航空事故の過失理論【改訂版】−如何なるヒューマンエラーに刑事不法があるのか−


978-4-425-86152-1
著者名:池内 宏・海老池 昭夫 共著
ISBN:978-4-425-86152-1
発行年月日:2008/12/8
サイズ/頁数:A5判 216頁
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価格¥3,080円(税込)
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【内容】  航空機は本来安全な乗り物ですが,ひとたび事故が起きると多くの人命が奪われる可能性が有り,一般社会に与える影響も多大です。それ故か,近年は過失犯の必罰化の傾向が強まり,機長が訴追されるケースも出てきましたが,これは刑法の原則(謙抑性,最後の手段性)や事故再発防止の観点と必ずしも合致しているとは言い得ません。
 本書は,主に民間航空機による航空事故を例に挙げ,一般の交通事故,医療事故,代表的な判例などに照らし合わせ,機長らを中心とした行為者の刑事過失をどこまでに限定するのが妥当といえるのかを考察しています。また,被害者をケアする上でも,時間のかかる裁判よりも,補償制度の確立の方がより有効であることを海外の事例を紹介しながら解説しています。そのほか,事故調査と責任追及を明確に切り離さなければ,当事者が証言を控えるおそれがあり,厳罰化はこの傾向に拍車をかける可能性があることを指摘しています。
 改訂版では,JAL706便裁判やJAL907便裁判など航空事故裁判の最新事情や運輸安全委員会関連の記述を加筆し,あわせて各種データ等を更新しています。
 近年,航空事故とそれに対する厳罰化を通じて,航空界と法曹界,マスコミ,一般社会の溝が深まりつつあります。無用な軋轢を防ぎ,相互理解を深める上で非常に参考となる一冊です。

◆改訂のポイント◆ ●実体験をもとに、技術的な裏付けから航空事故の司法判断を検証。
●刑事過失理論の理解に必要な、過失事件の判例を網羅
●ヒューマンファクターズの手法を取り入れて、刑事過失を分析。
●JAL706便裁判、JAL907便裁判など航空事故裁判の最新事情、
 新設された運輸安全委員会に関する記述を加筆。
●関係法令の改正を取り入れ、各種データ等も最新のものに更新。

【まえがき】より  刑法38条1項では、過失犯の例外処罰が規定されている。しかし現実には刑法犯認知件数に占める交通関係業過の割合は23.6%(平成14年犯罪白書)に上り、また過失犯の検挙率100%を背景に検挙人員での割合では72.8%となっており、事実上、過失犯処罰は原則化している。さらに過失事件の処理方法は、自動車事故の軽微事件では刑の免除(平成13年刑法211条2項改正)が可能となる等、生じた結果の軽重により、二極的な刑事処分がなされているようである。

 このような過失犯への必罰化と、結果無価値に依拠する現状の事件処理の潮流から、航空事故においても、近年、機長らに対する刑事責任の追求は強化されつつある。例えば、1980年代から90年代にかけては、航空事故において刑事訴追される事件はなかったが、97年の日本航空706便では、機長は業務上過失致死傷罪で起訴された。
 本来、航空機運航は、気象条件などの環境要素と、航空機械材、整備・運航管理・航空管制・操縦技術などの物的・人的要素が連携した福堂システムにより成り立っている。そこで認知科学においては、そのような複合システムのなかで発生する航空事故は、機長の単一の過失によって起こる個人事故とは見做さず、様々な要因によって引き起こされる組織事故と捉えられているのである。つまり組織事故である航空事故の再発防止のためには。人的不安全行為も含め、その原因をくまなく取り上げて、運航システムが内包する抑止力を改善することこそが、最も重要だと考えられているのである。
 一方、刑法の目的は、今日では、犯罪被害を生じさせたことに対する応報機能のみでなく、その犯罪を一般的・特別的に予防する機能も含めた相対的応報刑論が、わが国では通説的見解とされている。しかしながら、高空を高速移動する航空機の事故では、機長ら直接行為者の生命・身体への侵害も当然に行為者には予想されるのであるから、刑法の威嚇による予防は意味をなさないであろう。そうすると航空事故への厳罰化の意義は、唯一、刑法の応報機能の実現ということであり、自己の結果にもっとも直近であることを根拠として、機長らの行為に刑事過失の限界を強いて拡大することとも捉えられよう。そのような刑事過失の限界の拡張は、刑法の原則である謙抑性、補充性、最後の手段性に照らすと、妥当なものとは認められないであろう。
 そこで本書では、おもに民間旅客機に限定し、航空事故において、機長らを中心とした行為者の刑事過失をどこまでに限定するのが妥当といえるかについて考察を試みた。以下に、本書の校正を概観する。
 序章「はじめに」のなかで、航空事故における刑事過失の限界、刑事過失の構造、航空事故潮差の問題点、被害者救済などに関する政策論など、本書で取り上げる問題の所存を提起した。
 第1章「航空機運航概説」では、航空事故の刑事過失を論じるにあたり必要な知識として航空機の構造およびその運航システムの概要、また統計的データを示し航空事故の特質について概説した。
 第2章「航空事故の行為者は如何なる刑事責任を追求されるか」では、わが国の刑法は、犯罪をどのような概念として捉えているか、構成要件該当性、違法性、有責性の三要素について整理し、具体的航空事故事例をもとに犯罪性の有無を検討した。加えて、航空事故で通常、罪責とされる業務上過失致死傷罪と、過失航空危険罪の該当性を考察し、特に、過失航空危険罪については、不法行為要件説ともいえる私独自の見解で唱えた。
 第3章「不安全行為と刑法的行為」では、まず、ヒューマンファクターズにおける不安全行為という概念を紹介した。その不安全行為の概念を刑法的行為論のなかに取り入れ、航空事故における刑法の評価の対象たる実行行為とは何かについて論じた。またそのなかで、日本航空706便事件での実行行為についての論争も例示した。
 第4章「航空事故の刑事過失構造」では、まず、第1節「過失とは何か」において、刑事過失と民事過失の区別、刑事過失論の概説、特に、新過失論について詳説した。刑事過失を論じるなかで、行為者の意思のベクトルを要素として、刑事過失を、注意義務違反を中核とする「真正過失」と、錯誤による「不真正過失」に、大別する私独自の見解を考案した。
 次に第2節「航空事故における過失認定」では、航空事故の起訴事例のなかで、3つの典型例を取りあげ、それらが、ヒューマンファクターズの観点から?バイオレーション、?ミステイク、?エラーとして、明確に峻別されること、またそのような認知科学の分析手法の継受は、刑事過失の認定においても妥当することを判定した。
 第5章「航空事故の過失を巡る諸問題」では、刑法上の因果関係に関する諸理論、被害者の自己答責性を巡る刑法上の法理、さらに直接過失とは異なる管理・監督過失の概念などを解説した。JAL907便事故を例に挙げ航空事故に妥当する因果関係論として、客観的帰属論採用し、行為の構成要件への帰属性に着目して過失認定を行うことの合理性を主張した。
 第6章「わが国の航空事故調査の現状と課題」では、航空事故調査が依拠している国際条約の条文を概説しつつ、わが国における航空事故調査と犯罪捜査の関係、米国における航空事故調査の実践を考察した。そのなかで、両国の実務を対比しつつ、わが国の問題点を指摘した。さらに、航空事故の裁判例における航空事故調査報告書の証拠能力の存否の論争、そこから生じる萎縮効果への懸念や、その解決策を検討した。
 第7章「航空事故被害者の救済と当事者の刑事和解」では、ニュージーランドや米国での事故被害者の救済政策を紹介しつつ、わが国への航空事故被害者救済制度の導入を提唱した。他方、航空事故の行為者への妥当な制裁システムについても考察を加えた。最後に、航空事故における刑事司法の意義としては、加害者を中心とした関係の応報的司法だけでなく、被害者を含めた関係で刑事和解を試みる修復的司法にあることを論じた。
 本書は、単に、航空事故の行為者とされる機長らに向けた刑事弁護の理論として書き記したものではなく、わが国の刑事法や、国際法をふまえ、法学的論点を多角的に鳥瞰しながら、航空事故において如何なる不安全行為に掲示不法(刑事的違法性)があるのかを論じたものである。
 繰り返すが、昨今のセンセーショナルな報道や、情動的とも思える国民世論に後押しされた航空事故の行為者への厳罰化は、当該機長に犯罪者というレッテルを貼ることだけに帰結することなく、航空界全体への刑法不信を生じさせつつあるように思われる。このような現状では、機長らパイロットと、捜査機関、被害者らとの間に、無用な軋轢を生じさせるだけでなく、ひいては航空界と国民社会を分断することにもなりかねない。現実にも、航空事故における刑事裁判での争いは、当事者間の法的攻撃・防護を拡張させ、それは航空安全の大きな障害になりつつある。
 不幸な航空事故の再発を防止するためには、航空界や法曹界を含め広く国民社会の中で、航空事故における刑事過失の限界について、被害者救済制度などの政策論も含めた冷静で真摯な論議が必要であろう。そのような考えから、本書を起稿した次第である。

【目次】 序章 はじめに 1.航空事故の必罰化の現状
○南西航空ボーイング737型機石垣事故
2.航空事故への刑法適用は妥当なサンクションといえるか
3.航空事故の構造と刑事過失
4.刑事責任追及の法的問題とマイナス効果
5.被害者救済制度への修復的司法の必要性

第1章 航空機運航概説 1.ジェット旅客機の概要
(1)ジェット旅客機開発の沿革
(2)ジェット旅客機の構造と装備
○機体構造 ○主翼 ○尾翼 ○コックピットおよびアビオニクス ○エンジン
(3)ジェット旅客機の性能基準
2.航空機運航のアクター
(1)機長の資格要件
(2)航空運送事業者
(3)航空安全行政
(4)国際民間航空機関(ICAO)
3.航空事故統計要覧
(1)運航実績
(2)航空死亡事故件数の推移
(3)航空事故の発生運航区分と要因別分類
(4)旅客機の重大事故一覧

第2章 航空事故の行為者は如何なる刑事責任を追及されるか 1.航空事故における刑法的違法性の判断
(1)犯罪と違法性
(2)結果無価値論
(3)二元的行為無価値論
(4)可罰的違法性理論
(5)航空事故への可罰的違法性の適用
○東亜国内航空YS-11型機米子事故
○ガルーダ・インドネシア航空DC-10型機福岡事故
2.航空事故における有責性
(1)責任論
(2)航空事故行為者の期待可能性
○全日空雫石空中衝突事故
(3)行為者へ刑罰を科す意義と目的
3.航空事故の行為者が問われる罪責
(1)業務上過失致死傷罪
(2)航空業務者過失航空危険罪

第3章 不安全行為と刑法的行為 1.ヒューマンファクターズにみる航空事故の複合的要因
(1)ヒューマンファクターズとは
○中華航空A300型機名古屋空港墜落事故
(2)スイスチーズモデルにみる複合的諸要因の因果関係
○富士航空コンベアー機大分空港事故
2.不安全行為(Unsafe acts)の構造
3.航空事故における刑法的行為
(1)刑法的行為論
(2)不安全行為と目的的行為
(3)JAL706便乱高下事故の刑法的行為判断

第4章 航空事故の刑事過失構造 第1節 過失とは何か
1.刑事過失と民事過失の相違点
2.刑事過失の理論
3.旧過失論への疑問
4.新過失論の予見可能性と結果回避義務の判断
(1)無謀運転自動車事故における予見可能性
(2)薬害エイズ事件の過失判断
第2節 航空事故における過失認定
1.航空事故の刑事過失論
2.バイオレーション事例−日東航空淡路島墜落事故−
3.ルールベースミステイク事例−全日空宮崎空港滑走路オーバーラン事故−
4.許された危険の法理適用事例−いわゆる全日空仙台空港事故−

第5章 航空事故の過失を巡る諸問題 1.因果関係についての刑法理論
(1)因果関係論の諸学説
(2)相当因果関係説と客観的帰属論
2.航空事故における刑法上の因果関係
(1)名古屋空港衝突事故
(2)相当因果関係説の危機−JAL907便事故−
3.被害者の責任とタービュランス事故
(1)信頼の原則
(2)危険の引受け
(3)タービュランス事故における被害者の自己答責性
4.管理・監督過失
(1)管理・監督過失の意義
(2)航空事故における管理・監督過失−JAL123便事故−

第6章 わが国の航空事故調査の現状と課題 1.わが国の航空事故調査と刑事捜査
(1)航空事故とインシデントの意義
(2)シカゴ条約第13附属書の求める航空事故調査
(3)わが国の航空事故調査と刑事捜査の沿革
2.米国の航空事故調査と犯罪捜査
3.航空事故調査報告書に証拠能力はあるのか
(1)国際条約の国内的効力
(2)航空事故調査報告書へのシカゴ条約適用に関する判例の立場
○全日空宮崎空港滑走路オーバーラン事件
○JAL706便乱高下事故
(3)萎縮効果と望まれる解決策

第7章 航空事故被害者の救済と当事者の刑事和解 1.航空事故の被害者救済制度
(1)わが国の犯罪被害者救済制度
(2)ニュージーランドの被害者救済制度の特質
(3)米国の航空事故被害者へのソーシャルサポート制度
2.航空事故において妥当なサンクションとは
(1)行政的サンクションの抑止効果
(2)行政取締りと不安全行為の抑制
3.航空事故における刑事和解の必要性
(1)修復的司法の諸形態
(2)ドイツにおける「加害者=被害者=和解」モデルの概要
(3)刑事和解モデル導入の妥当性


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