海のミネラル学−生物との関わりと利用−


978-4-425-88331-8
著者名:大越健嗣 編著
ISBN:978-4-425-88331-8
発行年月日:2007/4/8
サイズ/頁数:A5判 208頁
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価格¥2,860円(税込)
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 本書は、海水や海洋生物に含まれるミネラルに着目し、生物とどのような関わりがあるのか、またミネラルを利用してわかることは何か、などについてわかりやすく解説しています。冒頭の海洋深層水やタラソテラピー以外にも、ミネラルを利用したウナギやアユの回遊履歴の解明やカキの産地判別への応用、特定のミネラルを多く蓄積する生物などに関する記述もあります。ミネラルと聞くと一般的にはどうしても健康と関連付けてしまいたくなりますが、そればかりではなく、様々な分野での利用可能性を示しています。
 これまで海のミネラルに関する本は、それぞれの立場から断片的に書かれている場合や、海洋化学や栄養学の本の一部を構成しているに過ぎない場合が多くありました。本書は海のミネラルを大局的に捉えた初めての書であり、それぞれの関連性を理解し、今後を展望する上で極めて意義深い一冊であると言えます。

【はしがき】より
職の安全・安心、健康志向などを背景に「ミネラル」とくに「海のミネラル」に対する関心が高まっています。海洋深層水から作ったミネラルウォータやマルチミネラルのサプリメントはスーパーマーケットやコンビニエンスストアーでも 簡単に手に入れることができます。ミネラルは私たちの日常生活に深く入り込んできていると言えるでしょう。ミネラル水やサプリを口にし、時にはタラソテラピーセンターに出かけて海藻パックとマッサージといった生活が現実のものとなった今日ですが、「ミネラルって何?」「何が健康と関わるの?」「ミネラルで何がわかるの?」といったことはきちんと伝わらないまま、ブームも不安も進行しているように思います。
そこで、本書は「海のミネラル」に関する様々な分野の最新の知見を盛り込み平易に解説することを目的に企画されました。各分野での現状や問題点、今後の展望について解説するとともの、「海のミネラル」について包括的にとらえ、新しい視点や方向性についても提案も行っていきたいと考えました。
最初に「ミネラル」という言葉を整理しておきましょう。「ミネラル」はとても響きがやわらかで、いろいろなイメージを乗せやすい言葉です。若い女性の会話の中でも普通に耳にしますが、もうひとつ意味がわからないというのが正直なところではないでしょうか。「ミネラル」は英語でもフランス語でもドイツ語でも綴りは同じ「mineral」です。語源が同じであることがうかがえます。学問分野によって、その意味が微妙に異なります。広辞苑では、「(1)鉱物。無機物。(2)栄養素として生理作用に必要な無機物の称。」となっており、鉱物学の分野では鉱物そのものを指し、栄養学の分野では「無機質=ミネラル」とされています。五訂食品成分表(2003)の解説によれば、「人体の構成する元素のうち、炭素、水素、酸素、窒素を除く元素の総称を無機質という用語として用いる。」となっていますので、この場合は地球上で知られている100種類以上の元素のうち人体の構成成分として重要な役割を果たしている元素をミネラルと称していることがわかります。一方、人体にも上記以外の様々な元素が含まれています。カドミウムや鉛、水銀などは中毒の原因になりますし、必須とされている元素も過剰に摂取すれば毒になることもあります。また、必須かどうか、まだ詳しくわかっていない元素もあります。海とそこに生息する生物には、さらに多くの種類の元素が含まれています。それらは、生物体に多量に含まれている場合でも、生理作用や毒性の有無などが不明のものが少なくありません。ミネラルを語るには、これらの元素のことについても取り上げる必要があるでしょう。
そこで、本書ではミネラルという言葉をそれぞれの分野を包括したものとして広くとらえることにしました。章によっては、ミネラルを金属、無機質、あるいは微量元素と読み替えることができますが、あえてミネラルという語を用いた場合もあります。つながりを意識したためです。私たちを含め生物は、すべてに共通のものとしてDNA(またはRNA)でつながりをもっています。しかし、鉱物にDNAはありません。生物も鉱物も分解すれば最終的には元素になります。つまり、生物とそれ以外のものをつなぐのは元素、つまりミネラルと言っても過言ではないかも知れません。金属も無機質も微量元素も同一の言葉の「ミネラル」を使って語った場合に何か新しいものが見えてくるかも知れない。そう考えました。この試みがどうだったのかは読者の判断に委ねるしかありません。
本書はそれぞれの分野のパイオニアやエキスパートに執筆をお願いしました。第1章の谷口道子氏は日本初の海洋深層水の研究施設である高知県海洋深層水研究所の第三代目所長を勤められ、海洋深層水の研究とその多方面への利活用に道を開きました。第2章の野村正氏は1978年、「海洋生物の生理活性物質」(南江堂)でタラソテラピーを日本にはじめて紹介し、訳語「海洋療法」を提案。その後、日本海洋療法研究会を設立して初代会長として海洋療法の研究・普及に努められています。第3章の佐藤秀一氏は水族栄養学の視点からミネラルを研究。魚類に必要なミネラルは何か、その栄養要求の面はもとより、環境負荷の少ない養魚飼料の研究・開発を行っています。第5章と第7章の石井紀明氏は最新の多元素同時分析法を駆使して、様々な海洋生物に含まれる元素の分析を行い、90年ぶりのバナジウムの濃縮生物の発見をはじめとして、「高濃度濃縮生物」というカテゴリーを自ら立ち上げました。第6章の後藤知子氏は執筆者の中ではただ一人のヒトを含めた動物の栄養学の専門家であり、亜鉛欠乏ラットを用いて味覚や嗜好性について神経生理学的な研究をすすめており、また、ミネラルを含む食品としての視点から水産物について検討しています。第9章の大竹二雄氏は耳石に含まれるミネラルを用いたウナギやアユの回遊履歴研究の第一人者。近年ホットな話題となっているウナギの産卵場調査にも乗船して参加しています。第4章と第8章の大越は貝の貝殻や歯(歯舌)のバイオミネラリゼーション(生体鉱物化)を研究。前著「貝殻・貝の葉・ゴカイの歯」(2001,成山堂書店)では「硬組織ゴミ箱説」と「積極的歯こぼれ説」を提唱。生物がもつ硬い部分(硬組織)の機能や役割の再考がライフワークとなっています。
本書は、以上の7人の専門分野もキャラクターも異なる研究者による「海のミネラル」についてのコラボレーションです。どの章から先に読んでいただいても構いません。各章は、それぞれの分野のこれまでの動き、現状と問題点、そして今後の展望についてまとめてあります。基本的な体裁は統一しましたが、それぞれの章は各執筆者独自の構成と文体で書かれています。それで全体として「海のミネラル」研究の現状と問題点、展望が把握でき、また、新たな考えや何か統一的なものがひとつでも読者の中に芽生えてくることがあれば、「学」として束ね、展開しようとした編者のささやかな試みは達成されたと思います。また、そうなれば望外の喜びです。
本書の出版に際しては株式会社成山堂書店の小川實会長、再び編集を担当していただいた小野哲史氏にはお世話になりました。記して謝意を表します。
なお、本書には恩師野村正先生の傘寿のお祝いと元素分析の師匠である石井紀明氏の放射線医学総合研究所ご退職の記念の意を込めています。両先生のますますのご発展を祈念して「はしがき」とさせていただきます。

2006年2月 
松島「カキ祭り」の日に
著者を代表して 大越健嗣

【目次】
第1編 海のミネラルとその利用
 第1章 海水と海洋深層水
  1.1 塊として動く海水
  1.2 海洋深層水と呼ばれる海水
  (1)室戸岬北太平洋中層水湧昇流
  (2)富山湾日本海固有水
  (3)静岡県駿河湾黒潮系深層水および駿河湾亜寒帯系深層水
  (4)根室海峡羅臼沖固有水
  (5)東シナ海陸棚斜面域中層水
  1.3 各地で取水されている海洋深層水の水質
  1.4 海水のミネラル
  1.5 海洋深層水脱塩水のミネラル
  1.6 海洋深層水におけるミネラル調整技術
  1.7 海洋深層水におけるその他のイオン特性
  1.8 おわりに
 第2章 タラソテラピー(海洋療法)
  2.1 タラソテラピー概論
  2.2 生体機能とミネラル
  2.3 皮膚とミネラル
  2.4 ミネラルの効能
  (1)リチウム(Li)
  (2)鉄(Fe)
  (3)ヨウ素(I)
  (4)カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、リン(P)
  (5)ケイ素(Si)
  (6)亜鉛(Zn)
  (7)セレン(Se)
  (8)バナジウム(V)
  (9)臭素(Br)、コバルト(Co)
  2.5 アルゴテラピー(海藻療法)
  2.6 牡蠣療法
  2.7 海泥療法
  2.8 大気浴と日光浴療法
  2.9 婦人科領域の障害とママン・ベベ
  2.10 おわりに

第2編 水産物とミネラル
 第3章 魚とミネラル
  3.1 魚に含まれるミネラル
  3.2 各種ミネラルの必要性
  3.3 魚粉の品質を左右する灰分とリン含量
  3.4 各種飼料原料中のミネラルの利用性
  3.5 ミネラルの利用阻害
  3.6 利用性の向上
 第4章 貝と貝殻のミネラル
  4.1 貝殻に含まれるミネラル
  4.2 歯舌に含まれるミネラル
  4.3 顆粒に含まれるミネラル
  4.4 ミネラルを応用した貝類の成長解析
 第5章 海藻中のミネラル
  5.1 海草中の元素濃度と超集積性生物
  5.2 オオハネモに集積するカルシウム(Ca)とストロンチウム(Sr)
  5.3 コンブ類とヨウ素(I)
  5.4 海藻と鉄(Fe)
  (1)個体差と地域差
  (2)部位別濃度
  (3)季節変動
  (4)成長段階
  (5)組織内分布
  5.5 ヒジキとヒ素(As)
 第6章 水産食品とミネラル
  6.1 日本食品標準成分表中のミネラル
  6.2 不足しやすいカルシウム(Ca)
  6.3 リン(P)の過剰摂取
  6.4 過不足にならないカリウム(K)
  6.5 生活習慣病とナトリウム(Na)の関係
  6.6 マグネシウム(Mg)は藻類に多い
  6.7 吸収の良い赤身魚の鉄(Fe)
  6.8 亜鉛(Zn)と味覚障害
  6.9 銅(Cu)ー甲殻類・貝類の青い血液
  6.10 酵素反応に関わるマンガン(Mn)
  6.11 ヨウ素(I)は甲状腺ホルモンの構成要素
  6.12 魚介類はセレン(Se)の宝庫
  6.13 クロム(Cr)と糖代謝
  6.14 モリブデン(Mo)酵素の遺伝的欠損症
  6.15 おわりに

第3編 海のミネラル研究最前線
 第7章 ミネラルを高濃度に蓄積する海洋生物
  7.1 エラコのバナジウム(V)
  (1)エラコ(Pseudopotamilla occelata)とは
  (2)バナジウムの定性・定量分析およびバナジウム濃度
  (3)バナジウムの分布
  (4)バナジウムの化学形
  (5)バナジウムの生理学的役割
  7.2 ワスレガイ・シャコガイ類のマンガン(Mn)・亜鉛(Zn)
  (1)ワスレガイ(Cylcosunetta menstrualis)・シャコガイ類とは
  (2)ワスレガイ・シャコガイ類の腎臓から金属顆粒を取り出す
  (3)組織の元素濃度
  (4)成長に伴うマンガン濃度の変動
  (5)腎臓顆粒の形態
  (6)顆粒中の元素濃度
  (7)腎臓顆粒中のマンガンの化学形
  (8)金属顆粒の生理学的役割
  7.3 マガキガイのヨウ素(I)
  (1)マガキガイ(Strombus Iuhuanus)
  (2)海洋生物中のヨウ素濃度
  (3)マガキガイのフタの元素組成
  (4)ハロゲン元素の分布
  (5)HPLCによるヨウ素含有画分の分析
  (6)ヨウ素の化学形の特定と局所構造解析
  (7)ヨウ素の生理学的役割
  7.4 マダコのコバルト(Co)とウラン(U)
  (1)マダコ(Octopus vulgaris)
  (2)海洋生物中のコバルト・ウラン濃度
  (3)コバルト・ウラン含有成分の性状
  (4)コバルト・ウランのエラ心臓における生理学的意味
  7.6 オオハネモのテクネチウム(Tc)とレニウム(Re)
  (1)オオハネモ(Byopsis maxima)とは
  (2)オオハネモ中の元素濃度
 第8章 ミネラル組成から見た水産物の産地判別
  8.1 水産物の偽装とその背景
  8.2 偽装はJAS法違反
  8.3 元素組成を応用した産地判別の可能性
  8.4 産地判別に関わる前提条件
  8.5 微量元素組成によるカキの産地判別
  8.6 おわりに
 第9章 耳石のミネラルでアユやウナギの回遊を探る
  9.1 耳石の形成と成長
  9.2 耳石のミネラル
  9.3 耳石のミネラルによる回遊履歴の推定
  (1)アユの回遊
  (2)「海ウナギ」の発見
  9.4 耳石のミネラルによる水温履歴の推定
  9.5 耳石のミネラルによるイシガレイの着底場所の推定
  9.6 耳石のミネラル研究における新しい展開


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カテゴリー:水産 
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