著者名: | 小島 英俊 緒 |
ISBN: | 978-4-425-76291-0 |
発行年月日: | 2024/12/18 |
サイズ/頁数: | 四六判 216頁 |
在庫状況: | 予約 |
価格 | ¥1,980円(税込) |
終着駅は終わりの駅(終点)のことであるが、その意味は「終わり」をどのように捉えるかによって少し変化する。
たとえば、「列車の終点(駅)」の場合は、ある鉄道路線の中間に位置する駅でも、列車の(行先)設定上、その駅止まりの列車からいえば「終着駅」と呼ぶことが出来る。例えば、東海道本線東京発小田原行き普通列車の終着駅は小田原駅である。
また、「線区の終点(駅)」の場合は、ある路線の終点となっている駅を終着駅という。例えば東京駅から神戸駅に至る東海道本線の終着駅は神戸駅である。なお、線路名称上始点でも終点から見れば終着駅になり得る。つまり、東海道本線の終着駅は東京駅でも良い。
本書では、こうした「終着駅」のなかでも、内外の大都市の「終着駅」に焦点を当て、終着駅をいくつかの側面に分けて整理し、文化的、歴史的、また鉄道雑学的に著す内容となっている。
【まえがき】
筆者は鉄道少年であった。社会人になってからは鉄道趣味からは長い間お休みを頂いたが、約20年前から鉄道に舞い戻り、鉄道史を主な領域として調べ、考え、そしてささやかに執筆するようになった。鉄道ファンはとかく走る鉄道車両に関心が向かう。鉄道は動力によって走り、どんどん高速化されてきた。さらに超電導リニアのような技術革新に夢が膨らんだ。流線形や空力造型もあって、魅力的な形状が現れ、色彩も豊かになって外観はより楽しめるようになった。車内を見ると機能的で画一的な車両も多いが、一方でどんどん豪華なクルーズ車両も出現して関心が高まる。やはり鉄道車両はダイナミックに動き、派手で耳目を惹くからであろう。
ところが鉄道が機能するには線路、橋梁、トンネルなどの静止構造物も不可欠である。特に人びとが乗り降りする「駅」に我われは頻繁に接している。実はこのような一見地味な鉄道施設に資金がうんとかかり、一見派手な車両をはるかに凌駕するのである。最近EU で呼ばれている「上下分離」の「上」が車両、「下」が施設を指している。
大都市の終着駅には必ず駅舎、ホーム、待合室があり、さらにレストラン、ホテル、百貨店などが密接している。特に欧米では、鉄道が儲かった「鉄道の時代」に各鉄道が威信をかけて建てた駅舎は豪華荘厳を極め、その中に天井の高い立派なコンコースがある。それを通り抜けてホームに向かうと、鉄骨とガラスで造られた大きなドームで覆われている。その下ではスノービッシュな一等客も、庶民的な三等客も、慌ただしい通勤客も乗降や往来がある。
鉄道旅行も今や無機質で日常的になってきたが、昔は大仰な非日常的なものだったので、終着駅では人の運命を分ける別離と再会があった。日本ではこれに輪を掛けた盛大な見送りと出迎えがあり、これは「送迎文化」ともいえるものだった。戦前の終着駅は待合室から等級制が始まっていたが、誰でも入れるコンコースは広いだけに窃盗や不良らに入り込んだ。戦争になると駅は出征兵士や凱旋将軍と見送り人、出迎え人でごった返す。戦争直後は多くの浮浪者が寝ていた。
このように駅舎やホームは不動でも、そこで演じられるドラマは極めて多彩で活動的である。だから終着駅を巡っては詩が詠まれ、小説が書かれ、映画が作られ、絵画の絶好の対象にもなる。近時は「駅コンサート」、「駅ピアノ」、そして「駅ナカ文化」も叫ばれ、終着駅が見直されている。筆者は世の中の動きや声に反応し影響を与え合う現象を「文化」と見なしているので、鉄道車両にも終着駅にもそして鉄道全体が世の中とキャッチボールしている姿に「鉄道文化」を感じるのであるが、今回は終着駅と世の中の反応し合う事象を歴史的に眺めつつ『終着駅の文化史』を書いたしだいである。
こういった理屈はともかく、感覚的に筆者を捉えてしまった終着駅とは1980年代から1990年代にかけて、海外旅行や出張の合間に行ってみたロンドンやパリの終着駅であった。時間を盗んで、ヴィクトリア駅、パディントン駅、リヨン駅、サンラザール駅などを訪れた。壮大な駅舎のコンコースを抜けると、縦向きにホームが20 本も並んでいて、ガラス張りの大きなドームに覆われている光景は日本では絶対にお目にかかれないものであった。
そこへ遠距離列車も近距離列車も頻繁に発着し、大勢の乗客が目まぐるしく往き来し、駅の電光掲示板も目まぐるしく動く。ホームに入って機関車や客車を間近に眺めたり、ホームをよく見渡せるカフェに寛いだ時はまさに至福の瞬間であった。こんな風に思い巡らせ、記憶を辿っているうちに、筆者の心中には初めて「終着駅」というテーマがくっきりと浮び上がり、それを書きたい衝動がムラムラと湧いてきた。ただ、日本で「終着駅」というと長閑な支線の行き止まりの駅などをイメージされるのではないのだろうか。「乗り鉄」として実際にそこを訪れて書かれた書はかなり多い。ささやかな秘境を辿る安らぎも感じられ筆者もその風情と気持ちに十分共感するが、この種の本はほとんどお互いに類書となっていて、取り上げられる駅や魅力もほとんど共通している。
これに対して、本書では大都市の終着駅に焦点を当て、そこにおける鉄道文化を求めて古今東西を見通したかったのである。そのため内容は広くなるが、さりとて総花的な記述になってしまってはいけないので、こうした終着駅のいくつかの側面を目次のように整理してストーリーを書いたつもりである。そのために調べ推敲し書いているうちに「終着駅」にはこんな多岐・多彩な側面があったのかと自分でも驚き、勉強になり、楽しくなってきた。世界の鉄道の二世紀弱の歴史の中で、終着駅の歴史にも当然移り変わりがある。そこには戦争、特に第二次世界大戦による破壊と復興が挟まる。東西の共通点もあれば欧米だけのもの、日本独自のものもある。
なお、本書のように大都市の駅舎やプラットホームやホテルや貨物駅などにまつわるドラマや文化を語る場合、それに即した画像があると当然、臨場感が高まる。ムックやグラフィックのごとく、網羅的・羅列的に引用するつもりではないが、落ち着いた書籍としての文章の流れの中でできるだけ多くの画像を活用して分り易く楽しくしていきたい。
2024年11月
小島 英俊
【目次】
第1章 鉄道は儲かり、線路は伸び、駅は増えた
1.1 駅は昔からあった
(1)世界の駅の歴史
(2)日本の駅の歴史
1.2 鉄道は最初から儲かった
(1)世界の鉄道の始まり
(2)日本の鉄道の始まり
1.3 線路は伸び、駅は増え、終着駅は大繁盛
(1)鉄道の成長
(2)終着駅の開発過程
第2章 終着駅の立地
2.1 ロンドンとニューヨークの終着駅
(1)ロンドンの終着駅
(2)ニューヨークの終着駅
2.2 日本の終着駅
(1)主要な終着駅の開業
(2)大阪駅と京都駅、東海道線開通
2.3 頭端式ホームと通過式ホーム
停車場① モンパルナス駅の椿事
第3章 終着駅は鉄道のシンボル
3.1 終着駅はどんどん立派になった
(1)欧米の終着駅の様式
(2)セント・パンクラス駅の誕生から現代まで
3.2 東京の終着駅
(1)初代新橋駅の開業
(2)上野駅の開業
(3)新宿駅の開業
(4)両国駅の開業
(5)今はなき万世橋駅の開業
3.3 東京駅物語
(1)東京駅の設計・建設
(2)戦後の東京駅
3.4 終着駅のにおい
(1)リバプール・ストリート駅のにおい
(2)ヴィクトリア駅のにおい
(3)日本の終着駅のにおい
停車場② プラットホームの高さ
3.5 戦前のステーション・ホテル
(1)イギリスのステーション・ホテル
(2)日本のステーション・ホテル
3.6 終着駅の建替え
第4章 終着駅と等級制
4.1 待合室は等級別だった
4.2 等級制の変遷
(1)外国の等級制
(2)日本の等級制
4.3 列車等級と社会階級
4.4 レッドカーペット・トリートメント
(1)外国の豪華列車
(2)日本の豪華列車
4.5 終着駅の舞台裏
第5章 終着駅の繁栄と混雑
5.1 万国博と内国博
(1)万国博覧会と内国勧業博覧会の歴史
(2)陸軍特別大演習
5.2 バカンス・盆暮・春節
(1)フランスのバカンス
(2)日本のバカンス
(3)中国のバカンス
5.3 日本の駅は最初から混んでいた
5.4 鉄道の輸送密度は混み具合と収益性のバロメーター
5.5 混雑に輪をかけた日本の送迎文化
停車場③ 入場券
5.5 見送りは人生の哀歓
第6章 終着駅の変質
6.1 旅客駅と貨物駅は分離された
6.2 郊外電車の時代
6.3 終着駅の変質
第7章 終着駅を賑わせた特別列車
7.1 スター列車のデビューと引退は終着駅で
7.2「ボート・トレイン」・「葬送列車」・「遊説列車」
(1)ボート・トレイン
(2)遊説列車
(3)葬送列車
7.3 終着駅での悲劇
(1)伊藤博文
(2)原敬
(3)浜口雄幸
7.4 凱旋列車のドラマ
第8章 終着駅の戦後と現代
8.1 終着駅の戦災と復興
(1)戦後ドイツの終着駅
(2)戦後日本の終着駅
8.2 文化遺産としての終着駅
(1)ユーストン駅舎
(2)グランド・セントラル駅、ペンシルベニア駅
8.3 終着駅の廃駅と荒廃
8.4 貨物終着駅の変転
第9章 終着駅の文化
9.1 終着駅を描いた絵画
(1)ウィリアム・フリスの描く終着駅
(2)モネの描く終着駅
(3)日本で描かれた終着駅
9.2 文学作品に見る終着駅
9.3 新しいステーション・ホテルの波
9.4「エキナカ」「駅コン」「駅ピアノ」
9.5 駅の未来空間
9.6 終着駅の文化とは
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