江戸前のさかな−食文化の足跡をたどる−


978-4-425-88541-1
著者名:金田禎之 著
ISBN:978-4-425-88541-1
発行年月日:2011/6/14
サイズ/頁数:A5判 160頁
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価格¥1,980円(税込)
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江戸前の魚はなぜうまいのか?それを先人たちはどう評価し、賞味し、獲っていたのか。その様々な側面を豊富な史料をもとに紹介する。

【まえがき】より
 「江戸前の海」と、そのさかなを材料として生まれた「江戸前の料理」のルーツは江戸時代にさかのぼる。江戸前の漁業が本格的に発展したのは江戸時代に入って徳川家康が江戸幕府を開いた以後のことである。江戸が政治の中心となって以来人口は急激に拡大していき、18世紀初頭には人口100万人を超える世界有数の大都市へと発展を遂げていた。幕府はこれらの江戸の住人の食料を確保するために、先進地の漁村から漁師をつれてきて新しい各種の漁業の発展策を行った。そして、この頃これらのさかなを利用したいろんな「江戸前の料理」が出現した。
 たとえば、今では海外にまでも人気のある「江戸前の握り鮨」、このルーツは江戸の職人が考え出した安直に食べられる屋台の握り鮨であった。当時の川柳に「握られて出来て食い付く鮨の飯」というのがあるが、屋台の鮨屋の早くて簡便な商売の様子を表現したものである。その後「高所当時並ブベキモノ無シ。権家ノ進物三重ノ折、卵ハ金ノ如ク、魚ハ水晶ノゴトシ」(江戸名物詩)とあるように、その高級感が世にもてはやされる鮨屋も現れた。このように、当時の鮨屋は屋台や行商などの低廉なものと高級感あふれるものがあった。
 また、「江戸前の天麩羅」のルーツも、同じ頃に江戸の職人が江戸前のさかなを材料にして揚げた屋台の天麩羅であった。これものちに料亭で味わう高級な天麩羅屋が現れた。
 江戸前の鯛も有名であった。桜鯛は、西は明石鯛、東は桂鯛(かつらだい)といわれた。古川柳に「江戸でなければまずいさくら鯛」というのもある。当時徳川幕府における鯛の需要は多く、各種の祝祭宴会などのため常に鯛が使用された。その大量の需要があった例としては、天保8年(1837)に、徳川家慶の第十二代将軍就任の大礼の際には、「目の下一尺(30cm)の鯛」(一番美味だといわれている大きさ)5千枚の上納を御菜浦に下命があった。このほか江戸庶民の需要も多かった。このような事情の下で、近海の不漁の場合の供給策としての鯛の生け簀を湾内各浦に設け必要に応じて活鯛運搬船で江戸に運んだ。現在の活魚輸送はすでにこの頃から行われていたのである。
 江戸時代以降のさかなの宝庫といわれるほど豊かな海であった江戸前の海も、昭和40年代以来の高度成長時代に突入してからは、干潟や浅海域は埋め立てられ、湾岸地域は大工業地帯に発展し、一時は東京湾も公害にさらされたが、湾内の漁業者による地道な漁業活動は今日まで続けられてきた。
 本書は、題して「江戸前のさかな−食文化の足跡をたどる−」としたが、江戸前の漁業のルーツである江戸時代の数多くの文献を引用して、江戸時代から築いてきた先人の業績を解明し、その後の経緯を解説したものである。「江戸前のさかな」に関するご関心とご理解をさらに深め、楽しんでいただける一助ともなれば幸いである。

平成23年5月
金田禎之

【目次】
前 編

 江戸前の定義
 江戸前漁業の歴史

後 編
 握り鮨(ニギリズシ)
 天麩羅(テンプラ)
 浅草海苔(アサクサノリ)
 鰻(ウナギ)
 鯊(ハゼ)
 白魚(シラウオ)
 鱚(キス)
 真鯛(マダイ)
 鰹(カツオ)
 鯨(クジラ)
 穴子(アナゴ)
 (コノシロ)
 鱸(スズキ)
 鯔(ボラ)
 鰈(カレイ)
 平目(ヒラメ)
 真鰯(マイワシ)
 真鰺(マアジ)
 細魚(サヨリ)
 泥鰌(ドジョウ)
 真蛸(マダコ)
 蛤(ハマグリ)
 浅蜊(アサリ)
 馬鹿貝(バカガイ)
 蜆(シジミ)

引用資料及び参考文献
索  引

カテゴリー:水産 
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