概説 改正漁業法


978-4-425-84081-6
著者名:小松正之 監修/有薗眞琴 著
ISBN:978-4-425-84081-6
発行年月日:2021/8/28
サイズ/頁数:A5判 264頁
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水産改革の端緒となった70年ぶりの改正「改正漁業法」の要点をわかりやすく記した解説書。江戸時代の漁業制度に由来する「明治漁業法」、昭和の「漁業法」など日本の漁業制度の歴史と水産政策の変遷を検証。漁獲可能量による管理と個別割り当てを基本とする資源管理方式を導入し、漁業権における優先順位制を廃止して新規参入を促すなど、今回の「改正漁業法」の評価される点と、水産資源を「国民の共有財産」とせず公的管理の徹底が十分でないなど、今後の課題についても提言する。

【監修にあたって】 著者の有薗眞琴氏とは、私が水産庁に奉職していた時代に氏が山口県の水産課長であった時以来のお付き合いであり、その後、2017年から2019年には日本経済調査協議会の第2 次水産業改革委員会でご一緒した。また、「実例でわかる漁業法と漁業権の課題」(成山堂書店,2017年11月発行)を共著として出版した。
今般の「改正 漁業法の解説」は、有薗氏がこれまで積み重ねられた知識とご見識を踏まえ、第1章では水産資源の保存と管理の基本原則に加えて、『改正漁業法』に基づく許可漁業、漁業権漁業、沿岸漁場管理、漁業調整委員会制度などを主要条文に沿って説明し、今回の改正の要点を要領よくかつ解りやすく解説している。第2章では、先行する昭和の『漁業法』が持つ限界と問題点を、江戸時代の漁業制度に由来する『明治漁業法』の内容と、その後の制度改正の経緯を踏まえて解説し、『改正漁業法』の問題点と意味するところがより良く理解できるような構成となっている。第3章では、『水産基本法』に基づく「水産基本計画」に焦点を当て、我が国の「水産政策」の変遷を辿るとともに、日経調の水産業改革委員会、内閣府の規制改革会議の答申、並びに水産庁が開催したTAC 制度等の検討にかかる有識者懇談会の取りまとめにも触れ、「水産改革」の経緯を明らかにしている。そして、第4章では、『改正漁業法』
の評価と今後の課題として、水産資源を国民共有の財産として位置づける問題をはじめ、ITQ方式の導入、漁業権漁業に代わる漁業許可制の導入や科学調査・評価機関の独立性の重要性などを上げており、それらが実現できるかどうかがカギになるとの評価を下している。
さらに、第5章では、監修者が改正漁業法などへの漁業・水産業関係者への反応を直接聴取し、取りまとめた。
これらの著述内容を踏まえ、監修者としての見解を以下に述べさせていただくが、これらが読者諸氏にとって本書を読み進む際の一助となり、『改正漁業法』の内容と意味するところを深く理解することにつながることを願うものである。

2018年の漁業法の改正で漁業・養殖業の衰退は回避できない
水産庁は2018年12月に漁業法の一部改正を行った。これはいくつかの改正内容を含むが、主たるものは「漁業権の優先順位の撤廃」と「個別漁獲割当制度の導入」を図るものである。日本の漁業はピーク時から3 分の1の生産量に減少し、漁業者も109万人が14.5万人まで減少し、漁業にその生活・生産基盤を依存していた水産都市・漁村と離島が大きく衰退した。この改正によって、このような連続して30年間も衰退を続ける日本の漁業を回復することは期待できない。
タイミングが大幅に遅れ、内容に乏しく、大胆な新規性に欠ける今回の一部改正は「漁業法」と「海洋生物資源の管理法(TAC)法」とを一体として取り扱い、後者を前者に統合して廃止し、さらに水産業協同組合法の一部を改正したことである。これによって国連海洋法条約を受けて漁業資源の管理を主たる内容とする「TAC法」と歴史的に我が国の漁業者間の人間関係を主体とする話し合いで、「漁業者の管理」を行ってきた漁業法体系とがようやく一体化されることになった。しかし、問題はその内容である。そしてその時期であった。時期が遅れタイミングを失すれば、問題が悪化する。ワクチンの調達がなくて、コロナウイルス感染症の対策が後手に回り、日本社会と経済と人心が劣化することも、同根である。
この法律の再編成・統合は本来であれば、日本が1996年に国連海洋法条約を批准した時になされるべきであったが、25年も遅れた。この25年間に日本漁業は741.7万トン(1996年) から417.5万トン(2020年速報値)まで約324万トンを失った。
その大半が、日本の200カイリ排他的経済水域の沖合漁業、沿岸漁業と海面養殖業並びに内水面漁業と養殖業である。
そして、この再編と統合にあたっては、旧明治漁業法の流れを汲んだ沿岸域を中心とした漁業と漁業者の管理を漁業者の話し合いを通じて行い、行政規則(各都道府県の漁業調整規則)や漁業協定・漁業者の自主規制とした内容を国連海洋法の科学根拠による漁業資源管理に統合するのが基本である。しかし、形式上の統合はできたが内容の統合は図られず、未だに科学に基づかない漁業者の自主規制が残った。

世界で進む陸川海の生態系の管理の概念が不足
また、陸川海の関係の生態系管理の概念と政策を入れるべきであった。漁業は陸上産業の被害者である。4月13日、第 回廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議で決定された福島の第1 原子力発電所からの放射能汚染水の海洋投棄も、温排水が海水温を上昇させ、また放射性物質がトリチュウム以外にもポロニューム、ストロンチウム、セシウムやヨウ素など数多くの放射性物資を含むこと、また、原発の280℃の高熱で海水や地下水並びに河川水中のバクテリア、動植物プランクトンや栄養素が破壊され、死んだ水が排出されるまで海洋生態系や生物の生育と生息域に悪影響を及ぼす。さらに干潟、湿地帯、河口域並びに藻場などを埋め立てれば、これが生物生産力に悪影響を与える。加えて、製紙工場、製鉄所、都市や工場の排水処理場から流出する化学物質なども悪影響を与え、地球温暖化にも悪影響を及ぼすとされた。(2021 年5 月21~22日G7環境大臣会合共同宣言;ロンドン、オンライン)。
したがって、生息域全体を海洋水産資源の保全と管理をすることが肝要であり、生態系や水生生物管理に諸外国は、単一魚種管理から転換している。その際には、IUU漁業(違法、無報告、無規制漁業)、混獲魚や移入生物の投棄など漁業と養殖業による生態系の悪影響も考慮しなければならないとされている。

科学的根拠に基づく、政策内容が不十分
国連海洋法条約を批准する際に、海洋法条約の主たる内容である沿岸国(日本政府)が科学的管理とアウトプット規制を取り入れるために漁業法を大幅に変更するか、新漁業法を国連海洋法に合わせて新たに成立させるべきであった。しかし、これをしなかった。代わりに、漁業法を全く手つかずにしたまま、TAC法を制定した。そこで明治以来の伝統を有する漁業法と、科学的根拠をベースにするアウトプット・コントロールを主体とするTAC法(しかも、科学的根拠に基づく漁業管理が下記のように中途半端なまま)の2つの法律を持つことになり、お互いの法律が相矛盾した。また、TAC法によるアウトプット・コントロールが、科学的根拠を軽視する運用(下記MSY(最大持続的生産量)の問題に加えて、TAC法の施行後10年間程度TAC がABC を2~3倍も上回るなど)がなされ、不十分であった。
したがって、国連海洋法を批准した1996年から2021年までの25年間で日本漁業はさらに衰退した。今回の漁業法一部改正では科学的根拠をベースにしたアウトプット・コントロールでMSYを導入し進展したが、MSY の達成目標確率が約50%と低い。通常は90~95%を達成目標とする。これでは科学とは呼べない代物である。改善の余地が大きい。

成長産業化と新規参入へは養殖業許可制へ
次に、漁業権の免許の優先順位が廃止されたことが挙げられる。既得権者の全国漁業協同組合連合会(全漁連)は、何も改正したくなかったであろう。しかし、日本漁業を再生する目標に照らしては全く不十分である。
戦後直後、沿岸域における漁業者は100 万人にも上り、沿岸域に収容する責務を政府が担ったが、この際に、漁業就業者の間の軋轢を最小限にしつつ、いかに漁業者を沿岸漁業に収容するかが課題であったので、漁業者の就業の優先順位をつけることが最も差し迫った課題と考えられた。しかしながら、現在では沿岸漁業者数も事実上10万人程度、14.5万人(2019年)であり、漁業の後継者も不足している。
また、2018年の安倍首相の所信表明演説は、参入漁業者・養殖業者の奨励が沿岸漁業と養殖業の活性化に必要な状況であると新規の参入を促したが、「優先順位の廃止」では漁業者間の優先順位が廃止されたに過ぎない。概念上、実態上も制度上も古くなった漁業権そのものの廃止、都道府県が直接許可する漁業の許可制への移行が適当であろう。そうすることにより一般の事業者や企業並びに個人の新規参入を促すことができるのである。
また、漁業権を既得権者に与える場合の養殖業を「適切かつ有効に」営んでいるかどうかに関して、「適切に」については漁業者の操業が実際に行われているのかどうかの認定と漁業者による漁場が「有効に」実際にどの程度のスペースと期間において利用され営まれるかが判断の材料でありカギとなる。それらの具体的なケースを水産庁が示さなければならないのである。本来の漁業への許可の基準は、ノルウェー政府の養殖業者への養殖業の許可の発出の基準を見ると、「①漁業者が利益を生み出し、継続的に事業を実施する能力と技術力である経営力があるか、②漁業資源を持続的に利用し、かつ養殖場の環境を保全する義務を履行する海洋環境の保護の能力と意思があるかどうか、並びに③その他労働法、環境法と漁船安全航行など法律順守の3つの基準を設定することである。」である。我が国も、これらを養殖業者への許可の発出の基準とするべきである。
漁場は国と都道府県が管理するべき沿岸漁場の管理制度が創設されたことは適切ではない。漁場は本来、国や都道府県がその使用を必要とする者に条件を満たした場合に許可するべきである。そしてその使用料は本来、国か都道府県が、国民や県民に成り代わって、必要であれば、漁場使用の対価として、利用税として徴収し、国庫ないし自治体の財源として納入されるべきであろう。

科学的根拠に基づく厳格な資源管理が基本
科学的根拠による資源評価が最大持続生産量(MSY)の考えに基づくものとされた。これまでは、漁獲可能な資源量の最低水準を決めて、それを下回らなければよいとされていたが、そのことに代わり、明確なMSY の基準が導入された。MSY を実現するために目標管理基準(Target Level)、限界管理基準(Limited Level)の双方を設定することとされた(漁業法第12 条)。しかし問題は、米国や欧州諸国は通常、先述したようにMSY の達成確率を90%~95%以上に置いているが、日本では50%以上としていることにある。これではMSY を達成するか否かは、半分半分の確率であり、達成できないことが頻繁に生じる。
今後、2023(令和5)年度までに漁獲量の80%に相当する魚種にTAC 制度を導入すること、すなわち25 種程度を総漁獲可能量(TAC)制度の対象とすることを目指すとされた。欧米は50 ~ 200 魚種・系統群(系統群とは、ある一定の海域に生息する魚種などの一団をいう。日本海に生息するマサバはマサバの日本海系統群という。また、太平洋にもマサバは生息するが、太平洋に生息するマサバをマサバ太平洋系統群という。これらは別々の資源のグループに属する。科学的には別々に管理するべきである。欧米は系統群ごとに別々に管理している。)をTAC の対象としている。また、今後10 年でMSY の達成を目指すのでは遅い。魚種のTAC が設定される場合に性質が異なる系統群の生物学的許容漁獲量(ABC)が合算される現在の日本のTAC の計算では、TACとしての意味はなさない。それぞれの系統群ごとにABCを算出しTAC としなければならない。
サバ類において、日本海(東シナ海系統群)と太平洋系統群を束ねることをやめたことは英断があるが、科学的には当然のことである。しかしサバ類の場合、全く異なった暖海性のゴマサバと冷水海性のマサバを一緒にしてサバ類としてTAC を設定することは、科学的に適切ではない。
「TAC を生物学的許容漁獲量(ABC)以下に設定することを明確に定めること」は、今後の課題として残った。米国など諸外国では、ABCを系統群ごとに定めれば、即座に資源評価の誤差と不確実性を考慮して、ABC 以下に年間漁獲レベル(ACL)を定めて、さらにそれ以下にTAC を定めるのが科学的には当然としている。
また、社会経済学的観点を考慮するには、社会経済学的データの収集と経営データの収集の義務付けも必要である。我が国では、行政機関によって、漁業の経営指導や経営分析を目的として、これらの経営・経済データが収集されたことは、これまでなかった。

漁獲データの収集からすべてが始まる。
漁獲データの収集と報告の義務付けがなされたことは評価されるが問題は、細目と収集方法が定まっていないし、都道府県漁業調整規則が漁業法改正を受け、漁業の実態を把握し、漁業資源評価に活用できるデータのレベルではない。大臣許可漁業、知事許可漁業と沿岸の漁業権の漁業について、報告書の報告事項のリストを早急に定めることが必要である。この意味において、TAC対象魚種の漁獲は知事が管理する漁業をも含めて報告対象であること(漁業法第26 条と第30 条)と漁業権漁業と知事許可漁業も含めて漁獲量・操業日数などの報告義務があること(漁業法第58条と第90条)、それらの報告漏れや虚偽への罰則(漁業法第193条)が規定されている。
これらのリストは、資源の評価が可能となるリスト;操業日数、漁船サイズ、漁網の大きさ;長さと幅と網が何枚か、と網目の大きさ、投網回数、漁業操業海域、漁獲量、魚種別の漁獲量とサイズなどを義務付ける必要がある。このようなデータは、漁獲量と漁獲努力量といって資源の状態を評価するうえでは、基本的に重要なデータである。このうちの大半は全漁船から提出させる必要があるが、一部のデータは、サンプル調査でも可能である。
問題は、漁業権の免許を受けている漁協が漁業者に代わって、漁獲量などの漁獲データを収集しているが、上記のリストから分かるように、これらを詳細にわたり漁協が収集するのは困難である。実際に漁業を営む者が直接に報告する義務とする内容に都道府県の漁業調整規則を修正しなければならない。また、水産系・理科系の大学を卒業した科学オブザーバーが指導に当たるシステムの導入も必要である。

漁業の管理は自由競争の排除
IQ(個別漁獲割当) の導入については、ようやく北部太平洋まき網漁業協同組合連合会でのIQの公的な導入が水産庁主導で行われる。
IQ制度では、漁獲枠の使用が硬直的になり、未使用枠が生じるので、投資規模とコスト削減に関する経済的効果は限定的である。譲渡可能個別漁獲割当(ITQ)は、漁獲枠の統合や集積的使用を目途として、経営の合理化を促進する。早急にITQを導入し、経営の統合と経営体の合理化を推進すべきである。
事実上、ITQの尊入が今回の改正では導入された(漁業法第21条と第22条)が、漁船との一体としての移譲で、硬直的である。
TACの総量が決まっているものはわずか8魚種にとどまる。その範囲内でしかIQも進まない。IQの推進に水産庁が積極的に関与するようには見えない。この点、米国やノルウェーと豪州政府との違いである。これらの各国は、政府自らがITQ(ノルウェーの場合はIVQ)の導入の推進役となった。我が国においても行政機関が主導権を握り、IQのモデルを提示して、漁業者間の議論を積極的に促し、自由に討論してもらうことにより、適切なIQの在り方に合意してもらうことが妥当である。そのプロセスでITQを選択する漁業者業界も出現しよう。
経営の合理化や組織統合や投資コストの削減が進むのはITQである。

おわりに
2020年の漁業・養殖業の生産量減少した。いったい我が国漁業の衰退の責任は日本政府、議会と水産業界、科学者と消費者並びに水産のマスコミの誰が最も責任を負うべきであろうか。上記に列記した関係者のすべてに責任があると思われるが、我が国では、西洋諸国や隣国の韓国ができて結果を出しているのに、日本ではそれを企画し、実行できないのかを真摯に総レビューすることから至急開始するべきであろう。今回の漁業法の改正も、見かけは大掛かりに見え70 年振りの改正と政府からは聞こえるが、実際はどうして、このような内容の乏しい小規模な改正となったのか。最近伸びているのは近年3,000億円台に達した水産予算のみであり、これもWTO,OECD や環境大臣会合が禁止している漁業補助金に該当するとみられるものがあり、水産予算増と生産金額減は全く反比例する。
今回の改正漁業法を含んだ水産政策、水産予算と結果としての漁業・養殖業生産量を含み水産業の現状を3 つ巴にした包括的な総レビューが急がれる。以上を参考にしながら、本書を読みこんでいただければ幸いである。

令和3(2021)年6月
小松正之

【はじめに】 70年ぶりの大がかりな改正となった漁業法(『改正漁業法』)が、令和2(2020)年12月1日から施行され、この法律の下で、漁獲可能量による管理と個別割当を基本とする新たな資源管理方式の導入や、漁業権における優先順位制の廃止による新規参入の促進など、水産業の成長産業化を目指す新たな取り組み(「水産改革」)がスタートした。
この背景には、我が国水産業の著しい衰退があり、現在(2019年)の漁業・養殖業生産量は約420万トンと、水産業の最盛期(1984年)に比べて約3 分の1 に落ち込んでおり、漁業就業者の減少と高齢化も急速に進んでいる。継続的な漁獲量の減少は、漁業の衰退を招くばかりではなく、流通・加工業の縮小や消費者の「魚離れ」をもたらし、ひいてはそれが漁業地域の衰退を加速させるという悪循環(「負のスパイラル」)に陥っているのが我が国水産業の現状であると言えよう。こうした状況に危機感を募らせた日本政府は、平成30(2018)年6月に「農林水産業・地域の活力創造プラン(水産政策の改革について)」を策定し、その趣旨に沿って漁業法の改正を行うとともに、「水産改革」をスタートさせた。
「水産改革」を効果的かつ円滑に進めるためには、漁業者をはじめ流通・加工業者や消費者も含めて、広く国民の理解と協力の下で進めなければならないが、改革が政府主導によるトップダウン方式となったことから、水産関係者からは多くの批判の声が上がった。たとえば、『改正漁業法』が施行された日に合わせて東京の参議院議員会館講堂で開催された「JCFU1沿岸漁民フォーラム」では、専門家から新たに導入される最大持続生産量(MSY)理論に基づく資源管理手法の問題点が指摘されるとともに、「改正漁業法で、日本の漁業者は小作人化する」といった厳しい批判の声まで飛び出した。
我が国の水産業が待ったなしの危機的状況にあって、誰しも改革の必要性は理解できても、『改正漁業法』の下で実施される各種施策の方向性や手法が間違っていないかどうか、その中身を十分に検証する余裕もなく、理解不足のままで進められる「水産改革」に対する不信感と不平不満が、そうした批判の声につながっているようにも見える。
さりとて、『改正漁業法』の中身を検証するとしても、今回は多くの部分に手が入る大がかりな改正であったことから、関連する政省令等もかなり改正されており、法律の条文だけを読んでも内容をつぶさに把握することは難しい。
たとえば、改正法の施行に先だって、令和2(2020)年7月に新たな「漁業法施行規則」と「漁業の許可及び取締り等に関する省令」が公布され、各都道府県では改正法に基づく「都道府県漁業調整規則」が同年12月に向けて改定された。また、同年9 月には「新たな資源管理の推進に向けたロードマップ」が決定され、その工程に沿った国の「資源管理基本方針」と「都道府県資源管理方針」の策定・公表が順次進められている。さらに、漁業権制度の見直しに伴って、国は「海面利用制度等に関するガイドラインについて」(地方自治法に基づく「技術的助言」)を都道府県に通知する等、新しい指針や基準づくりも為されてきた。
そこで、本書は、漁業・水産業関係者や水産専攻の学生等を主な対象として、そうした政省令や指針等をあえて参照せずとも、『改正漁業法』の概要を正しく理解できる「解説書」とすることを心掛けて執筆・編集した。そして、なぜ今、漁業法(昭和24年制定)が70 年ぶりに大がかりな改正を受けることになったのかの重要な疑問に応えるため、我が国の漁業制度の歴史と水産政策の変遷を振り返りながら、その背景を検証した。さらに、それらの検証を踏まえて、『改正漁業法』の評価と今後の課題等についても論述した。
ところで、今回の「水産改革」は政府主導で進められたと書いたが、その端緒は約10年前の平成19(2007)年、民間シンクタンクの日経調2に設置された「水産業改革高木委員会」3による「魚食をまもる水産業の戦略的な抜本改革を急げ」(同年2月・7月)という提言にあった。この提言は、科学的根拠による水産資源の持続的利用や水産業への参入のオープン化などを盛り込んだもので、水産業界・大学・研究機関に止まらず、一般社会にも大きな反響を呼び、以後、「水産改革」についての議論が急速に高まっていった。
そして、平成29(2017)年9月には「第2 次水産業改革委員会」(高木委員長)が再び立ち上げられ、「新たな漁業・水産業に関する制度・システムの具体像を示せ」という提言(2019年5月)が出されたが、それはちょうど漁業
法の改正作業と時を同じくして進められたものであり、内閣府に置かれた「規制改革推進会議」の審議とも相互に連関しながら、その内容に少なからぬ影響を及ぼした。このように、政府主導で唐突に始まったかに見える「水産改革」も、実は約10 年の歳月を経て着手されたものであり、その間には、いわゆる「改革推進派」と「現状肯定派」による激しい論争が何度も繰り広げられたのである。
しかし、こうしてようやく成立した『改正漁業法』ではあっても、「改革推進派」の目から見れば、水産資源を「国民の共有財産」と明記していないことによる公的管理の不徹底さや、『明治漁業法』から続く旧態依然とした「漁業権制度」を継続させるなど、その内容は不十分かつ不徹底なものであると指摘されている。
本書の監修と第5 章を執筆していただいた小松正之氏は、高木委員長とともに初期から我が国の「水産業改革」の牽引役を務められ、「第2次委員会」では主査として提言の取りまとめをされた。また、筆者は、「第2 次委員会」の委員の一人として、主に日本の漁業制度の歴史、漁業権と漁業許可制度等についての解説を担当した。本書の多くは、その委員会で筆者が講演を行うために調査・分析した資料を元に執筆したものであり、委員会で「提言」に用いた図表なども、日本経済調査協議会の承諾を得て使用させていただいた。
この本が、『改正漁業法』の内容を正しく知る上での一助となり、また、我が国漁業制度の歴史を振り返ることによって、水産業の《あるべき姿》について読者自身が考え、行動するきっかけにつながれば幸いである。

令和3(2021)年6月
有薗眞琴

【目次】
序章

第1章 『改正漁業法』概論
 1 改正の背景(我が国水産業の動向)
 2 改正の概要
 3 『改正漁業法』の内容
 (1)用語の解説
 (2)水産資源の保存及び管理
   1)資源管理の基本原則
   2)資源管理基本方針等
   3)漁獲可能量による管理
 (3)我が国漁業の制度的分類とその内容
   1)許可漁業
   2)漁業権漁業
   3)自由漁業と遊漁
 (4)沿岸漁場の管理
 (5)漁業調整に関するその他の措置
 (6)漁業調整委員会
 (7)運用上の配慮
 (8)罰則

第2章 我が国における漁業制度の歴史  1 江戸時代における漁業制度
 (1)我が国漁業制度の原型(『律令要略』)
 (2)江戸湾と長州藩の漁業制度
 2 『明治漁業法』の成立
 (1)海面官有制と海面借区制
 (2)『明治漁業法』の成立過程
 (3)『明治漁業法』の内容
   1)漁業権制度
   2)漁業取締制度
   3)漁業許可制度
   4)漁業組合の基盤強化
 3 『昭和漁業法』の成立とその後の改正
 (1)『昭和漁業法』の成立過程
 (2)『昭和漁業法』の内容
 (3)その後の主な改正
   1)「漁業制度調査会」の答申
   2)昭和37年改正
 4 漁業関連法の制定と漁業政策
 (1)『水産業協同組合法』の制定
 (2)『水産資源保護法』の制定
 (3)『沿岸漁業等振興法』の制定
 (4)『海洋水産資源開発促進法』の制定
 (5)『国連海洋法条約』の発効と国内法の整備
   1)『国連海洋法条約』の発効
   2)国内法の整備
 (6)『海洋基本法』の制定

第3章 「水産政策」と「水産改革」の経緯  1 『水産基本法』の制定と「水産政策」
 (1)『水産基本法』の制定
 (2)「水産基本計画」の策定と実施
   1)第1 期水産基本計画
   2)第2 期水産基本計画
   3)第3 期水産基本計画
   4)第4 期水産基本計画
 2 「水産改革」の経緯
 (1)「水産業改革高木委員会」の提言(平成19 年2月・7月)
 (2)「規制改革会議」の答申(平成19年12月)
 (3)「TAC 制度等の検討に係る有識者懇談会」の取りまとめ(平成20年12月)
 (4)「独立行政法人水産総合研究センター」の検討(平成21年3月)
 (5)「水産業改革高木緊急委員会」の緊急提言(平成23年6月)
 (6)宮城県知事による「水産業復興特区」構想の提案(平成23年5月)
 (7)「規制改革推進会議」の第1 次答申(平成29年5月)
 (8)「第2 次水産業改革委員会」の提言(平成30年7月・令和元年5月)

第4章 『改正漁業法』の評価と今後の課題  1 『改正漁業法』の評価
 (1)漁業権制度における優先順位の廃止について
   1)我が国の「漁業権制度」とは何か
   2)海面養殖業と定置漁業の実態
   3)「優先順位」の廃止等がもたらす改革の意義
 (2)個別割当(IQ)方式による資源管理について
   1)我が国における資源管理の歴史と特徴
   2)「共同管理」方式が意味するもの
   3)個別割当(IQ)方式の意義
 2 今後の課題
 (1)水産資源を「国民の共有財産」として明文化
 (2)譲渡性個別割当(ITQ)方式の検討
 (3)漁業権漁業の廃止
 (4)行政機関から独立した資源調査・評価機関の設立

第5章 漁業法/卸売市場法改正と新コロナ後の将来  1 概説
 2 漁業法の改正の評価
 (1)漁業・養殖業への影響
   1) 岩手県と宮城県の貝類(カキとホタテガイ並びにムール貝)の養殖業複数
 (2)科学的管理とIQ
 3 卸売市場法の改正の影響と今後
 4 コロナ情勢と水産物の需給の見通し
 5 おわりに
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