著者名: | 工藤栄 著 |
ISBN: | 978-4-425-94901-4 |
発行年月日: | 2025/9/28 |
サイズ/頁数: | A5判 240頁 |
在庫状況: | 予約 |
価格 | ¥2,860円(税込) |
まだ知られていないことが多い南極大陸の生物や自然環境。本書では、壮大かつ過酷な環境で生活する生物たちに注目し、わかりやすい文章、豊富な写真とともに解説します。
【はじめに】
世紀となっても地球上には人類がまだよく知らない世界がある。地球から離れた宇宙というのもその一つだろうけれど、普通の生活では日常的に接したり、目にしたりすることのできていない極地や水の中、深海の世界だ。これらのうち、南極は未知なる南方の大陸伝説としてギリシャ時代にも噂されていた。けれど、15世紀以降の大航海時代に世界一周の航海が成し遂げられても未知なる南方の大陸は発見されてはいなかった。1820年頃、アザラシやクジラを求め南へ下った人類が、南極半島部にようやくたどり着いたとされる地球上第5番目の面積の陸地。いや、実のところ、厚い氷で覆われているために、陸地面積は今でも正確にはわからない・確定できないという。そんな南極なのだから、そこには未知や謎、不思議に満ちた気づいてもいないモノ・コトがまだまだたくさんある。
期せずして、そんな極地に季節労働者、あるいは出稼ぎ労働者と化して研究に出かけることを生業にしてしまった我が若い時分。日々万事万物が未知との遭遇、連日連夜の興奮状態だった。極地の自然に触れるごとに、頭の中の知識や理屈を総動員して、ただ驚くだけじゃなく、どういうことなのか理解し、納得しようと務めた。だけど、教科書にも取り上げられてもいないことだらけで、うまいこと説明してくれるようなガイドブックもない状態で悪戦苦闘したものだ。この際、自分が体験・遭遇した南極で不思議と感じた自然について整理して書き留めておくのも悪くない、と思ってしまった。それがこの本を書こうと思ったきっかけである。
南極は、人類が生活している他の大陸と接していない、海に囲まれた南の果ての氷で覆われた大陸だ。そこにたどり着くためには「吠える40度、狂う50度、絶叫する(叫ぶ)60度」とも呼ばれる暴風圏を突っ切って南下しなきゃ、いけないのだ。世界中のどこの文明圏からも、この通過儀礼なしには南極大陸へ到達できない。250年前には南極大陸はその存在すら、あるかどうかもわからない人跡未踏の陸地だったし、発見された後の100年と少し前になって、ようやく世界の名だたる探検家が命を懸けて、この未知の大陸の全容を知ろうとチャレンジし、南極点への到達が成し遂げられた歴史がある。その後70年ほど前から科学研究観測が世界数十か国で開始され、南極大陸上や周辺島諸に築かれた基地を中心になされてきたけれど、現代でさえ、ヒトが安全確実にたどり着くだけでも容易でない厄介な場所として地球上に残されている。地球という宇宙に数多ある星の惑星に「生きる」という運命、あるいは楽しみや苦しみを見つけて発生進化してきただろう生き物たち。果たして南極という地球の隅っこの場所で、現在、南極の自然環境をどう感じ捉えて、どんな使い方をして生きているのだろうか。
「そんなところは使わずとも、俺たち大丈夫。楽な世界で生きるから」
とか、
「いやいや、使えるなら使いつくすのが生き物の本当の生き方だ」
とか、
「えっ、そんなところも地球上にあるなんて、知らなかった」
とか、生き物それぞれには多様な都合や捉え方があるに違いない。生き物にとって厄介極まりない地球上の場所、あるいはどうでもよさそうな場所かもしれない南極だけど、現実にはそこにも生き物は生き続けている。それはいったいどんなことなんだろうか。わからないことだらけで簡単に答えにたどり着きそうにないから、わかる努力をしてみたい、そんなふうに思ってしまった。簡単なことより難しい問題を解き明かす方が、人生なんだかオモシロイだろう、と。
「自分のちっぽけな人生をかけてでも、未知へチャレンジできるのであればやってみよう」みたいな、なんか格好よさげな思い誤りや思い過ごした気持ちにもなってしまって、南極の自然の理解増進活動に挑戦してみてしまった。それはあと少し、一世紀ぐらい前の探検家たちが未知の南極にチャレンジした時代に私が生まれていたのなら、立派な志の人と評価されそうな気もする。けれど、21世紀の現在、南極での未知の自然の理解の解明努力は、宇宙に向かって謎に挑むエクスプローラー・科学者ほどの大変さも困難も今となってはなさそうに衆目からは思われるだろう。だから同列に評価されるような対象とはならないだろし、また、地球の片隅の南極の世界で生物が生き続ける理屈を知ったところで、その価値は低く、それよりも主たる生き物たちが活動しているそれ以外の地球上での生物の活動や理解のほうがはるかに重要に思われるところが多いのが、たぶん、現実だ。だから、私などのような極地をさまよい歩きながら生き物に触れ、そこに生きる生き物たちから「話を聞きたい」なんて思うような輩は、何か生命原理の解明にかかわるところにも届きにくく、役に立たない無駄な努力をしている、主流から外れた無法者の生物学者、と目に映っているのだろう。そんなお馬鹿な自称、自然科学者が、自分だ。それでも、その南極には生き物として生き続けようとしている本当の姿があり、未知もあり、未来につながる何かが潜んでいる。
そう悟ってしまったのなら、極地で生き続ける生き物の実態を少しでも未来の人間社会の常識の中に取り込んで刻むのが自分のできる役目と、やっぱりこれも誤解して思い込んでみたりするのだ。そんな誤解と思い込み満載で、南極の自然の姿、それもまだ教科書などにも紹介されていない実態を少しでも書き記すことにチャレンジしてみたのが本書なのだ。
2025年8月
工藤栄
【目次】
第1章 南極にたどり着くまでに
1.1 いざ南極へ
1.2 氷が「しらせ」を迎える
1.3 アイスアルジーとナンキョクオキアミ
1.4 まもなく、南極大陸
第2章 南極、そこは荒涼とした別世界
2.1 新人よ、あれが南極大陸だ
2.2 昭和基地の野人たち
2.3 月か火星か
第3章 氷河・氷床と露岩域の自然
3.1 露岩で気付く氷の力
3.2 暴風と氷河の力
3.3南極のオアシス
COLUMN 南極のオアシス発見の歴史
第4章 昭和オアシスの姿
4.1 氷が創った景観とは
4.2 昭和オアシス探査ミッション「ココロガマエ」
4.3 アデリーペンギン集団営巣地へGO!
4.4 貝殻とミイラの隆起海岸
4.5 谷を伝って岩山方面へ
第5章 谷で見つけた昭和オアシス
5.1 南極特別保護地区の雪鳥沢で
5.2 コケ群落
5.3 外来種か先駆種か
5.4 狭まった沢にて
5.5 雪鳥池湖畔にて悟りを拓くこと
第6章 南極の湖に潜む不思議
6.1 オアシスの小宇宙
6.2 同所にできた多様な湖
6.3 教科書的じゃない寒冷一循環の実態
COLUMN 湖水の鉛直循環
第7章 湖底の生物世界
7.1 コケボウズ
7.2 バイオフィルム・バイオマット
第8章 緊急浮上、はがれ浮かぶ湖底のバイオマット
8.1 バイオマットの性質
第9章 語り尽くせない南極の自然
9.1 湖底で大繁殖、海の名残りの動物「ソコミジンコ」
9.2 凍り付いた泡、止まない泡、吹き出す泡
9.3 季節湿地に見つけた微小な生き物の大発生
第10章 南極の自然から学ぶこと
10.1 オアシスの中の生と死、寿命
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