著者名: | 拓海広志 著 |
ISBN: | 978-4-425-91127-1 |
発行年月日: | 2025/7/28 |
サイズ/頁数: | A5判 368頁 |
在庫状況: | 予約 |
価格 | ¥3,850円(税込) |
海運・貿易・物流をビジュアルで学べるロングセラーテキスト!
船の種類や構造から、航海に関する基本知識、港の役割、海運が物流の中で果たしている機能といったことを、写真や図版を多く使ってビジュアルに、やさしく解説。海運・貿易・物流などの仕事を初めて学ぼうとする人、船について基礎的なことを知りたい人に最適の解説書。
【はじめに】より
太平洋に浮かぶ小さな島々からなる国・ミクロネシア連邦にヤップと呼ばれる島々があります。ヤップでは昔から男たちがシングル・アウトリガー・カヌーに乗って南西約500キロのところに浮かぶパラオ諸島まで渡り,そこにあるライムストーン(結晶石灰岩)を円形に切り出して持ち帰るという航海をしていました。持ち帰った石はヤップでは貨幣(石貨)として流通するのですが,石貨の価値は往復の航海の苦労や,その後のヤップでの使われ方など,島民の間で共有できる物語によって決まったといいます。
この石貨を取りに行く航海は過去100年ほど行われていなかったのですが,私と数名の仲間がヤップの人たちと共に立ち上げたアルバトロス・プロジェクト・チームは,ヤップの森で切り倒した巨木を用い,昔ながらの方法によってカヌーを建造しました。そして,近代的な航海計器や海図のなかった時代の外洋航海術を今に伝えるヤップ離島サタワルの航海者マウ・ピアイルック(1932〜2010)を船長として招き,石貨を運ぶためにパラオとの間を往復する航海を再現したのです。このアルバトロス・プロジェクトに参加したヤップの若者たちにとって,それは失われつつあった島のアイデンティティと石貨の物語,古来の航海術を再確認する機会になったことでしょう。
それにしても,パラオ諸島では珍しくもない結晶石灰岩が,それを産しないヤップでは貴重な財産となることに,私は人類の交易の原点である「未知の世界への憧れ」と「モノを介しての異文化交流」を知る思いがしました。そして,石貨を運ぶことに伴う苦労の度合がその価値を決めるということに,私は古き良き時代の流通のあり方を偲びつつ,物語によって商品やサービスの付加価値を高めるという現代のマーケティングとも通ずるものを感じていたのです。
人類は太古より海を越えて移動し,そこで出会った異人たちとの間でさまざまな交易や交流を行ってきました。その際に船はヒトの移動やモノの運搬の道具としていつも大きな役割を果たしてきましたが,航空機が発達した現在もなお海を越えてモノを運ぶ主役は船です。しかし,現代の物流業では海上輸送と航空輸送,鉄道やトラック輸送などの適切な組み合わせによる複合一貫輸送は重要かつ日常的な仕事です。
さまざまな輸送モードと貨物の保管,仕分けなどをうまく組み合わせることによって最適物流を組み立てることが現代の物流の仕事ですので,船と港のこと,海運のことを知らずに物流の仕事はできませんし,逆にそれだけを知っていても不十分です。今日のロジスティクス企業には輸配送と保管,荷役,包装,流通加工,情報管理といった古典的な物流の仕事だけではなく,コールセンターなどでのカスタマーサービス,各種のテクニカルサービスを含むVAS(Value Added Services:付加価値サービス),金融や商流に関わるサービス,さらには荷主企業のサプライチェーン・ネットワーク及びそこでの物流と在庫を最適化し,商流の効果を高めるためのコンサルテーションやデジタル機能の提供といった,さまざまな仕事が求められています。
しかし,こうしたことの基本にはやはり海運があります。海運の歴史は古く,それを学ぶことによって国際関係や貿易,物流,輸出入制度などの基本を知ることができるでしょう。海と国境を越えてモノを運ぶという仕事は,自然条件による制約と輸送・荷役設備や技術上の制約,また各国・地域の法律や諸制度による制約などに縛られながらも,安全かつ確実に,最適の方法と速度で輸送を行い,その上でいかに収益を上げるかというのが基本的な課題であり,そうしたことと昔から向き合ってきたのが海運業なのです。そして,海運は地政学でいうところのシーパワーの源泉でもありますが,近年はそのことが国際社会において再認識されています。
海運を知るためには商船の構造や航海についての基礎知識も持っておく必要があります。私の恩師である科学思想史研究者の坂本賢三(故人)は「航海術は比較的早くから測定機器を使用し自己の技法を対象化し意識化してきた技術であり,かつ各時代においてその時代の最先端の知識と技術を統合してきた」と語りましたが(H.C.フライエスレーベン著『航海術の歴史』の訳者あとがき),海運を通してその時代の世界のあり方を,また航海術を通してその時代のテクノロジーをうかがうことは可能だと思います。そういう視点から航海について考えると,船や海運に関わる人以外にとっても興味が湧いてくることでしょう。
少し前置きが長くなりましたが,本書は海と船が好きな人,海運・物流,貿易,SCM(Supply chain management:供給連鎖管理)とロジスティクスなどの仕事に関心を持っている人,これからそういう仕事に携わろうとしている人,あるいはマリンレジャーとしてヨットやモーターボート,カヤックなどでの航海を楽しむ人たちに,商船と海運の概要について一通り知っていただくことを目的としています。ですから,それらについて深く知りたい人にとっては不十分なものになるだろうと思います。そこで,本書よりも詳しく書かれた文献を幾つか本文中や脚注にて紹介させていただきましたので,各項目についてもっと詳細に知りたい方はそれらの本を読んでみてください。
私は子どもの頃から海と船が大好きで,いつも海を舞台にさまざまな活動を行ってきました。そして,学生時代に航海術を学んで以来,ヒトと海の多様な関係性について探求したことを文章や音楽などで表現すると共に,世界のさまざまな国・地域,企業・団体・学校において,あるいは個人としてSCMとロジスティクス,海運を含む物流,貿易,EC(e-Commerce:インターネット通販),飲食などの仕事に携わってきました。冒頭でご紹介したヤップ島の石貨と同じように,現代においてもモノを運ぶということは心を運び,人と人を結びつける仕事だと私は信じています。本書を通じて船や海運と関わってきた先人の営為を少しでもお伝えすることができれば幸いです。
拓海広志
【目次】
第1部船と航海の歴史を知ろう
1 船と航海の歴史
§1.原始〜古代の船と航海
§2.中世〜近世の船と航海
§3.近代〜現代の船と航海
§4.これからの船と航海
第2部 船について知ろう
2 船の種類
§1.船の種類について
§2.旅客船
§3.クルーズ客船
§4.暮らしの中の旅客船
§5.カーフェリー
§6.貨物船の種類
§7.RORO船
§8.コンテナ船
§9.在来貨物船
§10.タンカー
§11.ばら積専用船
§12.自動車運搬船
§13.重量物運搬船
§14.冷凍・冷蔵運搬船
§15.バージ・キャリア
§16.プッシャー・バージ
§17.地域の伝統的な商船
§18.練習船
3 船のサイズとスピード
§1.船のトン数
§2.船の長さ
§3.船の幅
§4.船の深さと喫水
§5.船の速力
4 船の構造と性能
§1.船の形(船型)
§2.横式構造と縦式構造
§3.強力部材
§4.船首尾部の構造
§5.船の浮力と復原力
§6.船の操縦性能
§7.船が受ける抵抗
§8.6種の船体運動
5 船の機関と設備
§1.船の主機
§2.船の補機
§3.推進装置
§4.艤装品
§5.舵
§6.操舵装置
§7.係船装置
§8.荷役装置
§9.救命設備
§10.船舶検査と船級協会
第3部 航海について知ろう
6 船の仕事と航海当直
§1.船内組織と仕事の分担
§2.船長の職務と権限
§3.甲板部の仕事
§4.機関部の仕事
§5.事務部の仕事
§6.航海当直
§7.内航船の場合
§8.航海日誌
§9.ロープワーク
7 航海計器
§1.磁気コンパス
§2.ジャイロコンパス
§3.六分儀
§4.レーダー
§5.ロラン
§6.GPS
§7.流圧式ログ
§8.電磁ログ
§9.ドップラー・ソナー
§10.音響測深機
§11.自動船舶識別装置
§12.自動針路保持装置
§13.自動運航船
8 航路標識と水路図誌
§1.航路標識の歴史
§2.航路標識の種類
§3.海図
§4.その他の水路図誌
9 航海のルールと信号
§1.海事法規
§2.海上衝突予防法
§3.あらゆる視界の状態における船舶の航法
§4.互いに他の船舶の視野の内にある船舶の航法
§5.視界制限状態における船舶の航法
§6.灯火及び形象物
§7.音響信号及び発光信号
§8.港則法と海上交通安全法
§9.国際信号旗
§10.国連海洋法条約
10 船の位置の求め方
§1.船位の測定
§2.沿岸航法:交差方位法
§3.沿岸航法:両測方位法
§4.沿岸航法:4点方位法
§5.沿岸航法:水深連測法
§6.天文航法:位置の線航法
§7.電波航法:ロラン航法
11 操船術
§1.船の操縦性能
§2.操舵号令
§3.機関号令(エンジン・テレグラフの発令)
§4.港内操船
§5.係留索
§6.錨泊
12 海難とその対処
§1.海難とは何か?
§2.衝突時の対処
§3.乗り揚げ時の対処
§4.火災時の対処
§5.船外転落者の救助
§6.共同海損
§7.海難審判
13 気象と海象
§1.船は動く気象観測所
§2.気象・海象観測の項目
§3.気象・海象現象の解説
§4.台風
§5.津波
第4部 港について知ろう
14 港の歴史と現状
§1.港の起源
§2.港の歴史
§3.港の現状
15 港の種類と港則法
§1.港の種類
§2.係留施設の種類
§3.港則法
16 港の仕事
§1.港湾運送事業
§2.その他の港湾事業
§3.在来貨物船の荷役
§4.コンテナ船の荷役
第5部 海運と物流について知ろう
17 貿易と海運の基礎知識
§1.貿易の取引条件
§2.L/C決済とB/L
§3.輸出実務
§4.輸入実務
§5.運賃
§6.傭船契約
§7.運送人の貨物に対する責任
§8.海運・貿易実務のデジタル化
18 外航海運の歴史と現状
§1.日本の外航船社の発足
§2.太平洋戦争前後の日本海運
§3.海運界の変貌と集約
§4.複合一貫輸送サービス
§5.コロナ禍以降の外航海運
19 内航海運とモーダルシフト
§1.内航海運の現状
§2.内航海運の課題
§3.これからの内航海運
§4.離島の暮らしと内航海運
20 SCMとロジスティクス
§1.物流からロジスティクスへ
§2.SCMとロジスティクス
§3.ECとロジスティクス
§4.ロジスティクス企業
§5.ロジスティクスのマッチングとシェアリング
§6.広域流通と域内流通
§7.サプライチェーン・レジリエンス
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