運輸部門の気候変動対策ーゼロエミッション化に向けて


978-4-425-92971-9
著者名:室町 泰徳 編著
ISBN:978-4-425-92971-9
発行年月日:2020/12/28
サイズ/頁数:A5判 232頁
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価格¥3,520円(税込)
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温室効果ガスco2の20%近くを自動車・鉄道・船舶・航空機などの運輸部門が排出している。本書では、その85%強を排出する自動車の気候変動対策について、フランスやノルウェーのEV普及促進政策のレヴュー、日本のハイブリッド車・EVの普及や将来性とco2削減の現状など検証するとともに、公共交通や居住地環境、ライフスタイルの変化と自動車利用との関係などを分析する。

【はじめに】 日本は2015年に国連に提出した国が決定する貢献の中で、2050年までに温室効果ガス排出量を80%以上削減することを明示している。日本が2016年にパリ協定を批准したことにより、このことは国際的な約束となっている。温室効果ガス、中でも、排出量において90%以上を占めるCO2は、エネルギー部門や産業部門などいくつかの主要な部門から排出されている。その中のひとつにCO2排出量の約18%を占める運輸部門があり、運輸部門はさらに、CO2を排出する自動車、鉄道、船舶、航空機の交通機関にわかれている。CO2排出量に占める各交通機関の割合は、約86%、4%、5%、5%である。こういった背景から、本書では「運輸部門」の気候変動対策の検討を行うものの、ほとんどの章は自動車からのCO2排出量を直接、間接の対象としており、航空機や船舶を対象とした章は含まれていない。航空機からのCO2排出量も1999年のIPCC特別報告書『航空機と地球大気』以来、大きな課題のひとつとして認識されており、機会を改めて検討の対象に加えたい。
本書は、全13章からなる。第1~3章は、運輸部門における気候変動対策の概論となっている。第1章は、「運輸部門のゼロエミッション化とパリ協定」と題し、2015年12月に合意されたパリ協定の内容を簡単にレビューし、日本をはじめ条約締約国の運輸部門に課された目標について考察している。また、一部の国・地域ではガソリン乗用車とディーゼル乗用車の新規販売を2040 年前後から禁止する方針が発表されており、関連して、フランス、ノルウェーにおける電気自動車促進政策のレビューを行っている。最後に、運輸部門が21世紀を通じてドラスティックに変化する可能性が高い部門であることを指摘しつつ、日本の運輸部門の気候変動対策の現状を検討している。第2章は「気候変動の影響と運輸部門における適応策」として、まず、気候変動に関する緩和策と適応策、レジリエンスと脆弱性に関する議論を行っている。次に、海外における運輸部門の適応策の例として、米国と英国政府による適応計画をレビューし、主な内容を整理している。最後に、日本の適応策の現状を示し、その課題を検討している。第3 章は「乗用車と貨物車の地域別CO2排出量変動要因」と題し、日本の乗用車と貨物車のCO2排出量の変動を完全要因分析法により分析している。まず、交絡項を要因の変動量に応じて帰属、配分させる新しい分析法を提唱したうえで、1990 年度から2008年度の全国と地域別のCO2排出量の変動を分析し、主な変動要因を特定している。そして、乗用車のCO2排出量が2001年度以降減少傾向にある主な要因、および、貨物車のCO2排出量が1996年度以降減少傾向にある主な要因について明らかにしている。第4~6章は、電気自動車促進策に関する検討である。第4 章は「電気自動車によるCO2削減のための電源構成」で、電気自動車(EV)がCO2削減に効果を発揮するための電源構成について検討している。東日本大震災以降、日本の電源構成は大きく変化しており、今後どのように電源構成を再構築していくかは、運輸部門における気候変動対策に大きな影響を与える。本章では、日本における2050年までの電源構成の見通しを与えるとともに、その電源構成の変化が運輸部門の気候変動対策、特に電気自動車促進策にどのように影響するかに関して議論している。第5章は「電気自動車の道路走行特性の把握可能性」と題し、電気消費量推計式に基づいて、道路走行条件を把握するプローブカーとして電気自動車を用いることの可能性について検討している。構築したモデルにより、電気消費量を高い精度で推計できることを確認し、それを東名・新東名高速道路に適用することで、それぞれの走行特性の相違を示している。第6 章は、「ハイブリッド車のCO2 排出量削減効果」に関する分析結果を示している。2010~2013 年度における、ハイブリッド車の実走行燃費とカタログ燃費間の地域別ギャップ、およびハイブリッド車利用による地域別直接リバウンド効果の推計を行っている。
第7~10章は、土地利用と公共交通の連携を想定した自動車からのCO2排出量削減策の検討である。第7章は「乗用車起因のCO2排出量とメッシュ人口との関係」と題し、道路交通センサスOD調査データを用いて、地域別乗用車CO2排出量を推計している。また、乗用車保有率、トリップ頻度、トリップ長といった要因とあわせて1980年から2010年までの7時点の動向を詳細に検討している。第8章は「車利用に対する都市環境・個人要因のマルチレベル分析」であり、主に車利用と都市環境要因のひとつ、人口密度との関係を議論している。そして、複数の地区における車利用、都市環境要因、個人要因の関係をマルチレベルモデルを用いて検討している。第9 章は「鉄道整備の人口密度と車利用への影響」と題し、鉄道整備が人口密度と車利用に与える影響を検討している。日本の国勢調査データと鉄道施設空間データを用いて、鉄道駅の整備前後における人口密度や交通行動の変化を分析し、鉄道整備がそれらに及ぼす影響について明らかにしている。第10章は「居住地誘導による東京都市圏の職住近接化」であり、長期的な土地利用計画に関する課題のひとつとして、東京都市圏における過剰通勤交通の実態を分析的に明らかにしている。さらに、これを緩和するための居住地誘導のあり方の検討を行っている。第11~13章は、ライフスタイルとCO2排出量の関係に関する検討である。
第11章は「東京とマニラのエコドライブ講習による燃費改善効果」である。エコドライブの実践は環境にやさしいライフスタイルの一面と考えられるが、これまでの適用はほぼ先進国に限定されてきた。本章では、エコドライブ講習の実施前後におけるマニラと東京のサンプルドライバーの実走行燃費改善効果を検討し、今後モータリゼーションが進展すると考えられる開発途上国のエコ
ドライブ導入効果を明らかにしている。第12章は、「食品流通におけるCO2排出量の推計ミナミマグロを例として」である。日本で消費されるマグロを例に取り上げ、主に海上輸送と航空輸送からなる流通経路と、それぞれの物流費用、およびCO2排出量を比較検討している。ライフスタイルは、人の交通のみならず物の交通にも影響を与え、CO2 排出量と深く関係していることを示す数多くの例のひとつである。第13 章は「通学交通手段利用履歴と車購入に対する意識」で、近年一部の先進国に見られる若年層の車離れについて議論した後、大学学部学生に対する免許保有と車保有に対する意識に関するアンケート調査データを分析し、過去の通学交通手段利用が車購入に対する意識に与える影響を議論している。車利用などのライフスタイルの形成は、小中高の通学交通手段利用から始まっているという想定である。
本書は公益社団法人日本交通政策研究会の「運輸部門における気候変動策等に関する研究会」(2006年~現在、自称CO2研究会)による研究成果の一部をまとめたものである。ガソリン乗用車のエネルギー消費量に関する価格および所得弾力性値の推計など、紙面の都合により本書に収めることができなかった成果も少なくない。興味のある読者は日本交通政策研究会研究報告書をご参照いただければ幸いである。CO2 研究会は、メンバーの研究を進展させるうえで、自動車工業会様からの多大なるご支援と貴重なご示唆をいただいている。
また、太田勝敏先生(東京大学名誉教授)、杉山雅洋先生(早稲田大学名誉教授)、香川勉氏(交通評論家)、谷口正明氏(元一般財団法人省エネルギーセンター)をはじめ多くの専門家にメンバーとしてご参画いただき、研究成果に関するご議論をいただいている。ここに改めて深く謝意を表します。そして、本書の執筆を強くご推薦いただいた日本交通政策研究会代表理事の原田昇先生(中央大学教授・東京大学名誉教授)にも深く謝意を表します。ただし、本書に収められた内容に関する責任は執筆者に帰属するものである。本書が運輸部門の気候変動対策を検討するうえで重要な示唆を与え、今後の対策推進に貴重な知見を与えるものであることを期待したい。

2020年11月
執筆者一同

【目次】
第1章 運輸部門のゼロエミッション化とパリ協定
 1.1 パリ協定と2℃目標
 1.2 温室効果ガス排出量と運輸部門の位置づけ
 1.3 運輸部門のゼロエミッション化の動向
 1.4 日本の運輸部門における温室効果ガス削減施策
 1.5 運輸部門のゼロエミッション化の課題

第2章 気候変動の影響と運輸部門における適応策  2.1 緩和策と適応策の関係
 2.2 海外における運輸部門の適応策
 2.3 日本における運輸部門の適応策
 2.4 適応策にみる研究課題

第3章 乗用車と貨物車の地域別CO2 排出量変動要因分析  3.1 CO2排出量の推移
 3.2 分析対象と範囲
 3.3 既往研究のレビュー
 3.4 完全要因分析法
 3.5 乗用車と貨物車のCO2排出量の変動要因
 3.6 CO2排出量と各変動要因の推移
 3.7 要因分析の結果
 3.8 結論と今後の課題

第4章 電気自動車によるCO2削減のための電源構成  4.1 EV・プラグインハイブリッド車(PHV)の動向
 4.2 分析手法
 4.3 試算条件と分析結果
 4.4 EVの可能性と課題

第5章 電気自動車の道路走行特性の把握可能性  5.1 EVの普及と走行特性
 5.2 EVの電気消費量推計式について
 5.3 東名・新東名高速道路における走行データの取得
 5.4 電気消費量の推計結果について
 5.5 電気消費量推計式の修正モデル推定と電費に関する考察
 5.6 おわりに
   Appendix 電気自動車の平均速度と電気消費量の関係
第6章 ハイブリッド車のCO2排出量削減効果  6.1 ハイブリッド車(HEV)導入によるCO2排出量削減の期待
 6.2 既往研究の概観
 6.3 分析範囲、データ、分析方法
 6.4 MLI法
 6.5 実走行、カタログ燃費間ギャップと直接リバウンド効果
 6.6 HEVに期待されるCO2排出量削減効果

第7章 乗用車起因のCO2排出量とメッシュ人口との関係  7.1 乗用車起因からのCO2排出
 7.2 OD調査データを用いた推計
 7.3 全国推計結果と自動車輸送統計年報等との比較
 7.4 地域区分別乗用車CO2排出量等の動向
 7.5 メッシュ人口規模別乗用車CO2排出量の動向
 7.6 動向を踏まえた削減効果の考察
 7.7 走行距離減少によるCO2削減効果

第8章  車利用に対する都市環境・個人要因のマルチレベル分析  8.1 マルチレベルモデル
 8.2 データの概要
 8.3 マルチレベルモデルを用いた推定結果
 8.4 通常の回帰モデルとの比較
 8.5 結論と今後の課題 Appendix車利用距離と都市圏人口密度の相互関係
第9章 鉄道整備の人口密度と車利用への影響  9.1 鉄道の整備が及ぼす影響
 9.2 データの概要
 9.3 2000年を対象としたクロスセクション分析
 9.4 1970~2000年を対象とした時系列分析
 9.5 鉄道整備による影響分析結果

第10章 居住地誘導による東京都市圏の職住近接化  10.1 職住近接と過剰通勤交通
 10.2 過剰通勤交通に関する既往研究
 10.3 本研究の概要
 10.4 職住近接に向けた将来施策
 10.5 過剰通勤交通の推計結果
 10.6 職住近接に向けた居住地誘導と今後の課題

第11章 東京とマニラのエコドライブ講習による燃費改善効果  11.1 既往研究のレビューと開発途上国における問題点
 11.2 調査方法
 11.3 燃費、エコドライブ講習の効果、ドライバーの特徴の関係
 11.4 実走行におけるエコドライブの評価
 11.5 エコドライブ講習の効果と今後の課題

第12章 食品流通におけるCO2 排出量の推計 - ミナミマグロを例として  12.1 Food LogisticsとCO2排出
 12.2 水産物輸入の実態
 12.3 マグロ流通の実態
 12.4 マグロ流通の環境負荷と輸送手段別総費用の考察
 12.5 「Food Logistics」の環境負荷影響分析の意義
 12.6 補足

第13章 通学交通手段利用履歴と車購入に対する意識  13.1 ピークトラベルの要因考察
 13.2 若年層の車離れに関する既往研究
 13.3 アンケート調査の概要
 13.4 車購入意識と通学交通手段利用との関係
 13.5 車購入意識を被説明変数とする順序型プロビットモデルの推定
 13.6 通学交通手段利用履歴と車購入意識に関する今後の研究課題


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