和食の魚料理のおいしさを探るー科学で見る伝統的調理法ーベルソーブックス044


978-4-425-85431-8
著者名:下村道子
ISBN:978-4-425-85431-8
発行年月日:2014/11/11
サイズ/頁数:四六判 232頁
在庫状況:在庫有り
価格¥1,980円(税込)
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和食がユネスコ無形文化遺産に登録された。それには伝統的な魚食文化が大きく寄与している。魚の食べ方、それは生活の文化である。日本の食卓に伝えられてきた古人の知恵に潜む科学的根拠を明らかにする。



【はじめに】より

あなたが「焼き魚と煮魚のどちらが好きですか?」と訊かれたとする。おそらく、「そういわれても、魚の種類があるし、焼き方や煮方によっておいしさが違うので一概には言えません」と答えるのではないだろうか。食べる人の好みにもよるが、魚の種類や獲れる時期、鮮度によって適した調理法がある。どれが一番とは言えず、魚料理にはそれぞれに違ったおいしさがあるということである。
私たちが日常食べている食べ物、十分な栄養素が摂れるかどうかはもちろんであるが、普通は「おいしそうだな」と感じるものを私たちは選んでいるのではないか。
「おいしさ」とは基本的には個人が感じる生理的・心理的感覚であるが、一定の地域、あるいは国によって好まれる食べ物の傾向はみられるようだ。人はまず、生きるために入手できる食べ物を食べ、十分な食糧が確保できるようになると、次にはおいしいものを欲するようになるだろう。
今から1500年くらい前、日本に大陸から仏教が伝わってきて、国策として全国に広まった。仏教では信者が守るべき五つの戒め「在家の五戒」があり、その筆頭が不殺生戒(ふせっしょうかい)つまり「生き物を殺してはいけない」ことになっている。そのため江戸時代まで四つ足の獣や家畜の肉を食べない風習が続いてきた。明治時代に入り、文明開化の叫びとともに一般家庭でも肉食が行われるようになって、まだ130年くらいである。現在は、魚介類よりも鳥獣肉の消費量がやや多くなっているが、約1000年もの間、たんぱく質源として、穀類、野鳥、魚介類を主とし、ほとんど獣肉なしで過ごしてきたのである。このような国は世界的にみても珍しいであろう。
幸いなことに日本は島国で、周りの海では回遊魚も磯魚も多種類の魚介類が獲れる。また、外国から日本に新しい食材や食べ方が伝えられると、それらをうまく取り入れて、新しい調理を作り出してきた。そのため、日々の食事に供される魚料理は実に多彩なものがある。
日本各地で獲れる魚介類の調理法には大きく「生」、「煮る」、「焼く」、「蒸す」、「揚げる」、「だしをとる」、「漬ける」の七つがある。さらに魚類は季節によって脂肪・水分量が増減するので、それに合わせて調理法も変える。魚の種類によって最もおいしく食べる方法をそれぞれの地方で長い間の生活の中から工夫してきたのである。
2013年、ゆねすこ無形文化遺産に「和食;日本人の伝統的な食文化 ー正月を例としてー」が登録された。“和食”とは副題になっている“日本人の伝統的な食文化”が実質的な内容である。すなわち、自然の新鮮な食材、その季節毎の食品の多様性、栄養的に優れた健康的な食生活、食物と家族や地域の行事との結びつき、などの点が総合して評価され、登録されたのである。これらいずれの点にも、長い間培ってきた漁色の習慣が多いに関係しているといえる。この遺産を今後も守っていくことが日本人としての責務になるであろう。
このように、材料となる魚の種類はもちろん、時期・産地・消費地に合わせて最も「おいしい」食べ方が探求されてきた日本の魚料理は世界中で比肩無きすばらしいものである。
「では、なぜおいしいのだろうか? このようなやり方で調理する理由はどうしてなのか?
本書では、日本人の生活の知恵として行ってきた魚の調理の方法には、実はこのような科学的な裏付けがあったということについて述べていきたいと思う。

平成26年10月
下村道子

【著者紹介】

下村道子(しもむら みちこ)
1961年 お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業
1970年 お茶の水女子大学大学院家政学研究科修士課程修了
1971?2010年 大妻女子大学講師、助教授、教授
現在 大妻女子大学名誉教授
1997年 日本家政学会賞
学位:理学博士(上智大学)

【目次】

第1章 調理で魚はおいしくなる  1-1 魚が調理法を選ぶ?
 (1)郷土料理がおいしいわけ
 (2)調理とは食材をうまく変化させること
 1-2 魚肉の構造と成分
 1-3 加熱で魚肉はこう変わる
 (1)魚肉たんぱく質の種類
 (2)肉の色が変わる
 (3)においが変わる
 (4)重量・水分が減る
 (5)肉に硬さが変わる
 (6)うま味が強くなる
 (7)脂がにじみ出てくる
 1-4 魚の「旬」と調理法
 (1)脂がのった「旬」の魚
 (2)脂質含量で変わる調理法
 (3)焼くべきか、煮るべきか

第2章 生で食べる  2-1 刺し身(お造り)ー赤身は厚く、白身は薄くー
 2-2 しめさば
 (1)「締め」で身の歯切れが良くなる
 (2)魚肉はなぜ硬くなるのか ー塩と酢がないと締まらないー
 (3)うま味成分が増えておいしくなる
 (4)生臭さが消える
 2-3 カツオのたたき ーなぜ表面を焼くのかー
  コラムー外国にもある生魚料理

第3章 煮る・蒸す ー水を使って加熱ー  3-1 煮魚
 (1)TPOで魚と調理を選ぶ
 (2)テクスチャーを変えておいしくする
 (3)臭みをとる ー発酵調味料・砂糖・洗うー
 (4)魚を形よく煮る
 3-2 蒸し魚
  コラム ー外国の蒸し魚料理
 3-3 つくだ煮・甘露煮は生活の知恵
 (1)つくだ煮は常備食
 (2)甘くて美味しい甘露煮

第4章 焼く・揚げる ー水を使わない加熱ー  4-1 香ばしい焼き魚
 (1)どんな焼き魚が「おいしい」のか
 (2)香ばしさを生む化学変化
 (3)脂がのった魚は焼くとさらにおいしくなる
 (4)上手な魚の焼き方
 4-2 油で揚げる
 (1)揚げ物の「おいしさ」とは何か
 (2)素揚げ・唐揚げ
 (3)天ぷら ー実は外来の料理法ー
  コラム ー揚げ物ができなかった昔の日本ー
 (4)炒める ー揚げ物と焼き物の中間ー

第5章 汁物 ーうま味の極みー  (1)新鮮な魚介類は潮汁に
 (2)万能な味噌の力
  コラムー外国料理の魚の汁物
 5-2 魚介類の知るがおいしいのはなぜか
 5-3 ハレの日に出される「タイ」と「コイ」
 (1)タイの潮汁
 (2)鯉こく
 (3)イワシのつみれ汁

第6章 漬け物 ー発酵を使った食品ー  6-1 古代からあった魚介類の漬け物「すし」
 (1)保存が目的だった
 (2)馴れずしはすしの源流
 (3)「生馴れ」から「握りずし」へ ー漬ける期間が短くなったー
 6-2 味噌漬け・粕漬け
 (1)保存から味付けに
 (2)味噌・粕で漬ける効果
 (3)魚肉のテクスチャー  ー硬さとほぐれやすさー
 (4)魚種で漬け方を変える ーサワラ・メロ・イカー
 (5)イカの粕漬け
 6-3 糠漬け
 (1)北陸地方の特産品
 (2)うま味を作る麹と糠
 (3)肉質がもろくなる
 6-4 醤油漬け
  コラム ーだし汁の素ー魚醤

第7章 骨も内蔵までも食べつくす  7-1 「命」をいただく食べ物は無駄にしない
  コラムードイツのソーセージとイギリスのハギス
 7-2 骨まで食して
 (1)骨にはカルシウムとコラーゲンがたっぷり
 (2)加熱・加圧する
 (3)茶汁は魚臭を消す
 (4)酢で煮る
 (5)酢に浸す
 (6)「水で煮る」と「酢に浸す」では何が違うのか
  コラムー目から「ウロコ」のおいしさ
 (7)骨を揚げる・焼く
 7-3 内蔵は栄養の宝庫
 (1)美食は内蔵にあり
 (2)内蔵は発酵しておいしくなる
 (3)卵巣・精巣の利用
  コラム ー皮にはうま味がたっぷり
  コラム ー居酒屋から高級中華料理で利用されるヒレ

第8章 日本人が食べてきた魚 ー伝統的調理に活きる生活の知恵ー  8-1 古代の日本人は何を食べていたのか
 (1)先史時代の遺跡からわかること
 (2)仏教によって魚食文化が確立した
 (3)文明開化で肉食解禁
 8-2 奈良の都の魚料理
 8-3 中国から伝わった宴会料理 ー平安時代ー
  コラムー大餐の献立のユムシについて
 8-4 加工品の発達 ー鎌倉・室町時代
 (1)“のし鮑” ー保存のための干物ー
 (2)調味料、生馴れ(生成れ)、すり身 ー調理法の発達ー
 8-5 早ずしー食い倒れは江戸のことだったー
  コラムーコイは大事な食べ物だった
  コラムー江戸料理の基礎を成した料亭「八百膳」
 8-6 脂好きの現代人ー世界中から魚が集まるー
 (1)輸入が頼りの魚介類
 (2)世界に認められた生魚の食文化



この書籍の解説

和食、お好きですか?お好きな方、その中でも魚料理はどうですか?お刺身?焼き魚?それとも煮魚派でしょうか?逆に、「家では精々切り身を焼くくらい」「子供が魚を好きじゃなくて」等の理由で、魚料理から少し遠ざかっているご家庭もあるかもしれませんね。私(担当M)は、魚は和食より、総菜のフライでお目にかかることの方が多いくらいです。
和食は、ユネスコの無形文化遺産に登録されています。海に囲まれた日本の伝統的食卓で大きな役割を果たしてきたのは、なんといっても魚です。和食が評価されたということは、日本の魚食文化が注目されたということに他なりません。ものの食べ方というのは、その土地の文化だけではなく、人々の体を作り上げるものです。日本人の健康長寿蛍光にも、この食習慣が影響してきたことは間違いありません。
しかし、和食の魚料理は「体にいいから」食べられてきたというわけでもありません。手に入りやすいものを料理して食べる中で様々な調理法が生まれ、「おいしい」と多くの人が感じるものが、料理として残ってきたのではないでしょうか。それでは、どんな魚料理がおいしいの?こういったことを、科学的に知ることはできるのでしょうか。
今回ご紹介する『和食の魚料理のおいしさを探る』では、和食の魚料理の様々な調理法別に、その特徴とおいしさの謎に迫ります。おなじみの刺身や焼き魚から、魚の漬物や内臓料理まで、様々な魚グルメのおいしさを解き明かし、伝統的調理法の強みを改めて見直していきます。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『和食の魚料理のおいしさを探るー科学で見る伝統的調理法ー』はこんな方におすすめ!

  • 魚料理が好きな人
  • 飲食業に関わる方
  • 水産加工関係の方

『和食の魚料理のおいしさを探るー科学で見る伝統的調理法ー』から抜粋して3つご紹介

『和食の魚料理のおいしさを探る』から抜粋していくつかご紹介します。和食が世界から注目を浴びる理由には、伝統的な魚食文化が大きく寄与しています。日本の食卓に伝えられてきた昔からの知恵を、魚の調理法別に紹介し、そのおいしさを科学的に解明します。

魚の「旬」と調理法

(1)脂がのった「旬」の魚 魚は旬のときが最もおいしいとされています。一般に旬は産卵期の前で、魚の体内に脂質が多く蓄えられる時期をいいます。また、多く漁獲されて市場に出回る時期も旬と呼ばれます。
しかし、すべての魚が旬の時期にだけ漁獲されて食卓に上るわけではありませんし、脂質の多さがおいしさを決めるわけでもありません。イワシやマアジなどのように1年中食べる魚もあり、白身魚のように脂質が少なくてもおいしい魚があります。魚の脂質含量は魚の部位によっても異なり、天然魚と養殖魚では、一般に養殖魚の方が年間を通じて油脂含量が多くなっています。

(2) 脂質含量で変わる調理法 魚の脂質含量によって、調理法には違いがあるのでしょうか。魚の肉が含む脂質が、①少ない(4%以下)②中くらい(4%~8%未満)、③多い(8%以上)に分け、それぞれの脂質区分別に「生食」「煮る」「焼く」「揚げる」で調理された割合を調べてみました。全体で最も多かったのは「焼く」で、次に「煮る」「生食」の順となり、「揚げる」は少なくなっていました。
① 脂質の少ない魚は白身魚が多く、赤身魚はカツオだけでした。調理法は生食・各加熱調理がまんべんなく用いられていますが、揚げ物の割合が若干高くなっています。
② 脂質が中くらいの魚は生食の割合が3区分の中で最も多く、焼き魚も多くなっています。
③ 脂質が多い魚は青魚やブリ類、ウナギ、ホンマグロなどです。焼き物と生食が多くなっています。
少なくとも生食に関しては、調理法と脂質との関係は一概には言えないようです。脂質はテクスチャーに影響しますが、味には影響が少ないのではないかと考えられます。

(3)焼くべきか、煮るべきか 魚の脂質は、焼き魚にする際肉の内部から溶け出して表面を覆い、乾燥を防ぐ作用があります。脂質が多い腹肉と少な目の背肉のそれぞれの部位を加熱し、肉の硬さを調べてみました。
脂質の多いサンマやウナギとブリの腹肉は、焼いても煮ても硬さに大きな違いはありませんでした。このような場合は、焼くことで香ばしさを発生させた方がおいしいと感じられます。焼くことによって溶け出た油によって香ばしさが生まれ、それが表面から筋線維の間に浸み込むことで味が良くなります。
一方、脂質のそれほど多くないサケとブリの背肉は焼くと硬くなり、煮たものとの差が大きくなります。したがって脂質の少ない魚をおいしく調理するには、肉が硬くならない煮魚や蒸し魚が向いていることになるでしょう。

しかし実際には、脂質が少なくてもおいしい焼き魚料理はたくさんあります。奉書焼きやパピヨットといった包み焼きは、水分や香りがとばないように工夫した料理です。バターやオリーブオイルを用いた焼き料理、溜まった油をかけながら加熱するオーブン焼きでは、油を補いながら調理することができます。
このように、経験的に魚のおいしさを追求してきた料理は、魚種による肉質、鮮度、季節など関係する様々な要素を踏まえたうえで、最も適した調理法を選択していることがわかります。新しい魚種には、それに適した新しい料理法が考案されていくことでしょう。

昔は「女房を質に入れても」などといわれた初鰹ですが、実は脂の乗り方からするといわゆる「旬」ではないのです。脂が乗っているのは秋の「戻り鰹」です。よく獲れる時期と脂の乗った時期が一致しない場合があるのは、このことからもよくわかります。
脂質の少ない魚が揚げ物でよく食べられるのは、白身魚のフライを思えば納得ですね。油で美味しさと香ばしさを補っているのです。

煮魚

(1)TPO で魚と調理法を選ぶ 煮魚は、醤油や味噌に酒やみりんなどを加えた汁の中で魚を加熱するだけでできる、簡単な料理です。皮のついた一尾の魚は冷たい煮汁に入れてもいいですが、切り身の場合は沸騰させた煮汁の中に入れる方がよいでしょう。うま味成分が抜け出してしまうのを防ぐため、身の表面を先に固めてしまうのです。
煮魚は、日常のお惣菜にも客膳料理にも用いられますが、日常には大衆魚の切り身、客膳用にはキンメダイなどの尾頭付きが好まれます。

(2)テクスチャーを変えておいしくする 煮魚は濃い煮汁の中で魚肉を加熱する調理です。魚肉の殺菌、味付けと同時にたんぱく質の熱変性によって、それぞれの魚のテクスチャーを変化させるのです。
① コラーゲンの変化
魚のコラーゲンは、熱収縮の温度が畜肉のコラーゲンよりもはるかに低温です。また、魚のコラーゲンは短時間の加熱で分解しやすく、煮汁の中ではゼラチンになって溶出します。

② 魚肉の硬さの変化
魚の調理は、一般的には加熱時間を短くします。長い時間加熱すると、うま味の少ないぱさぱさした食感になってしまうからです。
白身魚の肉は、加熱すると柔らかくほぐれやすくなります。逆にカツオやマグロなど赤身魚の肉は加熱すると硬く締まってきます。
また、中型の魚は一尾丸のまま煮ます。加熱で筋繊維は縮みますが、骨はほとんど縮まないので、筋線維束に切断が起こって柔らかく煮えるのです。

(3)臭みをとる ① 調味料でマスクする
煮魚では、調味料を効果的に用い、食べたときに魚臭を感じにくくします。赤身魚や鮮度がやや落ちた魚はにおいが強いので、調味料を濃い目にします。
醤油、味噌、みりんなどの発酵性調味料は、味付けと同時に独特の香気で魚臭を減らすのに役立ちます。多種類の醤油や酒の揮発成分が、魚からのにおいをマスクしているようです。

② 煮魚に砂糖は必需品
糖類の溶液はにおい成分を保持し、その揮発を抑制する性質を持っています。アミノ酸と糖を一緒に加熱すると発生する加熱香気成分が魚臭を抑える効果もあります。
また、煮魚に砂糖を加えることで、脂肪の濃厚な味とあいまって、魚料理のおいしさが生まれます。砂糖を多く加えると、魚肉からの脱水が起こり身が締まるので、煮くずれを防ぐことにも役立ちます。

③ 魚を洗う
魚肉を洗うことでにおいは少なくなりますが、同時にうま味成分もたんぱく質も流されるので、切り身の魚は洗わない方がよいでしょう。一尾のままで皮のついた魚は、洗って表面の細菌を除きます。塩をしてから熱湯をかけるのも効果的です。
魚臭は微生物の活動や魚肉の酵素などの作用によって発生するものが多いので、取り扱いや保存方法によってもにおいの程度は大きく変わります。えらと内臓を取ってから食酢を入れた水で魚を洗うと、細菌の繁殖が抑えられます。

(4)魚を形よく煮る 魚の皮は汁の中で加熱すると非常に軟らかくなり、破れやすくなります。これを防ぐために、最初から皮に切り込みをいれて加熱します。
また、魚肉は加熱すると崩れやすくなるので、魚を重ねて煮るときはあらかじめ素焼きや素揚げをして表面を硬くしてから煮ます。揚げ煮は、東南アジア各地で多く行われる方法です。

家でしなくなった魚料理は何かな、と考えると、まず煮魚が思い浮かびます。煮汁は沸騰させるのか冷たいままか、臭い消しには生姜かネギか梅干しか、切り身か丸ごとか、内臓の始末や煮汁がはねた鍋を洗うのが面倒だな、等、考えることが多いのです。煮魚の翌日にご飯の上に煮凝りと魚を一緒にのせて食べるのは幸せなのですが。

糠漬け

(1)北陸の名産品 古くは日本全国に魚を糠に漬けて保存する方法がありましたが、現在でも残っているのは北陸の「こんかいわし」「へしこさば」「フグの糠漬け」などです。強いうま味を持ちますが非常に塩辛く、発酵臭も強いのが特徴です。薄く切って酒に浸したり、焼いてほぐしたりして食べます。
① こんかいわし(イワシの糠漬け)
こんかいわしは、北前船の船内食でもありました。貝鍋などの調味料やだしの素としても使われます。加工を関東で行おうとしても上手くいかず、北陸の気候が糠漬けに適していることがわかりました。

② へしこさば(サバの糠漬け)
へしこさばには乳酸、コハク酸、遊離アミノ酸やペプチド類ができていて、それがうま味に関連しています。酸っぱい臭いが強いのは、乳酸その他の酸を生成しているからといわれています。

③ フグの卵巣の糠漬け
フグの卵巣には猛毒のテトロドトキシンがありますが、塩漬けを経て2年間糠漬けにしたフグの卵巣は、毒が非常に減少しており、食べられるようになります。しかし、その仕組みは未だ解明されていません。

(2)うま味を作る麹と糠 イワシのぬか漬けは春になると作られます。頭と内臓を取り除き、塩(魚重量の25〜30%)を加え重しをして1週間くらいおくと、汁が上に出てきます。イワシと汁を分け、イワシの20%程度の糠と4~5%の米麹を混ぜてイワシと交互に木樽に詰め、そこに先に出てきた汁を加えて6か月間室に保存します。夏を越し、9月頃に漬け上がりです。
塩漬けで脱水されたイワシを糠と麹で漬けると、イワシのたんぱく質の一部がアミノ酸にまで分解されるので、うま味と発酵臭が強くなるのです。保存中にはグルタミン酸、アスパラギン酸、リシンなどが増加していきます。うま味に関連する成分としては、遊離アミノ酸とともに乳酸、ペプチドなどが生成されています。うま味を作っているのは、麹に存在する酵素と糠の中の酵素です。

(3) 肉質がもろくなる 塩漬け後のイワシは非常に硬いのですが、これを糠に半年間漬けておくと魚の硬さが徐々に低下してきます。肉のたんぱく質が分解して、肉質が砕けやすくなり、焼くとぼろぼろ崩れるようになります。糠漬けを終えたイワシの筋線維束の一部には、線維が消えて互いに融合しているようなところもあります。これらがテクスチャーの変化に関連しているのでしょう。

北陸で幼少期を過ごしたので、こんかいわしやサバのへしこはスーパーに普通に売られているお馴染みのおかずでした。とにかく塩辛いので、5センチ四方もあればお茶漬けでご飯が2杯くらい食べられます。フグの身や卵巣の糠漬けはお酒の方が合うので、大人たちが炙ってつまみにしていました。しかし、ぬか漬けにすると毒が抜けて食べられるということを、昔の人はどんなきっかけで知ったのでしょうか。

『和食の魚料理のおいしさを探るー科学で見る伝統的調理法ー』内容紹介まとめ

海洋国日本の魚食文化が、超高齢化時代を迎えて見直されつつあります。先人の知恵が受け継がれている様々な調理法を分析することで、その優れた点を明らかにしようと試みます。調理によって魚がどのように「おいしくなる」のか、科学の目で迫りました。

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