新 海洋動物の毒−フグからイソギンチャクまで−


978-4-425-82626-1
著者名:塩見一雄・長島裕二 共著 
ISBN:978-4-425-82626-1
発行年月日:2012/12/14
サイズ/頁数:A5判 206頁
在庫状況:在庫有り
価格¥3,630円(税込)
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フグはもちろんウナギ、貝類、カニ、クラゲ等あらゆる有毒海洋動物の毒作りの謎から毒の成分、性質、更に薬品としての有効利用まで解説。



【『新・海洋動物の毒』発行にあたって】より

1997年2月に『海洋動物の毒』の初版が出版されて以来、多くの方からおおむね好意的な評価をいただき身に余る光栄だと思っています。この間、ご指摘いただいた誤りや著者ら自身が身につけた誤りの訂正、著者らの勉強不足により見落としていた重要な知見の補充、最新情報の追加などにより、改訂版(1997年7月)、改訂増補版(2000年10月)、三訂版(2001年11月)、新訂版(2006年10月)と版を重ねてきました。
新訂版の刊行から5年ほどが経過した昨年、株式会社成山堂書店から「在庫が少なくなってきたので次の改訂版用の原稿をお願いできますか」と打診されました。そろそろ改訂した方がいいと思っていた矢先でしたので喜んでお引き受けし、1年以上かけて全般にわたって見直しを行うとともに、新しく発見された知見をかなり追加しました。そのため版をすべて組み直し、書名も『新・海洋動物の毒』と改めることになりました。
今回追加した主なものは、フグ毒の蓄積機構、イソガニ体液中のフグ毒結合タンパク質の構造、二枚貝タイラギ類の毒(ピンナトキシン)、巻貝マガキガイ鰓下腺毒、タンパク質(ミノカサゴ類などの魚類の刺毒、ゴンズイ体表粘液毒、コウイカの唾液腺毒など)の構造に関する研究成果です。『海洋動物の毒』の新訂版を一層充実させたつもりですが、まだまだ不十分な点が多いかと思いますので、今後とも率直なご意見・ご批判をお寄せいただければ幸いです。
最後に、『新・海洋動物の毒』の発行にあたり、多大なご協力を賜りました株式会社成山堂書店には、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

2012年12月
塩見一雄

【はしがき(初版)】より

海の動物たちの毒との出会いは、恩師橋本芳郎先生のご指導のもとに大学院生時代に手掛けたヌノサラシ科魚類およびコバンハゼ属魚類の体表粘液毒にさかのぼります。それ以来、時には他の研究に浮気をしながらも、海の動物たちの毒と主に化学的な観点から20年ほどお付き合いをしてきました。振り返ってみると、フグ毒、ゴンズイおよびウナギの体表粘液毒、ヤツメウナギの卵巣毒、オニダルマオコゼやハナミノカサゴの刺毒、スベスベマンジュウガニの毒、オニヒトデの刺毒、シジミの毒、巻貝カコボラの唾液腺毒、イソギンチャクの毒、アナサンゴモゴキの毒など、結構多種多様な動物たちの毒と付き合ってきたことになります。
海の動物たちの毒との付き合いの中で、この10年間に、従来の書物には書かれていない新しい毒をいくつか発見してきました。ウナギが血清中に毒を持つことは古くから有名でしたが、体表粘液が猛毒であることは一般にはほとんど知られていないでしょう。ウナギの体表粘液毒のほかには、ゴンズイの体表粘液毒、ヤツメウナギの卵巣毒、カコボラの唾液腺毒、シジミの毒などが新しい毒であると言えます。しかし、新たに見いだした毒はいずれもタンパク質の毒で、海の動物たちの毒の花形とも言えるフグ毒や麻酔性貝毒とは縁が遠くなっていましたので、一人での海の動物の毒全般の本を書くとなると荷が重すぎるのです。この時、ちょうど都合がいいことに、フグ毒や麻酔性貝毒を専門にしてきた長島裕二先生が数年前に研究室のスタッフとして加わっていましたので、長島先生の協力を得ることで執筆できた次第です。
さて、わが国は海の動物たちを重要な食糧資源としている関係で、食品衛生上問題となるフグ毒や麻酔性貝毒には特に深い関心が寄せられてきました。フグ毒を中心とした低分子毒に限った書物としては、1989年に出版された清水潮先生の『フグ毒のなぞを追って』と、1996年に出版された野口玉雄先生の『フグはなぜフグ毒をもつのか』があり、大いに参考になると思います。しかしながら、海の動物たちの持っている毒全般に関する書物としては、1977年に出版された恩師橋本芳郎先生の『魚貝類の毒』と1984年に出版された白井祥平博士の『有毒有害海中動物図鑑』の2冊しかありません。『魚貝類の毒』は海産毒研究に関する橋本先生の集大成とも言うべき名著であり座右の書としてきました。この本にどれだけ新しい知見を書き加えることができるかということが私たちの研究目標であったとも言えます。一方、『有毒有害海中動物図鑑』は、化学的な記述はやや不足しているかもしれませんが、図鑑と銘打っているとおり対処法などの記載も役に立ちます。しかしながら、両書とも出版されてから相当の年月が経過しており、内容が古くなってきた部分があることは確かです。また、『魚貝類の毒』は主として研究者向けの専門書であること、『有毒有害海中動物図鑑』は一般向けではありますが、大きすぎてどこでも手軽に読むというわけにはいきません。
こうした状況を踏まえ、本書は最新の情報を含めて海の動物たちの毒全般を網羅し、かつできるだけコンパクトで気軽に読めるものをと心掛けてみました。読者層も、水産学、食品衛生学、公衆衛生学、薬学、海洋生物学などの分野の研究者や学生諸君は言うまでもなく、食品関係の業務に携わっている人、水族館やペットショップ関係者、ダイビングなどのマリンスポーツを楽しんでいる人、その他海の動物たちの持つ毒に多少とも関心がある人、といったように広く想定してみました。欲張りすぎた目論見がどこまで達成できたかはなはだ疑問ではありますが、海の動物たちの持つ毒の不思議さの一端には触れていただけると思います。なお、本書はどこから読んでもらっても結構ですし、研究者の便宜のためにかなり登場してくる化学構造式も飛ばして読んでもらっても結構です。また研究の現場の実態も知ってもらおうと、手掛けた研究については研究の裏話もできるだけ紹介してみましたので、何かの参考になれば幸いです。
なお、第1章1項・2項、第3章および第4章1〜3項は長島が、その他は塩見が執筆を担当しました。
最後に、本書の執筆にあたり、多大なご協力を賜りました株式会社成山堂書店、ならびに多くの貴重な写真を提供していただきました羽田野六男名誉教授(北海道大学)、野口玉雄教授(長崎大学)、中川秀幸教授(徳島大学)、東京水産大学潜水部のOBの皆様には厚くお礼申し上げます。また、研究にあたっては、実験を実際に担当した学生諸君をはじめ、学内外の多くの皆様のご協力を賜りましたことをここに記して感謝申し上げます。

1997年2月
塩見一雄

【目次】

第1章 安全に生きる 1.1 フグ毒−フグ毒に残された謎−
(1)フグ毒を持つのはフグだけではない
(2)フグ毒は誰がつくる?
(3)フグはなぜフグ毒でしびれない?
(4)フグはなぜ自分にも危険な猛毒を持つ?
(5)フグ毒に残された謎
1.2 シガテラ毒−ようやく姿が見えてきた−
(1)世界で最も多発するシガテラ
(2)シガテラ毒魚に注意
(3)シガテラ毒素は付着性微細藻類がつくる
 (4)海洋生物最強の毒、シガテラ毒素
(5)シガテラ毒の合成に成功
(6)毒ではないが抗カビ作用をもつガンビエル酸
1.3 魚卵の毒−ヤツメウナギの卵巣は成熟すると有毒になる−
(1)魚卵の毒の概要
(2)ヤツメウナギ卵巣毒の発見
(3)ヤツメウナギ卵巣の毒性と成熟との関連
(4)ヤツメウナギ卵巣はタンパク質
1.4 血清毒−ウナギは猛毒魚−
(1)魚類血清毒の概要
(2)ウナギ血清毒の性状
(3)ウナギが猛毒の秘密は体表粘液にある
1.5 体表粘液毒(その1)−魚がいやがる魚の毒−
(1)魚類体表粘液毒の概要
(2)フグはフグでもハコフグの毒はテトロドトキシンではない
(3)石けん魚(ヌノサラシ毒)の毒
(4)コバンハゼ類とウバウオ類の毒
(5)サメよけになるミナミウシノシタの毒
1.6 体表粘液毒(その2)−ゴンズイに刺されて痛いのは体表粘液−
(1)ゴンズイの刺毒研究は無理か?
(2)ゴンズイ体表粘液毒の発見
(3)ゴンズイ体表粘液毒は刺毒と類似
1.7 魚類刺毒−クラゲ毒と並んで危険な刺毒−
(1)サンゴ礁では石ころにご用心
(2)魚類刺毒はとにかく不安定
(3)魚類刺毒の性状
(4)オニダルマオコゼ毒の構造
1.8 その他の魚類の毒
(1)コイの毒
(2)クルペオトキシズムの毒
(3)サメの毒
(4)毒とは言えない毒
1.9 研究余禄−味も臭いも悪い不思議な魚ヤリヌメリ−
(1)ヤリヌメリとは?
(2)ヤリヌメリは辛い
(3)ヤリヌメリはくさい
(4)ヤリヌメリの悪臭成分はイオウ化合物

第2章 棘皮動物の毒 2.1 ウニの刺毒−研究はこれから−
2.2 オニヒトデの刺毒−強力な肝臓毒−
(1)オニヒトデは嫌われもの
(2)オニヒトデ毒の多様な活性
(3)オニヒトデ致死因子は短気な人には不向き
(4)オニヒトデの致死因子はDNA分解酵素
(5)オニヒトデの致死因子は強力な肝臓毒
(6)オニヒトデに刺されたときの局所症状の原因は
ホスホリパーゼA2
2.3 サポニン−ナマコ毒は水虫の薬−
(1)サポニンとは?
(2)ヒトデのサポニン
(3)ナマコのサポニン

第3章 節足動物の毒  3.1 カニのフグ毒・麻痺性貝毒
 (1)どんなカニが毒を持つ?
 (2)毒の種類はさまざま
 (3)毒ガニの毒化機構は不明
 (4)毒ガニは毒に対して強い抵抗性を示す
 3.2 イソガニの体液はフグ毒中毒の特効薬
 (1)なぜか無毒のイソガニはフグ毒に強い
 (2)フグ毒に対する抵抗性の秘密は体液にあり
 (3)フグ毒抑制物質の正体は?
 (4)“フグ毒結合性高分子化合物”はテトロドトキシンだけを識別する

第4章 軟体動物の毒  4.1 麻痺性貝毒−巻貝にも発見−
 (1)化学兵器に指定されているサキシトキシン
 (2)麻痺性貝毒はプランクトンがつくる
 (3)麻痺性貝毒成分は多彩
 (4)毒化生物
 (5)セイヨウトコブシの毒化
 (6)国内産アワビ類は安全
 (7)巻貝類の毒化
 (8)巻貝の毒化経路
 4.2 下痢性貝毒−二枚貝で下痢をする−
 (1)日本で発見された貝毒
 (2)下痢性貝毒は中腸腺や肝膵臓に濃縮
 (3)毒化の原因はやはり渦鞭毛藻
 (4)下痢性貝毒は多種多彩
 4.3 記憶喪失性貝毒−二枚貝に見出された奇妙な毒−
 (1)プリンスエドワード島で奇妙な食中毒が発生
 (2)中毒原因物質は駆虫成分のドウモイ酸
 (3)毒をつくるプランクトンを発見
 (4)カニや魚や水鳥も中毒する
 4.4 神経性貝毒−魚も殺す貝毒−
 (1)貝が毒成分を変換する
 (2)多彩な作用をもつブレベトキシン
 4.5 アザスピロ酸−下痢を起こす新しい貝毒−
 (1)またまたムラサキガイから新しい貝毒を発見
 (2)似て非なるアザスピロ酸と下痢性貝毒
 4.6 二枚貝のタンパク毒−食べても安心シジミの毒−
 (1)シジミ毒発見の経緯
 (2)シジミの毒性
 (3)シジミ毒の性状
 (4)シジミ毒は絶対安全
 4.7 巻貝の唾液腺毒−カコボラは海産動物で最も毒性が強い−
 (1)テトラミン中毒は酔っ払いと同じ
 (2)カコボラ毒の発見
 (3)カコボラ毒はタンパク質
 (4)その他の巻貝の新しい毒成分
 (5)余談−テトラミンの窒素がヒ素に置換されると毒性はどうなるか−
 4.8 刺毒−射撃の名人イモガイの毒−
 (1)刺されると死ぬ
 (2)精巧な毒器官
 (3)食性と毒性
 (4)イモガイ毒は使える
 4.9 巻貝の鰓下腺毒−アクキガイ科巻貝の鰓下腺はおもしろい−
 (1)アクキガイ類とは?鰓下腺とは?
 (2)鰓下腺の毒
 (3)鰓下腺は染料になる
 (4)鰓下腺はくさい
 (5)鰓下腺は辛い
 4.10 頭足類の咬毒−小さくてきれいなタコにご用心−
 (1)頭足類はかむ
 (2)アミン類
 (3)タンパク毒
 (4)ヒョウモンダコのテトロドトキシン
 4.11 その他の軟体動物の毒
 (1)バイの毒
 (2)アワビの毒

第5章 環形動物、紐形動物および扁形動物の毒  5.1 環形動物の毒−農薬に生まれ変わったイソメの毒−
 (1)イソメ毒の構造
 (2)イソメ毒から農薬へ
 5.2 紐形動物および扁形動物の毒

第6章 刺胞動物の毒  6.1 特殊な毒器官刺胞
 6.2 クラゲの毒−クラゲはあなどれない−
 (1)恐ろしいクラゲ3種
 (2)クラゲ毒の性状
 6.3 イソギンチャクの毒−イソギンチャクは毒の宝庫−
 (1)イソギンチャク毒の本体
 (2)容血毒との出会い
 (3)ペプチド毒の概要
 (4)ペプチド毒に魅せられて
 (5)余談−イソギンチャクとクマノミ−
 6.4 サンゴの毒−アナサンゴモドキでやけどにご用心−
 (1)アナサンゴモドキは刺す
 (2)アナサンゴモドキ毒は血尿を起こす
 6.5 スナギンチャクの毒−複雑かつ猛毒パリトキシン−
 (1)パリトキシンの発見とたたり
 (2)パリトキシンの毒性と構造
 (3)パリトキシンの分布と起源



この書籍の解説

海水浴に出かけるとき、「クラゲに刺されたらどうしよう」と心配になる人はいませんか。お盆を過ぎたらクラゲが出る、ともよく言われます。先日は、カツオノエボシが大量に漂着したニュースがありました。海には、クラゲ以外にも毒を持つ危険な生物がいます。ゴンズイ玉に手を突っ込んではいけない、オコゼを釣ったらすぐに棘のあるヒレを切ってしまえ、きれいな小さいタコには手を出すな、などと親御さんや海洋レジャーの先輩に教わることもあるかもしれません。
また、当たり前に食卓に上ったり料理屋で出会ったりする魚介類にも、毒のあるものがいます。フグはもちろん、ウナギにも毒があります。味噌汁でお馴染みのシジミにも、実は毒があるのです(シジミの毒は人間が料理して食べる場合は安全です。理由は本書を読んでみてください)。
日本は海に囲まれていて、魚介類もよく食べます。そのようなことから、海洋生物の持つ毒については古くから注目されてきました。魚や貝、甲殻類、クラゲやイソギンチャクは、どのようなメカニズムで毒をもっているのでしょう?毒はどんな成分で、どのくらいの強さなの?
海や食卓で出会う毒のある生き物たちについて詳しく知りたくなったら、この本はいかがでしょう。『新・海洋動物の毒』は、魚、ウニやヒトデ、甲殻類、貝や軟体動物、刺胞動物など、様々な海洋動物の毒について、毒のある部位や毒を溜める仕組み、毒の働きや成分について詳しく解明します。
専門職や研究者の方には好適なテキストですが、一般の方もこの本を読んだら、海や水族館や鮮魚売り場に行ったとき、別の意味でドキドキできるかもしれませんよ。ときに致命的な毒の話の間に淡々と語られる著者たちの研究秘話も、乾いたユーモアを感じさせます。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『新 海洋動物の毒−フグからイソギンチャクまで−』はこんな方におすすめ!

  • ダイバー、水族館等、海の生物に関わる仕事の方
  • 水産業、食品衛生関係に従事する方、研究者
  • 海洋生物ファン

『新 海洋動物の毒−フグからイソギンチャクまで−』から抜粋して3つご紹介

『新・海洋動物の毒』からいくつか抜粋してご紹介します。海洋動物の種類別に章を設け、魚ではフグ毒やシガテラ毒といったように、特徴的な毒のタイプとその代表的な種類を例に、毒成分と含まれる部位、毒の働く仕組みを解説していきます。

ウナギは猛毒魚?

ウナギは今や、日常の食卓にも上るおなじみの魚です。しかし実は、ウナギやアナゴ、ウツボなどのウナギ目魚類の血清には、マウスが死んでしまうほどの毒成分が含まれています。血清中に毒成分を含む魚類は、ヤツメウナギ、マグロ、メカジキなどが知られていますし、スズキやマダイ、ヒラメなどの血清中にも毒成分が確認されています。

ウナギの血液を大量に飲むと、下痢、嘔吐、呼吸困難などの症状が現れ、時には死亡すると言われています。血液が目に入ると熱く感じ、結膜が充血し、瞼が腫れたり涙が出たりして、異物感が数日続きます。口に入ると灼熱感に加え、粘膜が赤くなりよだれが出て、傷口から入ると炎症、化膿、浮腫などの局所症状が引き起こされます。調理をする人にも、これらの被害が出ています。

ウナギとアナゴの血清毒を強さや症状を動物実験で検証したところ、両魚種の毒性はほぼ同程度でした。ヒトの感受性がマウスと同じと仮定すると、体重60kgのヒトでの致死量は血清1000ml程度となります。しかしこれほど大量に血液を飲むことは、現実的に考えられません。

ウナギ血清毒は60℃で5分の加熱により完全に毒性を失うので、通常の加熱調理を施しさえすれば食品衛生上の問題はありません。マアナゴの血清毒もウナギ毒同様の加熱で完全に毒性を失います。ウナギ毒とマアナゴ毒は、化学的、免疫学的に非常に類似しています。

ウナギは、血液よりも体表の粘液が遥かに強い毒性を示します。ウナギの体表粘液1gで、体重20gのマウスを2,000~8,000匹も殺してしまうほどなのです。ヨーロッパウナギ、ハモもかなり強い毒性を示しますが、マアナゴは弱毒、ウツボは無毒と判定されました。

ウナギ体表粘液毒は血清毒以上に不安定です。毒は分子量約400,000の酸性タンパク質で、構成アミノ酸としてグリシンを特に多く含んでいます。毒は50℃、10分の加熱で完全に失活するので、調理をして食べるぶんにはまったく問題ありませんが、生きたウナギを取り扱う養殖業者や調理人などは手などに傷があると傷口から毒が体内に取り込まれて障害が起こる可能性がありますので、注意が必要です。

以前ウナギかアナゴの刺身が紹介されているグルメガイドを見たことがありますが、かなり徹底して血抜きがされているようでした。ウナギをさばく料理人にも被害が出ているということなので、私たちも生のウナギを触った手で目などの粘膜に触れないよう、注意が必要ですね。

記憶喪失性貝毒

『赤毛のアン』の舞台として世界中に知られているカナダのプリンスエドワード島周辺で、1987年の11月~12月、ムール貝を食べた100名以上の人々が奇妙な食中毒を起こしました。その食中毒は、これまでの食中毒では見られない記憶障害を伴うものでした。

食後数時間以内に吐気、腹痛、下痢、頭痛、食欲減退が起こり、重症の患者では記憶喪失、混乱、平衡感覚の喪失、けいれん、昏睡がみられました。死亡者が3名出て、12名に記憶障害の後遺症が残りました。重症の記憶障害を起こした人はいずれも60才以上の高齢者や、慢性的に腎臓に障害を持った人でした。死亡した患者の解剖を行なった結果、脳の海馬、扁桃体、前障、視床などに神経の壊死が観察されました。

中毒の原因物質は、ドウモイ酸と呼ばれる一種のアミノ酸でした。カナダの例の患者については、軽症者ではドウモイ酸量は60~110mg、重症者では115〜290mgにも達することがわかりました。ドウモイ酸がヒトに記憶障害を起こすのは、その化学構造に原因があります。ドウモイ酸の分子構造はL−グルタミン酸に似ています。グルタミン酸は中枢神経の興奮性神経伝達物質として作用しますが、構造の似たドウモイ酸はグルタミン酸に紛れ込む上、受容体に対する親和性が数十倍も強く、海馬を選択的に破壊するため、記憶に異常をきたすのです。

プリンスエドワード島の食中毒の原因食品はムラサキイガイ(ムール貝)であることはすぐ判明しましたが、他の海域の貝は安全であったことから、この毒はムラサキイガイがつくるのではなく、外部からのものであると予想されました。

ムラサキイガイはプランクトンを餌とします。この場合も食中毒が起こった時期に珪藻による赤潮が観察されたこと、貝の消化管から珪藻が見つかり、この珪藻からドウモイ酸が検出されたことから、ムラサキイガイによる食中毒は実はこの珪藻がドウモイ酸をつくり、このランクトンを貝が食べ、二次的に毒化した貝をヒトが食したためであると結論されました。

ヒトに記憶喪失を伴う食中毒を起こすドウモイ酸は数種の珪藻によってつくられることが明らかにされ、他の貝毒と同様、ムラサキイガイ以外の二枚貝からも検出されています。また、ダンジネスクラブやアンチョビにも汚染例があります。

ドウモイ酸も麻痺性貝毒のように食物連鎖により毒が次第に高濃度に蓄積されながら、毒化生物が広がっていく可能性が当然考えられます。現在までのところ、日本ではドウモイ酸による食中毒は起こっていませんが、食中毒を未然に防ぐため、毒産生藻の監視ならびに二枚貝など食用魚貝類の毒性検査制を整えておく必要があります。

生物濃縮毒の恐ろしいところは、「この生物のこの部位には毒がある」かどうか、調べてみないとわからないところではないでしょうか。どこでとれたものをいつ食べたかで生きるか死ぬかの差が出ると考えると、箸が止まってしまいます。食品衛生に関する研究の進歩のおかげで、犠牲を出さずにおいしいものを食べられるようになってきているのですね。

クラゲの毒

クラゲ、イソギンチャクなどの刺胞動物は毒を持ち、約9,000種のうち約70種がヒトに傷害を与えることが知られています。刺胞動物は、これを採餌に用いています。刺胞動物の大部分は、刺胞という特殊な毒器官を持ち、刺胞の中に毒を蓄えています。その大きさや形態は種類によってさまざまです。通常5µm~1mmの大きさで球形や卵形または紡錘形をしており、外側に1本の鋭い刺針が突き出ています。刺胞の中には管状の長い刺糸が巻き込まれています。刺針に物理的・化学的刺激が加わると刺糸が発射され、餌となる小動物の体に突き刺さる仕組みになっています。同時に刺胞内の毒液が管状の刺糸を通って動物に注入されるのです。刺胞は触手に特に多数含まれていますが、触手だけでなく体壁にも含まれています。

一般にクラゲと総称されている動物は、分類上はヒドロ虫綱、立方クラゲ綱、鉢虫綱にまたがって存在しています。クラゲによっては、刺された部位にミミズ腫れや水泡を生じたり、ひどいときには頭痛、吐き気、けいれん、呼吸困難などを起こして死亡したりすることもあります。クラゲは群れで海岸に押し寄せることが多いので、被害の規模が大きくなります。その意味からも、クラゲは海産刺毒動物の中で最も警戒を要する種類であるといえます。

日本沿岸で被害を出している種類としては、カツオノエボシ、アンドンクラゲ、アカクラゲがあげられます。沖縄では熱帯性のハブクラゲが猛毒クラゲとして知られ、多くの被害を出しています。
クラゲによる刺傷事故は世界的に最も多く、研究も盛んに行われてきましたが、毒の不安定さと大量入手が難しいことが原因で、毒の性状はあまりわかっていませんでした。しかし2000年代に入ってから、毒性分の解析が進んでいます。

これまでに構造が明らかにされているクラゲ毒は、いずれも立方クラゲ類由来の毒成分です。クラゲ毒に関しては、性状が十分に解明されているものはごくわずかであり、今後の検討の余地は大きいといえます。

クラゲ毒の研究は、アメリカやオーストラリアを中心として進められています。刺されて15分で死んでしまうという恐ろしいクラゲ(キロネックス、オーストラリアウンバチクラゲ)によりオーストラリアでは多くの被害が出ています。今では抗血清が作られていますが、手遅れになるケースもあるため、刺されないように肌を覆う対策が重要だそうです。

『新 海洋動物の毒−フグからイソギンチャクまで−』内容紹介まとめ

海には様々な毒を持つ生物がいます。毒の存在する場所や毒を持つメカニズム、毒の成分や引き起こされる症状も極めて多様です。種類別に章を分け、代表的な毒を持つ生物を取り上げて詳しく解説しました。

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