策として各国が行なった補助金の提供は、むしろ過剰漁獲を加速してきました。しかしITQ方式の導入後、過剰漁船や投資は削減され、一人あたりの漁獲量は確実に増えています。
成功した国々においても漁業者等による反対がありましたが、導入後には賛成に転じている場合がほとんどです。しかし近年、その漁獲量が過剰に報告されているのではないかという疑惑も報告されています。

「水産資源が誰のものか」については、様々な議論があります。漁業者が持っているのは漁獲の権利だけで、資源そのものは国家や国民、住民に属するとする考え方が一般的です。しかし漁業を営む先住民が居住している場合は、扱い方が難しくなっています。

ノルウェーの漁業管理:IVQ(個別漁船割当)方式

《ノルウェー漁業の概要》
ノルウェーでは、1960年代から1970年代にかけてニシンの乱獲、1980年代後半にマダラの乱獲が起こりました。そのため政府は「資源を枯渇させない持続的な漁業の実現」という新たな目標を立てました。
ノルウェーはITQ方式を採用せず、漁船の階層ごとに漁獲枠を割り当てて枠の売買は漁船とともに行なうIVQ(個別漁船割当制度:Individual Vessel Quota)を導入しました。小規模漁業者と沿岸地域を保護する目的です。残存漁業者の経営安定を図るためには、減船を行いました。漁獲枠の購入者は、同時に購入した漁船をスクラップ(廃船)することで漁獲枠の集積を行います。
しかし現在ノルウェーでは、今後も機能し続ける制度づくりを目指して、IVQの全面的な見直しを行っています。今後はアイスランドのような資源利用税の導入や、長さ8m以下の最小漁船階層間における漁獲枠の譲渡禁止の撤廃等が検討され、IVQからITQへの制度変更も念頭においています。

《IVQ方式と構造調整(減船)》
(1)IVQ方式導入前の水産政策
ニシンとマダラでの失敗を踏まえ、ノルウェー政府は禁漁などの厳しい漁獲規制を課しました。

(2)ITQ方式ではなくIVQ方式の選択
ノルウェーは過剰となった漁船による漁獲競争を軽減し地域経済に配慮するため、IVQ(個別漁船割当制度)を導入しました。
まず、大型のトロール漁船と小型の沿岸漁船を区別し、前者に33%、後者に67%を割り振りますが、資源状態が悪いときには小型漁船の比率が増加します。
小型船は「伝統的なグループ(閉鎖的許可グループ)「28mの延縄船のグループ」、新規参入者を可能とする「オープングループ」の3つに分けられます。枠の売買はそれらの区分内で行い、区分を超えては行えません。枠の売買は漁船とともに行いますが、11m以下の最小階層の漁船では、漁獲枠の譲渡は許可されていません。

(3)構造調整(減船)
ノルウェー政府は残存漁業者の経営安定を図るため、減船を行ないました。過剰な漁船数を減少させるため、許可とIVQを集約できるシステムを開発したのです。
大型のトロール船を1隻スクラップすれば、その漁船が保有していた許可とIVQ 枠の100%を、他の保有している漁船に集約することができます。15m~21mの大きさの漁船の場合は、その漁船が保有していた漁獲枠の80%を残存船に集約し、20%は同漁船グループに返還します。最も小型の漁船については集約システムは認められていませんが、減船支援金を受け取る形での減船は可能です。

《ノルウェー漁業管理の課題》
(1)漁業補助金の廃止
漁獲枠の集積が進み、アウトプットコントロールが成功してコストが削減されたことで、漁業者の総数は減少し、漁業者1人あたりの漁獲量は上昇し、漁業者の収入も向上しました。厳しい資源管理により、それぞれの漁業経営体が補助金に頼らずとも収益を上げる産業となったのです。
目標が達成されたのち、ノルウェーの水産業は以下の四つの目的を掲げています。

1)過剰な漁船能力の削減
2)資源利用パターンの向上と混獲率の低減
3)単一種の資源管理から生態系アプローチに基づいた水産資源管理への移行
4)資源管理手段の効率的な管理などの取り組み

(2)小規模漁業者の都市への移住
漁業収益向上の一方で、漁業ライセンスとIVQの移譲は加速しています。高価格となったIVQを販売して資金を蓄えた漁業者が、都市に移住するためです。
IVQ方式により漁業者のみが利益を得て他の地域住民に利益が及ばないのは、重大な問題です。許可とIVQ の価格はますます上昇しており、新規に漁業従事または事業拡大するには多くの資金が必要です。IVQ制度も新たな課題に直面しているのです。

ノルウェーといえばサーモンだと思っていましたが、主に獲れるのはニシン、タラ、サバ等なのですね。ニシンとタラの乱獲を経て独自の漁業管理方式を打ち立てた背景には、小さな漁船で伝統的な漁業を行う住民の存在があります。資源状態が悪いときは、小型漁船の漁獲量割り当てが増えるのです。

新潟県のITQ方式

(1)経緯と概況
新潟県ではホッコクアカエビを対象種とした本格的な国内初のIQ方式の導入を進めており、2011年からは実際にIQ方式の効果を試みるモデル事業が始まりました。
「甘エビ」と称されるホッコクアカエビは北太平洋に広く分布しており、本州の日本海側では青森から鳥取までの10府県で漁獲されています。近年は石川・福井・新潟の三県の漁獲量が上位にあり、漁獲量全体の35%を占めています。
1980年代半ば頃から減少傾向が進んでいますが、2013年には425トンにまで回復し、2015年の漁獲量は398トンとなっています。
新潟県でホッコクアカエビをIQ方式導入の対象種に選んだ理由は、以下の通りです。

1)科学的なデータが比較的そろっている
2)移動が県内水域にとどまる可能性が高いので、漁獲量制限による効果がみられやすい
3)価格が高いので経済的に重要な魚種である

新潟県は2010年から本格的にIQ方式導入の検討を始めました。IQ方式導入の前後の資源状況や漁業の操業状況および経営の変化について、分析・評価が行われる予定です。制度化についても、恒久的な制度の立ち上げについて条例化および県計画の策定を基本に検討しています。
実施にあたっては広く委員を募り、消費・ 流通および漁業の経済的分析も含めて検討することを目的として、経営・流通の分科会を設立しました。この委員会は日本で初めて資源管理をマーケット経営に結びつけたものといえるでしょう。

(2)佐渡の赤泊地区のモデル事業
ホッコクアカエビは、新潟県内の水域では水深300~600メートル付近に生息しており、沖合底引き網、沿岸での小型底引き網および「えびかご」による漁獲がなされています。かごを使った漁の割合は、新潟県では佐渡を中心に4割程度です。
直近5年間の漁獲量の最大・最小を除いた3年平均の数値をABC(生物学的許容漁獲量) とし、それに1以下の数値を乗じてTACとしました。IQ方式の設定は、過去5年間の漁獲実績に基づいて、地区別TACに対する割合を算出し、それを個別の漁業者に振り分けています。
2011年9月~2016年8月までの5年間、佐渡の赤泊地区のえびかご漁業を対象にIQ方式のモデル事業を実施しました。
赤泊地区では、2隻を1隻に集約化し、これにより漁業者の代船の建造がよりしやすくなり、不必要な経費の削減が可能となりました。大型のエビの漁獲量も増加傾向にあり、資源の質の回復の成果も現れています。

(3)IQ方式導入の評価
IQ方式導入によって、禁漁期間であった夏場の操業が可能となりました。この間に、大型、中型、小型、小小型のエビに単価の上昇が見られました。また大型のエビの比率がこれまでより増加し、漁業者の収入も増加しています。
支出と投資の削減に関しては、IQ方式を担保としてかご数の上限を緩和したことから、漁船を1隻に集約することにより漁船への投資を削減することを可能としました。
IQ方式導入とともに、資源の回復策や経営の近代化と合理化の検討もなされています。後継者の確保や経営継続のため、経営組織の株式会社や漁業合同会社(LLC)など法人化や経営体の統合など、永続的で透明性のある組織づくりも検討中です。

(4)IQ方式導入と佐渡での影響
モデル地区以外の佐渡の両津と姫津地区でも、試行的にTAC制度とIQ方式を設定することが合意されました。また、両津地区と漁場の重なる新潟市を根拠地とする沖合底引き網漁船にもTAC制度を設定しました。赤泊地区でのIQ 方式が夏場の操業等で成果を生じたことが影響したものと思われます。

(5)経営状態の改善
赤泊地区では、IQ方式事業の実施以降経営収益の改善がみられています。これが網目の拡大効果とTACとIQ方式のどれによるものかは分析が待たれますが、成果が上がったことは事実です。このモデル事業と効果の波及事例が他の地区の水産業の振興策の参考となることが期待されます。
IQ方式の導入とともに、資源の回復策や経営の近代化と合理化の検討もなされ、かご数の一隻当たりの使用上限が上がりました。これにより漁業者不必要な経費の削減が可能となったのです。

IQ(個別割当方式)による資源管理が、2020年改正漁業法で本格的に導入されました。この改正は、これまで「入口管理」方式だった日本の漁業管理を「出口管理」方式に転換するという大変大きな試みです。これを成功させるためには、漁業者同士の慣れ合いを排除し、トップダウンを進める必要がありますが、改正漁業法によって公と民の関係はどのように変わるでしょうか?

『世界と日本の漁業管理』内容紹介まとめ

世界中で天然の漁業資源量が減少していますが、日本の水産業においては有効な資源管理策は取れているでしょうか?2016年現在の日本と世界の水産先進国の漁業政策を参照しつつ、これからの日本の水産資源管理について提案を行います。

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どうなるどうする日本漁業 おすすめ3選

『概説 改正漁業法』
70年ぶりの大改正となった漁業法。江戸時代以降の日本の漁業制度の変遷を振り返りつつ、今回の改正について解説します。漁獲可能量による管理と個別割り当てを基本とする資源管理方式を導入した今回の改正によって、日本の漁業はどのように変わるのでしょうか?今後の課題についても論じています。

『水族育成学入門』
自然の環境に大きく左右される漁獲に頼り切りでは、この先の漁業は持続が難しい状況です。水族(水生生物)を育成し、漁業資源を保つ必要があります。基礎知識として魚類の発生と成長について解説したのち、養殖、増殖、資源保護の技術を解説しました。水産業を学ぶ学生と指導者向けのテキストです。

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