鉄道がつくった日本の近代


978-4-425-30361-8
著者名:高階秀爾・芳賀徹・老川慶喜・高木博志 編著
ISBN:978-4-425-30361-8
発行年月日:2014/11/20
サイズ/頁数:A5判 360頁
在庫状況:品切れ
価格¥2,530円(税込)
品切れ
明治5年の開業以来、人びとの生活感覚や行動方式にまで大きな役割を果たした「鉄道」。幅広い分野の識者たちが、「鉄道」を通して様々な角度からスポットをあてることにより、日本の「近代」の多面的な様相を浮かび上がらせる。

【発刊にあたって】より 本書は、公益財団法人東日本鉄道文化財団の文化事業の一環として、2008(平成20)年9月から2012(平成24)年11月まで開催された「鉄道を通して見る日本の近代」研究会全16回の記録を纏めたものである。研究会は、当初6名の委員から出発したが、その後次第にメンバーを増やし、また毎回、鉄道博物館の専門学芸員が参加した。会場としては、由緒深い東京港区の旧新橋停車場をもっぱら利用したが、時には、かつて国鉄が経営していた古都奈良の奈良ホテルに全員が集まり、また2011年11月には、東北本線全通120周年の機会に、仙台において公開シンポジウム「杜の都フォーラム」を開催した。
 日本鉄道史の上では、日本にはじめて鉄道がもたらされたのは、1854(嘉永7)年、ペリー提督が2度目の来航時に幕府に蒸気車模型を献上したときであるという。このペリーの黒船来航を契機として日本の歴史が「近代化」に向けて大きく動き出したことは、よく知られているとおりである。その後、幕末の動乱を経て大政奉還、王政復古により明治新政府の樹立に至ることになるが、それ以後の近代統一国家の形成とそれにともなう社会再編成の過程で、政治、経済、法律、文化、芸術などのあらゆる局面において、さらには人びとの生活感覚や行動方式においてまで、鉄道は大きな役割を果たした。
 1872(明治5)年、新橋・横浜間の鉄道開設にともなって全国一律の定時制が採用され、路線が伸びるにつれて統一国家としての「お国」のイメージが明確に意識されるようになったことなどがその例である。
 研究会は、毎回ある選ばれたテーマについてまず専門家による基調報告があり、次いで参加者全員による自由討議というかたちで進められた。それによって、特定の分野に関する知識が共有されるとともに、ある時は一枚の路線図、一本の法律を種として、あるいは一編の詩や一枚の油絵をめぐって、活発な議論が展開された。その際、鉄道先進国であるヨーロッパ諸国の事例が絶えず参照され、比較対照されることによって、西欧技術文明の成果が日本に移植される過程でさまざまな変容を蒙って定着した事実が明らかとなったことも、見逃せないところであろう。
 ひとつだけ例を引くなら、ヨーロッパの高速鉄道は遠く離れた主要都市を結ぶ文字どおり直行特急運行が主体だが、日本の新幹線は途中の大小都市をもつなぐ役割を担っているため、直行特急に加えて各駅停車などいくつかの運行形態を併用し、西欧の人びとをも驚嘆させる複雑稠密なダイヤ編成と緻密な定時運行を実現させている。そこには、お伊勢参りや廻国巡礼などの寺社参詣、温泉めぐりなどの物見遊山、特に定期的に大量の人員移動が行われる参勤交代の運用などによって培われた江戸時代の旅の文化の智慧がかたちを変えて受け継がれていた。同時にそれは、各地域の産業振興にも貢献し、鉄道駅を要とする都市計画や地域の名所、特産品を売り物にする観光開発を促し、西欧では類を見ないような多彩な土産物文化や駅弁文化を生み出した。
 このように、鉄道という窓口をとおしてさまざまな分野からの照明をあてることによって、日本の「近代」の多面的な様相を浮かび上がらせるとともに、日本人の行動様式や価値観、美意識、などの文化的伝統を改めて考え直す契機ともなった実り多い研究会であった。ただひとつ残念なことは、この研究会にも参加された建築史家の鈴木博之さんが、今年の2月に亡くなられたことだ。研究会では、「駅と都市―東京駅の現在」というテーマで大変意義のあるお話をきかせていただいた。
 価値ある近代建築物の保存運動にも多大な貢献をされた方だった。謹んでご冥福をお祈りしたい。
 最後に、このような研究会を実質的に支えていただいた東日本鉄道文化財団に対し、メンバーのひとりとして心から御礼申し上げたい。

【はじめに】より  第二次大戦後の急激なモータリゼーションによって、旅客輸送は乗用車に、貨物輸送はトラックにシェアを奪われたとはいえ、鉄道は今日においても私たちにとってもっとも身近な交通手段のひとつである。旅客輸送では30%前後のシェアを占めており(地下鉄を含む)、大都市圏の通勤・通学者にはなくてはならないものとなっている。
 世界で最初の鉄道は、「最初の工業国家」イギリスで、1825年に開業したストックトン〜ダーリントン鉄道とも、1830年に開業したリバプール〜マンチェスター鉄道ともいわれている。この5年の差は、ひとえに鉄道をどのようなものとして定義するかによっているが、それはともかく、鉄道は19世紀の前半にイギリスの産業革命の仕上げとして誕生したということができる。
 日本に鉄道の情報が伝えられたのは意外に早かった。1840年代には、オランダ領東インド政庁が幕府に提出した『別段風説書』によって、世界の各地で鉄道という近代的な輸送機関が敷設されつつあるということが伝えられていた。世界で最初の鉄道が誕生してからわずか十数年後のことであった。
 しかし、開業したのは明治維新後の1872(明治5)年である。この年の10月14日(旧暦9月12日)、イギリス製の蒸気機関車が客車を牽引し、首都東京(新橋)と開港場横浜を1時間たらずで結んだのである。新橋〜横浜間鉄道はわずか29?の短距離路線であるが、これが日本における鉄道敷設の第一歩で、その後の日本社会を大きく変えることになった。
 日本には、江戸期まで移動や輸送に「車」を使うという習慣がなかったので、蒸気機関車で客車や貨車を牽引するという乗り物は、多くの日本人にとってなじみの薄いものであった。江戸幕府は、東海道の大津〜京都間という例外はあったが、原則として街道で車を使うことを禁止していたので、人びとが移動をするには歩くか駕籠に乗るか、馬を利用するかしかなかった。東京で料理人をしていた和いずみ泉要よう助すけが人力車を考案したのは1869(明治2)年、外国人所有の乗合馬車が東京と横浜の間を疾走するようになったのは1869〜70年頃、いずれも文明開化を象徴する出来事であった。
 明治政府は、鉄道を「文明の利器」として導入し、日本の近代化に役立てようとした。鉄道は大量輸送と速達を特徴とし、製糸業や織物業、あるいは石炭鉱業など、近代日本の産業の発展を促進した。しかし、鉄道の役割はそれだけではなく、人びとの生活のあり方そのものを大きく変えた。西洋からもたらされた鉄道という「異文化」が導入・定着していくなかで、日本の文化は大きく変容していったのである。
 いくつかの事例をあげてみよう。運賃さえ支払えば、性別、身分、年齢、職業、住所に関係なく誰でも鉄道に乗車することができ、鉄道の前では江戸時代の身分制などほとんど意味をなさなくなった。また、江戸時代には関所を越える場合には旅行手形を携えなければならず、大河や渓谷など自然の障害があって旅人を苦しめたが、鉄道はこれらを克服し、移動時間を劇的に短縮し人びとの生活空間を拡大した。
 さらに、鉄道を利用すれば、横浜から日帰りで東京新富町の守田座で芝居見物を楽しむことができるようになった。川崎大師や成田山新勝寺が「初詣」でにぎわうようになったのも、鉄道のおかげであった。鉄道が東北地方に延伸すると、上野から車中二泊の松島観光専用列車も走るようになった。
「鉄道を通して見る日本の近代」研究会は、鉄道が日本の近代化をいかに推進してきたかを、あらゆる角度から検証してみようという試みであった。研究会には、重鎮から若手までさまざまな年代の研究者が集まり、すべての人が鉄道史を専門に研究していたわけではないが、さりとて嫌いなわけではなく、全員が人一倍の愛着をもっていたようで、毎回果てしのない楽しい鉄道談義が行われた。研究会は、代わる代わる誰かに(ときにはゲストを招いて)基調報告をしていただき、その報告にそって議論をするという方式で進められたが、議論は研究会終了後の食事のなかでも延々と続いた。ビールやワインを飲んで舌が軽くなったせいもあって、報告者が考えてもみなかった方向へ脱線するのもしばしばであったが、終わってみるとちゃっかりともとのレールの上にもどっており、とても充実した気持ちで家路につくことができた。
 日本の鉄道は、8年後の2022年に開業150周年を迎えることになる。本書を通じて、鉄道が日本社会の近代化に果した役割についての認識を深めていただくとともに、新たな時代の鉄道のあり方を考える素材にしていただければ幸いである。また、このように楽しく充実した研究会を設定していただいた東日本鉄道文化財団の方々に感謝するとともに、本書をひもといていただいた読者に研究会の雰囲気を少しでも感じていただければと願っている。

【目次】
? 鉄道にみる日本の心、文化
 鉄道と絵画 ―鉄道を通して見る日本の近代/高階秀爾  座談会・解説
 文化メディアとしての鉄道/高階秀爾★
 近代詩歌のなかの汽車/芳賀徹  座談会
 近代日本のおみやげと鉄道/鈴木勇一郎  座談会
 大正期、奈良女高師の東京修学旅行/高木博志  座談会・解説

? 鉄道における伝統と革新  鉄道を通してみる日本社会の巨大システム化/三戸祐子  座談会
 戦前の広軌新幹線(弾丸列車)計画から学ぶもの/前間孝則   座談会・解説
 東海道新幹線と十河信二/老川慶喜  座談会
 作並から始まった新幹線への道/菅建彦  解説 ★

? 都市と鉄道  駅と都市―東京駅の現在/鈴木博之  座談会・開設
 「田園都市」と土地整理/高嶋修一  座談会
 後藤新平と災害復興/鳥海靖  座談会 ★

? 観光と鉄道  鉄道と国立公園/丸山宏  座談会
 日本鉄道と松島観光―回遊列車の登場/老川慶喜  解説 ★
 社寺参詣と鉄道―東北の事例から/平山昇  解説 ★
 栗駒山観光開発と鉄道/高嶋修一  解説 ★

? 明治期の鉄道戦略  東北鉄道の株式募集と飛騨地方の名望家/老川慶喜  座談会
 鉄道が来たころの仙台―戊辰戦争からの軌跡/高木博志  解説 ★
 明治期の鉄道問題
 帝国議会の開設と鉄道問題 ―鉄道敷設法の成立を中心に/鳥海靖  座談会・解説
 日露戦後における日米摩擦の萌芽―満州の鉄道問題を中心に/鳥海靖  座談会

 鉄道史略年表 
 執筆者・座談会出席者略歴
 ★は、2011(平成23)年11月、仙台において開催された「杜の都フォーラム」で発表されたものです。



書籍「鉄道がつくった日本の近代」を購入する

品切れ
カテゴリー:鉄道 タグ:歴史 鉄道 
本を出版したい方へ