文明の物流史観


978-4-425-30431-8
著者名:黒田勝彦・小林ハッサル柔子 共著
ISBN:978-4-425-30431-8
発行年月日:2021/6/28
サイズ/頁数:A5判 272頁
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人類はいかにして輸送を発展させ、それが文明とどのように関わり合ってきたのかを、古今東西、壮大なスケールで論じたものである。なぜ文明の成立条件に「交易」が必須なのか、なぜ人類は「移動」するようになったのか、といった根本から説き起こし、10次にわたる「輸送革命」について解説。さらに、これまでの人類の歩んだ足跡を踏まえたうえで、物流の未来も展望。

【まえがき】 現代に生きる世代の誰しもが「物流」が遮断されたときの混乱を経験している。直近では現在(2020年)でもそうだが、医療用マスクはもちろん、一般用マスクも急速な需要増加にもかかわらず、海外(これら繊維製品はほとんど、中国、ベトナム、カンボジアなどに製造工場が集中している)からのこれら製品の供給が途絶えた。COVID―19によって調達・製造・供給の一連の流れを支える国際物流が遮断された結果引き起こされた。また、日常雑貨ではなかったが、2011年3月11日に発生した東日本大震災により東北で生産している自動車部品工場が被災し、部品の供給が遮断され、日本車の内外製造工場への部品供給が途絶え、大きな経済ダメージを受けた。さらに、同年の夏にはタイで大洪水が発生し、外資企業が集積しているバンコク周辺が水害を受け、電子部品や自動車部品の流通が遮断され、国際的に電子機器や自動車生産がストップして大混乱となった。また、供給地の災害ではなく、物流施設の破壊が招いた大混乱の例として、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災を挙げることができる。この震災では海外との貿易の窓口である神戸港が壊滅し、あらゆる食料・工業製品の物流がストップし、被災地周辺での食料や医療品の不足はもとより、日本の東西の物流経路が遮断され、日本全体に大きな経済混乱をもたらした。ICTの発達した現在に生きる私たちは、パソコンのクリック一つで、世界中の商品を購入できる。これもグローバリゼーションの一側面ではあるが、その裏にはわれわれが意識していない「国際物流システム」の存在がある。物流システムの発展はなにも現代社会にとどまるものではなく、遥かに以前からあったはずなのである。
どのような社会においても、完全に自給自足して生活をするということはあり得ない。人々は商品を交換しなければ生きていけない。人類の歴史が始まった石器時代においてすら、石器材料そのものが交換によって入手された。当初の物流範囲はかなり狭かったものの、その範囲が徐々に広がり、世界の物流が今日のように一体化していった。したがって、グローバリゼーションの歴史、言い換えれば文明の歴史の研究は、とりもなおさず、物流の歴史的発展過程の研究と言い換えることができよう。
しかしながら、これまでの歴史研究は、人類が開発した商品に焦点が絞られ、それらの移動(物流)についてはあまり注目されてこなかった。
われわれが本書を執筆しようとした動機は、もともと「人類が、なぜアフリカの東海岸のジャングルで突然変異を起こしサルから原人や新人が生まれたのか、なぜアフリカを出なければならなかったのか、現代に至るまでどのようにして生き延びて文明を作り上げてきたのか」という疑問から出発している。この疑問を追求する過程で、集団と集団とのモノの交換(交易)が重要な役割を演じているのではないか、ということに気づいた。交易は、それを可能ならしめるための輸送手段の開発が不可欠である。それでは、人類だけがなぜ、それを可能ならしめたのであろうか?地球上の生命は、環境の激変とそれへの対応によって「進化」(進歩ではない)してきた。人類は、他の動物と違い強力な肉体に進化する方向ではなく、「考える知力の進化(頭蓋骨容量の増加)」の方へ向かった。すべての生命体は、環境の変化に適応しながら生きながらえる知恵をつけて進化するのである。
本書は人類が築いた文明の歴史的展開の中で「交易(モノの移動)」がどのように位置づけられるかを考察したものである。すなわち本書の目的は、これまであまり取り上げてこられなかった文明の誕生と盛衰の歴史が交易要素によっていかなる経緯をたどったかを概観するものである。
著者の黒田と小林は私的な研究会で、互いの研究成果を発表し合い議論を戦わせてきた。黒田は国際物流や人流を支えるインフラである港湾や空港に関する研究成果を、小林はアジアを中心に人類の移動の動機や移動先での文化融合、移動の障壁などを中心とする国際文化を主テーマとした研究成果を発表してきた。そのような経緯の中で、特に近年世界に存在感を示しつつある中国が「一帯一路」政策を発表したとき、最初に思い出したのが古代のシルクロードであった。また、史学分野では中国をはじめ東南アジア諸国の著しい経済発展を目の当たりにして、これまでの「世界史」を見直す機運が高まっている。古代オリエント〜古代ギリシャ・ローマ~中世ヨーロッパ~大航海時代~産業革命を達成した近代ヨーロッパ~近代西洋文明といった流れが「世界史」とされていた世界の歴史は、西洋中心史観、キリスト教中心史観で描かれた歴史で偏った世界史叙述である、といった批判が相次ぎ世界史や文明史の見直しが始まっている。一方で、2013年から中国習近平政府が推進している巨大経済圏構想「一帯一路」では、アジアとヨーロッパを陸路および海上航路でつなぐ物流ルートを構築し、貿易を活発化させようとする動きもある中で、再度、シルクロードの文明に果たした役割を考える必要も生じているのではないだろうか。また、最近のグローバル貿易と物流を勘案して、物流や交易を文明の中に位置づける必要性を強く感じていた。そのことが本書を執筆する動機でもある。もとより、著者たちは直接には「物流の歴史」を専門にしているわけではないため、歴史的事実の解釈や資料による客観性など十分でないことは重々承知している。したがって多くの曲解や間違いもあろうと思うが、読者からの叱責は甘受したい。
交易を文明の中に位置づけようとするとどうしても文明の定義や解釈について先達の知見をフォローしておく必要があった。それに関してもすべての文献や書籍に当たることは筆者たちにとって荷が重すぎるので、必然、主要な書籍に当たって参考にさせていただいたに止まっている。
そのような次第で、最初に、第Ⅰ章では文明の定義とこれまでに提唱されている主な文明史観を概観する。文明史観そのものを論じても本書の最終目的にはあまり益はないが、ここで筆者の立ち位置を明らかにするために、筆者なりの文明成立主要件を抽出しておきたい。結論を先にいえば、文明の成り立ち発展を支える要素は、1.統治組織、2.文字、3.大規模定住人口、4.交易、5.インフラ、であるとの結論に達した。これらの内容については後述する。
次いで、文明の誕生とその歴史展開を知るには、人類とはそもそもどのような存在かを知っておく必要がある。そのために第Ⅱ章で地球の誕生からホモ・サピエンスがどこでいつ頃誕生し、なぜ出アフリカを果たして世界に拡散したかを概述する。さらに第Ⅲ章では、世界に拡散していったホモ・サピエンスが四大文明をその場所で発生させた理由を解き明かし、それらに交易がいかなる役割を果たしてきたかを論じたい。第Ⅳ章では、文明と都市と交易の関係について解説する。次いで第Ⅴ章で文明と交易の歴史展開について詳述する。文明と交易の歴史的展開を論じるには、その歴史的、空間的視点区分をどのように捉えるかがきわめて重要であるが、ここでは筆者たちの考えを展開したい。この視点についても多くの叱責があるかもしれない。これも甘受したい。最後に第Ⅵ章では、二一世紀におけるヒトとモノの移動が人類の未来にどのような意味を持ってくるかを考察した。
現代社会は、政治・経済・宗教を含め混沌とした「カオス」ともいえる状態にある。私たちは、20年先、いや、10年先の世界とて確実には見通せない時代に生きている。このようなときは、人類が過去にたどってきた歴史を振り返り、文明を構成する要素がどのような展開を見せてきたかを知り、そこから何らかの法則を見出して、未来への不安を少しでも和らげるために、現在、何をすべきかを知ることが大切である。本書が港湾政策や物流政策に携わる方々だけでなく若い人たちにも、二一世紀に展開する未来をどう捉えるかの示唆を少しでも提示できれば最大の喜びとするところである。

2021年5月
黒田勝彦    
小林ハッサル柔子

【目次】
Ⅰ 文明の定義と文明史観

Ⅱ 地球と人類の誕生

Ⅲ 人類の出アフリカと文明発生の条件
(1)人類はなぜアフリカを離れたか?
(2)ミランコヴィッチサイクルと気候変動
(3)文明発生地の地理的特性と比較優位性
(4)定住農耕の開始(新石器革命)

Ⅳ 都市と商人の誕生 (1)交易の定義と形態
(2)都市と商人の誕生
(3)都市と市場の誕生

Ⅴ 交易の歴史的変遷と文明 5.1 交易史の時代区分と視点
5.2 第1次輸送革命:丸木船の発明
5.3 第2次輸送革命:車輪の発明とロバの家畜化
5.4 第3次輸送革命:木造帆船と騎馬の発明
(1)古代エジプトの帆船
(2)クレタの帆船と地中海交易
(3)騎馬の発明
(4)オリエントとインダスの交易
5.5 第4次輸送革命:チャリオットの発明とロバの隊商
(1)チャリオットの誕生
(2)オリエント交易圏の拡大と黄河文明交易圏の誕生
(3)ロバの隊商
5.6 第5次輸送革命:遊牧騎馬民族とラクダの隊商の発生
(1)騎馬遊牧民の誕生
(2)ラクダ隊商の始まり
(3)フェニキアの交易
(4)帝国の出現と交易
(5)カルタゴの繁栄と交易
5.7 第6次輸送革命:シルクロードの夜明けとインド洋航路の発見
(1)シルクロードの夜明け―インドの役割―
(2)東西におけるインフラの整備
5.8 第7次輸送革命:ジャンク船の登場と海陸シルクロードの完成
(1)陸のシルクロードの世界
(2)海のシルクロード―ムスリム商人の活躍―
(3)シルクロード最果ての国・日本
(4)ハンザ同盟と広域貿易
(5)ユーラシア循環交易路の完成―モンゴル帝国の誕生―
5.9 第8次輸送革命:キャラベル船の開発と大航海時代
(1)明の朝貢貿易と鄭和の大遠征
(2)大航海時代とグローバル・ネットワークの完成
(3)東方貿易の覇権争いと物流の変化
5.10第9次輸送革命:動力輸送機関の登場と産業革命
(1)イギリスの重商主義と物流の変化
(2)動力革命と物流革命
(3)スエズ運河の開通
5.11第10次輸送革命:コンテナの発明
(1)コンテナの発明と物流革命
(2)グローバル・サプライ・チェーンを可能にしたコンテナ輸送

Ⅵ 二一世紀のヒトとモノの移動と文明 6.1 文明と交易(人類の歩んだ足跡)
(1)交易が生んだ都市文明
(2)輸送革命と交易
6.2 ヒトの移動と文明
6.3 グローバル交易と文明
6.4 二一世紀のAI文明と物流
(1)歴史のトレンド
(2)AI社会とは?
(3)AI社会と交易

【著者紹介】 黒田 勝彦(くろだ かつひこ) 1942年生。京都大学工学部・同大学院修士課程土木工学専攻修了、
京都大学論工博、同大助手・講師・助教授を経て1992年熊本大学工学部建設工学科教授
1994年神戸大学工学部建設学科教授、現在:神戸大学名誉教授
国土交通省交通政策審議会港湾分科会会長、神戸港・舞鶴港・兵庫県・大阪府・和歌山県港湾審議会会長など歴任
国土交通省交通文化賞、日本航海学会論文賞、日本沿岸域学会功労賞、その他多数受賞
著書:土木工学概論(共著:共立出版)、激動するアジアの物流(編著:技報堂出版)、日本の港湾政策(編著:
成山堂書店、住田海事奨励賞)その他多数

小林ハッサル柔子(こばやし はっさる やすこ) 1970年生。オーストラリア国立大学(アジア研究)博士、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院修士、
東京女子大学修士、東京大学大学院文化研究科専攻博士課程単位取得満期退学。
シンガポール国立大学、オーストラリア国立大学、オーストラリア連邦政府産業革新科学技術省等の海外勤務を経て、
2016年に大阪大学大学院文学研究科に勤務し、2019年より立命館大学グローバル教養学部准教授(任期付)として勤務。
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