私たちの足元を流れる水が「見えて」くる! 【Section3:地下水・湧水の利用と保全】

  • 2021.03.07 

『地下水・湧水の疑問50』、前回は地下水利用のひとつ、「井戸」について解説しました。井戸から地下水を汲み上げて生活や産業に利用する他に、地下水はどのような形で使われているのでしょうか。また、私たちが地下水を利用するにあたって、気になるのはその味や安全性を含めた性質です。利用者目線で見たとき、地下水にはどんな特徴があるのでしょう。権利を持っているのは誰で、利用に必要な手続きはどんなもの?地下水を守るためにできることは何?今回は、地下水を「使う側」からの疑問にお答えしていきます。

【地下水利用の現状】

日本において地下水は、生活用水、工業用水、農業用水、養魚用水、都市蓄熱用や湧水公園などの環境用水として利用されています。このうち生活・工業・農業用水が地下水利用の約85%を占めていますが、日本では河川等の地表水利用が盛んなため、地下水依存率は生活用水では約21%、工業用水約27%、農業用水では約5%です。

地下水の特徴として、①地層によるろ過作用により水質が良好、②豪雨や無降雨の影響が急激には現れず、量が安定している、③水温が年間を通してほぼ一定、ということが挙げられます。これらの特徴を活かし、農業の例では、極めて限られた生育条件でしか育たないわさびの栽培等に利用されています。

また、地下水が水道の水源となっている割合は約19%ですが、水質が良好な地下水は水処理のプロセスが少なく済むことから、地下水を水源とする自治体の水道料金は相対的に安い傾向にあります。

【地下水の水質:安全?おいしい?夏に冷たく冬に温かい?】

地下水や湧水は、不飽和帯(砂や礫の隙間を地下水が満たしきっていない層。地下水面より上の層)を浸透し、帯水層を流れる間にろ過されるので、不純物や病原性の細菌などは取り除かれた状態です。このことから、地下水や湧水は飲み水として古くから利用されてきました。

しかし、周辺で発生した有害物質が浸透する場合や、自然状態の岩石や土壌から重金属等が溶け出している場合は、そのまま飲むことはできません。利用の際は、飲用に適した水質であるか確認するとともに、定期的な水質チェックを行うことが必要です。

また、自然環境中にヘリコバクター・ピロリ菌が普遍的に存在している可能性が示唆されており、井戸水中にも存在が確認された事例があります。水道水として利用する際には塩素消毒が施されるので安全ですが、地下水を飲む場合は煮沸してから飲むことで不活性化でき、感染を避けられます。

水のおいしさを表すことはなかなか困難ですが、地下水も採取地によって成分の違いがあり、それが味の違いとなって現れます。水のおいしさには、含まれるミネラルの量も関係していますが、複数あるミネラルの中でも特に大きく味に影響しているのは、カルシウムとマグネシウムです。これらの濃度と味との関係を示すのによく使われているのが硬度です。WHOの定義では、硬度(mg/l)が0~60未満は軟水、60~120未満は中程度の軟水、120~180未満は硬水、180以上は非常な硬水とされています。イギリス・フランス等石灰岩が多く分布している地域の地下水は硬く、地下水の滞留時間の短い日本の地下水は軟らかい傾向があります。

地下水は夏に冷たく冬に温かいと言われますが、実際には地下水の温度はほぼ一定です。地下水の温度は周辺の地層の温度と同じですが、地下の温度は年間を通じてほぼ一定であり、その場所の年間平均気温と同程度です。つまり地下水は、外気と比較して相対的に、夏に冷たく冬に温かいのです。

なぜ地下の温度は一定なのかというと、地層の性質に関係があります。熱伝導率(熱の伝わりやすさ)が極めて低く極端に熱を伝えにくいことと、温まりにくく冷めにくい(温度変化がしにくい)ことです。これらの性質により、地下の温度は地表の気温にあまり影響を受けないのです。

地下数百m、数千mにおいては地下の温度は段々と上がりますし、地下水が流れている流出層では熱エネルギーの移動が起こるため、同じ深度でも帯水層より地下水の温度が相対的に高く出ます。地下温度の測定は、地下水の流れを知る手がかりにもなるのです。

【地下水を使った冷暖房】

地下水の温度が年間を通してほぼ一定であることを利用して、建物の冷暖房を行うシステムを「地中熱利用システム」といいます。Q&Aをご紹介します。

Q:地下水を使って冷房や暖房をするってどういうことですか?

A:地下の温度は、外気温より夏は低く冬は高くなっています。この温度差を利用するとで、通常のエアコンより少ない消費電力で冷暖房を行うことができるのです。地下からの熱を得る方法は、大きく分けて2つあります。

・クローズド・ループ:地下に熱交換用パイプを埋める
・オープン・ループ:汲み上げた地下水を直接使って熱交換を行う

年間平均気温程度の温度で室内の冷暖房ができるほどの温度差を生むカギは、ヒートポンプです。ヒートポンプは、非常に低い温度でも蒸発する冷媒を圧縮・膨張させることで高熱を発生させます。一般的なエアコンでは室外機で外気と熱の交換を行っていますが、地中熱利用システムの場合、この熱交換器の役割を果たすのが地下水なのです。

暖房を考えた場合、普通のエアコンは例えば約3℃の冬の外気を取り込み、ヒートポンプで熱を作り出しますが、地中熱利用システムの場合、約17℃程度の地下から熱を集め、室内を温める熱を作り出します。この最初の温度差が、省エネ効果となって現れるわけです。

【地下のダム?】

地下にダムを設けている地域があります。降水量が少ない、降った雨がすぐ土壌に吸収されてしまう等の理由で、河川や湖沼などの地表水を容易には得られない場所では、地下水が貴重な水資源となります。しかし、その地下水も降水量が不安定では安定した利用が望めません。この問題の解決策の一つが、地下にダムを設けて地下水を貯める「地下ダム」です。実は日本にもあるんですよ。Q&Aを取り上げてみましょう。

Q:地下にダムを造って地下水を貯めているって本当ですか?

A:地下ダムは、水中に水を通さない垂直な壁を作り、地下水の流れをせき止めて帯水層に地下水を貯めるものです。似たような施設として、止水壁を作って川をせき止め、上流に土砂を堆積させ、その中に地下水を貯める「堆沙ダム」もあります。これらの考えは古くから存在しましたが、近年では土木技術の発達もあり、比較的大規模な地下ダムが日本、中国、韓国などで建設されています。日本では、沖縄県及び鹿児島県の南西諸島において、大規模な農業用地下ダムが建設されています。

【地下水は誰のもの?どうやったら使えるの?】

地下水が誰のものかについては、昔から二つの考え方があります。

・私水論:自分の所有する土地の地下にあるものは自分のもの
・公水論:地下水は流動していて、一個人の土地の下に留まってはいないので、皆の共有物

私水論は明治時代に作られた民法を根拠とするものですが、1966年頃の判例を見ると、ある土地での井戸水利用が周囲に影響を及ぼすことを鑑みた判決が出ています。地下水は「流動する」「共同資源」であることが法的に認められ、同一の帯水層中の地下水を利用する場合は「利益・損益の公平かつ妥当な配分」が求められるようになったのです。

地下水の解釈についてはこれまでも私水論と公水論の二つの立場から判決が出されていて、地下水が誰のものかは法的に明確になってはいませんが、一般的に地下水は土地所有者のものと解釈されています。

しかし、2014年に水循環基本法が成立し、水循環の健全化に向けての法整備が行われました。これによって、地下水も流域全体の水循環の健全な維持保全の観点から、より公共性を考慮した地下水利用が求められていくでしょう。

水道が整備されていない時代には、川や水路などの水が水利権などで利用に制限がある場合にも、家庭の井戸は自由に利用できました。その頃の井戸水は浅井戸での利用が中心でしたが、深井戸が作れるようになった現在でも、地下水規制のない地域では地下水は私的な生活用水として比較的自由に利用されています。

しかし、地下水利用量の増加に伴い、地盤沈下、塩水化等の問題が深刻になってきています。このような地域では代替水源確保や採取規制などによって対策を行っています。地下水の自由な利用によって生じた地下水障害は広域の環境に継続して影響を及ぼすので、利用においては常に水循環全体を視野に入れる必要があるのです。

地下水・湧水の利用には、関連するいろいろな法制度があり、行政手続きが必要になることがあります。井戸を設置する場合も、用途・使用等を考慮し、各工程で関わる業者との綿密な打ち合わせが重要です。最初に行政機関に相談し、関係する法律、地域の条例等を確認しましょう。各種手続きを経て正規の許可を得てから利用を開始することが、トラブル回避に役立ちます。

【地下水や湧水を守るためにできること】

水道が普及した現在、家庭では井戸を使う機会が減りました。私たちが地下水の状態がどうなっているか知ることは。意識しないと難しくなっています。

地下水や湧水を守るためには、必要以上に汲み上げすぎないことに加え、地下水を育むことが必要です。地下水を育むためには、地下に水を浸透させる必要があります。これを地下水涵養と呼びます。代表的な二つの取り組みを紹介します。

・水田を利用した地下水涵養:水田に水を溜め、地下にゆっくりと水を浸透させる。主に農村地帯
・雨水浸透による地下水涵養:水を通しやすい舗装や緑地帯を利用する、浸透ますや浸透側溝を使って、屋根や地面に降った雨を集め直接地下に浸透させる。主に都市部

清廉で豊富な地下水を守るためには、節水だけでなく各地域に合った地下水涵養の取り組みを行うことが重要です。

今回は、利用する面から見た地下水・湧水についてお話しました。次回はぐっと視点を変えて、私たちの文化に地下水や湧水がどのように関わってきたかを探っていきます。旅行先の美しい湧き水、神秘的な沼、祀られた井戸……ミステリアスな水源にまつわる言い伝えを知れば、かつてのその場所での生活の様子だけでなく、昔の人々の科学的視点も感じることができるかもしれません。